2話 グレイシア家とはなにか?
俺がユキ・グレイシアとして目覚めてから1週間ほどが経った。
頭の痛みも徐々に和らいでいる今日この頃。
ここらで一度、俺の住むグレイシア家の実状ってのを振り返ってみようと思う。
ではまずはグレイシア家とは何か。
グレイシアとは簡単に言えば資産家である。
なんでも先代のグレイシア当主、
つまりは我がひいおじいちゃんの時代に起こした貿易会社から始まり、今ではこの国クレピスの中でも結構な地位にいるそんな一族。
金とは一つの力。
日本だけではなくこの異世界でもそれはあまり変わらないようで、
平民上がり、貴族のような高潔?な血筋を持たないグレイシアの人間が貴族の国クレピスでそこまでの権力を持つようになったのは先人(今は亡きひいおじいさま)の弛まぬ苦労があったからだと。
そんなグレイシア一族、3名の紹介。
まず1人目。
グレイシアの現当主。
俺の祖父、エド・グレイシア。
商業の道を歩む人物らからすれば、この国で平穏に商いをしたいならばグレイシア家のエドとだけは敵対してはいけないと言わしめるほどの傑物らしい。
見た目は筋骨隆々の大男。
髪を五厘剃り、左目には謎の切り傷。
傍から見れば、すいませんどこかの闘技場で拳闘士でもやってたんですかとそう物腰低く伺いたくなるくらいのどうにもアバンギャルドで荒々しい風貌のエドなのだが、性格は真逆。とても穏やか。
エドが誰かに声を荒げているところは見たことがないし、てかまず彼は家にいることが自体が少ないから、家にばかりいる俺とはどうにも関わりが薄く。俺がエドの人となりをどうこう言えるほどの長い付き合いではないのだけど。
そんな俺があえて彼に持つ印象を言うのならば、
誰に対しても優しいおじいちゃん。
それがエドだった。
次に母である、レア・グレイシア。
爺さんであるエドの1人娘で、透き通る白の長髪とルビーのような赤い瞳を持つ美女。
歳はとにかく若い。
レアは18歳の時に俺を産んでいて。
つまり、5年経過した現在は23歳。
そしてもう一つ。
若い以外で母を語る上では欠かせない特徴があった。
母は産まれつき身体が弱いそうだ。
1人じゃ立ち上がることもできず、1日の半分は寝て生活をする。
よく咳き込み。吐血するようなこともしばしば。
日々、高熱に魘され。医者からは30までもてば長生きだ、とそういわれるほどの病弱な母。
俺を産むときだって、医者からは必ず死産になるとまで言われたが母は強行した。
自身の中での大きな葛藤とエドら家族との反対を超え、そんな母親から奇跡的に産まれた子の身としてはやはり母の様態が今一番の心配事で。
早く良くなってほしい、と願わずにはいられない。
そして俺、ユキ・グレイシア。
ただいま5歳。
ぴちぴちほやほや生まれたて。
母であるレアから受け継いだ白の髪と赤い瞳を持ったナイスガイ。
今はまだ幼く、頬の贅肉とかが多いが。
あの美しく儚い雪を擬人化したような母を見てみれば将来はきっと俺も清潔感のある透き通るような爽やかイケメンになることは明白であり確実。
俺はこの母に似ている自分の顔が好きだった。
この白い髪も、赤い目も鼻の形に至るまで、全てが母に似通って、
鏡の前でよくキメ顔決めポーズを取っているくらいには好き。
そんな若干のナルシスト気質がある俺は、少々特殊な5歳児。
前世の記憶を取り戻した、見た目は5歳、中身は大人。
そんなどこかで聞いたキャッチャーフレーズそのまんまの不安定極まりない状態で。
それについてはあまりに訳が分からなかったから、
誰かに相談しようかとも迷ったりもしたが結局のとこ俺は誰に打ち明けることもしなかった。
理由は一つ。
母にこれを知られたくなかったから。
貴方の子供である、ユキ・グレイシアは誰だか得体の知れない異世界の人間と精神が混濁してしまった。
と、そんなこと母に言えるわけがないだろう。
あの優しい母のことだ、きっと俺のことを心配する。
夜も眠れないほどに心配する。
もしかしたらそれが原因で更に体調を崩してしまうかもしれない。
身体の弱い母。弱すぎる母。
1人じゃ立ち上がることもできず、命にかかわるとまで言われ、
そんな状態で俺という人間を産んでくれた母に、
恩人を超えた恩人である母に、
これ以上の負担をかけさせるなんてできるだろうか?
否。
できるはずもない。
俺は母が好きだった。
だからもう母を泣かせるような真似はしたくない。
それでたとえマザコンだと笑われても構わない。
ああ、そうだ。
そうだよ。
それでいい。
俺は誰よりも、ナルシストだしマザコンだ。
そしてそんな自分を誇りに思っている。
マザコン万歳、マザコン最高。
…そう。
だから。
この秘密は墓まで持っていこうと決めたんだ。
…。
ああ……いや。
まあ。
こうやって、いろいろと理由をつけて母のせいにしたけどさ。
母の為だとかあーだこーだと言ったけどさ。
多分違う。
そりゃ、母を想う今の話が完全に100%の噓って訳じゃないけれど。
本当は。
正直な部分。
90%の真っ黒な本質は。
自分の弱さ。
今の自分を否定されたくなかったから、だった。
・・・
さぁ。
さてさて、先程紹介した以上この3名が現在エドの屋敷に住むグレイシアの一族面々である。
祖父に母イケメン息子の仲睦まじいどこにでもあるような3人家族。
…ん?
