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-3 場末の酒場に馬鹿一人

12

 ウェアカノ王国で新しく店を開くのは大変なことである。

 商業ギルドへの登録や雑多な手続きなどといった煩雑なこともさることながら、店を開いたとて客を集めるのに苦労する。

 現代の地球とは違い、情報の発信は人の話によるものしかない。

 また、人付き合いというものが重要な位置にあり、何をするでも慣れ親しんだそれぞれ自分にとっての馴染みの店を持っているからだ。

 新規開店したからどんな店だか試しに行ってみようなどと考える人間は圧倒的に少数派なのだ。

 それが酒場のようにありふれた店であれば尚の事続けていくのは難しい。

 そうだと言うのにその店は繁盛していた。

 ウェアカノ王国で最も人口が多く、最も栄えている王都は日頃から活気にあふれている。

 それ故に少数派でもそれなり以上の人数がおり、そんな少数派が訪れて飲み食いした酒や料理が人に伝えたくなるほどに美味いから――などという理由ではない。

 ここ数日というもの、王都は普段よりもなお強い活気に満ちていたのだ。

 その結果、日が沈んでからその日の疲れを癒そうと酒場を訪れる人間が増えている。

 通常ならば、新規開店してすぐの店など席の半分も埋まっていれば御の字であろう。

 しかし、この店は運良くそんな王都の活気が強くなる直前に開店し、いくつかの空席はあるもののほとんど満席と言っていいほどに多くの客を得ることが出来たのだ。

 そんな運がいい酒場の一席、カウンターの隅で酒を飲むベルーガは周囲の空気とは対象的に陰鬱な気配を放っていた。


「おう親父、酒くれや。安いのでいいぜ」


 ベルーガが席についてからも客はひっきりなしに入れ替わる。

 彼が見ていただけでもこの威勢が良さそうな男で隣の席についたのは3人目だ。


「忙しいみたいですね」


 普段とは比較にならないほど忙しくとも店主は疲れた様子も見せずに酒の入ったグラスを置いた。


「まぁな。まさかこんな急に祭りをやることになるとは思わなかったぜ。一杯呑んだら準備に戻らにゃならん」


 まぁ、ありがたいことなんだがな。と言って男は笑った。

 王都で祭りと言えば、冬の新年祭、夏の建国祭、秋の収穫祭の3つがある。

 祭りとは別に大市が立つことは合っても、例年であればこの時期に祭りは行われたことはない。

 そうだと言うのに3週間後に3日間をかけて祭りを行うとのお達しが来たものだから庶民は皆大慌てだ。

 なにせ、祭りといえば稼ぎ時である。

 本来ならば商業ギルドに登録しなければ商売をすることはかなわないが、祭りのときだけは別なのだ。

 フリーマーケットのようなものから射的やおみくじのような遊戯を提供するもの、屋台での出店など様々な形で思い思いの店を出すことができる。

 祭りの当日まであと1週間ともなれば、仕事の傍らで進める祭りの準備は大詰めに近くなっている者も増えてきた。

 ベルーガの隣に座る男も準備に追われているからと一杯呑んだだけでさっさと店を出てしまった。


「っけ」


 準備に追われて店を出る者たちの背中を見ながらベルーガは悪態をついた。

 孤児院も孤児たちが作った小物や寄付された衣服でも余っているものなどを売るので、出店の準備に追われている。

 名目上のこととは言え、孤児院の準職員であるベルーガは本来なら監督役としてその場にいる必要があり、このようなところで酒を飲んでいる場合ではない。

 それでも彼が酒場にいるのは、未だに聖女を案内する役を諦められずにいるからだ。

 アルバート神父に否定され、正攻法で案内役に抜擢される可能性はない。

 かと言って、フィリックスを擁するクローたちを脅して無理やり役を奪うこともできない。

 どうやっても案内役になれない憤りを酒で晴らそうとしているのだ。

 だが、ベルーガは酒場に来たことを少しばかり後悔もしていた。

 ただでさえ気に食わないことで苛ついているというのに祭りの準備に浮かれる王都の雰囲気がさらにベルーガの気持ちを逆撫でる。

 頭の出来があまりよろしくないベルーガでも、この祭りが聖女のために行われることは理解していた。

 なにせ、孤児院で出す店の当番はベルーガの派閥の人間やアイゼンの派閥の人間だけで、クローたちの名前だけがないのだ。

 つまりは、祭りの間は聖女を案内するから店番は出来ないということであろう。

 気に食わない。

 グラスを掴む手に思わず力が入る。

 聖女を案内することなどただ一緒になって王都を歩くだけのことではないか。

 いくらアルバート神父と言えど、子どもでもできる簡単なことを任せることは出来ないと言われたことに腹が立つ。

 何よりも怒りを覚えるのは、せっかくのチャンス(・・・・)をクローに奪われたことだ。

 ベルーガでも聖女が聖国でたいそう重要な人間だと考えられていることは知っている。

 偶然の一致と言えるかもしれないが、ベルーガのイメージする聖女はそれこそお姫様のような存在だ。

 その聖女と数日間共に行動する。

 ベルーガの中では自分が聖女を案内し、聖女に気に入られて自分も聖国に行けると考えていた。

 その聖国では、お姫様の伴侶――王様のように自堕落で好き勝手に振る舞えるとまで考えている始末だ。

 まったくもって現実を理解しておらず、その上自分に都合のいいようにしか考えていない妄想でしかないのだが、ベルーガにとってはそのチャンスをクローに奪われたと考えているのだ。


