握り飯親父の異世界体験
なろう初投稿です。
よかったら読んでみてね。
握り飯親父の異世界体験
俺は佐藤隆文、60歳。
今年還暦を迎えた、どこにでもいるただの親父だ(誰だジジイと言った奴)
仕事はいわゆるおにぎり屋というやつで、そこそこ昔からのお客もいれば一見さんでも買って行ってもらえる店を経営している。
最近の趣味は娘から教わったボードゲームで、お気に入りはバトルラインというやつだ。
バトルラインとは、と娘にいわせると
「ボードゲーム界の巨匠、ライナー・クニツィアが生み出した大傑作カードゲーム!
古代ローマ、ペルシアの両軍を分かつ9つのフラッグがこの戦争のバトルライン(戦線)となる。2人対戦でプレイヤーは軍隊を指揮し、フラッグの獲得を目指す。戦で大切なのは兵士個人の能力ではなくフォーメーション(要はトランプでいうポーカーのようなものでストレートやらフラッシュを作る)。完璧な陣形を組んだ小隊は、寄せ集めのそれとは比べ物にならないほどの力を発揮するだろう。恐怖を飼いならし、いかなる状況でも統率のとれる軍隊のみが戦場を掌握するのだ!
って説明のところに書いてあったわー」
難しいことをカッコよく言い切ったと思ったら丸々受け売りならしい。
その日はたまに遊びにくる娘とちょうどバトルラインをした日だった。
「お父さん、これみてー!」
と袋を出してきた。
開けていいよと言われたのでガサガサと決して丁寧とは言えないかもしれない手つきで中身を出すと出てきたのは三角の形状の皮でできている……銃を持っていたなら銃を収めるホルダーに似ているが形がまるでちがう。そもそもここは現代日本、銃社会とは程遠い。
「これはなんだ」
「これはね!おにぎりホルダーなの。」
「おにぎりホルダー?」
なんだそれは。
「おにぎりって鞄の中で潰れたりするでしょ?
それを防ぐためにこの中におにぎりを収めてぶら下げれば、ほーら簡単におにぎりが運べますよーっていう商品!」
……くだらねぇな。
とはいえ、潰れて味が落ちられてお客ががっかりすることを考えれば中々の発想なのかもしれない。
店頭に試しに置いてみてもいいか?
などと頭を過り、どこのどいつが作っているのか娘に聞くと、
「え、これハンドメイドだよ?
なんと私が作りました!!
わー!すごーい!もっと褒めてくれてもいいんだよ??」
「お前こんなもん作れたのか……」
とりあえず試作品なのでまだ一つしかないというがとりあえず貸してくれるということなので、昼のおにぎりを詰めて早速腰からぶら下げた。
娘は娘で孫の昼飯を作るからと嵐のように帰っていった。
それを見送ってから仕事に戻るつもりで、家から直通のドアを開く。
……するとそこには。
「なんだこりゃ……」
ドアを開けて一歩踏み入った先は仕事場ではなく、
「ここ……どこだ?」
そこは市場で、知らない見たこともない文字が書かれた看板や赤や緑などとんでもない色の髪色のやつらが闊歩していた。少なくとも日本ではないようにみえた。今流行りの異世界転生モノに出てきそうな見た目……と言えばいいのだろうか。
その一方でどこか見覚えのある兵士達の格好。
そうどこかで……
「そうか……バトルラインだ」
バトルラインのカードに書かれている兵士の格好とほぼ同じなのではないだろうか。
ということは、ここは。
バトルラインの世界……?
いやいや、それは夢を見過ぎだろう。
それともこれは夢なんじゃないか?
……なら少しくらい遊んでから目が覚めてもいいんじゃないか?
そんな気持ちに珍しくなり、街を散策する。
「見れば見るほどバトルラインの世界そのものだな……」
ん?ということは。
ウォオオオオオ、という大きな歓声とそれと共に響く地鳴り。
そうだ、バトルラインーつまり戦線の真っ只中なのだ、ここは。
残念ながら俺は軍隊の指揮などできぬし戦う能力もない、三十六計逃げるに如かずだ。
さっき出てきたドアに向かって走るしかない。
ところが、さっきのドアのある場所にそれはなかった。
探し回り、走って転んで、それでも探したがそらはない。
なんてこったい!
