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3話 隻腕の少女 ルイナベリン


グレイシアの屋敷は現代の日本より一段落ちた生活レベルで暮らしていた。


まず電気が供給されてなかった。

コンセントはもちろん、そこから繋がるラジオやテレビとかもなく。ケータイスマホなんてものはその発想すらまだ生れていない。

そんなテクノロジーレベルで、それこそ時代背景的には中世ヨーロッパを想像してもらえると分かりやすいだろうか。

資産家ということもあり、比較的裕福である我が家ですらそうなのだから、きっとこの世界ではまだ科学技術が発達していないのだろうということは直ぐに推察できた。


しかし、けれども、ここはやはり異世界。

我々が辿った、中世ヨーロッパの世界そっくりそのままではないわけで、グレイシアでの生活はところどころに元の世界との決定的な文化の違いを感じさせる。


屋敷を歩き回っていたら面白いものを見つけた。

この世界には蛇口があったのだ。

浴槽も、それどころかシャワーもあった。

食堂には冷蔵庫のようなものがあり、スイッチを入れればコンロのようなものから火が出てきた。

それに今になって思えば、

当たり前のように使ってるランタンなどの照明日用品もどこかおかしい。


ランタンといったら火を灯すための油が必要になるのだけど。うちで使っているランタンはまず火を灯していなかった。

簡単に言えばライトみたいだったんだ。

さっきも言ったようにこの世界はまだ電力をうまく活用しちゃいない。

だったらこれらは何なのかと頭を悩ませた。

気になって仕方なかったのでそのままランタンを自室へ持って帰り分解してみたりしたが、出てきたのは赤色の宝石だけで、特にあとは何の変哲もないガラクタだけが残る。


つまり、何も理解できなかった。

うむ、なるほど。


俺はこの世界を科学技術の発達していない原始的な異世界だと舐めていた。

生活水準もどうせ中世くらいだと。

中世ってことは、ペストとかインフルエンザとかの流行り病とかにでも罹ったらどうしようもなくぽっくり逝くんだろうな~。

健康だけには気を付けて過ごさないとな~とかうっすら思っていた。

でも、どうだろう。


こうして見てみれば現代とそう変わらないではないか。

トイレは洋式。

当たり前のようにどこかへ水に流れていくし、蛇口をひねれば飲める水が出る。

風呂にシャワーに冷蔵庫。

なんなら掃除機のようなものまである。


全く、不思議だ。

一体これらはどういう原理で動いているのだろう。


・・・



この世界のことをよく知りたかった。


前世の記憶。

日本での記憶を取り戻したとはいえ、そんなものはこの異世界では通用するかも分からない別世界の記憶で、ユキ・グレイシアという俺はまだ5歳。

あまりにこの世の物事を知らなすぎる。

知っておくべきことや、

知らなきゃいけない情報はまだまだ山のようにあるはずだ。


では、どうやってこの世界を知るかを考える。


手っ取り早いのは。

自らの目で確認することだろう。

街の外にでも出かけて、経験を積む。

走り、人と触れ合い、学ぶ。

それだけで体感的にこの世界を感じ取れると思っていた。


…思っていたのだけど。

俺が外に出たいと言えば、使用人達はそろって良い顔をしなかった。

やはりこれも例の一件、ユキ・グレイシア滑落事件が強く後ろ脚を引く。

皆、俺を外に出すのが不安なのだろう。

せめて外に出かけるのは頭の傷が治ってからにしてくださいと、グレンに冷めた声でそう言われてしまった。

それに、その日から心なしか、キッサキ(俺の目付役)の視線が厳しくなったようにも感じる。


ふふふ、

まったく…。

大人達はまさか、

俺が一人で勝手に外に出ていくとでも思っているのだろうか?

この5歳の俺が?

いやさ、流石にそんなことはね?

見た目は子供でも頭脳は大人ですよ?

やって良いことと悪いことの判別はついていますとも。

はい。


そうです。


ある日、俺は家を抜け出しました。


深夜、まだ虫がなく時刻。

本日の怪我の調子は上々。

俺は屋敷の二階からロープを垂らして逃亡。


天気は快晴。

つまり。

今日、外に出かけるのにはこれ以上のないコンディションだった。


・・・



俺がこれから探索する街。

今住むこの街は、貴族らが統治する国クレピス連合公国の

『アリュザーク城塞都市』といわれる場所だった。


アリュザークは一つの丘陵に造られたやまなりの都市。

街全体が一つに繋がった城壁に囲まれ、ここに住む人々にははっきりとした階級制度が設けられていた。


それは、一級から三級まであり。

一級がいわゆる貴族。

(その中でも上下の差はあるらしいが)

由緒正しい一族や、金を持つ人間はこの貴族という身分を国から保障され、上層に暮らすことが許可される。(まぁそのぶん、バカみたいな量の税金を払わなきゃならんらしい)


