【連載版始めました!】転生先が破滅エンドしかない悪役令嬢だったので、生き残るために強くなろうと思います ~婚約破棄ならお好きにどうぞ。その代わり二度と関わらないでくださいね?~
好評につき連載版スタートしました!
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よろしくお願いします!!
痛みが徐々に和らいできた。
何もかもが真っ赤に染まっている。
真っ赤なのは私自身。
流れ出る血が目に入り、世界を紅蓮に染め上げていた。
「……くふっ」
口から血が噴き出す。
お腹からも頭からも、いっぱい血が流れ出ている。
致命傷なのは、お医者さんじゃなくても理解できる。
なにせ私の身体だ。
意識はまだあるのに、ピクリとも動かせない。
もうすぐ私は死ぬのだと、冷静に気づかされる辛さが誰にわかるだろう。
「……はぁ、なんなんだろう……」
私の人生は平凡だった。
なんてことのない小さな村に生まれた一人娘。
家族との仲は良好で、友人も少ないけどちゃんといて、穏やかに暮らしていた。
しいて言えば、刺激がない日々に飽き飽きしていた程度だろう。
二十歳になった私は、刺激を求めて大きな街へ引っ越すつもりでいた。
そのための準備もして、両親に許可もとっていた。
順調だった。
もうすぐ、新しい環境での新生活が始まる。
少しだけワクワクしていた矢先に、村を魔物の群れが襲った。
小さな村だ。
戦える人なんてほとんどいない。
あっという間に村は魔物に蹂躙されて、私は運悪く逃げ遅れてこの有様だ。
慣れ親しんだ我が家の天井に潰されて、いろんなところに穴が開いてしまった。
「……みんな……大丈夫、かな……」
お父さんやお母さん、友達は逃げられただろうか?
心配ではあったけど、正直もうどうでもよかった。
私はここで死ぬ。
私の人生はここで終わる。
何もなく、ただ生きただけの二十年間に幕が下りる。
満足なんてしていない。
空しさしか残っていない。
瞳から涙が零れ落ちる。
ふと、部屋の棚から一冊の本が落ちてきた。
私はギリギリ動かせる瞳だけを動かし、落ちてきた本を見る。
それはある少女の架空の物語。
特別な力を持った主人公の女の子が、頼りになる男の子たちと出会い、絆を深め合いながら成長し、やがて世界を救うお話だ。
私はこのお話が大好きだった。
現実では味わえない非日常が詰まっていたから。
「……いいなぁ」
ずっと思っていた。
私も、この本の主人公のように特別な存在で、苦しくも幸福な日々を送れたら……。
そう何度も思った。
ああ、神様。
もしも来世があるのなら、私にもどうか……役割のある人生を与えてください。
楽なんてできなくてもいい。
平坦じゃなくて、刺激のある物語の……登場人物になりたい。
薄れゆく意識の中で私は願った。
どうせ叶わない願いだと悟りながら、ゆっくりと目を閉じて……。
◇◇◇
身体が重い?
痛みは感じない。
まだ意識が残っていて、死ねないでいるの?
もういいから、終わっていいから。
早く楽に……。
「……え?」
目を覚ました。
目が開いた。
もう開くことはないと思っていた瞳が、見知らぬ天井を捉えた。
私はベッドで眠っていたらしい。
ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。
「ここ……どこ?」
右も左もわからない。
知らない部屋、しかも初めて見るくらい豪勢な部屋だった。
ベッドもふかふかで、天井まで付いている。
カーペットにカーテン、ソファーなんかも全部が高級そうで、村育ちの私には刺激が強い。
夢でも見ているのかな?
