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‐2 孤児院三派閥のリーダーたち

02

 フィルとチャド、2人の先導で向かった先は、教会の裏手にある薪割り場だった。

 一目見ただけで問題があったのは瞭然なのだが、あまりにも予想外の光景に思わず足を止めてしまう。

 まず目に入るのはフィルに勝るとも劣らない巨漢の男が、うずくまっている姿だ。

 クラウチングスタートの姿勢から崩れたように額は地にこすりつけ、体をへの字にしながら両手で股間を押さえている。

 俺の見間違いでなければ、蹲っているのはベルーガ本人だろう。

 この孤児院であの体格なのはフィルとベルーガぐらいだ。

 それに対するのは、羽交い締めにされながらもまだまだ暴れたりないとばかりに顔を真赤にして唸っているミリア。

 ミリアを押さえているのは……オットーだな。

 そにしても、ミリアはベルーガのところの人間どころかベルーガ本人にやらかしてくれたらしい。

 俺は肺の奥底から空気を絞り出すように大きくため息を1つ吐いだ。

 とりあえず、ミリアを抑えてくれたアイゼンとオットーには感謝だな。


「ミリア! ハウス!」

「ぴっ!? く、クロー……」


 見られてはいけないところを見られてしまい、しまったという顔をしたミリアはすぐにしゅんと身を縮こまらせておとなしくなった。

 そんなボール遊びしていたのに目の前でボールを片付けられてしまった犬みたいな顔をするな。

 お前、犬じゃなくて狼の獣人だろうが……

 またもため息が出そうになるのを必死で堪え、オットーから解放されたミリアを受け取る。


「アイゼン、オットー……ありがとうな」

「いえ、構いませんよ」

「ど、ど~いたしましてぇ」


 あぁ……オットーは相変わらず癒やしだ。

 礼を言われたオットーの気恥ずかしさ満点のテレ顔を見てそんなことを考える。

 なんで熊の獣人のオットーはこんなにも癒やし系なのに、うちのミリアさんは仲間思いで有名な狼の獣人のくせしてこんなにも俺の胃にダメージを与えてくれるんですかね?


「それで? ミリア、なんでこんなことしたんだ?」

「あの……だって…………あの……」


 なにか言いたげなようだが、どう切り出せばいいのかわからないようでしどろもどろになっている。

 それもそうだろう。

 つい先日、近くの酒場で職業体験アルバイトをした時にも同じようなことがあったのだ。

 その時の被害者は鍛冶屋のおっさんだったが、今のベルーガとまったく同じ状態にしたのでこってりと絞ってやった。

 たしかにあの時も悪いのは、給仕をしていたミリアの尻を撫でたおっさんだった。

 だが、いくらなんでも問答無用で玉を潰そうとするのはやりすぎだ。

 この世界はセクハラなどの概念が弱い。

 現代日本ならセクハラ待ったなしの発言が平気で発せられる世界である。

 その上、酒場の給仕をする女性は交渉次第でそういった行為も商品にしているのが一般的なのだ。

 あの場合はチップを搾り取るか、横っ面に紅葉を咲かせる程度の罰が普通だ。

 何度注意しても繰り返すしつこい相手なら話は別だが、白目をむいて泡を吹きながら痙攣することになるような一撃を叩き込むのは、初犯のおっさんに与える罰としてどう考えてもやり過ぎだ。