そして、二級が市族。

スタンダードな市民である。

この国の人口の7割を占めるのがこの市族で、この国で人と認められる最低のランク。

最低ランクということで、市族になる条件は貴族と比べたいへん緩く、毎月の税金をきちんと役所に納め、身分の証明がきっちりと成されれば、犯罪者とかでない限り基本的には誰もがこの地位に居られるようだ。


そして、三級。

下層に住む下民と呼ばれる人達。

下層とは、表向きには都市に税金の納められない人々の住みかとされてはいるが、実際のところは都市が整備を放棄したスラムである。


国で彼ら下民の身分は保証されない、

だから彼らに人権なんてものは当然なく、

いつどこで下民のだれが襲われ死のうが、物を盗まれようが、何をされようが、

それは個人の責任であって国や都市は一切の関与をしない。

だから三級の彼らにとって盗みや暴力は生きる上での当たり前であり、そんな治外法権ともいえる区域がこの城壁都市の城壁外に苔のようにこびりついてある層。

下層なのである。

しかし、そんな関与されない下民相手でも、

彼らが中層以上に出て『人』を襲った場合は国はその目つきを変える。

徹底的に、そして非人道的にその犯罪者を探し出し、捉え、そして惨たらしく処刑する。

だから彼らは中層以上に怯え、干渉はしてこない。

中層以上の人間も、臭いものには蓋をするように彼らのことはいないものとして扱っている。


このアリュザークの街は、そんな少しだけ残念な街だった。


・・・


家から外に出てしばらく歩けば景色が見えた。


何度も言うようにグレイシア家は結構な資産家。

だからもちろん身分も一級で。

屋敷だって上層、この街の中心に位置する。

中心部に寄るほど、高い標高から物理的に外側を見下げられるように造られたこの街の構造上。


その景色は。

絶景と言わざるを得ない眺めだった。


山の上ですかここ?

と思えるくらいの高さで。


びっしりと立ち並ぶ家々に、少しずつ活動を始める人々。

まるでミニチュアの世界かと錯覚しそうになる。


そうか、そうだよな。

こんなに高い場所で暮らしていたのなら、通りで若干酸素が薄いと思ったわけだ。


そこで、ちょうど朝日が上がり、今日が始まった。

待ちに待った探索の日だ。


小さな身体で大きな冒険をしよう。

と、

俺はわくわくした気持ちで、街を下って行った。


・・・


貴族街から出て下町に向けて歩みを進めていれば、坂道は徐々に緩くなり、建ち並ぶ軒の品質が一段ずつ落ちていくる。


やがて、俺は上層と中層を区分けする関門を見つけた。

この街にいくつもある関門のうちの一つ。

そこでは、二人の門番がだるそうに欠伸を噛みしめている。


俺はなんとかしてそこを通りたかった。

通って中層に行きたかったのだけど、

けれどもこの体は5歳児、良識ある大人ならこんな子供が一人で通るのを許すはずもないので、立ち止まり、

彼らに見つからず、ここを無難に通り抜ける方法を考える。


うーん。

これといった名案は特別思いつかない。

これが漫画やアニメならあの門番の二人の首を後ろからトンと叩いて失神させて通り抜けるみたいなのも考えたけど、やっぱり俺は5歳。

この身体はそんなことができる超人的なレベルではないし、多分大人になってもそんなことはできない。


じゃ、どうすっか。

現実的な範囲でどうすっか?


このまま、なにも知らないふりして当たり前のように通り過ぎてみる?

普通に考えて、はーいちょっとまってくださーいそこー。

って止められるに決まってる。


じゃあ、何かに変装してみる?

着ぐるみとか着たりして…。

いや、無理だ。

無理無理。

逆に怪しまれることだろう。

俺だったらそんな怪しい奴はまず通さないね。


じゃあじゃあ、偶に通る荷車の後ろに紛れ込んでみたり?

いやいや、荷車の中身をチェックしない門番がどこにいる?


「う゛ーーーーーん」


色々と頭を使ってはや1時間。

ここで帰宅というのも少し視野に入ってきたそんな頃。


「ねぇ、そんなとこで何しているの君?」


声をかけられた。


振り返れば、そこには少女がいた。

歳は俺と同じほど、いや少し大きいかもしれない。

それこそ6歳ほどの小さな子供で真っ黒なワンピースを纏っている。

地面を引きずるほどの長い金髪に青い瞳。

無機質で無感情な彼女のその表情を抜きにすればどこにでもいるような、可愛らしいといえる少女。


しかし、そんな彼女は驚くべきことに、

右腕が存在しなかった。

なぜか、肩から先がさっぱりと無くなっていた。


「なにしているの?」


呆気に取られている俺を見て、言葉が通じていないと思ったのだろう。

少女は再び同じことを俺に聞いた。


「え?」


「もしかして…言葉…分からない?」


「わ、わかる。

分かるよ、分かるけど…」


「そうなんだ。

…じゃあこれにも答えられるよね。

きみは、そこでなにをしているの?」


3度目の彼女の問い。

彼女のその強い眼力はこれを答えるまで離さないと、俺に言っているようだった。


「…その。

そこの門を抜ける方法を探していたんだ。

門番の2人が邪魔でさ」


俺は先程までの悩みの種であった例の門の方角を指差した。


「関門…?

