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コーデリアと接触


 ウォーレンの執務室のある棟からオスニエルの執務室のある騎士団棟は回廊でつながっており、距離はそれほどない。

 シェリルは嬉しい気持ちを抑えながら、淑女としての許容範囲の速さで回廊を進む。回廊ですれ違う人たちに会釈され、それに応えながらも速度は緩めない。


「こんにちは」


 隣の棟の回廊に入ったところで、声を掛けられた。声の主を探して足を止めれば、少し離れたところにコーデリアが立っている。


 久しぶりに会うコーデリアは華やかさと陰りを感じさせた。気の強い様子は鳴りを潜めているが、ぴんと張った糸のような空気を纏っていた。まさかこんなところでコーデリアに会うとは思っていなかったので、少し戸惑う。


「コーデリア様」

「ここで会えてよかったわ。お時間、少しだけいいかしら?」


 彼女はそう言いながら、ゆっくりと近づいてきた。ジェニーとデイヴィットがすかさずシェリルの前に立つ。そんな二人を見ても特に気にする様子を見せず、お互いに手を伸ばせば触れあえるほどの距離で彼女は立ち止まった。


 シェリルの返事を待たずに、話し出す。


「わたくし、結婚が決まりましたの。三日後には王都を離れるので、その前にお会いしたかった。ここで出会えてよかったわ」


 周囲を見回せば忙しく行き来する文官や騎士たちが見える。公の場で何かをすることもないだろうと、シェリルは警戒する二人に声をかけた。


「少し話するだけだから」

「ですが」


 デイヴィットが納得できない顔をしたが、大丈夫だと重ねて言う。渋々、彼はほんの少しだけ後ろに下がった。だが警戒を緩めず、鋭い眼差しをコーデリアに向けたままだ。


 コーデリアは隠そうともしない警戒心を向けられて困ったように少しだけ首を傾げた。


「かなり嫌われているのね。やっぱりやり過ぎてしまったのがいけなかったわ。本当に申し訳ないことをしてしまったわね」

「本当にそう思っていますか?」

「ええ。あれから伯父……オールダム侯爵にも怒られてしまって。すぐに結婚が決められてしまったのよ」


 今までのことをやり過ぎてしまったと、反省を口にすることから少しは冷静になったのかもしれない。それとも結婚が決まり、気持ちが落ち着いたのか。


 どちらにしろ、いい方向に向いたのだとシェリルは緊張を緩めた。


「……この後、約束があります。手短にお願いします」


 シェリルがそう切り出せば、コーデリアはわかっていると言わんばかりに微笑んだ。その笑顔には初めて会った時に感じた美しさが全くなかった。どこかくすんだような、歪んだ笑みだ。何故かすぐさま立ち去りたくなる気持ちが湧き出た。


 そんな彼女の気持ちが分かったのか、コーデリアは目を細め囁いた。


「シェリル様はずっと魔力に悩まされていたとお聞きしたのです」

「そうね、確かにオスニエル様と婚約する前はそうでしたけど……」


 話の脈略がなさ過ぎて、どう受け答えしたらいいのかわからない。そのため、事実だけを肯定した。コーデリアは花がほころぶような満面の笑みを浮かべた。


「魔力が多すぎるのもとても苦しい状態だと。ですから魔力に悩む日が二度と来ないように、わたくしからの最初で最後の贈り物ですわ」

「贈り物?」


 戸惑っているうちに、コーデリアの手が動いた。その手に瓶が握られているのを見たのと同時に手が翻った。

 少し後ろに立っていたジェニーとデイビットがコーデリアの動きに気が付き、すぐさま動いた。二人に強く体を後ろに押しやられたが、避けきれずに右腕が濡れる。量が多かったのか、液体は腕を伝い、手まで滴り落ちた。濡れた手を見て、ジェニーが悲鳴を上げた。


「シェリル様!」

「騒がないで。大丈夫、なんでもないわ。濡れただけみたい」


 大事にしたくなくて、ジェニーを宥めた。だが、デイヴィットは乱暴にコーデリアを押さえつけ、地面に膝をつかせてしまう。彼女の手から小ぶりの瓶が落ち、地面の上に転がる。どこに持っていたのか、この瓶に入っていた液体をかけたようだ。


 コーデリアは特に反抗することなく、押さえ付けられるまま地面に伏した。あまりの乱暴な扱いに、シェリルの方が狼狽えた。


「デイヴィット、それはやり過ぎだわ。コーデリア様を離して」

「それはできません。怪我をしているようには見えませんでしたが、害意があったことは間違いない」


 ヒヤリとした口調にシェリルは息を飲んだ。シェリルの護衛として側にいることが多いデイヴィットであったが、これほどの冷ややかさを見たことがなかった。


「ふふ。害意はあるわよ」

「コーデリア様、黙っていてください」

「黙っていていいの? ねえ、すぐに効果が出てくるわよ」


 コーデリアは男の力できつく抑えつけられながらも、楽しげに笑う。シェリルだけしか見えないのか、視線はそらされることはなかった。


「効果なんて……何も変わりはないわ」

「そう? よく感じてみて。貴女の魔力、ちゃんとあるかしら?」


 魔力、と言われてはっとした。普段は意識していないが、こわごわ自分の中の流れを確認する。


「この薬は魔力を消滅させる作用があるのよ」

「……魔力草にはそこまでの力はないはずだわ」

「魔力草は種類が沢山あるのよ。貴女は全部を知っているのかしら?」


 そう言われてしまえば、否定ができない。シェリルは血の気が引くのを感じながら、もう一度、自分の中の魔力をゆっくりと循環させた。初めはオスニエルが、一人でもできるようになってからは自分で毎朝欠かさず確認しているから手慣れたものだ。自分の一部になってしまっている魔力がほとんど感じられない。


