一つの区切り
二話、同時更新です。
「やあ、二人ともおはよう」
遅い朝食を摂ろうと食堂に行けば、長い足を組み、優雅にお茶を飲んでいるウォーレンがいた。白のフリルシャツに黒いズボンといった、いつもとは違って少しラフな格好をしている。
すっかりくつろいだ様子でいる彼を見て、シェリルは隣に立つオスニエルを見上げた。オスニエルは仏頂面で言い放った。
「帰れ」
「うわ、朝から弟が冷たい。酷いと思わないか、シェリル嬢。どうだろうか、今から私の所に来ないか? オスニエルでは考えられないような素敵な生活をさせてあげるよ」
「お断りします」
挨拶のような嫌がらせに、シェリルはにこやかに断りを入れた。ウォーレンは思ってもいなかった返しを食らって、ぽかんとした顔になる。滅多に見られないその顔に、勝ったと心の中で喜ぶ。
「あれ、どうしたの? なんか吹っ切れている」
ウォーレンはちらりとオスニエルの方を見る。オスニエルは表情を変えないままウォーレンを睨んだ。
「用件は後で聞く。だからさっさと帰れ」
「もしかして二人で昨夜イチャイチャしていい感じになったから兄は邪魔だということかい?」
恥ずかしさにシェリルの頬がぼっと赤くなる。
「図星か。私が一晩で決着をつけてきたというのに……」
「それ以上言うと叩きだす」
「まあまあ、落ち着け。とりあえず、報告だけして帰るよ」
「報告も後でいい」
オスニエルはぶつぶつと言っていたが、これ以上は引くつもりはないのか、ウォーレンは気にせずにこにこしている。
「ほら、座りなよ。今、朝食を持ってきてもらおう」
これ以上は何を言っても無駄だと思ったのか、オスニエルは息を吐いてからシェリルを椅子に座らせて、自分はシェリルの隣に腰を下ろす。
「さっさと説明して帰ってくれ」
「わかっているよ」
使用人たちが次々と食事を運んでくる。オスニエルの前には大量の料理が、シェリルの前にはパンとスープ、サラダといつもと変わらない少なめの朝食が並んだ。
ウォーレンは二人の食事の量の差に、驚いた顔になる。
「シェリル嬢はそれだけしか食べないのかい?」
「はい。これでも前よりも食べられるようになりました」
「そうか。でも、もうちょっと肉を付けてもらった方が男としては……」
「兄上」
ぎろりと睨まれ、ウォーレンは苦笑する。ウォーレンは使用人達すべてに部屋の外で待機するようにと指示をした。部屋に三人だけになって、ようやくウォーレンが本題を話し始めた。
「さて、結論から言おう。ドーソン伯爵は死罪、夫人と子供たちは平民になった。監視を兼ねてオールダム侯爵領の片隅で暮らすことに決まった。他にも沢山、貴族たちが関わっていてね。関係者は相応の罰が与えられる」
「ドーソン伯爵はどこと繋がっていたんだ?」
「いつもうちにちょっかいを掛けてくる隣国だよ」
ウォーレンの声がほんの少しだけ低くなった。オスニエルはぐるぐると唸る。
「今度仕掛けてきたら、徹底的に叩いてしまったらいいんじゃないのか?」
「騎士団の力を見せつけろと? あの国と戦争をして勝ったところで、逆に敵国が増えるよ」
「だからといって、体に影響の出る薬草をばらまくとかありえない」
二人の会話についていけなくて、シェリルは黙って聞いていた。イゾルデ夫人に習った歴史を記憶の中からひっくり返してみるが、何の話をしているのか全く分からない。心の中でやや焦りながらも、わからないものは仕方がないと無の気持ちになる。
「おっと、シェリル嬢がついていけていない。申し訳ないね」
「いえ、お気になさらずに」
「血なまぐさいことは知らなくてもいい」
「そうかもしれないけど、変に調べられても困るだろう?」
ウォーレンの言葉が否定できず、オスニエルはむっつりと黙り込んだ。オスニエルが黙ったので、ウォーレンが簡潔にシェリルに説明する。
「この国はまだ魔力を多く持つ人が多く、他国にはほとんど生きていくために必要な魔力しかないという話を聞いたことがあるかな?」
「ブレンダ様から少しだけ聞いています」
公務のことで話したときにした雑談を思い出した。その時にシェリルは自分の置かれている立場を知ったのだ。
「ところで、魔法を見たことはあるかい?」
「いいえ」
首を左右に振って否定すれば、ウォーレンはにやにやと笑いだす。
「過保護だね。魔法ぐらいいいじゃないか」
「まだ早い」
「でも理解していないと困るだろう?」
