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今日、王子妃になります



 ロールカラーの襟に、ふわりとした裾のスカート。

 そしてバックリボンに、ロングトレーン。


 艶やかなクリーム色のシルクサテンで作られたドレスはとても美しかった。プラチナブロンドの髪は複雑な形のシニヨンにまとめ上げ、ベールと一緒に髪飾りが留められている。


 鏡の中の自分を見つめた。


 今日を迎えるまでに色々なことがあった。

 ドーソン伯爵の処刑や関係していた貴族や商人の摘発、隣国への制裁。

 ブレンダの懐妊の発表もあり、オスニエルとシェリルの婚儀は出産と重ならないようにと前倒しになった。公務の他に王妃からの教育もあり、毎日が目が回るほど忙しかった。


 それも今日を迎えることで、少しは落ち着いていくことだろう。


「よし!」


 婚儀の支度を終えたシェリルはもう一度鏡で全身を確認してから、家族の待つ控室へと移動した。


「お父さま、お待たせしました」


 シェリルの準備が終わるのを今か今かと待っていたイーグルトン伯爵は娘の姿を見て、弾かれたように立ち上がる。


 イーグルトン伯爵は大げさに息を呑み、娘の側に大股で近寄った。


「綺麗だ……。なんて綺麗なんだ! お前の死んだ母親にも見せてやりたかった」


 彼は人目をはばからずに泣き始めた。シェリルは感動しすぎる父親の姿に、やや引き気味になりながらも、嬉しさを感じた。


「お父さま、落ち着いて?」

「落ち着くなんて無理だ!」


 きっぱりと断言しながら、おいおいと泣き続ける。側に控えていたジェニーがさりげなくシェリルと伯爵との間に距離を作った。そのことが気に入らなかったのか、伯爵は開いた分だけ近づく。何度かそれを繰り返して、ジェニーがついに注意した。


「イーグルトン伯爵、シェリル様のドレスが汚れますので近づかないでください」

「ああ、それはいけない」


 ようやく理解したのか、一歩後ろに下がった。ジェニーはため息をつきながら、ハンカチを渡す。

 伯爵はそのハンカチで涙を拭き、鼻をかんだ。だがすぐに、涙が溢れてきて、鼻をすすり始める。


「……お父さま、そろそろ泣き止んで? まだ式典は始まっていないのよ」

「わかっている! わかっているが……!」


 そう言いながら涙は止まらないらしい。ジェニーに目配せすると、彼女は新しいハンカチを差し出した。それを何度も繰り返し、伯爵の涙を止めるのは無理かもしれないと密かにため息をつく。


 発病してからずっと療養していた娘が結婚するのだから、色々な思いがあるのだろう。勝手に婚約者を決められた時には怒りすら感じていたが、今は感謝しかない。シェリルは父親の腕にそっと触れた。


「お父さまには感謝しております。こうしてオスニエル様と結婚する日を迎えられました」

「シェリル……!」


 止まり始めていた涙がぶわっと溢れた。


「父上、泣き止まないなら僕がエスコートしますよ」


 クリフが呆れながら言えば、イーグルトン伯爵はぴたりと涙を止めた。


「それは駄目だ。シェリルの父親は私だ。私がどれほどこの時を楽しみにしていたのかお前だって知っているだろう?」

「わかっていますが、そのみっともない顔ではエスコートできないでしょうに」

「……ちょっと顔を洗ってくる」


 急に我に返ったイーグルトン伯爵を見送り、感謝の気持ちを込めてクリフに微笑んだ。クリフは美しく着飾った妹に優しく微笑む。


「まったく。父上をさらに泣かせてどうする気だったんだ」

「だって今しか言えないかなと思って」


 これからの予定を考えれば本当に今しか時間が取れない。クリフもそのことに気が付いたのか、ため息交じりに笑った。


「それもそうだな。シェリル」

「何? 改まって」


 クリフがひどく真面目な顔で、シェリルの両手を握りしめた。真正面に立つ兄を見上げ、首をかしげる。


「結婚、おめでとう。無事に今日という日にこぎつけてよかった」

「こぎつけて、って。なんだかとても引っかかる言い方」

「やっぱり王子妃になるのは難しいのではないかと思っていたからね」


 褒めてもらっているのだろうと思い、にこりと笑う。


「オスニエル様が好きなの。まだまだ足りないところは沢山あるけれど、彼の隣にちゃんと立ちたいから」

「そうか。シェリルにならきっと出来るよ」

「ええ、頑張るわ」


 シェリルが前向きに頷いたので、クリフは目を見張った。


「何か変なこと言った?」

「いや、強くなったなと思って。もうお前は僕の守りはいらないんだと思って」

「でも妹であることは変わらないわ」

「ああ。これからも困ったことがあったらいつでも帰っておいで」


 クリフから優しい言葉をもらい、シェリルは満面の笑みを浮かべた。


◆◇◇



 イーグルトン伯爵の腕に手を乗せて、一歩ずつ進む。


 赤いじゅうたんの先にはオスニエルが王族の正装で立っていた。


 様々な思いを乗せた貴族たちの視線が注がれる中、シェリルは背筋を伸ばして前を向いた。


 まだまだ王子の妃としては足りないところが沢山あるだろう。嫌なことも、辛いこともあるかもしれない。婚約者として過ごした期間、王子妃となる大変さを身をもって感じた。


 色々な人がいて、様々な思いを持っていて。シェリルの閉じた小さな世界では知らなかったことが沢山あった。


 それでも彼と歩みたい。


 シェリルは強い覚悟を持って、オスニエルの前に立った。

 まっすぐに彼を目を見つめた。


「シェリル」


 オスニエルが白い手袋をした手を差し出した。シェリルは伯爵の腕に預けていた手を離し、オスニエルの方へと伸ばす。オスニエルの手に触れれば、ぎゅっと強い力で握りしめられた。


「とても綺麗だ」

「オスニエル様も素敵です」


 お互いに微笑み合う。オスニエルは少しだけ手の力を緩め、シェリルを側へ引き寄せた。


 何があってもこの手を離さないで済むようにと願いながら、祭壇で待つ大司教の元へ二人で歩きだした。


Fin.


最後までお付き合い、ありがとうございました。これで本編は完結です。


誤字脱字報告もありがとうございました。細かいところまで確認してもらえて、とても助かりました。(特に名前ミス! すみません、修正したはずがというものが何度もあって……<(_ _)>)


最後に。

お付き合いしていただいた皆様の愛に感謝を( *´艸`)


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