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一話 ‐1 孤児院の黒い少年

01

 空は青い。

 北海道から沖縄まで、それどころか日本を飛び出して外国でも空が青いことは変わらない。

 それがまさか異世界でも同じだとは思わなかった。

 木箱に腰掛け、倉庫の上部にある木枠の窓から見上げる空を眺めながらぼんやりとそんな事を考える。

 まるで夢でも見ていたような気分だ。

 普通の家庭に生まれて両親の愛情を受けながら育ち、普通に小中高大と学校を卒業して就職する。

 おそらくは、ごくごく普通の人生ってやつを送ったのだと思う。

 夢だったのかとも思ったが、あれは夢じゃない。

 あえて言うなら、そう――記憶だ。

 今の俺は、記憶喪失だったがある日突然失っていた記憶を取り戻したような状態だと言える。

 混乱するなという方が無理な話だろう。


「…………はぁ」


 どうやら俺はある種の物語において数多く描かれている登場人物と同じように転生したらしい。

 それも異世界転生ってやつだ。

 日本や外国などではなく、魔法や魔物なんてものが存在する世界なのだから間違いないだろう。

 まさかタイムスリップなんてことはあるまい。

 とりあえず転生したことを自覚することで多少は混乱も収まったが、納得のいかないことは多い。

 なぜ13年生きてきて何の脈絡もなく前世の記憶を思い出したのか。

 普通、前世を思い出すのなら〇〇才の誕生日だとか、成人を迎える儀式の日など、一種のターニングポイントとでも言えるイベントがある日だろう。

 そうでなければ、日常の中でも頭を打って怪我をするなどのトラブルが起きて然るべきだ。

 これがあったからこうなる。

 因果というのは大切なものなのだ。

 そうだと言うのにある朝目覚めたら前世のことを思い出すなんてストーリー性の欠片もないではないか。

 まぁ、俺は物語の主人公ってわけでもないのだろう。

 事実は小説より奇なり、なんて言うがいくら現実だからといって主人公らしさが欠如していれば主人公には選ばれまい。

 ナルシストやよほどの無知でもなければ、自分の分ってやつはわきまえているものだ。

 少なくとも俺はわきまえているつもりだ。

 せいぜい俺は主人公以外の転生者というポジションだろう。

 異世界に転生したからと調子に乗って犯罪にでも走ればあっさりと主人公に倒されてしまうやられ役――もしくは主人公と友好的な関係を築くが、主人公ほどの活躍はできない主人公の理解者――そんな役どころだ。