そう言われて、オスニエルは舌打ちをした。よほど見せたくなかったらしいがシェリルは非常に興味があった。
「見てみたいです」
「……」
オスニエルはため息をつきながらも、見せてくれるつもりなのか手のひらを上にした。
手の上にこぶし大の青白い光が現れた。青い光は生きているかのように揺らめきながら手のひらの上をゆっくりと動く。
「これが魔法?」
「そう。もっと色々とできる。使えない人間からしたら怖いそうだ」
「こんなに綺麗なのに?」
オスニエルはシェリルと話しながら手を握りしめ、光を消す。残念そうな顔をするシェリルにウォーレンは困ったように笑った。
「女性だからそういう反応なのかな? 戦争に使われたら恐ろしくないか?」
戦争と聞いて、魔法は戦争に使うものだと初めて認識した。
「魔力を多く持つということは色々な可能性があるんだ。元々隣国は魔力が少ない国でね。何代も前から魔力を持つ者を恐れて、魔力をなくそうと研究をしていたらしい」
その研究者たちに目を付けられてしまったのが、コーデリアの母である辺境伯夫人だ。そして実行する駒として選ばれたのが辺境伯夫人の幼馴染だったドーソン伯爵。
「エルザの母とエルザは辺境伯夫人を通じて魔力草の入ったお茶を飲まされていたんだ。ブレンダの飲んでいたお茶にも入っていた。ただブレンダの場合は持っている魔力が少なかったから、あまり効果は出なかったようだけどね」
「兄上、意外と冷静だな」
オスニエルは淡々と説明するウォーレンに不思議そうな目を向けた。
「叩き潰したいと心の底から望んでいるけど、流石に戦争にするわけにはいかないからね」
「それもそうだが……」
オスニエルは納得できないようだが、ウォーレンは無視をした。
「それから、コーデリアが君にかけた薬のことだが、一過性のものだとわかった。はるか昔、魔力の増加を抑えるために使われた薬だそうだ」
魔力の増加と聞いて、何とも言えない顔になる。シェリルは長い間、魔力の増加で悩まされていたのだから、この薬があればもっと楽に生きられたのではないかと思ってしまった。
「戻す方法も聞いてきたけど……オスニエルにたっぷりと貰っているから大丈夫そうだね」
「兄上、誤解されるような言い方はしないでほしい。キスはしているが、ちゃんと節度ある接触しかしていない」
「へえ、キスでそれだけ魔力を注いだんだ」
兄弟の恥じらいのない会話を聞いているうちに、全身が茹ってしまったように熱くなっていった。二人の会話を聞いていられなくなって、徐々に頭が下がっていく。
「で、どうする? 多分大丈夫だと思うけど、オスニエルだけで心配なら私も手を貸すよ」
「兄上の魔力は必要ない」
むっとした口調でオスニエルの方が拒否をした。ウォーレンは答えがわかっていたのか、笑いながら立ち上がった。
「さて、伝えることは伝えたからもう帰るよ」
「あの!」
シェリルは慌ててウォーレンを引き留めた。
「他に聞きたいことでも?」
「あの、コーデリア様は?」
どうしても気になっていた。聞いても仕方がないことではあったが、彼女がどうなってしまったか結果を知りたかった。
「……シェリル嬢の殺人未遂で死罪の予定だったけど、エルザの死因である情報を持ってきたからね。孤島にある修道院に入ることになったよ」
「孤島にある修道院?」
その存在すら知らなかったシェリルに、オスニエルが言いにくそうにしながら説明した。
「王都などにある教会施設の修道院とは違って、大なり小なりの犯罪を犯した者が入る孤島にある修道院だ。問題を起こした貴族令嬢や夫人が行きつく場所とも言われている」
「犯罪者」
大輪の花のような自信にあふれた笑顔を見せるコーデリアを思い出し、ほんの少しだけ憐憫の感情が湧いた。
「気にすることはない。本人が選んだことだ」
「どういうことですか?」
「彼女はドーソン伯爵と隣国の繋がりも知っていたし、そして自分の母親とドーソン伯爵のことも知っていた。その情報だけを私に告げたらよかったんだ。そうしたら、オールダム侯爵家の縁者と結婚して、それなりに幸せになれたはずだ」
結婚、という言葉を聞いて、最後に結婚が決まったと言っていたことを思い出した。何か言おうと思ったが、いい言葉が出てこなくて口をつぐむ。
「彼女も同情はいらないと思っているはずだ」
ウォーレンは軽い口調で挨拶をすると、部屋を出ていった。