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月宮の花  作者: 鼎
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白亜の宮殿の中を一人の少女が翔けてゆく。その手には水が入った壺を抱えているが、その足取りは軽快でまるで重さを感じさせない。

「イオリーラ。イオリーラはどこにいるの?」

 少女を呼ぶ声にイオリーラはますます足を早めた。そうしながらも、壺の中の水が溢れないように器用にバランスをとる。

「はい、侍女長様。ただいま参ります!」

 そう大きな声で返事しながら、年配の女性の元へ走り寄る。

「ああ、水を汲んでいたのね。そちらは他の者に任せていいわ。それよりも頼みたいことがあるの。」

 そう言われてイオリーラは首を傾げた。朝の水汲みは新人の召使いの仕事だ。午前中に宮殿内の各所にある井戸から水を汲み、所定の場所に水を運んで置かなければならない。

 水を運ぶのが遅くなれば掃除や洗濯など、一日の業務が遅れてしまう。

 地味な仕事だし。水の入った壺は重い。大変な重労働だがまだ一人前に仕事ができない新人にとっては一日の中で一番重要な仕事である。

(水汲みを中断させてまで頼みたいことって…。いったい何をさせるつもりなんだろう。)

 イオリーラは目の前の女性をチラッと見た。侍女長はその視線には気づいていないようで、気にすることなく続けた。

「あなた、姫様に朝食を持って言ってもらってもいいかしら?」

「えっ。私が…ですか?」

 おもわず疑問が口をついた。そりゃそうだ。この宮殿で姫様と呼ばれるからにはそれは国王の娘のことだろう。普通であれば到底新人に頼むことではない。

「いつも姫様の食事を運んでいる侍女が体調を崩していて休んでいるのよ。姫様は年配の侍女が苦手なようで、歳の近い者しか近づけたがらないの。

 あなたは姫様とは歳がちかいし、それに新人の中では貴方が一番、機転がきくし、働き者だからね。」

 そう言うとこれで決定だとばかりに厨房に連れて行かれて食事を持たされる。

 これは断れそうにないと察し、イオリーラは大人しく王女の暮らす宮へと向かった。

 この国の王族が暮らす宮殿の奥、女性が暮らす宮を月宮と呼ぶ。対を成して男性が暮らす宮を太陽宮。政務などを行う宮を天宮と呼んでいる。

 月宮へ続く大理石の廊下を歩きながら、それにいても、と思う。

 それにしても警備の薄い宮殿だな。仮にも一国の王女の住む宮殿に簡単に新人を入れるなんて、ましてや自分はこの国の人間ではない。

 オアシス国家であるこの国、イネス国はイネシス川という大河沿いにある豊かな国である。

 また大河を介して周辺国から人や物が集まり、文化や芸術、学問などの先進国となっている。そのため王都にはイオリーラのような外国人が働くことも珍しいことではない。

 しかし、さすがに宮殿内に国外の者を入れるのはありえないのではないか。

 イオリーラの見た目はこちらの国の人々とは明らかに違う。

 この国では黒髪や茶髪が一般的である。対してイオリーラは金色の髪に青い瞳。その上この国の人々に比べて抜けるように白い肌をしている。

 この特徴は周辺国の中でも法治国家として名高いアドニス帝国の特徴である。アドニス帝国は法治国としても有名だが、それ以上に大きな軍事力を持つ強国として知られている。

 豊かな富を持つイネス国にとっては警戒するべき国である。

(それなのにこんなに簡単に王女に会えるなんて…。これはもうバレたかな?)

 ここまで来ると簡単すぎて逆に警戒されて誘き出されているような気がしてきた。

 実のところイオリーラは宮殿内を探るためにこの国に潜入いている。

 この国で働き始めてから一ヶ月。想定よりも格段に早く内部に入り込むことができた。

 警戒されているのか、それともよっぽど警備体制がゆるいのか、おそるおそる指定された部屋の前に立ち、声を上げた。

「姫様、食事をお持ちしました。」

 中からの返事を待つが何の返答もない。これはマズイかと思い、ジリジリと後退しようとしたとき小さく扉が開いた。

 隙間から幼い少女がそろりとこちらを伺っている。

 イオリーラは思わず息を飲んだ。

「…姫様?」

 失礼を承知で伺うような聞き方をしてしまった。

「あの、いつも来ているエリスはいないのですか?」

 消え入るような声だが、否定することなく疑問を返してきた。おそらくこの少女が王女で間違いないだろう。

(これは驚いたな。)

 黒髪が多いはずのこの国の王女は見事な銀色の髪をしていた。

 イオリーラは内心の動揺を表に出さず微笑んだ。

「エリス様は体調を崩し、今日は休養をとっていらっしゃいます。おそらく一日休めば大丈夫かと思いますが、本日は私が代わりに朝食をお持ちいたしました。」

 安心させるように微笑めば、王女は少し肩の力を抜いた。改めてこちらを伺うと、イオリーラを眩しげに見ている。

「あなたの髪、とっても綺麗ね。陽の光を浴びてキラキラしてる。まるで太陽みたい。」

 王女はそう言うとにっこり微笑んだ。

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