「聖女の案内なんぞ簡単にできるってのによぉ……」


 そんなことをつぶやきながらわずかに残った酒を一気に煽る。


「糞がっ!」


 空になったグラスを乱暴にカウンターへ置きながら、口から出るのは悪態ばかりだ。

 ベルーガの憤懣やるかたない思いは酒を飲んだくらいでは収まる気配がなかった。


「たくよぉ…………ん?」

「荒れていらっしゃるようですね」


 イラつきに収まりはつかないが、酒も空になったことだしさてどうするかと考え始めたところで新たなグラスがベルーガの前に置かれた。

 どういうことかと顔を上げれば、店主が人の良さそうな笑みを浮かべて直ぐ側に立っていた。


「あぁ……っと、おかわりなんて頼んでないぜ?」

「大丈夫ですよ。これは私の奢りです」


 思いもかけず奢りの酒にありつけたベルーガであったが、ふんと鼻を鳴らして感謝した様子もなくグラスを掴んだ。

 ベルーガは準と前置くものの孤児院の職員である。

 孤児のときと同じく衣食住を保証してもらっているのは変わらないが、孤児のときとは違って安いとは言え給料をもらっている。

 だからこそこうして酒場に来ることもできるのだが、そう何杯も飲めるほどの余裕はない。

 であれば、本来なら店主の好意に感謝してからグラスを取るべきであろうが、不機嫌な今のベルーガは酒を口にしても感謝の言葉を述べるようなことはなかった。

 

「随分と荒れているようですが、何かあったのですか?」

「あん?」


 ベルーガは訝しげに店主を見上げた。

 その表情にはなんでお前がそんなことを気にするのかという考えがはっきりと浮かんでいる。


「なにか嫌なことや気に入らないことがあった時、誰かに話せば楽になることもあります。酒場ではそういったお客様の愚痴を聞くのも仕事なのですよ。ですから何でもお話しください、ここだけの話ですので」


 店主の言葉にベルーガは、そういうものなのかと一息で半分ほどにまで減ったグラスに視線を落とした。

 愚痴を言えと言われても何を話せばいいのかと考える。


「俺ぁよぉ、孤児院で働いてるんだ」


 考え抜いた末にポツリと語る。

 傍目から見れば立派な体躯であるベルーガが孤児院で働いていると聞いて店主は目を丸くした。


「てっきり冒険者の方かと思っていました」

「本当は俺も冒険者になるつもりだったさ。だけど、去年は運悪く試験を受けられなくてな……仕方なく馬鹿なガキどもの相手をしてやってるんだ」


 アイゼンが聞けば失笑を禁じえない物言いだ。

 運悪くなどと言っているが、試験を受けられなかったのは職業体験アルバイトで行った酒場でくだらないことから10日も牢に入れられるような大喧嘩をしでかしたまったくの自業自得である。

 加えて、仕方なく受け入れているのはベルーガではなく、冒険者以外の仕事を見つけることも出来ずこのままでは路頭に迷ってしまいそうな彼を哀れに思った慈悲深いアルバート神父の方である。

 しかし、そんなことは知らない店主は頷きながら何も言わずにベルーガの話を聞いている。


「本当に馬鹿なガキばっかりなんだよ。俺の言うことも聞きゃあしない自分勝手なやつばかりだ」


 そう言って苛立たしげにグラスに残った酒を一気に煽った。


「生意気で言うことは聞かねぇし、ガキが俺にあれこれとくだらねぇ文句ばかりつけてきやがる。俺を誰だと思ってやがるんだ!」


 乱暴にグラスを置きながらの言葉は、ベルーガ自身も気づかないうちに大きくなっていた。

 それでもほとんど満員であるためにその声は喧騒に紛れて消える。

 しかし、彼の言葉を聞いたものがいれば、あんたは一体何様んだい? と冷やかしの声がかかったことだろう。

 第三教会の孤児院ではリーダー格の1人であろうと広い王都の中では十数人の子ども(・・・)を束ねるお山の大将でしかないのだ。

 誰もがその名を知っているような大層な人間などではない。


「よほど普段から不満が溜まっているようですね。分別のつかない子どもの相手をするのは大変でしょう」

「わかってくれるか? 大変なんだよ」


 当たり障りのない店主の慰めに嬉しそうな表情を浮かべるベルーガであったが、そんな彼をクローが見れば呆れた顔になるのは間違いない。

 なにせ、本人は大変だと言っているが、実際に彼がやっていることを大変だと言えばこの世の仕事の大半は地獄すらも生ぬるい重労働ばかりということになってしまう。

 それからもベルーガの愚痴は続く。

 店主は頷き、時折慰めの言葉を並べながらそんなベルーガの愚痴に根気よく付き合っていた。


「っと……そろそろ帰るか……」

「そうですか……あぁ、お代は結構ですよ」

「ん? いいのか?」

「えぇ、未来ある子どもを相手に大変な仕事をしていらっしゃるお客様にほんの些細なご褒美ですよ。よろしければまたお越しください」

「おう。そうかそうか。あんた随分話がわかるな。また来させてもらうぜ」


 ベルーガは散々愚痴を重ねた上に何杯かの酒をタダで飲めたこともあって上機嫌で店を出ていった。

 この調子ならば明日にでもまた店を訪れることだろう。

 しかし、ベルーガは気づいていない。

 それが何を意味するのか――いや、それがどのような未来を招き、これから何が起こるのか。

 またこの店を訪れる。

 その選択が彼の人生を大きく変えることになることなどこの時のベルーガは考えてもいないのだった。


書きかけ分を完成させて今日は更新できましたが、明日はたぶん無理です


21/04/13:なぜか-6になっていたサブタイを-3に訂正

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