 口が酸っぱくなるほど注意したこともあって、ミリアもそのことはしっかりと覚えているのだろう。

 ミリアは精神年齢が幼いし我慢も足りないが馬鹿なわけではない。

 言い訳をしたいが、言い訳は思いつかない。

 俺に嘘をつこうものならどうなるのかもしっかり教育してきたので、誤魔化すために嘘もつけないとあってミリアは言葉が出ないのだろう。


「ミリア。ビンタならいいけど、男の股を蹴るのはダメだって言ったよな?」

「うぅ……ごめんなさい……」

「まぁ、相手がベルーガだからまだ良かったけど、嫌なことされてもまずは我慢しないとダメだって言ったよな?」


 孤児院内のことであれば、身内の喧嘩と一緒だ。

 他所の人なら訴えられたりしないように必死で謝罪する必要があるが、ベルーガ相手ならばこのぐらいは日常茶飯事と言える。

 前はベルーガのところのやつと乱闘になって、チャドが骨折したこともあった。

 それにキレたフィルとミリアが倍どころではないぐらいに仕返ししたのも今ではいい思い出だ。


「うん…………でも……でも……」

「うん。それで? ベルーガに何言われたんだ?」


 自己弁護はあるのだろう。

 ミリアは自分の我儘を通すために暴力を振るうような乱暴者ではない。

 悪口を言われて頭にきたが、口で言い返すことができずに手が出てしまうタイプである。

 それも自分への悪口は我慢できても、俺たちのことを悪く言われると簡単に堪忍袋の緒が切れてしまうのだ。

 仲間思いが過ぎる部分はあるものの、自分ではなく仲間のことで怒れるのはミリアの持つ美徳の1つであろう。


「チャドのこともやしって言って……フィルのことバカって言って……」

「そうだな、酷いよな。でも、チャドはもやしだし、フィルは馬鹿だ。本当のことしか言ってないし、いつものことだろ?」

「クロー……」

「お前、それはひどくないか?」


 フィルとチャドが半眼で睨んでくるが、気にしない。

 だって本当のことだ。


「クローのこと陰険野郎って言って……」

「本当のことだな」

「だね」

「お前らなぁ……」


 断じて俺は陰険野郎なんかではない。

 知的な大人っぽい男だと言え。

 

「あと……あと……」

「ん? まだあるのか?」

「こいつ、おっぱい触った!」

有罪ギルティ!」


 ギルティだよベルーガくん。

 それはやっちゃいけない。

 YESロリータNOタッチという言葉を知らんのかね?

 うちのミリアさんは、見た目は女子大生ぐらいに見えるけど、実年齢は13才だし、精神年齢はもっと下だ。

 精神年齢云々は抜きにしても、君はやってはいけないことをしてしまったね。

 セクハラの概念は弱いし、孤児を保護するような法律もない世界だが、どういうわけなのかこの世界――いや、この国は未成年者に対する性的暴行への罰則は非常に厳しく、風当たりは強い。

 酒場でのバイトの時は、そういう出会いを求めることが多い酒場だからという理由の他に相手ミリアの年齢が知らなかったから仕方のない面もあった。

 しかし、孤児院の中で孤児院の準職員である成人ベルーガ未成年ミリアに性的暴行を働いたとなれば、よくても奴隷落ちで、最悪は(物理的に)首が斬られる。

 私的制裁を加えたことで被害者が加害者を許せば罪に問われないので、ある意味ミリアの行動はベルーガを救ったことにもなる。


「うぐっぅ……このクソガキがぁっ!」


 ミリアから事情聴取している間にようやくベルーガは復活できたようだ。

 しかし、完全回復というわけにはいかないようだな。

 内股になってぷるぷると震えているのは怒りが理由ではないだろう。


「まぁ、落ち着けよベルーガ」

「クローっ! てめぇもぶっ殺してやるからなぁ!」


 頭に血が上っているらしく話にならない。

 ん? 落ち着いてこっちの話を聞こうとしないのはいつものことか?

 まぁいい。


「おいおい、お前らもいいのか? このままベルーガが罪を重ねたら、最悪お前らも一緒に奴隷落ちか死刑になるぞ」


 俺の言葉を聞いてベルーガが未成年に手を出すリスクに思い至ったのか、取り巻き達は慌ててベルーガを取り押さえつつ宥め始めた。

 実際に手助けしていなくても、普段からつるんでいる人間がその場にいたのなら幇助とみなされる可能性は否定できない。

 せっかく今なら罪を許されるのだから、これ以上何もさせまいと彼らも必死だ。


「ベルーガ、お前わかってるのか? 成人してるお前がミリアに手を出したら死刑になる可能性もあるんだぞ? いつまでも自分が子どもだって勘違いしてるんじゃないって……今年も冒険者ハンター試験受けられなかったらどうするつもりだ?」


 ベルーガは今年で16才だ。

 この世界では15才で成人なので、ベルーガはすでに成人している。

 未成年の孤児を受け入れる孤児院に彼が残っているのは、昨年の彼は年に一度行われる冒険者試験を受けることができず、その他の仕事にも就くこともできなかったからだ。

 本来なら雇ってくれそうな店に行って、地ベタに額を押し付けてでも仕事を見つけなくてはならないのだが、心優しいアルバート神父の温情で1年間だけ孤児院の準職員として働いている。

