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「私、ヘスティアは父ヘルメス王の後を継承し、この日をもってイネス国の新王となることを宣言する。」
ヘスティアがそう高らかに宣言すると、王宮前の広場は大きな歓声に包まれた。
崩御した先王ヘルメスに代わり第一王女であったヘスティアが女王として新たに即位したのだ。
ヘスティアは王宮のバルコニーから中に戻ると大きく息を吐いた。
先王が崩御してから国葬を行い、日を置かずすぐに即位式、その間わずかひと月である。
めまいがするような忙しさにさすがに疲労感を感じる。
「お疲れ様です陛下。少し休まれるならあちらに席を用意しております。」
ヘスティア専属の侍女であるフィオナがこちらを伺うように声をかける。
このひと月慌ただしく準備に追われていたヘスティア以上にこのフィオナも休む間もなく動き回っていたはずなのだが疲れた様子を微塵も見せることなく穏やかな笑みを浮かべている。
フィオナの柔らかな表情に思わず肩の力が抜ける。どうやらここまで相当に気を張っていたようだ。
「ありがとうフィオナ。お言葉に甘えて少し休んでくるわ。その間は側にいなくても大丈夫だから貴方も休憩してらっしゃい。」
「そんな陛下を一人にするだなんて…。」
反論しかけるフィオナを手でせいして笑顔を向ける。
「部屋の前には衛士もいるもの。少し一人になりたいのよ。このところ一人でゆっくりする時間もなかったでしょう?」
ね、お願いと軽く小首をかしげて見せると仕方ないというようにフィオナは部屋を出ていった。もちろん何かあればすぐに衛士に声をかけるように何度も念を押されたが。
フィオナが去り一人になると途端に先程の疲労感が戻ってきたようで椅子につき机にぐったりと突っ伏してしまった。
このひと月の忙しさのせいでもあるがそれ以上にヘスティアには大きな悩みがあった。その事が心身を疲弊させている一番の原因である。
いくら考えても分からない。父が死んだ日の妹の表情。
彼女が浮かべていたのは歓喜の表情だ。まるでその死を喜んでいるようですらあった。
もちろん気の所為だ。一瞬のことであったし、見間違えたにちがいない。
そう思うのだがどうしてもあの顔を忘れる事ができないでいた。
父の死は病死として発表されてはいたが、実際のところ原因は不明である。明け方に急に苦しみはじめそのままその日のうちに亡くなった。
健康状態に問題があったわけでもなく、外傷も見られず、毒も検出されなかった。
ヘスティアは恐怖していた。父の死の原因がわからないことも、15の歳で王として国を背負うことも。
気が重くて仕方がない。これからこの国の民の命に責任を負わなくてはならない。周辺諸国は友好的な態度をとりながらその実この国の富を虎視眈々と狙っている。
この国の家臣たちも15の小娘を心の底から王に相応しいなんて思っていない。
父王の死の原因が病死でないとしたら、国の内にも外にも敵がいるのだ。
なにより…。この世界で本来なら最も信頼できるはずの存在。父なき今ヘスティアにとっては唯一の肉親。
ヘスティアにとって一番恐ろしいのは自分とよく似た面差しを持つ妹。黒髪のヘスティアに対しこの国には珍しい白銀の髪を持ち、この国の神殿の長として君臨する第二王女デメテル。
「強く。強くならなくては。」
ヘスティアはポツリと呟く。
本当の意味の権力を持ち、信頼できる家臣を集め実績を作り、何が起きても揺らがない強さを。
デメテルが実際に父の死に関わっているのかは分からない。ヘスティアに害意を持つのかも不明だ。
ヘスティアの望み通りデメテルは素直で優しく可愛い妹なのかもしれない。
あの日見たものは勘違いの可能性だってある。
しかし、一度抱いた疑念は消せない。周辺国のこともある。
ヘスティアの立場はひと月前とは大きく変わった。
自分になにかあれば、この国にも大きな影響がでる立場になってしまったのだ。
少しの疑念だって軽く考えるべきではない。これからは慎重に動かなくては、私が選択を間違えば失うのはこの命だけではないのだから。
ヘスティアは目を閉じるとまた大きく息を吐いた。
そろそろ戻らなくては、夜には祝賀の宴もあるのだ。もう準備に取り掛からなければならないだろう。
ゆっくりと立ち上がると部屋をでる。
その顔には先程までの不安などなく、自信に満ちた女王の笑みだけがあった。