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6どうしてこうなった

 幸の同僚はあの日以来、恵琉たちの家に来る頻度が少なくなった。そして、幸は意識的に同僚の話を口にすることを控えているようだった。家で会話をしていても、同僚の話が出ることはなくなった。


「最近、同僚の話を聞きませんが、何かありましたか?」


 あまりにも意図的に同僚の話をしなくなった夫が気になり、恵琉は自ら同僚の話題を切り出した。妊娠6か月目を迎えた少しだけ涼しくなってきた日のことだ。夕食のパスタを食べ終わり、食後のお茶を二人でゆっくりと飲んでいた。


「別に何もないよ」


「そんな風にはみえないけど」


 じっと見つめると、幸はあからさまに視線をそらず。何かあったに違いない。恵琉は理由をどうやって聞き出そうか考える。


「そんなにじっと見つめないでください」


幸は恵琉の視線に耐えられず、席をたって自分の部屋に行ってしまった。


(めちゃくちゃ気になるんですけど)


 出産まであと残り4か月ほど。勝負を仕掛けるのなら、いつがいいだろうか。幸たちがけんかしているようなら、どうにか仲裁しなければならない。


(とりあえず、相手と接触して話を聞いてみるしかない)


 夫の幸は連絡すら取っていないようだ。家に呼ぶことはなくなり、幸の帰宅時間もほぼ定時となっていた。仕事中に会っているかもしれないが、それ以外には接触はなさそうに見えた。


 幸の仕事は薬剤師で、同僚は薬局を回る営業職であることは確認済みだ。ちょっと薬局に用事があるふりをして仕事場をのぞいてみればいい。


 恵琉はさっそく行動に移すことにした。


 ちなみに恵琉は妊娠を機に仕事を辞めることにした。本当は仕事を続けるつもりだったが、接客業で人前に出る職業のため、妊娠してお腹が大きくなっているところをみられてしまう。それが嫌でお腹が目立つ前の妊娠6か月ほどで退職した。



 平日の昼間、退職して時間が空いている恵琉は幸の職場を訪れた。もしかしたら、幸と同僚の会話を盗み聞き出来るかもしれない。


仕事場での幸は薄幸そうに見えながらも、的確に患者に薬の説明をしていた。夫の働く姿に胸がドキッとしてしまったが、それは心の奥に押し込める。ドキドキするのは私ではなくて、同僚の役割だ。自分がどきどきと胸を高まらせても意味がない。


 患者の対応を終え、薬局の中の客は恵琉だけとなった。さすがに恵琉の存在に気づいていると思うが、仕事モードなのか夫の幸は恵琉に視線すら向けることがない。


「あ、あの」


 さすがにここまできてそのまま薬局を去るのは恥ずかしいので、夫の幸に一言声を掛けようとしたが、途中で遮られる。


「あれ、恵琉さん。こんな平日の昼間にどうしたの?」


「ら、いや波多野さん。今日はこちらに来る予定はなかったはずでは?」


「いや、見積もりが早くできたんで渡そうかなと思って。ちょうど近くを回る予定があったから、ついでに」


 この機会を逃すわけにはいかない。私の計画の成功がかかっているのだ。


「波多野さん。少しお話があるのですが、お時間よろしいでしょうか」




「自分の夫の前で他人を口説くとか、だいぶ頭おかしいね」


「別に口説いてなんていません。本当に話があったから声をかけただけです」


 同僚は驚いた顔をしていたが、恵琉と二人きりで話すことに同意した。外で待っていてと言われたため、薬局を出て屋根の下で待つ。数分後、薬局から出てきた同僚はなぜか苦笑していた。


「ちょうど昼時だけど、一緒に食べる?」

「お願いします」


 二人きりで食事というのは、不倫にあたるのだろうか。だとしたら、これはこれで離婚の材料になるということだ。望むところだと妙に気分が高まった恵琉は即答した。



「ねえ、本当に幸のこと、好きなの?」


「好きですよ。彼みたいな素敵な人、いないです」


「それは本心で言っているの?もしそうだとしたら、俺と一緒に二人で食事していることに罪悪感とかないわけ?」


「それを言うなら、波多野さんこそ、私が幸の妻であることを知って、どうして二人で食事をしているんですか。幸のことを思うのなら、断ればよかったでしょう?」


『はあ』


 まるでタイミングを合わせたかのように恵琉と同僚はため息を吐く。食事は薬局近くのファミリーレストランでとることにした。昼時で店内は混みあっていたが、運よく席が空いていた。


