表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
舌なめずりを扇で隠す  作者: あさぎ
間章 束の間の晴れ空
4/10

たった一人の私の味方

※悪役令嬢視点



 時が経つのは早いもので……あの女のしょうもない企みにはめられてから、もう半年以上経った。


 彼はあの後も延々と悩まされ続け……結局、最後まで断われなかった。


 じゃあ、今はあの女の愛人かって?

 毎日キャッキャウフフ楽しく過ごしてるかって?


 いいえ、変わらず私の婚約者のままよ。残念ながら。

 だから今こうして隣にいる訳で。


 向こうへ行けば贅沢三昧、至れりつくせりだったというのに……




「へくしゅん!」


 突然の彼のくしゃみ。

 まさか私が噂してたから?なんてね。


 さっきから彼は本を読んでいる。

 今日もいつもの定位置、二人掛けソファの私の隣に腰掛けて。


「あら?寒いかしら?」


 ソファの端に掛けておいた膝掛けを差し出すと、ようやく彼は視線を本から離した。

 そして心配する私にふんわりと微笑みを返すと、首を軽く左右に振った。


「いや、大丈夫……ありがとう。古い本だから、埃っぽくてね」


 そう答えるなり、また彼は本の世界にのめり込んでいった。1秒たりとも惜しいといった感じで。

 そんなに面白い本なのかしら。




 細かい雨の降る窓の外を見ながら、紅茶を啜る。


 今日は少し肌寒い日だ。

 一口飲むたびに体がポッと暖まり、全身がゆるゆるとほぐれていく。


 隣の男の分は、側のテーブルに置かれたまま。

 淹れてから少し経つけど、まだ微かに湯気が出ている。

 一口二口くらいは飲んだみたいだけど、まだほとんど残っていた。


 ふぅ、と一息ついてまた一口啜ろうとカップを持つ。

 少なくなってきた紅茶の表面に私の顔が映っていた。


 いくらか顔色が良くなってきたみたい……ああ、良かった。

 髪の毛もだいぶ潤いを取り戻してきている。



 

 そう。

 今でこそ、こうやってゆっくり振り返れるほどの余裕があるけど……


 当時は、あの頃は……とても苦しくつらい日々だった。




 罠に嵌められ、皆の嫌われ者となり。

 毎日毎日、周囲の冷ややかな視線に晒され続けた。


 流れている噂は全部作り話であって、私が悪いわけじゃない。

 それは自分でもよく分かっていた。


 とはいえ、自分の味方が一斉にいなくなってしまったのは……いくら男勝りで気丈だと謳われる私でも、さすがにキツく。


 気持ちが滅入ってしまって食欲もなく、夜もあまり眠れず、日々憔悴していって。

 何を見ても心は死んだように動かず、気分転換すらままならなかった。




 でも……こうして今、再び平和な日常を取り戻せたのは……たった一人、いつも側にいてくれる人がいたからだった。


 それが、今の私の婚約者。




 といっても、初めはただの顔見知りだった。

 滅多に会う事もなく、喋ったこともほとんどない。


 年に数回の社交場、本当にそれくらいしか接点がなかった。


 元々女性が苦手な彼と、キツい性格ゆえに嫌われやすい私。

 そんな私達はお酒の席で一緒になる事が多くて。


 彼は苦手な女性陣から必死に逃げて端の方まできて。

 一方、私はたいして愛想もなく煙たがられ端まで追いやられて。

 隅の方に来た者同士、適当に世間話をしてとりあえず時間を潰す……というのがいつもの流れだった。


 でも、それだけ。本当にそれしかなかった。




 しかし、私の噂が流れ始めると彼はその嘘にいち早く気づいたようで。

 その真意……そのデタラメな話が私を貶めようとしていると事にもなんとなく勘づいていたらしい。


 彼はすぐさま動いた。

 策に嵌められ動けない私に代わって、周りの人々を説得して回り、次々誤解を解いていった。


 他にもあの女本人には気づかれないようにしつつ、裏でこっそりあれこれと手を回してくれて……その勢いをじわじわと削いでいった。


 別に、前もって私が助けてくれるように頼んでいた訳じゃない。

 全くのいきなりだった。


 だから、彼のその行動は誰も予想していなかった。

 私はもちろん、あの女だってこうなるとは思ってもいなかった。


 とんだ想定外……いや、それどころか彼女の最大の敗因になってしまった訳で。




 それくらい、本当に信じられないくらい……なんともお人好しな男だ。

 ほとんど他人だというのに、人のピンチに見て見ぬ振りができなかったらしい。


 とはいえ、その戦いの相手は王子の婚約者。

 敵に回せば立場が悪くなるなんて考えなくとも分かる。


 しかし、それでも構わず彼はたった一人の知り合いを救おうと必死で走り回っていた。


 悪意など一切ない、本気の説得に周りの人々は心を打たれ…… それでも賄賂や演技で完全に洗脳されきっていて、最初は聞く耳すら持たなかったけど……ゆっくり、ゆっくりと周りの人達も変わっていた。

