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3これはきっと……

「これはやばいかも」


 幸たちが店を出ていき、しばらく普段通りに接客の仕事をしていた。休憩時間に入った恵琉は控え室に入ると、力尽きたように椅子に座って机にうつぶせになる。


 特に変な食べ物は食べていないのに、胃のあたりが妙にむかむかした。朝から気持ちが悪かったのは気のせいではなかった。仕事場に来る途中のコンビニで買ったサンドイッチを口にする気にもならない。ペットボトルのお茶を飲んで、お腹を押さえて机に突っ伏していると、店員の一人が休憩のために部屋に入ってきた。


「ようやく、休憩だ……。やっぱり、休日はお客さんが多くて大変ですね」


 部屋に入ってきたのは佐々木だった。疲れたと言いながら、腕をぐるぐる回して恵琉の隣の席に座る。


「富田さん、お疲れ様です。あれ、今朝よりさらに顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」


「佐々木さん、お疲れ様。なんか、休憩に入った途端、胃がむかむかし始めたんだよね」


 恵琉が自分の体調を佐々木に伝えると、驚きの回答が返ってきた。


「それ、妊娠しているのでは?富田さんって、結婚していましたよね。だったらその可能性が……」


「妊娠」


 確かに妊娠しているとわかるきっかけは、胃のむかむかからということを聞いたことがある。恵琉はその可能性を自分では思いつきもしなかった。そういえば、最後に生理が来たのはいつだっただろうか。頭の中で計算していると、ふふふと笑う声がする。控室には恵琉と佐々木しかいない。そうなると笑っているのは。


「ああ、すみません。富田さんの様子が微笑ましくて。とりあえず、仕事がきついようだったら、早退した方がいいですよ。理由は……。腐った牛乳を飲んでしまって腹を下してしまった、とかにしておきましょうか?」


 恵琉はじとりと笑っている彼女に視線を向ける。


「ご、ごめんなさい。別に悪気があったわけじゃなくて」


 佐々木に謝罪されたが、今の恵琉にはそんなことはどうでもよかった。妊娠だとしたら、調べる必要がある。今日は早番で休憩後、二時間くらいでシフトが終わる。このままの状態なら、仕事をしていても問題はないだろう。その後に薬局で検査薬を買って家に帰ってから調べることにしよう。


「言い訳を考えてくれてありがたいけど、休憩後、二時間くらいだから、仕事は早退せずにやっていくよ。気遣いありがと。それと、この話は」


「わかっていますよ。正式にわかるまでは黙っています。こう見えても私、口は堅いので」


 佐々木に口止めをしておくと、あっさりと了承してくれた。


「ううん、本当に妊娠しているわ」


 胃のむかむかはひどくなることはなかった。恵琉は何とか午後からの仕事を終えて、薬局に寄り、妊娠検査薬を購入する。家に帰ると、夫はまだ帰宅していなかった。


 これ幸いとばかりに急いで服を着替えてトイレに駆け込み、検査薬を使って調べる。見事に陽性の反応が出た。妊娠を望んだのは自分だったのだが、なんだか不思議な感じだった。お腹を押さえるが、いつもと変わりのなく平坦なものだ。


 恵琉の計画では子供は必須の条件だった。そのため、夜の営みは行っていた。




「とりあえず、連絡だけでもしておくか」


リビングのイスに腰かけると、どっと疲れが出て机の上に手を投げ出して顔を置く。とりあえず、夫の幸に報告をしなくてはならない。カバンからスマホを取り出して、恵琉は幸にメッセージを打ち込む。


『大事な連絡があります。早めに帰ってきてくれると嬉しいです』


 スマホのメッセージで妊娠を伝えてもよかったが、直接自分の口から話したかった。恵琉はメッセージを送信して、スマホを机の上に置くとため息を吐く。確かに妊娠するための行為はしていたが、まさか本当にできるとは。


『結婚したからには子供が欲しい。夫との間に子供をつくり、幸せな家庭を築きたい』


 普通の人が思うようなことを考えていたわけではない。恵琉には他に子供をつくる理由があった。離婚するためには必要な条件であり、今回、その条件が満たされた。


「子どもができたのならば、次に私が取るべき行動は……」


 自分の離婚計画は順調に進んでいる。そのことにうれしくなり、恵琉は一人、リビングで喜びをかみしめた。


 恵琉が送ったメッセージはすぐに既読がつくことはなかった。スマホをいじりながらも、夫からの返信がないことに特に疑問に思うことはない。友達、もしかしたら店であった同僚と楽しんでいるのかもしれない。


「遅い……」


 恵琉は一人、リビングで壁時計を睨みつける。夜の9時を過ぎても夫の幸は帰って来なかった。スマホを確認しても、恵琉のメッセージには既読がついているものの、返信はない。既読はしているということは、恵琉が大事な話があることは知っているはずだ。それなのに、なぜ帰って来ないのだろうか。


 さすがに8時を過ぎたあたりからは、夕食を一緒に取ることをあきらめ、恵琉は先に自分で作った豆乳鍋を食べることにした。今は夫の分を冷蔵庫にしまって、キッチンの片づけが終わり、リビングにいるという状況だ。


「もしかして……。ふふふ。なんせ、運命の相手だし、その可能性もある。いいなあ、そうだとしたら萌えるわあ」


 恵琉の独り言がぶつぶつと静かなリビングに響き渡る。当然、家には一人しかいないので、彼女の言葉を聞いてくれる者はいないし、独り言を止める者もいない。


「そうだとしたら、遅くなっても構わないなあ」


 むしろ、そちらの方がありがたい。


 夫の帰宅が遅い理由を良いように解釈することにして、今日はもう早く寝ることにした。


 夕食は余ってしまったが、明日の朝食と恵琉の明日の弁当にしてしまえば問題ない。いつまでも時計とにらめっこしていても仕方ない。恵琉は夕食の片づけをして、風呂に入ることにした。


 風呂に入り、髪を乾かしていても、夫の幸が帰宅する気配はなかった。幸は真面目な性格で、帰りが遅くなりそうなときは、必ず妻の恵琉に連絡を入れていた。それがないということは。


「これが始まりだとしたら……」


不倫は到底許すことはできない。しかし、それは夫の幸が女性と何かいたしてしまった場合だ。その場合、恵琉は幸の子供を妊娠しているため、離婚となると泥沼の修羅場となる。これがもし、男性の場合だったら。


「とりあえず、今日はもう寝よう」


 これ以上考えることは危険だ。恵琉は普段は12時くらいまで起きていて、今はまだ10時過ぎだった。寝るにはすこし早い。


 とはいえ、恵琉の心と身体は休息を欲していた。寝ようと思ったら急にあくびが出て、睡魔が押し寄せて目をこする。寝ると決まれば、即行動である。髪を乾かし終えた恵琉は、すぐに自室に向かう。ベッドを前にするとさらに眠気が襲ってきた。


 ばたん。


 ベッドに倒れこむともう動けない。何とか頭を枕の上に載せて仰向けに寝転がる。身体を動かすのもおっくうになりながらも、足で布団を引き寄せる。すると、もう目を開けてはいられない。目を閉じた瞬間、恵琉は寝てしまった。

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