定員過多
「疲れたぁ……」
僕は夜道を覚束ない足取りで歩く。花の金曜日、オフィス街には僕の掠れた溜息だけが響く。
「タクシー、乗れるかな?」
残業により現在の時刻は深夜二時である。電車もバスも稼働していない。唯一の手段はタクシーを捕まえることである。しかし明日が休みであるため、羽根を伸ばしている人々が沢山居るのだ。駅ではタクシーの争奪戦が繰り広げられていることだろう。
「ん? あれ? タクシー!?」
深海のように暗い空を見上げていると、車が接近してくる音とヘッドライトが僕を照らした。眩しさに顔を顰めるが、車の姿を確認すると僕は手を上げる。
「はぁぁ……良かった。ラッキーだ」
滑らかに僕の前に黒いタクシーが停車した。他の乗客が居る可能性もあったが、フロントガラス越しに【空車】という文字が見え安堵する。
「……あ、えっとすいません」
開けられたドアから入ろうとして動きを止めた。後部座席には男女と間に男の子が座っていたのだ。彼らの視線は前方を向き、少し顔色が悪い。
「このタクシーには乗れません。お客さんを乗せているなら、表示を変えといてくださいね」
僕はタクシーから離れた。運転手の困惑した顔をバックミラー越しに見たが、それは僕も同じである。タクシーに乗れなかったことは残念だが、僕は歩いて帰宅した。
翌日、報道により映し出された行方不明の一家が彼らに似ていた。