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優しい時間と不安と


 離宮での生活が馴染んだのは、二カ月が経った頃だった。王族の祝福を受けたとき、寝込んだのが嘘のように体調がいい。あれからオスニエルからの魔力も今ではほとんど貰っていない。


「どうやら王族の祝福がいい方向に効いたようですね」


 離宮に来てからずっとお世話になっている侍医が明るい口調で言った。


「先生、王族の祝福はどういうものなのでしょう? よく知らなくて」

「ああ、そうか。一般的ではないですし、女性はあまり知らないかもしれませんね。王族が忠誠を誓われた騎士に対して信頼の証として授けるものです。近衛騎士や護衛騎士など限られた人ですが、毎年与えられていますよ」


 信頼の証、と言われてウォーレンが認めるような発言をしたことを思い出した。


「それとわたしの体調の悪さがどう関係するのでしょう?」

「王族の祝福は相手に魔力の譲渡を行うのです。それが騎士たちを守護するお守りみたいな効果が出ます」

「お守り?」

「迷いを後押しするとか、そういう気持ち程度のもので、大きな力ではありません」


 魔力の譲渡と言われて、ようやく納得した。自分自身の魔力さえも滞ってしまうようなシェリルにウォーレンの魔力を渡されても処理しきれない。結果的にはバランスが整ったからよかったものの、下手をしたら悪化していた。最悪な事態に思い至ったが、今回のことは幸運だったと無理やりお腹に落とした。


「シェリル」


 診察が終わる頃、オスニエルが顔を出した。まだ騎士服のままで、そのままこちらに寄ってくれたようだ。いつもならまだ帰ってこない時間帯だ。驚きながらも、シェリルは立ち上がってオスニエルの方へと歩み寄る。


「おかえりなさいませ」

「ああ、ただいま。診察は終わりか?」

「はい。先生がもう大丈夫だろうと」


 問うようにオスニエルが侍医の方へと顔を向ける。侍医はにこりとほほ笑んだ。


「魔力のバランスが整いました。あとは体力を徐々につけていけば、もっと健康になっていきますよ」

「そうか」


 はっきりと告げられたオスニエルはわかりにくいながらもふわりと微笑んだ。その滅多に見ない微笑みにシェリルが目を見開いた。いつもよりも口角がわずかに持ち上がっているだけであるが、普段から表情が変わらない彼を見ているのでその変化が大きく思える。


「オスニエル様、笑った」

「……俺でも嬉しければ笑う」

「そうでしょうか? だったらもっと笑ってほしいです」


 ひどく真面目な様子で言い切られて、オスニエルはそっぽを向いた。その仕草がとても拗ねているように見えて、シェリルは自然と笑顔になってしまう。


「仲がよろしいですね。それでは年寄りは退散いたしましょう」


 二人の様子に揶揄いながら侍医が部屋を退出した。シェリルは揶揄われたことで今更ながら恥ずかしくなって俯いた。


「……天気がいいから少し散歩をしよう」

「はい」


 そっと差し出された手に自分のを預けるとキュッと握られた。大きな手はとても暖かくて、いつだってシェリルを大切にしてくれる。ほんの少しだけ握り返すと、さらに手に力が入った。そのやり取りがおかしくて、思わず声が漏れた。


「ふふ」

「どうした?」

「いいえ。なんだかとても――」


 恋人のようで。


 そう言ってしまいそうになるのを慌てて呑み込んだ。


「なんだかとても? 続きは?」


 いつも以上に柔らかな口調でシェリルを促す。シェリルはうろうろと視線を彷徨わせてから、覚悟を決めてオスニエルの方へと目を向けた。


「まるで恋人のようで」


 本当に小さな声だった。それでもオスニエルには聞こえたようで、優しく抱きしめられた。


「恋人のようではない。婚約者なんだ、恋人だろう?」

「その定義はちょっと違うような気がします」

「シェリルは政略結婚だと思っているだろうが、俺が君を選んだんだ」


 よくわからなくて、首を傾げた。シェリルがオスニエルとちゃんと話したのは婚約者だと知った夜会の時で、それまでに会ったことすらなかった。それなのに、選んだと言われても納得できない。シェリルの不満を正しく受け止めたのか、ちょっと不本意そうな表情になる。


