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15話 嫌な予感

不幸というものは、

その人間の事情、心情お構いなく訪れるもので、

厄年というものがあるとすれば、俺はこの年のことを指すだろう。


事件が起こったのは、母が倒れた10歳の初夏。

それからすぐ三日後の事だった。


「ねぇ、ユッキー。最近なにかおかしいよね」


アリュザーク中層では子供が消える謎の失踪事件が多発していた。

なぜか12に満たない子供だけが消えるのだ。

きっとこの時間は人攫いのせいではない。


細かく見れば彼らも子供の失踪の原因のひとつではあるのだが、今回のそれは規模が違う。

彼ら人攫いは行政にバレないようにこそこそと人を攫う。

なぜならバレたら国に殺されるからである。


今回の事件は人攫いにしてはあからさまだ。

すぎると言っていい。

まるでバレても問題ないといった具合。

1ヶ月もの時間をかけず、失踪者は100人を超えていた。

普段、中層以下には無関心なアリュザークの行政機関もこれには顔つきを変え、

数々の衛兵、冒険者を調査に派遣したがいまだに解決の糸口は見えていない。


変化に気づいたのは隣に座るアカリもそうだったようだ。


明らかにクラスメイトがいないのだ。

30名はいたはずの同年のクラスメイトがもう15人ほどしかいない。

日に日に一人、また一人と数を減らしている。

先生、大人達は俺ら生徒にこの事実を隠しているようだが、間違いなく子供がいなくなっている。


「なんでみんな学校にこなくなっちゃったんだろうね?」


まだ事情を理解していないアカリは呑気そうに言う。


「…さあ。

この前のアカリのオナラが臭かったんじゃない?」


「え!

臭くないもん!!」


「じゃあ、馨しかったから」


「馨しくもないもん!

アカリ、オナラなんてしないから!!」


アカリにぺちぺちと背中を叩かれる。

俺はこうやってアカリを言葉でもて遊ぶのが結構、好きだった。

担任の先生が教室に入ってきた。

その先生は男性の若い先生だったが、その顔は真っ青だった。


「おはようございます、皆さん」


供託につく先生。

朝の挨拶をして、これから今日の学校生活が始まるのだろう。

そう、このがらんどうな空間でだ。



「明日から休校になります」


ま、当然そうなるだろう。


・・・


「なーなー明日から、しばらく休校だってさー」


休み時間。

隣の席でフォルカとアカリは集まって座っていた。

この二人はどうも仲が良いようで休み時間こうやって座って話しているのをよく見る。

俺は自分の席に座り、本でも読むふりをして二人の会話に耳を傾けた。


「ねー。その間、何しようかな。

アカリ。

休みっていわれてもやることないんだよね」


「じゃあアカリも修行しようぜ、修行!」


「えーやだ。

アカリ運動苦手だもん」


「そんなのやってないから苦手なんだろ。

やれば得意になる」


「そんな簡単に言わないでよ。

人には向き不向きがあるのです。

フォルカちゃんが勉学ができないようにアカリには運動ができないのです」


「むっ」


フォルカはアカリに勉強ができないと言われて不服そうな顔をした。

たしかにアカリが言う通り、フォルカは勉強ができない。

テストで10点以上を取ったところを俺は見たことないし、本人もそれを自覚しているのだろう。

最近のフォルカの口癖は「オレ馬鹿だから」になっていた。


「ま、世の中にはそのどっちもできる人もいるけどね」


そう俺の方を見るアカリ。

どうやら聞き耳を立てていたのがバレていたようだ。

俺は読んでもなかった見せかけの本を畳んだ。


「ねー、ユッキー?

ユッキーはどうしてそんなになんでもできちゃうの?