初めはそう思った。
死の淵に幸福な夢を見ているのかと。
ただ、それにしては感覚がハッキリしすぎている。
手足も動くことを確認した。
ちゃんと力も入るし、なぜか胸の奥から湧き上がる力も感じられる。
自分の身体とは思えない。
肌もこんなに白くて綺麗じゃなかったし、視界の端に見える自分の髪の毛も、燃えるような赤色をしていた。
私の髪は茶色だった。
「……私は……誰?」
自分で自分がわからない。
状況も飲み込めない。
困惑する私は、ふと大きな鏡が壁に備え付けられていることに気付く。
角度的に自分の姿は未だ映っていない。
私はベッドから起き上がり、徐に鏡の前へと移動した。
鏡で自分の姿を見れば、私が誰なのかわかる気がした。
そうして見た。
紅蓮の髪と瞳をした少女が立っている。
見たことがない容姿だ。
ただ妖艶で、物語の登場人物のように特徴的だと思った。
直後、衝撃が走る。
「な、なに……?」
頭の中に、見知らぬ映像が流れこんでくる。
激流のごときそれは、記憶だ。
誰かの?
違う……この身体の記憶。
少女に至るまでの、生まれてから今日までの記憶が再生されている。
突然のことで驚き、私は頭を抱えた。
ほんの数秒の出来事だった。
そのわずかな時間で、私は理解した。
否、理解させられた。
「……嘘、でしょ?」
私が誰なのか。
わかってしまった。
そしてこの世界のことも……。
信じられないと思いながら、私は窓のほうへ歩く。
ゆっくりと窓の外を見た。
「――ああ」
本当なんだ。
ここは、私がいた世界じゃない。
太陽が二つ並んでいる。
だけど、まったく知らない世界でもなかった。
むしろよく知っていた。
大好きで、何度も読み返した物語。
死の淵で思い返した……あの本の世界だ。
「本当に……生まれ変わった?」
私の願いが聞き届けられた。
神様にも届いた。
嬉しい。
なんて幸せなんだ。
と、素直に喜べなかった。
「どうして……」
なぜなら、私はただ本の世界に生まれ変わったわけじゃない。
私には役目がある。
脇役じゃなくて、物語の主要人物。
私の名前はスレイヤ・レイバーン。
この物語の主人公……に嫌がらせをする敵対ヒロイン。
いわゆる悪役令嬢だった。
◇◇◇
光の聖女と五人の勇者。
それが、私が大好きだった本のタイトルだった。
物語のメインの舞台となるのは、王都にある学園。
主人公は平民ながら聖女の才能をもって生まれ、学園に入学してから後に勇者と呼ばれる男性たちと運命の出会いを果たす。
紆余曲折、様々な問題を持ち前のやさしさと正義感で解決。
最初は敵対していた者たちとも仲良くなり、最後は共に協力して邪悪な魔王と戦う。
しかも討伐するのではなく、魔王すら救ってしまう。
誰も不幸せにならないハッピーエンド。
ただし一人だけ、幸せになれなかった登場人物がいた。
それこそが……。
「今の私……」
寝室の鏡の前で何度確かめても、私がスレイヤである事実は揺るがなかった。
本に記されていた特徴と全て一致する。
何より、頭の中に流れ込んできた記憶が、私が私であることを証明していた。
「はぁ……」
私は大きくため息をこぼした。
おそらく前世も含めて、これほど落胆した記憶はないほどに。
生まれ変わったことは幸福だ。
役割のある人生がいいとも願ったし、この世界を最後に連想したのも事実。
だけど、よりによってスレイヤはない。
このキャラクターだけはありえない。
落胆していると、扉がトントントンとノックされた。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
女性の声がする。
たぶんこの屋敷の侍女さんだろう。
記憶通りなら、朝は侍女が起こしに来てくれる。
「ええ、もう起きているわ」
「――! お着替えの準備をさせていただきます。入ってもよろしいでしょうか?」
「お願いするわ」
記憶通り、侍女が中に入ってくる。
彼女の名前はルイズ。
私の身の周りのお世話をしてくれている侍女さんだ。
部屋に入った彼女はせっせと動き、着替えを用意してくれた。
私は着替えを手に取り、自分で着替え始める。
「お、お嬢様?」
「どうかしたの?」
「い、いえ……ご自身で着替えられるのです……か?」
ここではっと気づく。
着替えはいつも、侍女に手伝ってもらっていたんだ。
いきなり自分で着替えだして不審に思われただろう。
このキャラクターの性格上、身の回りのことを自分でやるなんて発想はない。
高飛車で自信家で、侍女や平民のことは人間だと思っていないような性格だったから。