「幸のことを幸せにできる相手だったら、俺もこんなことはしなかった」


 急に頭を抱え出した同僚に戸惑いながらも、恵琉は話を促す。これはとても良い方向に話が進んでいる。このまま話を聞いていたら、もしかして。


「お前は女で、幸の子供を妊娠した。だが、ただそれだけだ。女だったら誰でも子供は作れる。だから、別に幸を幸せにするのはお前じゃなくてもほかの女でもよかったんだ。そう、男の俺には到底無理な話だ」


 恵琉は知らず知らずのうちに笑顔になっていた。こんな展開を予想していなかったわけではないが、実際に体験してみるとにやけが止まらない。恵琉の心中に気づくことなく、同僚は酒が入ったかのように愚痴をこぼし始める。


「でも、俺は幸が好きなんだ。だからこそ、幸にはいつも笑っていてほしい。でも、俺のことも忘れずにいてほしい。結婚していても俺との仲を大事にしてほしい」



「まったく、これだからこの二人を一緒にしてはいけないね」


『えっ』


 事態は急展開を迎えた。このまま同僚の愚痴を聞いてそのグダグダな雰囲気から自分の計画を話して夫の幸と同僚の仲を応援するという流れを思い描いていたが、予想外の人物が現れてしまった。恵琉と同僚の二人は同時に声を上げる。


「実は僕、恵琉さんの携帯にGPS機能つけているんだ。言ったでしょう。僕は離婚しないって。僕は恵琉さんを愛しているんだよ」


 なんだかこの場から離れたほうがいい気がした。


「わ、私はこれで、幸も波多野さんもし、仕事に」


 急に席を立ったせいか、立ち眩みを起こし、ふらついてしまう。


(やばい、このままじゃ床に衝突する)


 なんて格好悪い退場の仕方だ。どうしようもない体の急変に目をつむってしまうが、床と接触する気配がない。


「まったく、急に立ってはダメですよ」


 支えてくれたのは夫の幸だった。男の割には細めだが、女の恵琉よりも当然、体格は良いので、支えてもらっても安心感がある。つい、幸の腕の中にいることに甘えてしまう。そのままじっとしていたら、ぐいっと体を引っ張られる。


「俺はこいつを認めない」


「らいに認めてもらわなくても、恵琉さんは僕の妻ですよ」


「それが嫌だ。お前がこんな女がいいっていうのがむかつく。女の趣味が悪すぎる」


「仕方ないでしょう。そんな恵琉さんを僕は好きなんですから。恵琉さん、自分が腐女子で僕とらいをくっつけようとしていたみたいですけど」


 そこからは、大変な事態となってしまった。帰るに帰れなくなった恵琉は夫の幸と同僚の三人で昼食をとることになった。



 家に帰るころにはぐったり疲れてしまい、玄関で靴を脱ぐのもおっくうなぐらいで床に倒れこんでしまう。二人はそのまま昼食後、職場に戻っていった。


(まさか、私の計画がばれていたなんて)


 正確には恵琉が腐女子で、さらには二人をくっつけるというところまでがばれていたのだが、その後、計画のことを追求されて正直に暴露してしまった。


(でも、そんなやばい妻の性癖を知りながらも離婚をしないって言い切る夫もやばいよな)


 恵琉はファミレスでの最後の会話を思い出す。いろいろ暴露して、同僚も自分の性癖を暴露させられてしまい、二人はいたたまれない気持ちで雪の反応をうかがっていた。


「三人で住めば問題ないですよね」


 ここで、幸が怒ったり悲しんだりして入ればよかったと恵琉は思った。それなのに、なぜ、あんなにも晴れやかな笑顔で飛んでも発言をしたのだろうか。一番やばいのは夫の幸かもしれない。



 ファミレスでの一件以来、恵琉は夫の様子にびくびくしながらいつも通りの生活していた。その中で以前の生活と違うのは、その場にもう一人同居人が増えたことだ。幸の行動の速さには驚かされた。あっという間に同僚の雷を恵琉達の養子にしてしまった。


(まさかの女一人に男二人の生活になるとは思わなかった)


 しかも、それに加えてもうすぐ子供が一人増えることになる。恵琉のおなかは日に日に大きくなり、誰が見ても妊婦にしか見えないほどになっていた。


『どうしてこうなった』


「二人とも、あまり仲良くしないでくださいね。僕は恵琉さんもらいもどちらも好きですけど、二人が愛し合うのは許してはいませんから」


 子供が生まれたらもっとにぎやかになるだろう。


(離婚したいと思っていたけど、これはこれでいいかもしれない)


 人生は計画通りにはいかないものだ。とりあえず、目の前のこのよくわからない三人での生活、その後増える家族との生活に胸を躍らすのだった。

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