意地でも手に入れてやるわ
男受けのいい甘い香りの香水に、胸元の大きく開いたドレス、そしてばっちり決まったメイク……全て完璧なはずだった。
でも、彼は。
穏やかな笑みのまま、和やかな雰囲気のまま、今日も私の誘いをやんわりと断った。
これでもう五度目。五度目の敗北。
どうして。
どんなに甘く誘っても、どんなに迫っても。
のらりくらりとかわされて。
どれだけ着飾っても、どれだけ扇情的な格好をしても、全く相手にされてない。
話しかけても適当にあしらわれてしまう。
なんで?
どうして?どこが駄目なの?
この私の何が駄目だっていうの?
ああ、悔しい。
欲しいものが手に入らない……これほど悔しいことはないわ。
また、昔みたいに我慢しろっていうの?
また、貧乏だったあの頃みたいにひたすら耐えろって?
無理よそんなの。
そんなのいや。絶対いや。
過去に散々耐えたんだから。散々苦しんだんだから。
だから、もう我慢しなくてもいいでしょう?
そうね……これ以上は本気になってしまいそうだから、抑えているのかしら?
そうね、きっとそうだわ……そうなのよ、彼の心の内は。
あれほどやって駄目なんだもの。そうに決まってるわ。
別に抑える必要なんてないのに。
もっと本気になってしまっていいのに。
もっと私に溺れてほしいのに。
どうして抑える必要なんてあるの?
もしかして、あの女がいるから?
そうだとしたら、本当に迷惑な女ね。
ただ近くにいるだけでさえうるさくて大迷惑だというのに、私の邪魔までするなんて。
でも、障害があるほど燃えるって言うじゃない?
いいわ、やってやろうじゃないの。
そこまでしても、そんなにあの男が欲しいのかって?
ええ、そうよ。
だって、イケメンだし……なにより彼はお金じゃ買えないもの。
金銀財宝なんて、今の私には掃いて捨てるほどあるの。
今私が着てる黄金のドレスだって、布からレースまで全部純金の糸で作らせた、世界で一番の高級服よ。
風変わりだなんだって散々周りから言われたけど……この価値が分からないなんて、残念な人達だこと。
今の私はただの王子の婚約者。だから、書類上はまだ一般市民のまま。
でも、婚約が公に発表されてしまっている以上、もうすでに結婚したも同然。
誰が見ても、今の私はもう『一国のお姫様』なのよ。
こうしてお城に住んでるわけだし、私の部屋だってちゃんとある。
専属の侍女だって大勢いるわ。
……なもんだから、もちろん権限なんて使い放題。
そりゃあ、王家の人間だもの。そんなの当たり前よね。
お金じゃんじゃん使って、なんでも買えて。
どんなに貴重で高価なものであっても、あっさり簡単に手に入る。
最初は楽しかったわ、だけどすぐに気づいてしまったの。
どんなに貴重でも、どんなに高級なものでも……私を幸せにしてはくれない、って。
幸せは買えないんだって、はっきりと気づいてしまったの。
だから、それよりも……今の私が一番欲しているもの。
それは……私の『本当の幸せ』。
自分で散々悩んだわ。必死で幸せって何だろうって考えた。
幸せになるには、どうすればいいか……何が必要かって。
悩んで悩んで、ようやく分かったの。
私が必要としているそれは……『男』なんだと。
もっと言うなら『愛』なんだと。
世の中、いい男なんてたくさんいるわ。
窓の外をちょっと見るだけで、ほら。
あそこにも、あっちにも……ほんとにいっぱいいる。
星の数ほどいるなんて言うし、未だ私が出会ってない男なんてまだまだいるはず。
今は近場の男を集めるだけで手一杯だけど……いずれはもっと範囲を広げていって、全員城に住ませるつもりよ。
どんなに時間かけてでも。どんな手を使ってでも。
私の気に入った男全員、落としてみせるわ。
そしてみんな、私の愛人にさせてみせる。
私ね、この世の素敵な男達全員から愛されたいの。
世界中のありとあらゆる全てのイケメンと、蕩けるような甘い愛をたくさん浴びて……楽しく毎日を過ごしたいの。
それが私の夢であり、私の思い描く幸せの形。
別にそんなにおかしな話じゃないはずよ。
誰だって少なからずあるでしょう?
『おとぎ話のお姫様のように、男に囲まれてチヤホヤされたい』、そんな、心の底にこっそり秘めた願いが。
それと同じよ。
私はそれを小さい頃からずっと強く願っていた。
その思いの強さは、きっと誰にも負けてなかったわ。
そして今、そんな夢がようやくこうして少しずつ現実になりつつある。
やっと望みが叶うの……いつも身につけている、黒い宝石のおかげで。
これをつけてから、なんだか男が寄ってくるようになった。
何かフェロモンのような効果でもあるのか、あるいは特別な魔力でも込められているのかもしれない。
別にこれが何かなんて知る必要も無いし、詳しく調べたことはないけれど。
でも、ともかく……これがあれば全てうまくいくの。
これがあれば、私は夢に向かって進んでいけるの。
それでね。
今狙ってる彼は、その内の一人なの。
誰一人欠けては駄目……全員欲しいの、妥協なんてしないわ。
だから、一人たりとも逃すわけにはいかないの。
…………
……あ〜!もう!考えてたら余計に欲しくなってきたわ!
ああ、欲しい……!欲しい……!
あの男が、欲しい……!!
いいわ。もうここまできたら、やってやるんだから。
あんな邪魔者なんて、さっさと退かしてみせる。
気のないフリなんて、すぐに崩してやる。
ふん、なによ。涼しい顔しちゃって。
でも、そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちよ。
もうこうなったら……!
どんな手を使っても、意地でも……!
絶対に、その心を射止めてやる……!絶対に、捕まえてやる……!
絶対に!私のものにしてやるんだから……!!
胸元の宝石がぎらりと妖しく光った。
まるで彼女の意思に呼応するかのように……