彼女が妙にビクビクしている理由もわかった。
普段の私はもっと威張っていて、侍女を馬鹿にした態度をとっていたんだ。
「えー、そうね。やっぱり手伝ってもらおうかしら?」
「は、はい。かしこまりました」
ルイズは慌てて着替えを手伝いは始める。
新しい記憶より、前世の記憶のほうが長くて色濃いせいか、誰かに着替えを手伝ってもらうことに歯痒さを感じてしまう。
今の私はスレイヤだ。
スレイヤらしい振る舞いをするべきなのだろうけど……。
「い、いかがでしょうか?」
「ありがとう。ちゃんと着れているわ」
「――! は、はい」
どうしても、スレイヤらしく高飛車に振舞うことはできなかった。
私の態度の変化に怯えながら、どこかホッとしたような表情をルイズは見せる。
普段はもっと急かされ、罵倒されていたから。
こんなにもあっさり着替えの時間が終わり、感謝されることに驚きを隠せない様子だった。
「そろそろ朝食よね?」
「は、はい! ご用意できております」
「そう、じゃあ行きましょう」
一先ず今は、できる範囲でスレイヤを演じてみよう。
もしかしたら本の世界とよく似ているだけで、まったく別の世界かもしれない。
そもそも普通に考えて、本とまったく同じ世界に生まれ変わるなんてありえるのかしら?
偶然似てる名前、似た環境に生まれただけかもしれない。
そう……きっとそうに決まってる。
でなければ私は……。
部屋を移動し、朝食をとる。
朝食の席には私の他に、父と母も同席する。
「おはよう、スレイヤ。昨日もよく眠れたかい?」
「はい。お父様」
「しっかり食べて大きくなるのよ。成長には栄養が大事なんだから」
「そうですね、お母様」
二人は私のことを溺愛している。
唯一の娘であるから、ということもあるけど、単に二人が甘々なんだ。
この二人の甘やかしが影響して、スレイヤは高飛車な性格になってしまっている。
ある意味この両親のせいで苦労させられるのだけど、悪気はないし、単に私のことを大切にしてくれているだけだから恨むこともできない。
「あら、スレイヤどうしたの? なんだか元気がないわね」
「ああ、そうだな。私もそう感じていた」
「大丈夫です。少し考えごとをしていただけですから」
私は笑ってごまかす。
さすが、毎日見ている人たちには違和感を覚えさせてしまうだろう。
やはり私は、本物のスレイヤのようにはできない。
少しずつ、二人にも慣れてもらうしかなさそうだ。
別にスレイヤを演じなくても構わないだろう。
ここは似ているだけで、きっと本の世界とかじゃない。
だから大丈夫。
「心配だな。もしかして、来年から通う学園のことでも考えていたのかい?」
「え……」
「大丈夫よ。スレイヤならたくさん友人もできるわ」
「学園……というのは?」
私は恐る恐る尋ねた。
すると二人はキョトンとした顔を見せる。
「何を言っているんだい? 王立ルノワール学園だよ」
「来年からスレイヤも学園の生徒になるのよ」
二人の言葉に衝撃が走る。
学園の名前は、この身体の記憶にもあった。
だけど考えないようにしていた。
似ているだけだと、思い込むために……。
学園の名前まで一緒で、その他の全ても似ている。
もはや似ている、なんて表現すら足りない。
この世界はやっぱり、本の中の世界なんだ。
だとしたら私は……スレイヤ・レイバーンは……悲劇の死を遂げるだろう。
◇◇◇
スレイヤ・レイバーン。
彼女の役割はハッキリしている。
主人公に敵対するもう一人のヒロインであり、数々の嫌がらせをして主人公を困らせる。
周りの男性を奪おうと画策したり、権力の全てを利用して主人公を陥れようとした。
地位もあり、最初はスレイヤが優位に進める。
しかし失敗が続き、徐々に学園での地位を失い、最終的には魔王に加担してしまった。
完全な敵となった彼女は、魔王の命令に従い主人公たちを追い詰める。
自らの地位を奪った主人公に復讐するために。
だけど、最後には魔王に裏切られて殺されてしまうんだ。
多くを救った主人公が、たった一人救えなかった人物。
最後の最後まで、悪役として生き抜いた。
そんなキャラクターに……私は生まれ変わってしまった。
「はぁ……」
食事を終え、自室に戻った私は力なくベッドに倒れ込んだ。
違う違うと思いたかったけど、手に入る情報がどれも、私の運命を暗示しているように感じてしまう。
私はもうすぐ十五歳になる。
来年、王立ルノワール学園に入学して、私は出会うだろう。
この物語……いいや、世界の主人公に。
主人公と共に世界を救う五人の勇者たちにも。
「……」
どうする?
