お説教なんて聞きたくないわ
「……私は、今のお嬢様は好きになれません」
「あら、あなたまでそう言うのね」
今日に至るまで散々聞いたわ、その言葉。
大臣も侍女達も、王子も、みんなそう言う。
今の私は何か違うって……まるで機械みたいにおんなじ事を言うのよ。
まさか、あなたまで言うなんて。
「お嬢様は、王家の資産を湯水の如く使ってしまわれた……」
「それでも全然まだ余ってるくらいよ。なにもそのせいでカツカツになったって訳でもないし、いいじゃない。それに、あなただって今まで何も言わなかったわ」
「ええ、ごもっともです。おっしゃる通り、私は止めようとはしませんでした。いや、むしろそれでいいとさえ思っていました。私はあなたの幼少期、ずっと近くで見ていましたから……」
『幼少期』。
ぼんやりと目の前に浮かぶ嫌な映像、嫌な記憶。
思わず顔が歪む。
ああ、嫌だ。なんて事してくれるのよ。
思い出しちゃったじゃない。昔を。
「隣の家だったものね。毎日聞こえてたでしょう?汚い言葉で罵るやかましい声、殴る蹴るの物騒な音、そして私の悲鳴……」
「……」
「私は借金まみれの貧乏な家に生まれた一人っ子……あの家が望んでいたのは男の子供だった。少しでも多く作物を作ってとにかく稼がなきゃならなかったから、男手が欲しかった。なのに、女に生まれてしまった私……あの家にとってはただの『穀潰し』でしかなかった」
「はい、そのお気持ちは痛いほど分かっております。そんな悲惨な毎日を過ごされていたのですから……もちろんいけない事とは重々分かっておりました、でも……それでも、私はお嬢様に少しでも楽しい思いをしていただきたかった。幸せになっていただきたかった……だから、お金の件は黙って見守っておりました」
「ならいいじゃない、問題ないでしょう?」
「ですが、しかし……」
「まだ何かあるっていうの?」
「お金だけの話ならよかったのですが、その……」
なにやら言いづらい事らしく、言葉に困っているようで。
何度か口をモゴモゴさせると、周りを気にしながらおずおずと口を開いた。
「……物が対象であればよかったのです。そこで終わっていればよかった」
「と言うと?」
「どんな高級品でも満足できなくなったあなたは……見た目が好みに合い、かつ自分を愛してくれる『男』を求め始めた。そうなると、また話は別で……」
「あら、そう?」
何がおかしいっていうの?
欲しいから手に入れた。ただそれだけなのに。
私のやってる事はずっと変わっていないわ。
「それがきっかけで狂ってしまったのです、全てが。宮廷の若い男……それも独り身はもちろん、恋人がいるような者まで……皆、お嬢様の方へ行ってしまった。そしてその裏で、女性達は次々と大切な人を失っていきました」
「言い寄られて靡いた男達も悪いのよ。私だけが悪者な訳じゃないわ」
みんな、浮ついた気持ちがどこかにあった……だから私の元に集まってきた。
ほら、男達の方だって悪いじゃない。
「おそらく彼女達もそう思っていたはずです。だから最初はただ悲しみや怒りがあるだけだった。ですが……」
「なによ?」
「それで終わらなかった。行き場のない想いを抱えたまま、残酷な運命をひたすら嘆き、絶望する……そんな終わりの見えない苦しみの果てに、彼女達はある時ふっと吹っ切れてしまいました……それも悪い方向に」
「……そう」
「一斉に、タガが外れたかのように皆おかしくなってしまった。お嬢様も薄々お気づきでしょう、今の宮廷内の異様な雰囲気に」
「……」
「節度のない乱れた交際が横行し、道徳も品位もあったものじゃありません。誰が親か分からないような子供達が次々産まれては捨てられ、男女関係はもう手の施しようが無いほどひどく拗れてしまった。毎日毎日浮気だの泥棒猫だの低俗な揉め事ばかり……見た目はいくら立派でも、その中身は蛮族とまるで変わらない」
「知ってるわよ、それくらい……でもそれは彼女達が勝手にやっている事じゃない」
「ええ。もちろん、それら全てがお嬢様のせいだとは思いません。しかし……」
そう言い、意味ありげに大きくため息を挟む。
「……しかし、上に立つ者の影響は決して小さくはないのです」
部屋を覆うしんみりとした空気。
これが小説とか舞台だったらクライマックスのシーンね。
ここで心を打たれたお姫様は非を認め、世界は平和になりました……めでたしめでたし、ってなると。
いいわね。そういうお話、好きよ私。
でもね……でも、現実は違うの。
あはは、ごめんなさいねぇ。だって私、悪くないもの。
つまり私がやり過ぎたと言いたいのでしょう?
そして、今後もうしないと私に約束させたい。
ここは、さっさと切り上げるのが賢明ね……いくら返しても、ある程度返事は準備されてる。
うまく言い返されるのがオチ。
「そう……みんなを苦しめてしまったのね、今までの私の行いが……」
か細く小さい声で、いかにも悲しそうな風を装って目を伏せた。
私、こういう演技は得意なの。
それとは正反対に、彼はぱあっと顔を輝かせた。やっと分かってくれた!と、顔に書いてあるのが見える。
自分の説得が通じたと思っているんだろう。
ええ、分かったわ。あなたの言い分は。
だから、もうこの辺で話を切り上げたくてこの演技をしているの。
長いんだもん。飽きちゃった。
あなたが望むのは私が改心する事でしょう?
はいはい、分かりました〜。改心しま〜す。
男にちょっかい出したり、侍らせたりするのはもうやめま〜す。
ふふふっ。どう?これでいいかしら?
それとも、もっと大げさに嘘泣きもしておいた方がいいかしら?
「よかった、お分かりいただけたのですね……!やはりお嬢様は優しいお方だ……よかった、本当に……本当に!ああ、よかった……!」
嬉しさのあまり涙を溢す彼に近づき、その顔にそっとハンカチを添える。
はっ、馬鹿馬鹿しい。とんだ茶番だこと。
仕方ないからもう少しお芝居に付き合ってあげるわ。
「嫌だわ、もう。泣かないでちょうだい……」
うわ、鼻水やめてよ。ドレスについちゃうでしょ?
あ〜最悪。
でも、我慢我慢。
きっともうすぐ、もう少しで、終わるから……
「ひっく……ひっく、ぐすっ、やっと……やっと、今日からようやくお嬢様は男達から離れて……彼らからようやく解放されて……」
はあ??
黙って聞いてれば、それ?
は?なによそれ?男を手放すなんて本気で言ってないわよ?
「まさか。せっかく集めてきたのに、そんな彼らを手放す訳ないじゃない」
「……っ?!そんな!」
当たり前でしょう?
しつこいわね、あなた。
適当に誤魔化そうとしたけど、まだ話を続けるつもりなのね。
あ〜めんどくさい。
「それで?お説教はもう満足?」
面倒という気持ちが声や態度に滲み出てしまっていたけど、もう今更どうでもよくて。
しおらしい態度から急変した私に、ざわつく室内。
彼の瞳からみるみる光が消えていく。
それは自分の言葉がもう届かないと知った、絶望の顔だった。