 準職員とは言うがそれは名目上のことだ。

 ベルーガは神官(医者)でもなければ、事務仕事もまともにできない男である。

 準職員としての仕事など何一つできることがないベルーガの実際の扱いは、孤児だった頃と何ら変わらずDQNのまとめ役に収まっている。

 とは言えそれも1年だけの期間限定の話だ。

 今年の冒険者試験も来月には行われる。

 それに落ちる――それどころか大きな騒ぎを起こし、逮捕でもされれば今回も試験を受けられないことになる。

 そうともなれば、さすがのアルバート神父からも見放されてしまうだろう。

 そもそも去年冒険者試験を受けられなかった理由が、試験直前に酒場で喧嘩騒ぎを起こして牢屋に入れられていたという完全な自業自得なのだ。

 何一つ学習しないでまったく同じことを繰り返せば、アルバート神父とて二度目はないはずだ。


「うるせぇっ! ぶっ殺してやる!」


 俺の心尽した説得もベルーガの胸には届かなかったようだ。

 顔を真赤にしてツバを飛ばしながら殺す殺すと叫んでいる。


「はぁ…………しょうがない。フィル、ちょっと黙らせてきてくれ」

「……いいのか?」

「他に手段がない。こんなことでアルバート神父の手を煩わせたくないんだ」

「わかった」


 首や指の骨をポキポキと鳴らしながらフィルがベルーガに近づいていくと途端にベルーガの表情に怯えが混じる。

 ベルーガは大人を含めても孤児院の中で体がデカイ。

 力も強く、純粋な力だけを比べるなら獣人以外で2番目だ。

 では、1番が誰なのかと言うとフィルである。

 13才という成長期に3つも年齢が違うというのにフィルの体はベルーガとほとんど変わらないサイズを誇る。

 力だけを比べればほとんど差のない2人だが、喧嘩になればベルーガではフィルに勝ち目はない。

 なにせ、フィルの両親は冒険者だった・・・

 両親が帰らぬ人となり孤児院に入る4年前まで、物心付く前からずっと英才教育を受けていたフィルは、魔物だけではなく人間との戦い方も心得ている。

 いくら喧嘩自慢とは言え、身体的な能力スペックがほぼ同等ならば技術で勝るプロに勝てる道理はない。

 ベルーガとフィルでは、僅差とはいえフィルが身体能力でも勝っているのだからなおのことだ。


「っち! くそっ、放せ!」


 フィルがこれ以上近寄ってくるのはゴメンだとばかりに舎弟たちの拘束から逃れたベルーガは、覚えてやがれなどという三下のチンピラみたいな捨て台詞を残して逃げ出した。

 予想通りの展開だが、予想通りなだけに頭が痛い。

 これでしばらくの間は、ベルーガがこちらにいろいろとちょっかいを掛けてくることだろう。

 この世界にも一応未成年保護法に近いものがあり、未成年は成人に比べて全体的に罪が軽くなる傾向にある。

 ベルーガは、いつまでも自分が未成年こどもの時と同じ感覚で生きているから、成人したことで罪が重くなるという認識が欠如しているから困りものだ。

 どう言い繕っても仲がいいとは言えない関係だが、同じ釜の飯を食った間柄であり、面倒だとは思っても心底から嫌いなわけではない。

 孤児院を出てから関わり合いになることなどほとんどないだろうが、だからといってあんなヤツはどうでもいい、どうなってもいいと思っているわけでもないのだ。

 普通に生きて、何年か後に街中で偶然出会ったら酒でも酌み交わすのも悪くはない。

 そんな間柄だと俺は思っている。

 しかし、それもベルーガがこのままでは叶わぬ未来だろう。

 いつまでもガキのままでいないで、成長してくれないものだろうか……


「……クロー?」

「あぁ……悪い、ミリア。お前は悪くなかったな。怒って悪かったよ」

「ミリア、悪くないの?」

「あぁ。でも、男の股を蹴るのは悪いことだから、ベルーガ以外にはやるなよ?」

「わかった!」


 結果オーライだが、ミリアの行動に間違いはなかった。

 それを認める発言をした上で、やっぱり玉を潰す勢いで蹴りを放つのは危険だからやらないよう釘をさせば、ミリアはパァッと表情を明るくして元気よく頷いた。

 ベルーガと違って学習能力は高いミリアだ。

 これだけ元気よく返事をしたのだから、次はないだろう。

 ベルーガもミリアと同じぐらい素直だったら楽なんだがなぁ……


「まったく……あのバカにも困ったものだな」

「おぅ……?」


 ことの成り行きを見守っていたアイゼンが、ベルーガの様子を思い出しているのか心底呆れた様子で声をかけてくる。