このまま平穏に一年過ごして、学園に入学する?
そうして出会ってしまえば、私はもう逃げられないんじゃないの?
いや、でも、あれはあくまで本の中のお話だ。
私はスレイヤじゃない。
スレイヤのような選択をしなければ、破滅の未来は訪れない。
……はずだ。
ごくりと息を飲む。
私自身が考えを否定するような寒気を感じる。
物語は七部に構成されていた。
共通である序章と、各勇者たちを選んだ場合の結末。
そして最後の章は、全ての勇者を選んだ際にたどり着く本当の終着点。
どの選択肢に進もうとも、スレイヤの運命は変わらない。
主人公が誰を選び、共に進もうとも……。
スレイヤは必ず敵対し、魔王に加担して主人公たちを追い詰め、結局は裏切られて死ぬ。
その運命に変わりはなかった。
まるで、お前は死ぬために生まれてきたのだと、運命に告げられているように。
私が感じた悪寒は、おそらくそれだ。
仮に私がスレイヤとは違う道を選んでも、結局同じ未来が待っているんじゃないかという不安。
逃げても、変わらなくても、私は魔王に殺される。
物語を進めるための材料に使われる。
そうなる予感がした。
いいや、なぜだか確信が持てる。
このままでは、私は必ず不運な死を遂げるだろう。
物語のスレイヤのように。
そして……一度死んだ前世の私のように。
「……嫌だ」
強く思う。
一度ならず二度までも、不幸な死を迎えたくはないと。
せっかく生まれ変わったんだ。
絶対に不幸な未来にたどり着きたくない。
どうすればいい?
ただ逃げるだけじゃ足りない?
だったら……。
「強くなろう」
答えは単純だった。
スレイヤの死は、魔王と関わることで完結する。
どういう形であれ、魔王によって殺される。
そういう運命なんだ。
それなら簡単だ。
私が、魔王を倒せるくらい強くなればいいんだ。
死の元凶が魔王ならば、魔王さえ倒せれば私は死なない。
魔王を倒せるくらい強ければ、他の何かに殺される心配もない。
そう、強くなればいい。
主人公よりも、勇者たちよりも、魔王よりも強く。
なってみせる!
必ず生き残って、幸せになるんだ。
今度こそ――
誓いを胸に、時は流れる。
一年後――
◇◇◇
「忘れ物はないかしら?」
「はい」
「しっかりやるんだぞ。まぁ、スレイヤなら大丈夫だろうが」
「わかっています。それじゃ、行ってきます」
両親に見送られ、私は屋敷を出発した。
学園の制服に身を包み、馬車に揺られて王都の主要部へ向かう。
生まれ変わって一年が経過した。
私は予定通り、王立ルノワール学園に入学する。
「……ようやく、ね」
一年はあっという間だった。
厳しくも激しい日々を過ごし、私は自らの成長を実感する。
魔王よりも強くなる。
そう決意して、毎日のように訓練した。
あの性格の両親だったから、私の性格の変化もそこまで疑うことなく接してくれた。
ほしいと言えば手に入る環境も役立って、修行する場所や相手にも困らなかった。
剣術、槍術、弓術、その他もろもろの武術系。
魔法も含めて完璧にマスターしたと自負している。
元々スレイヤは貴族出身で、生まれながらに優れた才能を持っていた。
彼女の性格が違えば、物語の中でも主人公や勇者に匹敵する英雄になれただろう。
そういう記載が本の中にあったほどだ。
一年間の修業を経て、今の私は間違いなく強くなっている。
「さぁ……」
もうすぐ始まる。
私の運命を決める出会いが。
序章が。
心の中で気合を入れて、私は入学式が行われる会場に向かった。
会場は学園の敷地内にある。
馬車で行けるのは学園の入り口まで。
敷地内は徒歩での移動となり、関係者以外は立ち入れない。
たとえ親類であっても、名のある貴族でも、無関係なら部外者として扱われる。
言わばここは聖域だ。
私は会場を目指して一人で歩く。
さて、そろそろタイミング的に……。
「スレイヤ」
思ったところで声をかけられた。