祖母と父親はどうしたって。
そんな疑問にお答えしよう。
祖母ならもうとっくに他界してしまっているそうだ。
なんでも母と同じ遺伝性の病らしく25歳の若さで死んでしまったとか、なんとか。
で、そして父。
問題なのはこの父の方だ。
俺は産まれてこの方、自分の父親を見たことがない。
それは祖母のように死んでいるからってわけじゃなく、父が家にいないから。
俺の父の名は、『ジェイク・アイスマン』というらしい。
気になり自分の父の素性について尋ねると、
母以外の誰もが口を揃えて父を言い表す言葉があった。
クズ。
大人達は話を濁していたが、色々と要約するとこう。
とある事情でこの屋敷に滞在していたジェイクは、
その時の若き母とワンナイトツーナイトえっさほいさよっこらどっこらしょ。
やることをやった母は俺を懐妊し。
いやまぁ、それだけならまだ、なんていうか、まー。
100歩譲って?
男と女のよくある話。
…なのだが。
こともあろうジェイクは逃げ出した。
グレイシアの家から逃げ出し。男の責任を放棄した。
ここまでの話で彼のそのクズ具合が計れるのだが、これまた罪なことに。
母はそんなジェイクに恋していた。
母だけは唯一、何があってもジェイクのことを決して悪く言わなかった。
「あの人は忙しいから」
「ここに居ないのはなにか理由があるのよ」
と、頑なにジェイクの肩を持った。
…これは、ここだけの話だ。
この話は誰に聞かれているわけでもないし、自分だけの自分語りなのだから。
だから、自分くらいには正直な感情でいよう。
俺はそんな父親であるジェイクが嫌いだった。
心の奥底から嫌悪している。
病身の母を捨て、
自身の子である俺を捨て、
どこにいるかも分からない糞野郎。
そんな人間が、
そんなクズが、愛する母を抱いた。
それだけでも許せないのに。
その上、俺を産ませ、
ポイっと捨てたはずの母からも未だ愛されているというこの不条理。
なぜこうも世の中クズばかりモテるのかと、小さく現世に失望した。
以降。
俺の中でジェイクの話題はタブーとなった。
わざわざ触れないことにした。
誰かがその話を始めても、切り上げさせるように話を仕向けた。
いいや。
もうこんなクズの話はどうだっていいことだった。
訂正しよう。
俺に父親なんていない。
そんな人間は知らない。これから関わることもないし、それならこの世に存在しないことと同じだ。
さて、気を取り直して。
そんなグレイシア家だがなにも3人だけで暮らしているわけじゃない。家は公都の貴族街にあるだけあってそれなりに高級なものだし、資産だって十分にある。
そんな我が家には、三名の使用人がいる。
俺の家くらいのレベルで3人というのは結構少ない方らしく、他では10人、20人はざらにいるとか。
なぜ3人しかいないのかとエドに聞けば、あまり人が多いとなにかと鬱陶しいからと。
それについては、まぁ、わからなくもない、と納得できた。
ではそんな使用人たち一人ずつのご紹介。
まずは、グレン。
グレン・アスラド。
この屋敷の一番の古株で一番の戦力といったらやはり彼女だろう。
なんでもエドが俺くらいの幼少の頃からうちで働いている大ベテラン。庭の手入れから飯に至るまでこの館のほぼ全てを彼女が管理、取り仕切っていると言っても過言じゃない。
っていうか現にそうなのだから、我々グレイシア家一同彼女には頭の上がらない存在である。
二人目がチャンセバ。
チャンセバ・ホルク。
50歳ほどの中年で黒髪の男。
長い髪をポニテ、オールバックに180を超える長身とサングラス。
…もしかして身体に紋々入ってます?
と疑いたくなるような893すら顔負けの悪人ズラをしているが。これもまたエドと同じように悪人ではなく、その物腰は誰に対しても低い。
彼は、グレンのような屋敷の家事を担当というよりは、外仕事が多めだろうか。主に送迎やエドの仕事の手伝いなどをしている。エドとは主従関係というよりは、長年の親友のような間柄だそうだ。
最後に新人のキッサキ。
キッサキ・レン。
彼女はこの世界で存在している固有の人種、獣人だった。
獣人とは人と他の動物の外見を合わせ持つ生き物で、細かな違いはあれども知能も知性もほぼ人とは変わらない。
だからここ、クレピスでは人権が認められている、れっきとした人である。
そんな獣人で緑色の髪をツインテールにした、俺を外せば屋敷で最年少の15歳の獣人の少女がキッサキ。
長年勤めていたもう1人の使用人が年齢で辞めてしまったので、その枠にすっぽり入った新人でグレンに色々と学びながらバタバタと毎日を過ごしているようだ。
主な役割は、母の容態看護と俺の世話。
世話というか、監査役。
以前の階段の一件から、また俺が危険なことをしないようにと俺は常にキッサキの目に置かれることになった。
いつもちょっとだけキッサキの目線がうざい反面。
他でもない自分がやったことのせいなので仕方ないと割り切っている。
仕事の割合的には俺の監視5割、母の介護3割、屋敷の家事2割と言ったところか。
以上、計6人が、
エド・グレイシアを主人とする我が屋敷に住む人達。
俺はそんな環境で日々を暮らしていた。