「信じられないのは仕方がない。でも、俺は君だから結婚しようと思ったんだ。それだけは覚えていてほしい」

「はい」


 二人はゆっくりとした足取りで庭に出た。オスニエルは焦ることなく、シェリルの歩調に合わせて移動する。気持ちの良い風が優しい空間を撫でていった。


「そうだ。夜会の日程が決まった。一カ月後だ」

「ええ?! 早くないですか?」

「ちっとも早くない。俺は君を見せびらかしたいから、楽しみにしている」


 シェリルは顔をひきつらせた。オスニエルはなんてことはないような様子だ。


「どうした?」

「……ダンス、自信がありません」

「ダンスぐらい何とでもなる。最悪、俺にしがみついていればいい。いくらでも抱えてやる」

「ええ、それはちょっと……」


 想像して項垂れた。注目されている中、抱き上げられてダンスするなんて、自分の評価が地に落ちるようなものだ。 


「兄上の主催の定期的な夜会だ。そう気負わなくても大丈夫だ」


 そう言えるのはオスニエルが普段から参加しているからであって。

 シェリルは不安をうまく説明できず、ただダンスの練習を頑張ろうと力なく誓った。


◇◇◇


 一区切りついたところで、シェリルは息を吐いた。今日の勉強はこれで終わりであるが、まだ身につかないダンスや会話力を考えると憂鬱になる。


「何か悩みがあるのかしら?」


 今日の先生であるイゾルデ夫人が心配そうに声をかけてきた。社交経験がほとんどないシェリルのために週に何回か勉強だけではなく処世術も教えてくれる。しっとりとした大人の女性で、世間知らずなシェリルに一つ一つ丁寧に暗黙の了解を指導してくれるのでとても頼りにしていた。


「夜会を考えると憂鬱で……ダンスがまだ覚えきれていないから」

「そう固く考えなくても、オスニエル殿下がリードしてくれます。シェリル様は殿下に寄り添っていれば問題ありませんよ」


 そう言われて、顔を曇らせた。


「なんだか足りない女性のようで嫌だわ」

「そうかしら? シェリル様が病弱で社交の場に出ていないのは周知の事実です。揚げ足を取るようなことをオスニエル殿下が許さないわ。それに少しでも仲睦まじいところを見せないとね」

「仲睦まじい?」


 夜会のことと仲がいいことが結びつかなくて、首を傾げた。イゾルデ夫人は改まった表情を浮かべ、背筋を伸ばした。


「……恐らく夜会では常に比較されるでしょうから、先に教えようと思っています」

「イゾルデ夫人?」


 比較と言われてなんとなく察した。聞きたくないと思う気持ちがもたげてくるが、耳を塞いではいけないことだ。シェリルも心が傷つかないように少しだけ身構えた。


「オスニエル殿下の前の婚約者のことは聞いていますか?」

「四年前に亡くなったという事だけしか」

「そう。ではエルザ・オールダム侯爵令嬢という名前もご存じでないのね」


 シェリルは頷いた。


「領地にいたのだから仕方がないわ。シェリル様も自分の病気で大変な時期でしたでしょうから。彼女は王太子殿下とオスニエル殿下の幼馴染で、いずれはどちらかの婚約者となるべく育てられたご令嬢でした」


 聞いただけでも胸がしくしくし始めた。ぎゅっと痛みを誤魔化すように胸元にきつく拳を作る。シェリルを気遣うような眼差しに申し訳なく思う。大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせた。


「何もなければ王太子殿下の婚約者となる予定でしたが、隣国の姫君、今の王太子妃殿下とご婚約が決まり、エルザ様はオスニエル殿下の婚約者となりました。婚約を結んでからはオスニエル殿下は誰から見てもわかるほど、エルザ様を溺愛したのです」


 なんとなくわかる。オスニエルの距離感は非常に近い。最近は特にそう感じていた。それが元婚約者に対してもそうだったと聞けば気持ちが塞ぐ。


「ですから、恥ずかしいとかいう気持ちを捨てて、夜会では見せつけるように甘えるのです」

「……それってマナー的にはどうなんでしょうか」


 まさかそんなことを勧められるとは思っていなかったので、何度か瞬いた。イゾルデ夫人はふっと笑う。


「マナーなど、一人でいるときにできればよろしいのです。オスニエル殿下は婚約者ができても、まだまだ令嬢達には人気です。体の弱いシェリル様ならば排除できると考える人間も出てきます。ですから、いかにオスニエル殿下の寵愛があるかを見せつける必要があります」

「え……」


 イゾルデ夫人の言う言葉は理解できるが、見せつけると言われてシェリルは顔を赤くした。


「いいですわ。その初々しさ。夜会では殿下にキスの一つや二つ、強請ってしまいなさい」


 それは破廉恥では?


 そう思いつつも、イゾルデ夫人の話は露骨な寵愛の見せ方になっていったので、つい遠い目になった。


「最悪、胸の開いたドレスを着て、オスニエル殿下の腕に食い込ませるのよ。それで食いつかない男はいません」

「……イゾルデ夫人。わたし、残念な肉付きなのですが」


 涙ながらに自己申告すれば、イゾルデ夫人の視線がシェリルの顔から少し下に向いた。幼い頃に発病したため、全体的に発育がよくない。

 しばらくそうしていたが、すぐにイゾルデ夫人の顔が笑顔になる。


「心配いりませんよ。今はいい下着があります。丁度いい機会ですから、紹介しておきましょう」


 いらないとは言えずに、ジェニーの方へと目を向けた。何故か若い侍女たちは目をぎらつかせていた。


 みんな興味があるのね、と密かにため息をついた。



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