優しく少し高い声色で私の名を呼びかける。
振り返った先にいたのは、美しい金髪の優しそうな男性だった。
私が、この世界が本の中と同じだと確信した理由は、私の家や学園の存在だけじゃない。
スレイヤには婚約者がいた。
それこそ、今私に声をかけた人物であり……五人の勇者の一人。
「アルマ・グレイプニル」
「ん? どうしたんだい? いつも通り、アルマと呼んでほしいな」
彼はニコッと笑う。
アルマは私の、スレイヤの婚約者だ。
少なくとも今は……。
「なんだかいつもと様子が違うね。ここ最近は僕の家にも来てくれなかったし、長く体調でも崩していたのかな?」
「……そんなことありません」
「――! なんだか冷たいね。本当にどうしたの?」
素っ気ない態度をとる私に、アルマはキョトンと首を傾げる。
その反応にもなるだろう。
本来のスレイヤは、彼にだけ猫を被っていた。
自分をよく見せようと上品に振舞って、人懐っこく接していた。
普段を知っている彼からすれば、今の私はさぞ不自然だろう。
だけど、これでいい。
「失礼します」
「え、ちょっと、スレイヤ?」
私は彼と関わる気はない。
なぜなら彼は、主人公を支える勇者の一人だから。
スレイヤの婚約者がどうして主人公の味方になるのか?
簡単だ。
彼はこの後、運命の出会いを果たす。
「あの、すみません」
私たちは呼び止められた。
今度は女性の声だ。
振り返るまでもなく、それが誰かわかってしまう。
この出会い方こそ、本の中の流れと一緒だから。
「入学式の会場はこっちで合っているんでしょうか? 広すぎて迷ってしまって……」
ゆっくり振り返った私に、申し訳なさそうな顔で尋ねる。
銀色の髪に透き通る青い瞳。
男女問わず見入ってしまう雰囲気を持つ彼女こそ、この世界……いや物語の主人公。
光の聖女フレアだ。
「君は……新入生かな?」
「はい。フレアといいます」
「僕はアルマ・グレイプニル、君と同じ新入生だ。よろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします」
満面の笑みを向けるフレアに、アルマはドキッとしたのだろう。
知っているとも。
彼はここで、彼女に一目ぼれしてしまう。
「会場はこの先をまっすぐにいったところだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます!」
よければ一緒に、と言おうとしたアルマ。
それより早く、フレアは元気な笑顔で駆け出してしまい、後姿を見つめる。
その様子を、隣で私が見ていることに気付く。
「あ、元気な新入生だったね」
「そうですね」
「スレイヤ、その……」
「お気にならさず」
あなたが彼女に惚れることは知っていました。
だからどうぞ、好きにしてください。
私のことはもう放っておいてくれて大丈夫だから。
そっけない態度を取るのも、私がアルマに興味がないからだ。
興味以前に、関わりたくないとすら思っている。
私はアルマを無視して会場に向かった。
会場に入り、最初にやったことは所在の確認だ。
「……いるわね」
ぼそりと呟く。
確認していたのは、もちろん彼らの存在。
アルマ以外の四人の勇者たちも、この学園にいる。
アルマを含む四人は新入生として、残り一人は先輩として在籍している。
新入生側に四人の姿を確認して、落胆する。
やっぱりいるのだと。
わかっていたことだけど、徐々に逃げ場がなくなっていく感覚だ。
名門貴族に生まれ、将来を有望視される嫡男。
ライオネス・グレイツ。
同じく貴族の生まれで、ライオネスの親友。
メイゲン・トローミア。
平民でありながら、類まれなる魔法の才能を持つ大天才。
ビリー。
頼れる上級生で、学園のトップの孫。
セイカ・ルノワール
彼らは主人公であるフレアと出会い、運命を共にする。
この世界が本の中の物語なら、彼らこそが主役級の登場人物だ。
そして私は彼らの敵になる。