これでは帰れない。
「と言うことは……ここで出来ることをやるしかないな」
その辺にいた町人を捕まえて聞くしかない。
「なぁ、この戦線の飯炊どころはどこにあるか知ってるか?」
「あ、あんた、まさか戦線に近づくつもりかい?!
やめときな!ジジィが出来ることなんて何もないぜ!」
「良いから、教えてくれ!」
「クレイジーな奴だな!そこをまっすぐ行ったところにあるよ!」
町人に礼を言って、教えてもらった方向へ走る。
ゼィゼィ…
飯炊どころに着いたときは息が上がっていた。
こりゃ運動不足だな。
そこではやはり割烹兵が飯を炊いていた。
バトルラインの世界の米はどんなものかチラリと見た感じでは、ジャポニカ米に似ているように感じた。
しかしまぁ……
「お前ら、握り飯作ってんのか?」
「な、なんだこのオッサン?!どこから入ってきた?!」
「握り飯作るの下手くそだな。そして遅い」
各々が適当に握ったであろう握り飯はボロボロと崩れかけてるし、これでは米の旨みは削がれてしまう。
どうやって戦線に運ぶかは知らないがこれでは前線の兵士の口に入る頃には潰れていてもおかしくないだろう。
「どけ、俺が見本を見せてやろう」
と米に手を着けようとしたところで槍を向けられた。
落ち着いて両手を上げて、戦意はないことを示す。
「なななな何者だお前!」
「我らの飯に毒でも盛るつもりか?!」
ふぅー……と溜息をつく。
「割烹兵とは言えあのバトルラインの兵士、と思ったんだが。
案外臆病だなお前ら」
「なっなにィ」
娘がくれたおにぎりホルダーから握り飯を出して、それを見せつけるように口に含み咀嚼した。
食い入るように兵士達は俺を見ている。
握り飯が喉を通ったのを見せて俺の手には毒は塗られていないと、判断したようで向けられた槍はしまわれた。
「いいか、握り飯のうまい作り方を教えてやるから大人しくみてろ。
それで真似てみろ」
握り飯一筋60年、その技を伝授してやる。
今回はすでに飯が炊かれているので、いきなり握るところからスタートだ。
手を少し湿らせて、指3本の腹につくくらいの塩を取る、塩の量はひとつまみで握る。
少し塩が多めに見えるだろうが、塩は手になじむので、おにぎりにいく塩分はほどよく調整される。
「米は少し冷ましてから握るんじゃないのか?」
「なるべく炊き上がりのごはんで握るべきだな。
熱さに耐えて握るくらいがちょうどいい。
おいしい握り飯はは気合いと根性だ」
「ごはんの適量は?」
「おにぎりを握るように手を三角形にしたとき、両手ですべてを包み込める量がベスト。
おにぎりのすべての面にバランスよく力が届き、握る工程を最短にできるからな」
握る回数は3回。
全部の角を1回ずつまとめる最小限の回数で仕上げる。
「三回では難しいぞ!」
「難しい場合は、3の倍数で増やせ。
4回、5回だと2片だけに力が入り、バランスが崩れちまう。
あくまで均等に3の倍数だ」
海苔は使わないのでこれでできあがり。
「食ってみろ」
1人の割烹兵に渡してやると、少し戸惑いながらも口にした。
「う、うまい!
握り飯ってこんなにうまいのか…!」
感動している奴を横目に次の握り飯を握り始めた。
「いいから早く言った通りに握れ!
前線の奴らは腹空かしてても戦ってんだぞ。
腹が減っては戦はできぬ。
さっさっとやれ!!」
「応!」
はじめはぎこちなかった奴らだが、数をこなせばとりあえず形はできてきた。
そして気づくと夜になり、戦線は一旦静かになっていた。
割烹兵も交代の時間らしく、俺もとりあえずはお役御免といった感じか。
「やれやれ、どこで寝たもんかね」
と、何気なく建物のドアを開けるとそこは。
「ここは……うちか?」
開けた先は仕事場にしている我が家兼店の炊飯所だった。
振り返ってみても後ろにあの戦線はなかった。
「お、お父さん?!どこにいってたの?!」
「え、えーとだな……」
どうやら俺は日本時間で3日ほど行方不明だったらしい。
泣いている家内や娘を抱きしめて、落ち着かせる。
(俺は、異世界体験をしてきたんだ)
なんて、言えないがな。
おわり
読んでくださってありがとうございました。