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-2 未来を変える選択

06

 まさか、聖女の我儘が原因で俺たちにお鉢が回ってくることになるとは……

 面倒なことになるのがわかりきっているのだから、そんな迷惑なことを言わないでほしい。

 しかし、さすがはアルバート神父だ。

 まさか、聖国にまでコネがあるとはな。

 基本的にメラスグリンデを信仰する者たちに身分、立場での上下関係はない。

 立場としてはメラスグリンデを信仰する1人1人の信者という立場で横並びだ。

 だからこそ、まともなメラスグリンデの信徒であるアルバート神父は聖国では聖女様などと呼ばれている聖女であっても対等な立場だとしてさまなどという呼び方はしない。

 とは言え、長く経験を重ねた者が経験の浅い者を指導することは当然のようにあり、個人的に師弟関係を築くことはある。

 そのわかりやすい例が神父と神官だ。

 先程例えた道場の例なら神父は道場主、神官は門下生と置き換えることができる。

 門下生が経験を積み、十分な実力を身に着けた後には新たな道場を建てる。

 教会の場合は、十分な実力を身に着けても街の拡大や新しく村を作ることでもない限り新しい教会を建てることはないが、感覚的には同じことだと言っていいだろう。

 十分な実力を持ちながら道場主になることができない。

 それを不満に持つ人間はいるだろうが、まともなメラスグリンデの信徒であれば、そのような出世欲、自己顕示欲も己が未熟であり、捨てるべきものだと考えるので問題になることは滅多にない。

 中には、十分な実力を身に着けたことで、修行として人々を癒す旅をする者もいる。

 アルバート神父は老齢で、教え導いた神官の数は100を優に越えるはずだ。

 実力がある者は様々な経験をするべきだと言って積極的に旅へ送り出しており、その教え子たちは世界各地に点在する。

 おそらく、聖国にいるアルバート神父の教え子とやらは、その旅の末に聖国にたどり着いたのだろう。

 その教え子が自分の師匠であるアルバート神父のことを話していたのなら、聖女がうちの教会に興味を持ったことも頷ける。


「なんだクロー、嫌なのか? アルバート神父、だったら俺のところでやらせてくださいよ」


 俺が二つ返事で了承しないのをこれ幸いと思ったのか、ベルーガがふざけたことを言い出した。

 代われるものなら代わってやりたいところだが、お前は何もわかっていない。

 事の重大性も何もかも、だ。

 わかっていれば軽々しく自分たちにやらせろなどとは言えるわけがない。

 事実、アイゼンの方は俺たちが任されたことにいささか不満そうな顔をしているが口を出そうとはしていない。

 せいぜいベルーガは、自分でも知っているほど有名な聖女とお近づきになれば良い思いができるなどと短絡的に考えているのだろう。


「ベルーガ、君たちは力が強く、普段は肉体労働を主にしているでしょう? 今回、聖女を案内するのには力の強さは不要ですし、人と関わる仕事をしていないのであなたたちでは向いていませんよ。悪いですが君たちよりもクローたちのほうが適任でしょう」


 アルバート神父に任せられないと断じられたベルーガは不満顔を浮かべたる。

 だが、実際のところ今回の仕事は到底ベルーガたちに任せられるような仕事ではない。

 聖女を案内するということは、ただの観光で訪れた一般人を案内するのとはわけが違う。

 一国の王女と同等の扱いがなされるということは、迎える側の国にとってもそれだけの重要人物だということでもあるのだ。

 聖女が国内で何かしらの犯罪に巻き込まれれば――それこそ殺されでもすれば一大事だ。

 国が面子を失うどころではない。

 聖女の命を奪った相手はもちろんだが、それ以上に聖女を守ることができなかったウェアカノ王国は多くの敵を作ることになる。

 なにも敵になるのは、重要な外交カードである聖女を奪われた聖国だけではない。

 聖国という業突く張りに囲われているとはいえ、多大な金銭と交渉によって周辺国も聖女の恩恵を受けることはできるのだ。

 しかし、聖女が失われれば誰もその恩恵を受けることはできなくなる。

 聖女を守れなかったウェアカノ王国は、それら――聖女の恩恵を受けたいが、受けることができなくなったすべての国から敵視されることになるのだ。

 今は停戦しているものの5年ほど前まで戦争をしていたトナリノン王国は未だにウェアカノ王国の領土を奪おうと虎視眈々と狙っているし、南方のガトー帝国も領土拡大を狙って軍備を増強しているという噂だ。

 聖女来訪というウェアカノ王国を簡単に窮地に追い込むことができるような、わかりやすい弱点を狙わぬはずがないだろう。

 ウェアカノ王国も馬鹿ではないので、聖女を守るために表と裏から最大限の手を回すだろうが、そこに異分子である孤児が紛れ込むとなれば面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 聖女を守る邪魔にならず、最低限自衛できる戦闘能力という点ならば、うちの孤児院の中で見ればベルーガたちもギリギリ及第点ということで選択肢に挙げられるだろう。