「嘘よ、ありえない」

「あら、もう効果が出てきたの?」

「魔力は生まれ持ったものよ。消えないはずだわ」


 シェリルの焦りを見て、コーデリアは壊れたように甲高い声で笑い出した。


「あははは! 触れただけでも効果があるとは聞いていたけど……すぐに効果があるなんて嬉しいわ!」

「口を閉じろ!」


 デイヴィットがさらに強い力でコーデリアを押さえつけた。コーデリアは髪を乱しながら、それでもさもおかしそうに笑った。だがすぐに発作のような笑いを無理やり抑え込むと、シェリルを下から見上げた。ギラリとした目を向けられて、シェリルの体が恐ろしさに震えた。


「魔力があるから婚約者に選ばれたのでしょう? なくなったらやっぱり捨てられてしまうのかしら?」

「何を言って」

「だって魔力が無かったら、結婚する意味なんてないじゃない」


 ひゅっと息を呑み込んだ。コーデリアの言うとおりだ。シェリルがオスニエルの婚約者に選ばれた理由は魔力の量と相性があったからだ。


 オスニエルがシェリルを好きでいてくれることと王家の結婚は別物。

 婚約を初めて知った時にちゃんと彼の口から聞いている。ウォーレンが政略結婚したために、国のための結婚を求められると。

 想い合っているから結婚できるほど甘くはない。


 オスニエルと離れたくなくて、自分の中の魔力を探る。体の中を巡る魔力をいくら探してもうっすらとしか見つからない。魔力自体を厭うほど溢れかえっていたのに。


 シェリルの青ざめた顔を見て、コーデリアは満足そうな笑みを浮かべた。シェリルは茫然とそんなコーデリアを見返していた。


「消えるはずないわ」


 シェリルは何度も何度も自分の中にあるはずの魔力を確かめた。だが何度確認しても、確かなものは何もない。ぎゅっと手を握りしめて、もう一度集中する。


 コーデリアはシェリルの手を薬で濡らした。でもそれだけだ。傷があったわけでも、直接飲んだわけでもない。触れただけで魔力が消えるなんてことはありえない。そう強く信じる。


 慌ただしい足音が聞こえてくる。足音は次第に大きくなり、すぐ後ろまでやってきた。


「シェリル、怪我をしたのか!?」


 オスニエルの大声が響いた。シェリルは情けない顔でオスニエルを振り返る。シェリルは自分の中から魔力が消えたと言いたくなくて、何でもないと首をふるふると左右に振った。

 彼女のただならぬ様子にオスニエルはデイヴィットに押さえつけられているコーデリアに底冷えのするような目を向けた。


「シェリルに何をした?」

「別に怪我をさせたわけではないわ。ただ二度と魔力に悩まないように消してあげたの」

「は?」


 オスニエルも理解できなかったのか、咄嗟に言葉が出てこなかった。シェリルはオスニエルに聞いてほしくなくて、濡れていない方の手を伸ばす。だけどその手はオスニエルに届く前に引っ込めた。


 もし触ってしまってオスニエルからも魔力が消えてしまったらと怖くなったのだ。

 手を伸ばさないように、ぎゅっと拳を握りしめる。


「最新の薬なのですって。エルザに試したから出来上がったのだと聞いたわ」


 エルザの名前にオスニエルが恐ろしいほど反応した。ギラリとした目でコーデリアを射抜く。コーデリアの唇が緩く弧を描く。


「どういうことだ」

「さあ? わたくしは聞いただけだから詳しいことは知らないわ」


 オスニエルはぎりぎりと歯を鳴らし、連れてきた騎士にコーデリアを牢に連れていくように指示する。


「シェリル、すまないが離宮に戻っていてくれ。ジェニー、離宮に戻ったら、手当てと着替えを。侍医を呼ぶから、それまで側についていてほしい」

「わかりました」


 指示を受けたジェニーは頷いた。シェリルはぼんやりとオスニエルを見ていた。


「シェリル。俺は兄上の所に行ってくる」


 オスニエルはほんの少しだけ表情を緩めると、大きな手を彼女の頬に伸ばした。シェリルは慌ててその手を避ける。避けられたことが不思議だったのか、オスニエルは目を見張った。


「触ってしまうとどうなるかわからないから」


 ぼそぼそと理由を言って俯いた。あの薬に触れるだけで魔力を消してしまうのなら、迂闊に触らない方がいいはずだ。全身がそうなってしまっているわけではないはずだが、オスニエルは素直に手を引いた。


 そのことを辛いと思う自分勝手な気持ちを持て余しながら、シェリルはジェニーとデイヴィットに付き添われて離宮へと戻った。


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