介護士の女
2009年4月
日本に帰ってきて5日が経った。私は実家のある平和島と会社がある新橋のちょうど中間距離にあたる大井町に部屋を借りた。築30年の古いマンションでオートロックなど付いていないが、部屋はリフォーム済みでとても居心地の良い部屋だ。3月29日までトロントで働き、4月1日からは東京で仕事。会社は私を殺そうとしているのか。そんなこんなで東京での初めての週末、私は父のいる実家へと向かう。
父は80歳を過ぎてもまだネジ工場を閉めずに働いている。ここ最近の経済危機で経営はあまり良い状態とは言えず、絶世期には20人程居た従業員も今では父ともう一人若い従業員が居るだけだ。
私が実家の前に到着すると、若い従業員が一人作業をしていた。私は彼に声をかける。
「親父居る?」
彼は突然話しかけられびっくりする。
「シゲさん、今タバコ買いに行ってるっすよ。待ってればそのうち帰ってきますよ」
私は待っている事にした。この若い従業員とは3年前の母の葬式で会ったが、その時はロクに話をしなかった。髪は金髪で細い眉毛。いかにも今時の若者と言う感じ(だと思う)。そういえば私は彼の名前を知らない。そんな彼と何を話せば良いのかと考えていると彼の方から話しかけてきた。
「健司さんでしたっけ?カナダに住んでるんっすよねぇ?すげーなぁ」
私もそれに話を合わせ、東京に転勤になった旨を伝えると、
「マジっすか!?すげぇー。もう超一流のサラリーマンじゃないっすかぁー。すげーなぁ。」
さっきからすげぇーばかり言っている気がする。
「え、じゃあカナダっつったら金髪のねーちゃんばっかっすよねぇー。うわぁーすげぇーなぇー」
誰かコイツを止めてくれ。そう思った時、
「すいませーん」
きれいな声の女性が工場を訪ねてきた。
「あのー、シゲさんは?」
男が再び父がタバコを買いにいってる旨を伝えると彼女は中で待っていると言う。
彼女は長い黒髪で目鼻立ちがはっきりしたエキゾチックな風貌のキレイな30歳前後の女性。ハーフだろうか?私と目が合うと軽く会釈をし、男に私を見て「あのー•••」と尋ねる。
「あー、この人健司さん。シゲさんの息子さん」
すると彼女は一瞬少し驚いた顔をするもすぐに普通の顔に戻り、自己紹介を始める。
「ナオミです。介護ボランティアで週末伺わせて頂いてます」
すると男がすかさず、
「そうそう、ナオミちゃん、キレイですよねぇー。週末だけと言わず毎日来てくださいって感じ?あ、そうそう、明日日曜だからナオミちゃん、一緒にどっか行かない?」
彼女が困っているとすかさず、
「コラー!タカヒロー!!何ナオミちゃん口説いてんだー!!」
父の怒鳴り声。相変わらず元気そうだ。すると父は私に気づき、
「おー、健司、久しぶりじゃないか」
元気そうにしている父を見て私は安心し、東京に転勤になったを伝え、何か困った事があったら連絡をするようにと私の携帯番号と住所を書いたメモ紙を置いてその場を去った。すると彼女が、
「あ、健司さん•••」
私が振り返ると彼女は何か言いたげにではまたと言って父の身の回りの世話を始めた。
その後、私はナオミと言う女性の事が気になった。私が名乗ったあとの驚いた表情、別れ際の何か言いたげな様子。そして何よりもどこかで見た事がある顔のような気がしてならなかった。
そんなもやもや感を残しながらその夜自宅に居ると、玄関のブザーが鳴った。私がテレビモニターフォンで応答すると、そこには昼間実家で会ったナオミと言う女性。私はなぜ彼女がと言う疑問を抱きながら玄関のドアを開ける。そして彼女が放った一言。
「パパ•••」