なに?君、そこを通りたいの?」


「…うん」


「そこを通って何をするの?」


何をする?

いや、何をしたいってわけでもないんだけど。


「街の中層を見たいんだ」


「中層?そんなもの見てどうするの?」


どうするの、と聞かれたら。

いやまぁ確かにどうするのだろう。

ただ、街を見たかったからここまできた、

それだけじゃダメなのかなぁ。


「それは…その、観光…てきな?」


「観光…てきな?」


「うん、そう、観光」


それが今の俺の状態を表す最適な表現かなと思った。


「うーん?

そっか観光か、観光…。

ええ、理解した」


…すげぇな、これで理解できたのか、

俺はまだしてないんだけど。


「君さ、名前なんていうの?」


次に彼女に聞いたのは俺からだった。


「名前?ん?もしかして私の名前を聞いている?」


「うん。そう」


ああ。

いや、名前を尋ねるときは先に自分から名乗るのが礼儀ってそんな、やつか。

こんな子供同士の付き合いに礼儀もクソもないとは思うけど、一応ね。


「俺はユキだ。

ユキ・グレイシア。

今年で5歳になった、よろしく」


俺はそう笑顔を作って握手を求める。

彼女には何故か右手がないようなので。左手で。

3秒ほど、何かを考え名乗り返すのを躊躇していた彼女。

けれども最終的にまぁいいかと、


「…ルイナベリン。

長いからルイナでいい」


そう名乗った。

けれどもその少女は突き出した俺の手を取ることはしなかった。空の手は時間と共に、腰へと向かっていく。


「あっ」


そこで目と目があった。

ルイナベリンの顔を見れば、

ただ無言で俺を見つめていて、

そんな彼女の目線に俺は少しの恥ずかしさを感じた。


「…そ、そっか…ルイナ。

俺、その…産まれてからずっと屋敷…いや家で引きこもっててさ」


引きこもってたというか出させて貰えなかったというか。

まぁとにかくだ。


「だから同年代の友達とかいなくてさ。

ずっと、それが欲しくてさ。

ここで会ったのも一つの縁だし、

その…。

よかったら友達になって欲しい…なーとか思っちゃったり?」


頬を掻きながら視線は合わせず、斜めを向いて言う。

面と向かって友達になってくださいと言うのはどうも恥ずかしかったから。些細な抵抗。


「私、今年で6歳なんだけど」


同年代ではないと言いたいのだろう。

そんなこと言ったら俺だって精神年齢、成人なんだけどね。


「俺は年齢なんか気にしない」


もちろんそっちが気にしないならね。


「私は良い人じゃないよ?」


「良い人間じゃない?」


「ええ。

おそらく私は君にとって都合の良くない人間で、きっと私のことを知れば君は絶望する。

友人にするには私はこれ以上なく向いていない」


都合の悪い人間?

俺に不都合で、不利益をもたらすってことか?

でも、それだったらなんでわざわざそれを俺に言う?

忠告するような真似をする?


いや…まてまてまて、

真剣に考えんなよ。

どう考えてもこれは、彼女なりの遠回しな断り方だろう。

ルイナは俺のどこかが気に入らなくて、友達になりたくはないと言ってるのだ。


「あ、そ、そっか…そうなんだ…」


ちょっとショックだった。

なんかフラれたみたいな感じで、

ナンパに失敗したみたいな、その、なんて言うのかな。

自分がすごく情けなく感じた。


「だから。

……そうだから。

君がそれを覚悟できるのならば友達になろう」


え?


「それとも、なって欲しいと言えばいい?

私はもう君に嫌われる覚悟は出来ている。

だから後は君の覚悟次第。

君には私を嫌う覚悟があるか。

それ次第。

それだけで。

君が私に絶望するまでは、友達でいられる」


さあ、どうしたい?

私は君に答えを聞いている。


と、ルイナは俺に手を差し出した。

さっき俺が彼女に向けてやったみたいに、彼女は俺に握手を求めたのだ。


彼女が何を言ってるのか、

俺に何を伝えたかったのかは俺にはうまく伝わっていないけれど。

ここまで言われて、いいえとは言えない。

言えなかった。


「ああ!もちろんだ。

でも、俺はルイナを嫌う覚悟なんて持たない。

なぜなら俺は友達を嫌わないから」


俺はそう彼女の手を強くとる。

冷たい冷たいルイナの手。

けどどこかに暖かさを含んでいた。


当初の目的は街の探索だったけど。

けど今はそれよりもっと価値のある、友人を得た。

それだけでも今日の遠征は十分な収穫を得たと言えるだろう。


「…ん。

よろ…しく。ユッキー」


そうやってちょっと照れた顔を見せる。

ルイナはとても可愛かった。


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