なにか欠点とかないの?」


アカリは俺にそう聞く。


「俺にだってできないことくらいあるよ」


「なに?それ」


なんだろう。


「絵が下手、とか?」


「嘘だ!この前見せてもらったけど、普通にうまかったぞ!」


横のフォルカが口を挟んだ。


「じゃあ、家事ができないかな」


前世はともかく今はグレンとキレイが全部やってしまっているからな。


「やれないじゃなくて、

やる必要がないからやってないだけでしょ。

ほんとに家事ができない人なんてほとんどいないよ」


うん。

アカリの言う通り、そうかもしれない。

あれだな、これは俺にとってどうにも話しづらい話題だな。

変えよう。


「話変わるけどさ」


「あ、逃げた」

「都合が悪くなったからって逃げたな」


二人して詰められる。

うるさいなーもう。


「そんなことより、失踪事件の話をしよう」


アリュザークの失踪事件。

被害者全員が子供。

つまり、今ここにいる俺らがターゲットなのだ。

他人事じゃない。


「二人とも、これ、貸してあげるよ」


世の中には理力を多く含んだ結晶というものがある。

それの理力を引き出すように、作り出されたのが結晶道具。

簡単に言えば魔法の道具だ。

ウチの家にある冷蔵庫とか掃除機とかもこの結晶道具である。


「え?これ結晶道具じゃん、なんでこんな高価なもの」


フォルカの言う通り結晶道具は中身の理力結晶はよく取れるのだが外側の道具が簡単に作れない性質上そのどれもが高級品だった。


「これ何の道具なの?」


いま二人にあげた結晶道具は、『送数のカウンター』

文字とか声は送信できないけど、伝えたい数字だけを遠く離れた相手に伝えられる道具。

まぁ。簡単に言えばポケベルみたいなもんだ。

上位互換として文字じゃなく通話ができる。『通話の卵』とかもあるがそれはかなり高価で。

こっちは結晶道具の中でも比較的安かったから彼女達にあげるにはちょうどよかった。


「もし、互いになにかがあった際はこれで助けを呼ぶんだ」


「助け?」


「助けってなんだよ?」


「いま。

この都市には殺人鬼が潜んでいる」


・・・


「お気をつけくださいユキさま」


チャンセバの情報によればそうらしい。

今、この町では殺人鬼が。

それも子供だけを狙う殺人鬼が潜んでいると。

失踪した子供達はその被害者なのだと。


「やっぱ、能力者か?」


「ええ、やはり能力者でしょう。

それもここまでの事件を起こしていて、捕まっていない。

能力は不明ですが、おそらくS級の犯罪者。

何かしらの能力は必ず持っています」


…そうか。

S級ね。

それがどのくらいとかってのは分かんないけど、なんだかやばそうな肩書きだね。


「くれぐれも、この事件。

ご自身でどうにかしよう、とは考えないでください。

ユキさまはあれからかなりの腕を上げられましたが。

まだ子供、殺人犯の対象年齢なのです」


「分かってるよ。

余計な正義心で動かずに、

事態が収まるまでは家で大人しくしていろってことだろ?」


「ええ、そうです。

くれぐれもよろしくお願いします。

ユキさまの身に何かあれば、目覚めたお嬢様は大変悲しまれますから」


・・・


二人に結晶道具をあげたその夜だった。



カシャカシャ。


『09106』(誰か起きてる?)


カシャカシャ。


『091064』(オレ起きてるよ)


『12716271』(フォルカちゃん、いまひま?)


『6271』(うん、チョー暇)


「うるさいな……」


あの二人に渡した結晶道具は無事玩具になったようだ。

ベットの横からカシャカシャカシャカシャと数字が切り替わる音ががうるさい。

うーん。

そういうつもりで渡したんじゃないんだけどなあ。

てか、あいつら使いこなすの早すぎだろ。

流石の若者……吸収力が半端ねえ。


「まぁ、でも、いっか」


彼女らが無事ならいいんだ。

そう、無事ならなんでもいい。

そのためにこれをあげたのだから。


俺は道具から結晶を取り出して、眠りについた。


・・・


どんどんどん。

深夜。

なにやらうるさい物音がする。


「んっ…」


誰かが俺の部屋の窓でも叩いているようだ。


「誰だ…こんな時間に…」


カーテンに阻まれ窓を叩いている人間の姿は見えない。

知人だろうか?

いや、まず俺の部屋は2階にあるのでそんな簡単に窓を叩けるはずもないし、正面から堂々入ってこないところを見ると大手を振って歓迎することができない訪問者なのは間違いない。

例の巷を騒がせてる殺人鬼が俺をピンポイントで狙って来たか?

いやいや、まさか、そんなわけ。

おおかた泥棒かなんかだろ。


…。

ん、ちょっと怖いな。

いやほんとちょっとだけ怖い。

なんか嫌な予感がする。

背中をぞくりと刺されるような、血の気が引くようなドロドロとした嫌な気分。


誰かを呼ぼう。

チャンセバあたりに追っ払ってもらおう。


【たすけて】


どこかで、そんな声が聞こえた気がした。


「たすけて?」


空耳だ。

そんな気がしただけ。

でもその気は、正しかったのだろう。

チャンセバへと向かっていた俺の脚は脳の出す危険信号を無視して窓へと向いていた。

カーテンを開けてみれば、そこにはフォルカがいた。


「フォルカ?」


フォルカは俺を見ると窓を叩くのをやめ、窓を開けろと合図する。

とくに断る理由も見当たらないので、俺は窓の施錠を解除すると、

フォルカはそのまま雪崩れ込むように窓から身を転がし部屋に入って来た。


「ユッキーっ!!