 なぜ俺が主人公ではないのか、と問われれば答えは簡単で俺に主人公要素がないからだ。

 転生前に神様と会話した覚えもなければ、人とは違う特別な力もない。

 前世の記憶だって非常に曖昧なものでしかないときている。

 自分の名前も家族や友人の顔や名前も思い出せない。

 覚えているものと言えば、自分に関わらない地名やランドマークなどだ。

 日本の首都は? と聞かれれば東京だと答えられるし、パリのランドマークは? と聞かれればエッフェル塔や凱旋門だと答えられる。

 しかし、出身地は? と聞かれても答えられないし、職業やどこの会社に勤めていたのか聞かれてもなにもわからない。

 自分に直接関わることや人物のことは覚えていないわけだ。

 まぁ、覚えていても役に立たないだろうが、覚えていることも何かの役に立つわけでもない。

 なにせ、技術チートの定番であるポンプの作り方や原理なんて知らないし、石鹸や便利グッツの作り方もわからない。

 そもそも、それらのアイテムは普通に庶民でも普通に使えるぐらい流通している。

 醤油や味噌と言った調味料も普通に流通しており、異世界で料理革命を起こせるほど料理上手でもない。

 はっきり言って、前世の記憶がある意味がないのだ。

 そんな俺が主人公なんぞに選ばれると思うほうがどうかしているだろう。

 いや、そもそもここは現実だ。

 物語でもないのだから主人公などというラベル付けは無意味だろう。

 あえて言うなら、誰もが自分の人生という名の舞台に登った主人公――これはさすがにクサすぎるか……


「う、ぅんっ!」


 口に出すことなく、頭の中で考えていただけだというのに恥ずかしすぎて思わず咳払いして誤魔化してしまう。

 その他にも理由は色々と言いたいことはあるが、とりあえずそんなわけで俺は主人公ではないだろう。

 異世界転生したのに主人公ではなさそうだという点に納得いかない気持ちはあるが、それ以上に納得のいかないことがある。

 もったいぶる必要もないのではっきり言うが、納得いかないのは俺の名前だ。


「クロー! クロー、どこだぁ?」

「クロー!」


 倉庫の外で呼ばれているのが俺の名前だ。

 クロードとかを省略してクローとかならいいのだが、省略でもなんでもなく俺の名前はクローである。

 爪とかのクローではない。

 いや、発音的にはまさしくアイアンクローなどのクローと同じなのだが、名付けの由来はまったく違う。

 黒いとかいうよくわからん理由で捨てられた孤児の『黒男くろお』ことクローです。

 黒男ってなんだよ!?

 異世界なので漢字は存在せず、文字も日本語と英語ぐらいにかけ離れているというのに、名前の由来はどう考えても漢字としか思えないっておかしいだろ!?

 この世界の言葉で言うなら黒い男は直訳でもブラックマンってぐらいにくろお・・・とはまったく違う言葉だと言うのに、俺の名前は黒男くろおだからクローなのだ。

 さすがに戸籍のようなものの表記は黒男ではないが、クローで登録されている。

 俺の名付け親は転生者なんじゃないかと思ったが、真相は闇の中だ。

 そもそものツッコミどころは、黒いから捨てるってのの意味がわからないところだろう。

 我らが孤児の父ことアルバート神父曰く、俺を連れてきた男は――

『この赤子生まれいづる時の姿此黒なり。悪魔の子なれば神の力にて救い給え清め給え穂波た○え』

 ――と宣って、可愛らしい(←ここ重要)赤ん坊の俺をレイモンとかいう神父クソッタレに押し付け、幾ばくかの金を残してランナウェイしたらしい。

 思わずなんちゃって古語で語りたくなるぐらい失礼な話だ。

 しかも、俺と金を受け取ったレイモンクズ――いや、神官ゲスはその金を俺や教会、ましてや孤児たちのために使うことなく着服し、あろうことか自身が聖国で出世するための賄賂に使ったのだから酷い話だ。

 今では聖国で上級司祭にまでなっているというのだからさすがの腐り具合である。

 この世界の教会は基本的に素晴らしい存在だ。

 しかし、その総本山を自称する聖国は腐敗の温床となり、腐りきっているのだから始末に負えない。

 閑話休題それはともかく

 金を持ってトンズラこいただけならかろうじて、断腸の思いで、ギリギリ、腸の煮えくり返る思いで血の涙を流しながらも許すことはできた。

 だが、産業廃棄物レイモンとか言うド腐れ野郎は――

『黒いから捨てられたってことだし、黒い男……黒男クローでいいか』

 ――と、ふざけた名前で役所に正式な届けを提出しやがったのだ。

 トンズラこくなら律儀に書類なんか提出してるんじゃねぇよ!

 さっさと金持って居なくなれって言うんだ。

 アルバート神父ならまともな名前をつけてくれただろうに……

 まったく……本当にありえないクズっぷりである。

 ……さて、そんな理由で俺の名前はクローとなったわけなのだが、そこで新たな問題も出てくるわけだ。

 黒いってなんですか・・・・・・・・・

 髪はザンバラで白髪と言うよりは銀に近い色をしている。

 肌はシミなどもなく、地球で言うなら白色コーカソイド系だ。

 黒いからどという意味のわからない捨てられるような要素はまったく見当たらない。

 まさか、マイサンが生まれて間もない時から使い込まれてどす黒くなっていたなんてことはないだろう。

 なにせこちとら、前世から通算しても鮮やかなまっピンクのチェリーですからね……

 あれ? おかしいな……目から透明になった血液が流れ出てくるぞ?


