二話 ‐1 権力争いと厄介事
05
孤児院でも農村の子どもが労働力として数えられるのと同じように孤児たちを労働力として数えている。
とは言え、労働力として数えられるのは10才以上の年長組のみな上に孤児院で必要な労力はそれほど多いものではない。
主な内容は年少組の世話、掃除洗濯に料理といった家事、倉庫整理に神官から申し付けられる雑用などしかない。
毎日畑仕事を手伝っている農村の子どものほうがよほどに重労働をしていることだろう。
そんな日々のお勤めは、倉庫整理やチビたちへの授業をチャドやフィル、ミリアたち――いわゆるクロー派閥の面子で行ったようにベルーガ、アイゼン、俺の3派閥に別れて行われる。
派閥によって人数や能力に差があるため、仕事の内容はある程度公平になるようアルバート神父が考えて割り振るわけだが、それは毎朝朝食後、アルバート神父に3人が呼び出される形で伝えられる。
「――では、今日の割り振りはこれでお願いします」
「わかりました」
「おう」
「はい」
「よろしくお願いしますね。ところでクロー、今日明日という話ではないのですが、あなたに頼むことがあります」
毎朝のことなので慣れたことだ。
特筆するようなことなどなにもない。
そう思っていたのだが、今日はいつもと違ったらしい。
とは言え、まったく同じことを繰り返すような何一つ変化のない日常など存在しないのと同様に追加の雑用や新しい仕事を頼まれることもそこまで珍しくはない。
俺はアルバート神父の前を辞そうと振り返りかけていたが、動きを止めてアルバート神父に向き直る。
「何ですか?」
アルバート神父は呼び止められてもいないのに興味津々といった様子で立ち止まっているアイゼンとベルーガにチラリと見てから、俺の方へ視線を向け直す。
「近々聖女が当教会を訪れます。その世話と王都の案内をあなたたちにお願いしたいのです」
と、アルバート神父はとんでもない爆弾を放り込んでくれた。
聖女――それは、唯一聖国だけが持つカードである。
そもそも清貧と慈愛を求めるメラスグリンデを信仰すべき神官が、欲に溺れて加護や誓約を維持できるはずがない。
そのため、聖国の人間はそのほとんどが癒やしの魔法も魔術も使えないのだ。
それでも何故、聖国が教会の総本山として存在しているのかと言えば、管理団体のようなものだと考えるのが近いだろう。
例えば何か道場のようなものがあるとする。
それぞれの道場は独立して運営されているし、狭い範囲でならそれだけで十分だろう。
しかし、全国に散在する他の道場と一緒に全国大会でも開き、頻繁に交流試合や情報交換などを行おうと考えたなら大会や交流試合を管理・紹介する人間たちが必要となるわけだ。
そのための管理団体、ほにゃらら協会のようなものだとするのが聖国の始まりである。
元は清貧を重んじる立派な人間ばかりが集まる教会の総本山だったのだが、何時の頃からか神官としての理念も忘れて腐敗してしまった。
単に堕落してしまったのか、教会を利用しようと外部から入ってきた毒に侵されてしまったのか定かではないが、今は腐敗の温床となっているのは間違いない。
毒に侵されたのなら毒を出せばいいし、聖国以外の教会に所属する神父や神官が新たな管理団体を設立することもできるだろう。
だが、誰もそれをしようとはしない。
聖国の置かれた場所が重要な土地なのか、理不尽極まりない聖国という存在を神から与えられた自分への試練だと受け止めているのかはわからないが、誰一人として聖国をどうにかしようとは考えないのだ。
それだけであれば教会の管理団体でしかなかった。
民衆だって馬鹿じゃない。
教会のまとめ役と名乗りながら、所属する人間の大多数が癒やしの魔法も魔術も使えないのだ。
癒やしの魔法、魔術で医者としての役割を求められるはずが、その役割を果たせない奇妙な組織――そう評価されるだけに留まっただろう。
しかし、悪知恵の働く何者かが一計を案じたことで状況は大きく変化した。
曰く、自分たちはメラスグリンデの夫である創世神を信仰しているのだ――と。
創世神はこの世界を作った神であり、他の神よりも上位の存在である。
