-4 お上の考えが邪魔になるのはどこでも同じ
08
太陽も出ていない時間に教会を出たが、すでに時間は誰もが朝食を終える頃になっている。
城に着いたのは日が昇る前だったのだが、ミリアやフィルたちの眠いという言葉ですぐに話し合うことが出来なかったのだ。
相手方も普通は眠っているような時間に連れ出して、すぐに行動するような鬼ではなかったらしい。
早い時間に教会を出たのは人目を避けるのが主な理由であり、俺たちは城の中にある騎士たちの休憩所で朝までゆっくりと眠ることが出来た。
ついでに朝食までご馳走になってしまったのでありがたい限りだ。
朝食と食後の小休止を終えた俺たちは会議室らしい部屋に案内されてグンターたちと再開することになった。
「朝食はどうだったかね?」
「おいしかった!」
「そうか、それはよかったよ」
グンターに促されてソファに座ってすぐ尋ねられたことに元気よく答えるミリアだが、笑顔で答えた後に浮かんだ表情はこの人誰だろうという考えがありありと浮かんでいる。
それはチャドとフィルの2人も同様だ。
「さて、改めて自己紹介しよう。私が実働隊長のギルバート・サー・グンターだ」
半分寝ぼけていた3人は案の定グンターの名前を覚えていなかったようで、自己紹介されてホッとしている。
ミリアなんかはグンターさん、グンターさんと名前を覚えるために何度も小声で繰り返している。
しかしミリア、グンターさんじゃなくてグンター様、だ。
平民である平の兵士とは違って、騎士は一代限りとは言え立派な貴族である。
貴族の中では一番下の位ではあるが、俺たち平民は様付けで呼ばなければならない相手だ。
この世界での一般常識として、平民は貴族に逆らってはいけない。
お貴族様はそれだけ偉い存在なのだ。
ウェアカノ王国は、お国柄なのか庶民派と呼ばれる平民に心優しい貴族が多いのだが、だからといって貴族の地位が低いわけではない。
騎士という階級とて立派な貴族だ。
が、貴族という特権階級――特別な立場に位置するが(少なくともこの世界においては)非常に叙せられることは多い。
手っ取り早く貴族になりたいなら軍に入って少しだけ出世しろというのは庶民にとって常識だ。
なぜなら軍という上意下達が重要な世界で、一定以上の命令権を与えるのに騎士という貴族の称号は何よりも簡単で手っ取り早いからだ。
平民は貴族に逆らってはいけない。
この絶対的なルールを軍でも採用することで、指揮官である騎士に平の兵士は文句も言わずに従わなければならなくなる。
これは指揮官同士の上下にも適用され、軍で偉い地位に就くのは爵位も高い人間ということになる。
爵位が下でも優秀な人間ならば、軍師などという形で命令権を与えることも可能だと考えれば、この方法もそれほど悪いものではないだろう。
そんな騎士が俺たちの前に4人いる。
「アルジークは先程紹介したな……そこの2人はレオーナとゴットン。我々4人と君たちで聖女様を案内することになる」
「…………少なすぎませんか?」
迂遠な言い方はせずに思ったことをそのまま口にする。
俺たちと騎士を合わせて8人。
表で護衛する人数が8人ならば、多いとは言えないまでも少なくはないだろう。
しかし、そのうちの半数――俺たち4人は戦力にカウントできるとは言い難いただの子どもだ。
むしろ俺たちなんぞは足手まといなのでマイナスで数えた方がいい。
騎士になるためには、指揮能力だけではなく個としての戦闘能力も非常に重要だ。
おそらくこの4人だけでも街のチンピラなら20人でも30人でも軽くあしらえることだろう。
予想される敵がその程度の驚異であるなら4人の騎士に俺たちでも問題はないかもしれない。
だが、聖女という一国の王女と同じくらい重要な人物――それも凄腕の的に襲撃される可能性が極めて高いことを考えれば、4人という人数は少なすぎる。