「クロー、どこだい? あ、いた」

「いたか!? って、おい! なんで泣いてるんだ!?」

「泣いてない。目から赤血球やらが取り除かれて透明になった血液が流れ出ているだけだ」

「よくわかんねぇけど、どう見ても泣いてるだろ……」


 血液が赤いのは血液中の赤血球が理由であり、目から流れ出る際にはそれらの成分が濾過されて云たらなどということはこの世界では知られていないため2人はどうにも困惑顔だ。

 この2人、俺の孤児仲間でガタイがいいほうがフィリックス、線の細い方――というか、どう考えても小学生ぐらいの方がリチャードと言う。

 どちらも短縮形はリックであるため、区別するためにフィリックスはフィル、リチャードはチャドとあまり一般的ではない形で呼ばれることが多い。

 ちなみにフィルは年上、チャドは年下にしか見えないが、どちらも俺と同い年である。


「で? どうした?」

「お、おぅ……普通に話を聞くのか……」

「どうした?」

「いや、なんでもねぇ」

「ミリアがまたやらかしたよ」

「またぁっ!?」


 ミリアはここにいないが、俺たち3人とよくつるんでいるメンバーの紅一点だ。

 俺達と同じく13才なのだが、そうとは思えないほど外見上は大人びている。

 それに反して精神面は肉体の成長とは逆に子どもなので、俺達の中で一番のトラブルメーカーなのだ。

 まぁ、そもそも生い立ちを考えれば仕方のない面が大きいのだが、それを知らない人間が多いので苦労は全部こっちにやってくる。

 脳筋フィルですら半月に1回程度のトラブルしか起こさないというのにミリアは週に2、3回は平気でトラブルを起こすのだからどれほどのトラブルメーカーであるかはわかってもらえるだろう。


「で? 今度は誰に何したんだ? アイゼンのところか? それともベルーガのところか?」


 アイゼンとベルーガ、この2人も俺たちと同じ孤児院で暮らす孤児である。

 同じ孤児ではあるが、仲がいいかと問われれば微妙な関係の連中だ。

 そも、人間は3人集まれば派閥ができると言われている。

 うちの孤児院は乳飲み子や幼子を除いても30人に近い人数ができるのだから、なおのことと言えるだろう。

 体育会系――と言えば聞こえはいいものの実際はDQNに近い人間が集まったベルーガの派閥、真面目だったりおとなしい人間が集まったアイゼンの派閥。

 そして第三の派閥が、犬猿の仲であるベルーガとアイゼン両派閥のバランスを取り持つ中立勢力とも言えるクローの派閥だ。

 うん。

 なんかおかしいよね。

 最後が……

 孤児院と呼ばれるとは言え、その実働部分的な運営はほとんど教会の善意で行われている。

 教会の人間はただでさえ医者の役割も担っているため、忙しいのだ。

 孤児院を担当する大人も幼い子どもや乳飲み子の世話で手一杯になるため、10才を過ぎたくらいから卒業前の年長組が世話をするようになる。

 大半はやんちゃ組とおとなしい組で分かれるのだが、俺はそのどちらにも属さず自分のことは自分でやり、手伝えることは手伝うというスタンスを取っていたわけだ。

 そして気づけば、俺を慕うフィルやチャドのような奴らやベルーガとアイゼン両方が苦手で派閥から漏れている人間のフォローをしていたらいつの間にやら第三勢力になってしまったのである。

 はなはだ不本意なことだが、アルバート神父から直々に面倒を見てやってほしいと頼まれてしまえば断るわけにもいかない。

 まぁ、ベルーガやアイゼンが喧嘩したときに調停するぐらいならばと考えていたのだが、およそ3年前にミリアがうちの派閥に入って状況が一変してしまったのが問題と言えば問題だろう。

 

「ベルーガのところらしいよ」

「マジか…………」


 2人もアイゼンたちがミリアを抑えているところに遭遇し、慌てて俺を探しに来たので詳細はわからないそうだ。

 アイゼンのところの人間に何かをしたなら、睨み合いにはなっていてもミリアを抑える人間はいない。

 ベルーガのところの連中なら面白がって見ているだけだからだ。

 逆だと見てニヤついているだけのベルーガとは違い、これ以上問題を広げないためにアイゼンはミリアを抑えようとする。

 状況的にミリアがベルーガのところの人間になにかをしたのは間違いないだろう。

 相手がアイゼンのところならよかった。

 理性的なので、話せばわかってもらえる。

 ミリアを叱って、謝罪すれば後腐れもなく問題は解決できただろう。

 しかし、ベルーガのところはいけない。

 感情と直感で生きているから話しても理解することができないのだ。

 学習もしないので、同じようなことが何度も起きる。

 めんどくせぇ……


21/04/09:サブタイ変更

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