凄まじい力を持っているため、他の神のように無闇矢鱈と加護や力を与えないので、魔法や魔術が使えないのも当然だ。
メラスグリンでは創世神の妻であり、他の神は創世神の下僕である。
そんなとんでもない話をし始め、言葉巧みにその話を広めた結果、結構な数の純粋な人間がそれに騙されてしまった。
今では中堅国家並みの国土を持つ一大宗教国家にまで成り上がったのだ。
教皇を頂点とした聖国を嫌う国は多いが、おいそれと手を出すのを躊躇うほどには強大な国だ。
前置きが長くなってしまったが、1つの国とまでなった聖国は普通の国と同じ外交カードは当然のように持っている。
その中で、唯一教会を管理する聖国だけが持ちうるカードが聖女なのである。
全身の半分以上という非常に大きな紋様を持つ聖女はその存在が確認されてすぐに聖国によって保護される。
以降は聖国による徹底した教育が行われる聖女は創造神至上主義の典型的な聖国人になるか、数少ない聖国にもいるまともな神官によって育てられた文字通り聖女みたいな人間になるかのいずれかだ。
後者ならばいい。
だが、前者であったら非常にめんどくさい。
なにせ聖国の主張では、聖女は創造神とメラスグリンデの娘だとされている。
その肩書は、創造神の代弁者である教皇の次ぐ権威を誇る。
つまるところ、一国の王女並の扱いがなされるのだ。
それがわがまま放題の困ったチャンだったら面倒なことこの上ないと言えるだろう。
アイゼンも俺と同じ考えに至ったのか何とも言えない表情を浮かべている。
「アルバート神父……」
「大丈夫です」
俺が何を言いたいのかすぐに察したアルバート神父がみなまで言わずとも否と答えた。
どうやら聖女はまともな性格らしい。
しかし、そうだとしても次々と疑問や問題も出てきてしまう。
何故聖女の相手をするのが俺たち――いや、この王都第三教会なのか、何故ベルーガやアイゼンがいるこの場で面倒なことになりかねない爆弾を落としてくれたのかなどなど、言いたいことは山ほどある。
俺は、チラリとベルーガやアイゼンに目を向けてから小さく溜息を零した。
「クローだけを残せば、2人は部屋の外で盗み聞きをするでしょう。それならこの場で話したほうがいいと思ったまでです」
わざわざ言葉にせずとも俺の考えなどお見通しなのだろう。
さすがはアルバート神父だ。
まぁ、アルバート神父の考えは理解できる。
この場ではなく、俺が1人でいるところを探して話すことは難しい。
なにせ、アルバート神父はこの教会の代表だ。
仕事量は多く、俺を探す暇はない。
あったとしても、孤児院も教会も人が多いので、誰にも見られず話をするのは不可能と言っていいだろう。
だからと言って俺だけを残せば、間違いなく2人は部屋の外で盗み聞きをする。
そうすると俺が部屋を出た後に2人から色々と言われるわけだ。
あえて2人がいるこの場で話をしたということは、2人の説得はアルバート神父が協力してくれるということだろう。
よほどに俺達に任せたいらしい。
それは理解できた。
だが、そうなってくるとなおさら疑問は深まってしまう。
「なんでわざわざ聖女がうちの教会に来るんですか?」
王族や高位貴族が主に利用する第一教会、下位貴族や大、中規模の商会など金持ちが利用する第二教会ならわかる。
貴族や金持ちが利用する教会とは言え、聖国と違って基本的にどの教会でも変わりはない。
貴族向けだからといって建物や内装が豪華になることもなければ、特別な式典が行われるようなこともない。
メインの利用者を分けているのは、立地的理由と利用者同士で無用な軋轢を起こさぬための配慮からだ。
しかし、一国の姫君と同じ扱いを受ける聖女が完全庶民向けの第三教会に来るというのはどうにも納得がいかない。
あまつさえ王都観光の案内まで孤児に任せるというのははっきり言って異常だ。
「聖女の教育係をしている者が私の教え子でしてね。ウェアカノ王国を訪れる際にはぜひとも我が教会を見たいと聖女たっての希望なんです」
聖女様よ、なんでそんな我儘言ってくれたんだ。
21/04/09:サブタイ変更