アカリが!アカリがっ!!」


酷く焦った様子のフォルカ。

その目は先ほどまで泣いていたのだろう、

真っ赤に充血していて、俺の肩を掴みながらアカリの名を何度も呼ぶ姿に

俺はどこか後悔にも似た気持ちを持った。


「あっ、アカリが…どうしたってんだよ?」


「……アカリが、攫われた」


フォルカのその四文字は脳内を一瞬でショートさせた。


「…攫われた…?」


【たすけて】


攫われたってなんだ?


【たすけて】


声が聞こえる。

どこからか聞こえないはずの声が聞こえる。


「オレ、あの後、アカリとずっとあの結晶道具で話してて!

急にアカリの返信が止まったから寝落ちでもしたのかなって思ってたんだけど。

でも、なんか嫌な予感がして、アカリの家に行ったんだ。

そしたら、

そしたら…家の窓が割れていて…。

割れていて…アカリの家族が、殺されていた」


「アカリの家族が殺された?」


アカリは中層に住むパン屋の娘だったはずだ。

両親2人に兄が1人いる4人家族だと聞いたことがある。


「アカリは…?

じゃあアカリは…アカリも殺されたのか?」


「オレだってわかんねえ!

わかんねえけど、いなかった!

家のどこを探してもいなかった!

3人の死体しかなくて!アカリだけの姿だけがなかった!」


【助けて】


「どうしよう、ユッキー!!

このままじゃっ…。

このままじゃ!!

