その終わりは突然に
気づいたら梯子を外されていた。
いつの間にか孤立し四面楚歌。
誰よ、こんなの仕組んだのは。
私の知る限り周りにはそんなのいなかった。
一体誰なのよ。影でこそこそと……こんなひどい仕打ちを仕組んだ、そんな卑怯者は。
探し出して問い詰めてやりたいくらい。
でも、今はもはや聞けるような相手すらいなかった。
次々明かされる嘘、どんどん広がる悪名……そして無くなっていく居場所。
どうにかこの悪い状況から挽回させてほしいと大臣達に頼み込んだけど、きっぱり断られた。
前とはまるで別人のような態度。ひどい手のひら返しね。
愛してくれていたはずの王子は、なんだか日に日によそよそしくなっていって。
最近じゃいつもどこかに出掛けていて、ここ数日は三度の食事すら別々。
忙しそうにバタバタしているけど、かといって何か関係者に根回しして私を庇ってくれているという訳でもないようで。
今まで散々馬鹿にしてた従者達には、何を言っても無視されて。
その場を立ち去ると、背中越しに笑い声がクスクスと……
一気に転落。天国から地獄、真っ逆さま。
今までの世界ががらりと変わってしまった。
周りに侍らせていた男達は一人、また一人と離れていき……とうとう全員行方をくらましてしまった。
クローゼットいっぱいに入っていた私のドレスはある日全部没収されて、今じゃ誰かのお下がりのボロボロのドレス。
前みたいにお金を使いたくても、大臣は首を縦に振らない。
幸せの絶頂だったはずなのに。
こんなはずじゃなかったのに。
そんな中、ある日一通の手紙が届いた。
それはあの女からだった。彼女の屋敷に来るようにとの事。
嫌な予感はしたけど、断る理由が私にはなかった。
お茶会とかそういった誘いは一切来なくなった今。
完全に孤立してしまい、適当に用事を作ることすらできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
深い緑色の絨毯が一面に敷かれた広い応接間。
部屋の端の大きな古時計が時を刻む音を聞きながら、椅子に座りじっとその時を待つ。
おそらく彼女は今日、私を殺しに来る。
最近王子と手を組んだらしい事にはなんとなく気づいていた。何かうまい事でも言ったのかしらね。
今日のこの日まで何やら綿密に準備をしていたのも、知っている。
彼らはいわゆる『断罪』をしようとしている……私を罰しようとしている。
どうやら私は彼らにとって『悪い人』らしいわ。
王子まであの女に味方するのね。
もっと分かってくれる人だと思っていたのだけれど……あ〜あ、残念。
とはいえ、婚約者の不手際で処刑する事になりました、なんて国民に知れ渡ってしまったら……
さすがにそんな面子丸潰れな事はしない。分かっているわ。
公には出さないようにあくまでこっそり終わらせるつもりでしょう、きっと。
今もこうして屋敷の周りの道を閉鎖して限界まで人払いして、少しやり過ぎなくらいに警備を張り巡らせている。
人に見られないよう殺して、どうせ後で病死とか事故死とか言って誤魔化すんでしょう。
だから、まずはそのために兵士を引き連れてやってくるはず。もちろんしっかり武装させて、ね。
王子は自分で私を殺そうとまでは思ってないはず。
だって一度愛した女だもの。
彼と直接揉めた訳じゃないし、憎み合ってる訳でもない。
だから、おそらくそこまではできない。
となると、あくまで直接手を下すのはあの女の配下。
王子の命令がなければ王宮近衛兵は動かない、だから彼女は他に誰か雇うしかない。
ただでさえ貧乏な家なのに、大金叩いて無理矢理兵士雇って……お金足りるかしらね?
いくら屈強な男揃えたって、さすがにおもちゃの剣じゃ切れないわよ私?