 少なくともアイゼンたちに比べればベルーガたちの方が強い。

 しかし、聖女を案内するとなれば戦闘力だけではダメなのだ。

 聖女を守る主力となるのは王国が用意している騎士である。

 その騎士たちとの綿密な話し合いというコミュニケーションが必要になるだろう。

 コミュニケーション能力と相手の話を正しく理解する知性という点で見れば、ベルーガたちは完全に落第だ。

 戦闘力で見ればベルーガたち、頭脳で考えればアイゼンたちとなるわけだが、どちらもわかりやすい弱点があり、不仲な両派閥から選抜するような形で両立することはできない。

 そこで俺たちに白羽の矢が立ってしまったわけだ。

 うちの孤児院において単純な戦闘能力ケンカのトップはベルーガではない。

 フィルだ。

 体格はいいが技術のないベルーガでは、13歳にしてベルーガと同等の体躯を誇る上に今は亡き両親から冒険者としての英才教育を受けたフィルに勝てる道理はない。

 さらに言えば次点は身体能力がずば抜けた獣人であるミリアで、それに続くのは俺だったりする。

 俺自身はフィルやベルーガと比べたら全然大したことのない体つきだ――とは言え、平均より少し上くらいではある。

 そうだと言うのに、前世で武術の経験でもあったのか、それともフィルから護身のために軽く指導を受けているのが理由なのかベルーガを相手にしても完封することができる。

 まぁ、殴り倒せるわけではなく攻撃を避け続けて、攻め疲れたところを関節技で取り押さえることができるだけだ。

 とは言え、孤児院内の戦闘力ランキングでベルーガはトップ3にも入れない。

 そのトップ3人が揃っているのだから、荒事になった場合を考えても俺たちの方が適任だろう。

 さらにコミュニケーション能力、頭脳という点でも、俺やチャドはアイゼンに勝るとも劣らないと言って過言はない。

 戦闘力と頭脳の両方で俺たちは見事に条件を満たしてしまっているのだ。

 だがしかし。

 それはあくまでも孤児院の人間に限った話である。

 戦闘力などと言っても俺達の実力など孤児院内で起こった喧嘩で勝てる程度のものでしかない。

 それこそ日々魔物や盗賊と戦う冒険者プロのランキングに名を連ねれば、下から数えたほうが早い位置にしか名前はないだろう。

 そんな俺たちが本物の――それもどう考えたって凄腕と呼ばれるだろう暗殺者に襲われる危険がある場所に行くなど自殺行為でしかない。

 アルバート神父がそんなことをわからないわけがないし、何らかの利益があって俺たちを捨て駒にするような人間でもない。


「俺たちが案内する必要があるんですか? 王都の案内なら城でふさわしい人間を選ぶこともできるだろうし、教会に来るだけなら案内なんて必要ないでしょう?」

「その疑問ももっともですね……ですが、聖女の希望です」

「聖女の?」


 それはまたいったいぜんたいどういうことだ?

 ただでさえ面倒な我儘を言ってくれやがったりしたのに、さらに迷惑を上塗りするのか?


「聖国では軟禁に近い扱いを受け、聖国を出ても周囲は大人ばかりに囲まれているのです。せめて、少しの間でも年の近い者と一緒にいたい、と」

「なる……ほど……」


 そう言われるとおかしな話でもない。

 普段の聖女は聖国で大事に大事にしまわれている。

 数少ない外出機会は他国のお偉いさんを治癒するためだが、それだって殆どの場合は聖国に呼びつける形を取っている。

 国王クラスが相手でもなければ聖女が聖国を出て治療に向かうことはないと言っていい。

 そして、そんな機会は早々あることではない。

 数年に一度あるか、ないか、という話だ。

 そうだと言うのにその機会が訪れた。

 それに加えて、奇しくも行き先はウェアカノ王国王都という自分の教育係から立派な人だと聞かされているアルバート神父がいる場所だ。

 会ってみたいと考えるのは当然だし、ついでにちょっと我儘を言い出したくなる気持ちもわかる。 

 普通の人間なら当然のようにできることを望んでいるだけだ。

 その願いがどれほど周囲に面倒をかけることになるかはわからないのだろう。


「無理だとは思いますが、断ることは?」

「無理でしょうね」


 すでに聖女が望みとして口にしてしまっているのだ。

 アルバート神父の耳に届いているということは、国はすでに決定事項として準備を進めているに違いない。

 国は面子を懸けて聖女の願いを無事に叶えるよう全力をもって事に当たるだろう。

 それをまさか孤児が断ったからと中止することなどありえない。

 俺たちが断れば代役を探してでも実行する。

 それはつまり俺たちが断れば他の誰かが危険にさらされるということだ。

 誰が代役になったとしても、危惧していたことが実際に起これば間違いなく死者が出るだろう。

 自惚れるつもりはないが、俺たちならば他の教会の孤児たちよりも助かる可能性は高い。

 万が一が起こった場合、最も被害が少なくなる可能性が高いのは俺たちなのだ。

 アルバート神父としても苦渋の決断なのだろう。


「はぁ…………わかりました」


 これはまた面倒なことになりそうだ。

 こうなってしまうと一緒に仕事をする騎士が、せめて俺たちも気にかけてくれるような優しい人間であることに期待しよう。


 後になって思えば、この時の決断が俺の――俺たちの人生を大きく変えることになった。

 この時の俺は、この先に待ち受けるもの――思いも寄らない激動の未来が訪れることなどまったく知りもしないのだった。


21/04/09:サブタイ変更

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