アカリが。

アカリが、殺されちゃう…」


懇願するように泣くフォルカの姿。


ああ。

ごめんチャンセバ。

約束は守れそうにない。


「フォルカ…」


どうしても行かなきゃいけない。


・・・


その夜、俺らは屋敷から出た。

アカリを助ける為にはすぐに行動しなければならなかった。


チャンセバら大人には何も言わなかった。

アイツとの付き合いはもうそこそこ長いからよく分かる。

あのジジイは俺の身の危険には人一倍敏感。

アカリを助けるなんてこんな無謀なことは必ず止められる、やらせてくれるはずもない。

捜索は明日の朝、衛兵に任せましょうと、

あなたが危険を冒してまでやることじゃないと、それこそ大人らしく言うだろう。

でもダメなんだ。

きっとそれじゃダメなんだ。

大人じゃ分からない、鋭い子供の勘が言ってる。

きっと今、この瞬間、

アカリの喉元には刃が突きつけられている。

1分1秒の遅れがアカリの命を左右する。

どうしようもなくそんな気がしたから。


ただ、それでも書き置きだけは残しておいた。

俺が何を考え、これからどう行動するか。

道中、色付き紙をちぎりながら目印を残しておく、

もし俺が帰らなかったらこれを辿って助けて欲しいと。


そしてキレイを叩き起こした。

アカリの捜索に彼女の助けが欲しかった。

獣人の彼女の鼻はアカリの追跡には必要だった。


目覚めたばかりのキレイ、寝巻き姿のままの彼女に詰め込みこれまでを説明すれば、寝ぼけ眼を擦りながらもキレイは一つ返事でオーケーを出してくれた。


こうして俺とフォルカとキレイの

3名の小さなアカリ捜索隊が結成された。


「ユキ様…そしてフォルカさん。

ご友人の捜索ですが、

辿るべき匂いを知らなければどうしようもありません。

なにかその、アカリさんの着ていたものなど匂いのついたものはありませんか?」


寝巻き姿で寝癖がついたままのキレイは言う。


「俺は持ってないフォルカは?」


「オレもない」


「ならまずはそれを探すことから始めましょう」


アカリの匂いがついたもの…。

アカリの家にならいくらでもあるだろう。


「アカリの家に行こう、あそこならアカリの匂いがするものもあるはずだ」


俺がそう言うと、フォルカは顔を伏せた。


「2人とも。

あそこでは、まだ人が死んでいる」


アカリの家族は殺されたと言っていた。

つまり、死体が残ってるままなのだ。

俺はまだなんとか死体を見るのに耐性はあるけど、キレイはどうだろう。

と、そうキレイの方を向けば、


「そうですか」


案外ケロッとしていた。

うん、これなら問題なさそうだ。


「皆んな、行こう、アカリの家に」


「……。

案内するぜ、

見なきゃよかったって後悔すんなよ」


・・・



中層と上層は周りをぐるりと囲むよう分厚い城壁で区切られているのだが、

つい最近の地震の影響で知っている人は知っている、人1人程度なら関門を通らなくても抜けられる秘密の抜け道が存在した。


俺らはそれを通り抜け、中層。

アカリの家に辿り着く。


「臭い…」


家に入った瞬間、キレイは鼻を摘んだ。

あまりに臭く、鼻で息を吸えなかったのだと。


「確かに…血の匂いがする」


そこは店舗兼住宅のパン屋の受付、

つまりアカリの家の出入り口近くで

死体の姿はまだ拝んでないが、獣人じゃない人の鼻でも分かるくらいの血と死体の匂いで溢れていた。

深夜とはいえ真夏だ。

死体が腐ってきているのだろう。


「なぁ、2人とも、

そんなこといいからさっさとアカリの物探そうぜ。

時間ねえんだからさ」


フォルカはそう言って俺とキレイを待たずにズカズカと店の奥に入って行った。

いや、彼女はもう充分待ったのだろう。

俺とキレイがちんたらやりすぎたのだ。


フォルカの後について行きたい。

彼女だけじゃ暴走してしまいそうで心配だ。

けど、横のキレイも心配だ。


「奥に行っても大丈夫そうか、キレイ」


俺がそう聞くと

キレイは首を左右に振って否定の意を俺に伝える。


「ごめんなさいユキ様。

あたし、ダメそうで、外で待っててもいいですか?」


「ああ、問題ない。

付き合わせたのは俺だし無理はするな」


「はい」


外に出るキレイを見送りランタンを片手に持ちながら、フォルカの後に続いた。

店の中に進めば、アカリの家族の居住エリアであろうリビングに辿り着いた。


「…」


そこで俺は2人の死体を見つけた。

若い青年の死体と、母親らしき女性の死体。

どちらとも床に倒れ伏している。

二つの死体はやや奇妙。

気になることがあった。

俺は足を折り、その2人の死体を動かしながらじっくり観察し始めた。


「何してんだよユッキー?」


フォルカは突然死体いじりを始めた俺を不思議に思ったのかそう聞く。


「フォルカ、役割分担だ。

お前はアカリの物を探してくれ、

俺はこの2人の死体を調べる」


「死体なんか調べてなんになるんだよ?」


「分からない。

なににもならないかもしれないし、なにかを得られるかもしれない」


「はあ?」


「とにかく役割分担だ。

ここは俺を信じてフォルカはフォルカの仕事をしてくれ」


「…よくわかんねえけど、あーわかったよ。

言っとっけどそんな時間かけねえからな、オレ。

やることあんならパパッと頼むぜ」


「オッケー、手早くやる」


そうフォルカは早足に先に行ってしまった。

さて、俺の方も調べないとな。


2人の死体を見て少し引っかかったこと。

それはどちらとも腹に穴が開けられ殺されていた。

つまり、他殺なのは間違いないのだけど、それはナイフとかの鋭利な切り傷じゃない。

円柱型に肉ごと抉りとれたような穴だった。


…。

死体のこの感じ、何者かに前から腹を貫かれてる。

完全には貫通していないようで、背中に皮が少し残っていた、だから間違いないだろう。


被害者は前から腹をくり抜かれ殺されたんだ。

けど、そんなことあるか?

人間、何かに襲われたら防衛本能が働いて無意識のうちに手とか脚とかで守ろうとしないか?

それこそ、後ろからの奇襲とかじゃない限りまず最初に傷がつくのは腕や脚などの四肢からだろう。


そのはずなのに二つの死体は、綺麗だ。

外傷や打撲痕は腹の傷しかない。

腹をえぐり取られて即死、戦闘したような痕跡も見られない。


…二人同時に、前から奇襲を受けたってことか?

え?

そんなこと、可能なのか?


「ユッキー、見つけたぜ」


フォルカが戻ってくるのは早かった。

その右手には俺も見慣れた、いつもアカリが着ている洋服が握られている。

服なら匂いも充分だろう。

俺の方、死体の検査は大した収穫はないけど、そっちの本命が成せればいいか。


「…死体なんか弄ってないて、

さっさとアカリを助けに行こうぜユッキー」


「…ああ。

そうだな、行こう」


まだ少し引っかかるが、

急がなきゃいけないのは事実だ。

死体二人の瞼を下げ、外に向かった。

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