 オットーはアイゼンの後に付き従っているが、アイゼンの言葉に同意すべきか否か判断が付きかねるようで戸惑った様子だ。


「そう言うなよアイゼン。ベルーガも元気を持て余してるんだろ? 来月には試験を受けて院を出ることになるんだから、寂しさもあるかもしれないぜ?」

「あいつがそんなタマだと本気で思ってるのか?」


 まぁ、ないだろうな。

 なんでもかんでも自分の思い通りになると思っているガキだろう。

 ミリアにちょっかいかけるのも、容姿に優れたミリアを自分の女にしたいと思っているからだ。

 本心では単純に恋愛感情を抱いているのかもしれないが、言動はいい女を自分のものにしたいという欲求に従っているようにしか見えない。


「それに……なんだかんだと試験を受けず、アルバート神父に泣きついてまた1年、2年と院に残ろうとでもするんじゃないのか?」

「いや、それはさすがに無理だろ……」


 とは言え、アルバート神父は善人にしか務まらない神父、神官の中でも特に甘い人だ。

 涙ながらに残りたいと言われれば、受け入れてしまう可能性も0ではない。

 ベルーガにとって、孤児院はまともに働く必要もない上に自分に付き従う連中を相手に偉そうにしていられる楽園のような場所なのだ。

 残りたいと考えていることも十分にありえるだろう。


「ふん……そうなれば、俺がやつを追い出してやる」

「あぁ……まぁ、そうなれば俺も協力するよ。さすがに成人してから2年も院に居座ってるのはよくないからな」


 成人したら就職して孤児院を出ていかなければならない。

 それが常識であり、これまでは例外らしい例外も存在しなかった。

 それはなにも、大人になったら今まで育ててやった恩を返せという理由からなどとは違う。

 そもそも院を出てから教会や院に寄付するかどうかは個人の裁量に任せられていて、実際に出ていってから子どもの小遣い程度の寄付すらせず、孤児院に一切関わらない人間も珍しくはない。

 院に関わることはなく収入に寄与もしないが、院を出ていったということは事実である。

 そう、問題なのは毎年毎年新たな孤児が増えるのに大人になっても居座り続ける馬鹿が出てくるようになることが問題なのだ。

 つまり収入ではなく、支出の問題なのである。

 そうなのだから、ベルーガがいつまでも院に残っている現状は健全とはとても言えない。

 1人ぐらいならば、と簡単に許すことはできない問題だ。

 1人を許せば次に残りたいと言った人間を拒むことは出来なくなってしまう。

 人間、働かないで済むのなら働きたくないという怠惰な感情を否定するつもりはないが、何人ものニートを抱えていられるほど孤児院の運営は決して楽なものではない。

 今まで育ててもらった恩を返すかどうかは個人の裁量に任せるべきだが、大人になったことを自覚して新たな子どものために努力はするべきだ。

 ベルーガが残ったのはあくまでも例外的な措置で、院に残るのを延長しても1年までという前例は作っておく必要があるだろう。


「その時はよろしく頼むとしよう」

「まぁ、そうなったらな……今回は助かったよ。ありがとう」

「礼は受け取っておこう。では、僕らも仕事が残っているから行かせてもらう」

「おう。じゃあ、また夕飯でな」


 アイゼンは眼鏡の位置をスチャリと直すと踵を返して歩き出す。

 なんというか、あいつは真面目な堅物委員長っぽいんだが、どうにも厨二臭さもある少年だ。

 それにベルーガが本気で残りたいと言い出すと思っているらしい。

 そうはならないといいんだがなぁ……

 アイゼンとオットーの後ろ姿を見送り、さてこれからどうしようかと考えていたところで、ふと何かを思い出したようにフィルが口を開いた。


「そう言えば、クロー」

「ん? どうした?」

「倉庫整理は終わったのか?」

「あ……」


 そう言えば、今日の俺達の仕事は倉庫整理だった。

 前世のことに思いを馳せていたから午前中は仕事にならず、午後もまともに動けなかった。

 極めつけにミリアがトラブルを起こしたものだから、すっかり仕事のことなど忘れていた。


「悪い。手伝ってくれ」

「しょうがねぇなぁ」

「いいですよ」

「やるぅ!」


 夕飯まではまだ少し余裕がある。

 4人でやればなんとかなるだろう。


21/04/09:サブタイ変更

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