俺たちに知らせない影からの護衛もつけることは想像に難くないが、表は4人で裏にはその十倍などということはないだろう。
いくら騎士相手に心証が悪くならないようしたくとも、戦争の火種にもなりかねない聖女の護衛がたったの4人しかいない点は指摘せざるを得ないのだ。
「うむ…………」
俺の指摘にグンターは表情を苦くする。
あちらとしても好きで人数を絞っているわけではないのだろう。
「聖女が見て回るのはウェアカノ王国の王都だ。治安の良い王都で聖女を襲うような悪漢が現れるわけもない。騎士が4人もいれば十分だ」
苦い顔のグンターとは対象的に気楽そうな表情のゴットンが話に割り込んできた。
ゴットンの言葉は演技……ではなさそうだ。
信じがたいことだが、本気で聖女が襲われることはないと考えているらしい。
何も知らない子ども相手にマウントを取れたとでも思っているのか、何を馬鹿なことを言っているのだとその表情が物語っている。
しかし、こちらの方こそ何を馬鹿なこと言っているのかと詰め寄ってやりたい。
「なるほど……何事もないなら4人もいれば大丈夫ですね」
はっきり言って信じられないほどの馬鹿だ。
しかし、それを今ここで責め立てて考えを改めさせることはできない。
なにせ相手は騎士様なのだ。
俺たちのような平民が意見できるような相手ではない。
ゴットン以外――グンターやレオーナ、アルジークたちは苦い表情を浮かべているので、ゴットンがいない場で改めて話をするべきだろう。
幸いにも連絡係はアルジークだ。
ゴットンがいない状況で連絡を取り合うことも可能だろう。
そう考えていたのだが、グンターは意外と気が回るらしい。
顔合わせが済んだのだから、連絡係のアルジークを残して2人は通常業務に戻るよう指示を出してくれた。
レオーナとゴットンが部屋を出て、俺たち4人と騎士2人が部屋に残される。
「すまなかったな」
ゴットンたちが部屋を出てから開口一番にグンターは謝罪を口にした。
尊大な口調だが、貴族である騎士が平民である俺たちに謝罪するのだから仕方のないことだろう。
「それは何に対する謝罪でしょうか? まさか、ゴットン様の態度ではないですよね?」
ゴットンの目は明らかに平民の俺たちを見下すものだった。
この世界において孤児の地位は特段低いものではない。
教会という子どもを救う受け皿がわかりやすく存在しており、スラムで犯罪行為に走るような子どもがほとんどいない世界だからだ。
教会への寄付は少なくないため、下手な一般家庭よりもいい生活をしている場合すらありえるほどだ。
ゴットンは、血統派と呼ばれる貴族至上主義に染まった人間なのだろう。
そのため、騎士という階級が貴族であるからと平民を下に見ているだけだ。
しかし、グンターの謝罪がそんなものに対してであれば、正直なところ困ってしまう。
もしもそうであったのなら、グンターもまたゴットンの言葉を肯定しているということだからだ。
「まさか、グンター様も襲撃がないと本気でお考えで?」
念の為にそう尋ねるとグンターは首を横に振る。
どうやらグンターはゴットンと考えを異にするようだ。
「間違いなく襲撃はあるだろうな」
「では、護衛を増やせないのですか?」
「それは…………難しい」
襲撃が予測できても護衛が増やせないのは、まず間違いなくゴットンの考えが理由だろう。
王都は安全であり、襲撃などあるはずがない。
これを言葉通りに捉えるか、建前と取るかはどちらでもいい。
問題は誰の考えであるかということだ。
「いったい、誰が理由なんですか?」
「っ!?」
俺の問いにグンターは驚いたような顔をした。
どんなや何がではなく誰がと問うたことで、彼も俺がどんな理由か察していることを理解したのだろう。
俺がそこまで考えが至ると思っていなかったとグンターの表情がありありと物語っている。
「…………第二王子殿下だ」
これまた結構な立場の人間が現れたもんだ。
21/04/09:サブタイ変更