 説得された者はみな、魔法が解けたかのようにすっと冷静になり、あの女に踊らされているという事に段々と気づいていった。


 そうして……時間はかかったけれど、ようやく私の身の潔白は証明された。




 周りのみんなも、なんだかんだ根はいい人だったからきちんと説明すれば分かってもらえた。

 だから、ある意味運が良かったとも言える。


 でももし世界を敵に回しても、彼がその動きを止めたとは思えない。

 本当にびっくりするくらい、お人好しな性格だから。


 あまりに人が良すぎて実は最初少し疑っていたんだけど、いくら探ってもなんの計算も下心もなく。


 そんな純粋な優しさに触れて、私は日を追うごとに段々と彼の事が気になっていった。


 いや、むしろそこまでされて惚れない女がいたら、会ってみたいくらいだ。

 恋愛なんて全く興味が無かった私ですら、あっという間に心が奪われてしまったんだから。


 彼も彼で……毎日のように会うようになり、苦手なはずの女である私に対して段々と笑顔が増えてきて。


 つらい時期ではあったけど……そうしてお互いの絆が深まっていった、今思えばある意味貴重な時間だった。




 そして、今。

 努力の甲斐あって、ようやく事態は収束……そして終息に向かっている。


 それまでひたすら明確な発言を避け、曖昧な態度を続けていた大臣が、とうとう(あの女)の失態を認めたのだ。

 つまり……もう周囲が嘘に気づいてしまった以上、彼女の擁護はできないと判断したのだ。


 これも彼の必死の説得の結果だった。

 辛抱強く周囲から外堀を埋めるように時間をかけて話をしていったその結果、ようやく大臣まで想いが届いて……ようやく報われた。


 そのおかげで、私とあの女の立場は一転。

 今度は逆に彼女の方が嫌われ、孤立するようになった。




「っくしゅん!」


 またくしゃみ。でも、今度はこちらを振り向きもせず。

 相当集中しているらしい。




 何気なく窓の外を見ると、空はさっきより明るくなっていた。

 雨もだいぶ弱まっていてそろそろ止みそうな雰囲気。


 窓からの風は一層冷たくなり、日が傾いてきていた。

 ほんの少しだけ追憶に浸るつもりが、結構どっぷり思い出にふけってしまった。

 気づかないうちに随分と時間が経ってしまったようだ。


 彼の方を見ると、残りはもうあと数ページ。

 読み終わったら一緒にこの部屋を出よう……そろそろ、夕食の支度ができましたって侍女に呼ばれるだろうから。




 ふと、なんとなく手持ち無沙汰になり自分の指を見つめる。

 薬指に嵌められた、まだ真新しい指輪がキラキラと輝いていた。


 それを見るたびに、ああ私は結婚するんだと思い出させられる。


 政略結婚でもなんでもないというのに、ろくに交際もなしにいきなり結婚なんて、電撃結婚と呼ばれても仕方ないけど……でも、それとは違う。


 つらい期間での彼の支え。それこそが、私が結婚を決めた理由だから。


 どんな時も私の側にいてくれた事。それが本当に救いだった。


 つらくてつらくて、ひどい時は泣き喚きながら理不尽に当たってしまった事もあった。

 それでも彼は穏やかに、そっと包み込んでくれた。


 少数派になろうとも、とうとう最後の一人になろうとも。

 私と一緒に誹謗中傷の的になって、ボロクソに言われ扱き下ろされても。

 ずっと、私を信じていてくれた。


 そんな彼とずっと一緒にいたい。だから、結婚した。

 そして、いつか……私も何かお返しするんだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 二人が部屋を出る頃には……雨はすっかり上がり、夕焼け空に虹がかかっていた。


 それはまるで二人の門出を祝福しているかのような、鮮やかで美しい景色だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