いずれ必ず、そういう未来が訪れてしまうだろう。
だから私は考えた。
力をつけるだけじゃ足りないと思った。
彼らと完全に関わらず、平穏に過ごして学園を卒業する。
それが達成できれば、不運な未来は回避できるはずだ。
全ての出来事は学園の在学中に起こる。
誰とも関わらないように……。
仮に関わっても、自分の力で対処できるようにしておけば……。
「……やってやるわよ」
誰とも関わらず、ただのわき役として学園生活を過ごしてみせる。
だからどうか……私には関わらないで。
近づかないで。
そう願いながら、入学式を終えた。
その後は場所を移動して、身体測定が始まる。
物語ではここで、ライオネスとビリーのちょっとした衝突が起こる。
「なんだと? もう一度言ってみろ」
「聞こえなかったんだ? 耳が悪いのかな?」
「貴様……平民の分際でその態度、不敬だぞ」
「ここは学園だよ? 身分の差は関係ないはずだけど」
考えている傍から始まっていた。
彼らは火と油だ。
貴族としての地位や権威、威厳を重んじるライオネス。
対するビリーは平民で、その辺りに関心がなく、魔法使いとしての技量が全てだと思っている。
互いに主張が合わない。
ちょっとした言い合いがヒートアップして……。
「もういい。口で言ってわからないなら、力で示すまでだ」
「気が合うな。俺もそう思っていたところだよ」
ライオネスが炎を、ビリーが雷を操る魔法を発動させる。
互いに敵意をむき出して、教員の声なんて届いていない。
衝突は免れず、強大な力を前にして誰もが手を出せない中で……。
「ダメ!」
唯一、フレアが飛び出した。
ぶつかり合う寸前の二人の間に、臆することなく踏み入った。
驚いた二人は咄嗟に魔法を中断する。
だけど不完全で、小規模の爆発が起こり、フレアが怪我をしてしまう。
私も咄嗟に助けようかと手が動いたけど、その心配はいらなかった。
フレアは軽傷を負い、地面に膝をついている。
「おい貴様、なぜ飛び出してきた!」
「そうだよ。一歩間違えばお前が死んでいたぞ」
「……喧嘩は……仲良しでもよくあります。でも……怪我はしてほしくなかったんです」
そう言って健気に彼女は笑う。
これこそ彼女の性格。
誰かが傷つくことを心から嫌い、守るために自分の身すらいとわない。
まさに、聖女の名にふさわしい。
そんな彼女の健気さに、ライオネスとビリーも胸を打たれる。
正直……ちょろすぎない?
とか思ったけど、本の中でもそういうものだと納得した。
「それで貴様が怪我をしていたら元も子もないだろう」
「まったくだ。治療するから見せてくれ」
「大丈夫です。これくらいなら」
フレアは両手を合わせる。
始まる。
彼女の祈りが。
聖女としての力が発現し、淡い光が周囲を包む。
魔法ではない力に、皆が驚き目を丸くする。
「これは……」
「まさか、聖なる力? お前は聖女の力を?」
「聖女……ってなんですか?」
フレアは最初、自身の力のことを何も知らない。
魔法の一種だと思っている程度だ。
その無知で鈍感なところも、彼らの男心をくすぐったのだろう。
ただ……まぁ……。
実際に目の前にすると、やっぱりちょろいなと思ってしまう。
あの二人も、そして……。
「綺麗だ」
私が近くにいることを忘れて、彼女に見入るアルマも。
ため息をこぼす。
別にフレアは何も悪くないけど……。
こんなにもあっさり心変わりされるなんて、スレイヤが可哀そうだなと。
でも、それは本の中のスレイヤの話だ。
私は違う。
私は……あんな風にはならない。
改めて決意を固める。
場が治まり、身体測定の順番が回ってきた。
ここで見るのは魔法の力だ。
なんでもいいから魔法を使って、今の自分がどれだけ魔法を扱えるか見てもらう。
本の中でスレイヤは、得意の水の魔法を披露した。
しかし直前のフレアの存在が大きく、あまり注目はされなかった。
適当でいいかな。