ふふっ、おっかし……想像してたら笑えてきた。ぷぷぷぷっ。
……なんて、冗談は置いといて。
そんな事だろうと、あらかじめその中に私の側近を潜ませといたわ。
その時が来たら私を守るように、とね。
当然でしょう?まだ当分死ぬつもりはないもの。
だから、私も念のためドレスの下にナイフを仕込んできたわ。
とはいえ……どのみち婚約は破棄ね。
つまり王子を失うって事。なかなかの痛手だわ。
でも今思うと、顔もそんなにイケメンっていうほどでもないかしら。
だったら、今後お金が自由に使えなくなるのなら……もういいわ。要らない。
ふいに扉がゆっくりと開き、あの女が現れた。兵士達と共に。
にこにこと親しげに近づいてきて、目の前に立ち止まる。
彼女の着ている青いドレス……きっと街の仕立て屋かなんかで買ったものでしょうね。
宝石なんてほとんど付いてなければ、その糸は金でも銀でもない。
私からすればそんなの、貧民のためのドレスよ。貴族が着るもんじゃないわ。
だから、まぁ!なんてお粗末な格好!なんてうっかり口に出しそうになったけど……今の私はそれ以下なのよね。
付け入る隙を与えるところだったわ、危ない危ない。
そんな事を考えていると、彼女が話しかけてきた。
「遅くなってごめんなさいね。ふふっ、なんだか随分と無様な姿で……ごきげんよう、悪徳令嬢さん?」
「あらあら?なんだか酷い言われようじゃない……ごきげんよう、悪役令嬢さん?」
わざとらしく互いのあだ名をねっとりと音に出す。
『悪役令嬢』と呼ばれた彼女に対して、私は彼女をそうなるよう仕向けた『悪徳』な『令嬢』……だから『悪徳令嬢』だそう。
二人とも口角を緩く上げて穏やかに微笑んでいるように見えたが、その視線は氷のように冷たく鋭いものだった。
彼女が手で私の方を指すと、兵士が一斉に私を囲んだ。
動きに合わせて鎧がガチャガチャと騒がしく鳴る。
相変わらずせかせかとして品の無い女だこと。
もう始めるつもりなのね。
でも、大丈夫。私には策がある。
あの中に私の味方が紛れているんだから……
兵士それぞれの顔をじっくりと見比べる。
ええと……あっいたいた。あれよあれ、あの人だわ。
目が合って、アイコンタクトする。
散々打ち合わせした、始まりのサイン。
お互い合図をしたら、反撃開始。
……のはずだった。
私の視線にすぐに気づいた彼。
しかし。
お互いアイコンタクトするはずが、彼はふいっと目を逸らした。
えっ?
えっ、何……なんなの?どういうこと?
あなた、私の側近でしょ……?
私が送り込んだあの男でしょ……?
そんな、どうして……
彼は困惑する私の表情を見るなり、私を囲む輪を早足で抜け、目の前まで歩み出てきた。
苦しげで、今にも泣き出しそうな顔で。
そういえば……初めて会った時も彼はこんな表情をしていたっけ。
思い出したわ。ああ、懐かしい……
何度も深呼吸し、ふぅっと息を吐く彼。その体はふるふると震えて。
いつになく緊迫した空気に思わず私も身震いしてしまった。
彼はしばらく両拳をキツく握りしめ地面を見つめていたが、意を決したようでふいに重い口を開いた。
「お嬢様……」
「はっ、よくこの私に声かけられたわね。目の前で裏切っておきながら、おめおめと」
一層すまなそうに目を伏せ体を小さくして俯く彼。
しかし、その口ははっきりと言葉を紡ぎ続ける。
「も、申し訳ございません……!……ですが、ですがどうか……少し私のお話をお聞きいただけませんか?」
「ええ、聞きましょう。あなたには私との約束を破るような、何か相当重大な理由があるのでしょうからね」
恩知らずの男へ嫌味を込めて返して、彼の次の言葉を待つ。
彼の『話』が始まるまで、物音一つなく。
ただただ静かに時間が流れていった。