どうせ、みんなフレアのことで頭がいっぱいだ。
聖なる力を操る女の子。
そっちに集中してくれて全然構わない。
私はそれなりに見せて終わらせよう。
「アクアランチャー」
生成した水を高圧縮して放つ水の魔法。
私は右手をかざし、前方で水の球体を生成し、用意された的に放った。
軽めを意識したつもりだった。
けど、放った直後に悟った。
「あ……」
アクアランチャーは的を破壊しただけでなく、背後の壁も貫通して粉砕してしまった。
「な、なんだあの威力……」
「スレイヤ……?」
「……」
やり過ぎた。
というより、修行しすぎちゃった。
自分がどれだけ強くなったのかは、こうして客観的に図らないとわからないものだ。
意図せず注目を浴びながら、私は反省した。
◇◇◇
「……はぁ」
入学式が終わり、帰り道。
私は大きくため息をこぼす。
いきなりに盛大に失敗してしまった。
本当は目立たず終わらせる予定だったのに……。
「変に注目されたくないんだけど……」
やってしまったことは仕方がない。
これから気を付けよう。
そう考えていたところに、駆け寄る一つの足音。
「スレイヤ! もう帰ってしまうのかい?」
「……」
声をかけてきたのはアルマだった。
本の内容だと確か、身体測定が終わったあとにフレアと話をするはずだけど……。
時間的にそれも終わった後か。
本では記載がなかっただけで、一応私の元に来ていたみたいだ。
頑張るわね。
けど……。
ふと思う。
明日から気を付けようと思ったけど、それでいいのだろうか?
もう失敗して、目立ってしまった以上、これから大人しくしたところで無意味だろう。
ならいっそ、攻めに出てみるのも手かもしれない。
「さっきの魔法すごかったじゃないか! いつの間にあんな力をつけていたんだい?」
「……そうね、そうよ」
「スレイヤ?」
どうせこの数日後、私は彼に婚約破棄を告げられる。
理由は言わずもがな、フレアに一目ぼれしたからだ。
彼の言い分は確か、真実の愛を見つけた……だったかな?
勇者たちはお気に入りのキャラクターだけど、正直アルマのことはあまり好きじゃない。
前提として、婚約者を一度捨てているから。
そういう私怨が私の背中を押す。
未来が決まっているのなら……。
「アルマ、婚約を破棄したいなら構わないわよ」
「え……」
私のほうから、突き放してしまおう。
唐突な一言にアルマは言葉を失う。
だけどすぐに正気を取り戻し、尋ねる。
「何を言っているんだい? 急にどうして」
「あの子に一目ぼれしたんでしょ? 言わなくてもわかっているわ」
「――っ!」
図星だから、なぜ気づいたという顔をする。
わかりやすい男だ。
清々しいほどに。
「見てればわかるわよ。あの子が好きなら追いかければいいわ」
「ス、スレイヤ……これはその……」
「違わないでしょ? あの子に会って、随分と熱視線を送っていたものね」
「うっ、いや……」
言い返せもしないアルマに、私は呆れた。
少しでも私を好きな気持ちがあれば、何かしら反論するだろう。
それもない。
ということはつまり、最初から好意なんてなかったんだ。
なら、終わらせてしまおう。
こんな偽物の関係は。
「さようなら、アルマ。頑張ってあの子の気を引けばいいわ」
「スレイヤ!」
「私とあなたは他人よ。だからもう……話しかけないで」
私は彼に背を向け歩き出す。
どんな顔をしているのか、引き留める気はあるのか。
もはやそれに興味もない。
私は生きる。
生きるために、必要ない者は切り捨てよう。
彼らとの関わりなんて一番いらない。
魔王との戦いも、他所でかってにやればいい。
私は関わる気はない。
ただもし、関わってしまうのなら……。
その時は――
「魔王だって倒してみせるわ」
破滅の終わりを回避する。
そのために、私は強くなったのだから。
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