表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

リリカからの手紙


 リリカと会ってから十日ほど経っていた。


 リリカが持ち出した薬草は大きな問題を明らかにした。オスニエルは騎士団としての仕事が優先され、問題が解決するまではシェリルの公務はなくなった。


 シェリルはリリカのことを気にしながらも知る立場になく、一人離宮でヤキモキしていた。唯一情報を教えてくれるオスニエルもずっと騎士団の方に詰めており、ただ待つことしかできない。


 久しぶりに何日も離宮にこもりっきりだ。訪問客も今は断っている状態なので、何もすることがない。暇つぶしにと刺繍道具を広げてみたものの、気が付けば手が止まってしまっている。針を刺しては止まりを何度か繰り返し、とうとう諦めて刺繍道具をテーブルの上に置いた。


「オスニエル様はまだ帰ってこられないのかしら」

「今日も連絡はありません」

「そう。仕方がないけど、なんだか落ち着かないわ」


 待つことに焦れて、思わず言葉が零れ落ちる。それを聞いていたジェニーが大きく頷いた。


「お気持ちはわかります」

「もちろんオスニエル様が忙しいのはよくわかっているのよ」


 ここまで戻ってくる馬車の中でオスニエルから聞かされた内容から、簡単に片付くことではないことはわかっていた。だけどリリカがあの後どうなったかぐらいは知りたくて仕方がない。教会にいる間は大丈夫でも、ドーソン伯爵家の今後を考えれば大変な状態になっているはずだ。


 リリカの将来を考え、思わずため息が出る。貴族令嬢が生家を失った後の生活はとてもとても悲惨なものだ。どんな貴族家でも使用人がおり、料理や掃除などすることはない。着替えですら手伝ってもらうことが普通だ。

 そんな生活をしていた者が、平民もしくは平民以下の生活を強いられる。それは想像しただけでも大変で、辛いものだ。しかも彼女の場合はただの没落ではない。


「とはいえ、わたしにできることなんて何もないのだけどね」


 自分自身、家族に、オスニエルに守られているだけで、確かな人脈を持っておらず、誰かを守り助ける力などない。憂鬱になりながら、肩を落とした。


「甘いお菓子でもご用意しましょう。気分が明るくなりますよ」

「そうね、ありがとう」


 そんな会話をしていると、家令がノックをしてから入ってきた。


「お手紙をお持ちしました」

「誰から?」

「王太子殿下でございます」


 ウォーレンの名前を聞いて、思わず身構える。差し出された手紙をしばらくの間見つめ、覚悟を決めると手紙を受け取った。ペーパーナイフで封を切り、中を読む。


「……手紙を受け取ったらすぐにウォーレン様の執務室に来るようにと書かれているわ」

「オスニエル殿下にご連絡しましょうか?」

「もう連絡はしてあるみたい」

「では、出かける支度をいたしましょう」


 どんな要件であるかも書いていない呼び出し状に眉が寄る。ひどく嫌な予感がしたが、王太子の呼び出しだ。行かないわけにはいかない。

 もしかしたらリリカのことを教えてくれるかもしれないと、前向きに考え出かける用意を始めた。



 ジェニーとデイヴィットを連れて、ウォーレンの執務室へと向かう。執務室の扉の前にいる護衛騎士はシェリルを認めると黙って扉を開けた。部屋に足を踏み入れたが、すぐに足が止まる。


「部屋が……綺麗になっている」


 あれほど溢れていた書類が全くない。大きな山もなく、文官たちの机も綺麗さっぱりだ。シェリルの呟きを捉えた文官の一人が顔を上げ、得意気な様子でにやりと笑う。


「そうでしょう、そうでしょう! これが本来あるべき姿なのです!」

「これなら気持ちよくお仕事ができそうです」


 そうほほ笑むと、文官も嬉しそうだ。前に来た時にあった目の下のクマはまだ完全には消えていないが、それでも表情が明るい。他人事ながら、そのことを嬉しく思ってしまう。


「立ち話をしないで入っておいで」


 書類から顔を上げたウォーレンが手招きする。侍従がシェリルを長椅子に案内した。ウォーレンもいくつか指示を文官に出してから、シェリルの向かいの席に座る。


「突然、呼び出してすまなかった」

「暇を持て余していましたところでしたから、お気になさらずに。それで、ご用件は何ですか?」


 ウォーレンはにこにこと笑顔を浮かべながら、シェリルの前に一通の手紙を差し出す。


「ドーソン伯爵令嬢からの手紙だ。君に渡してほしいと言われて預かった」

「リリカ様から」


 差し出された手紙を手に取った。手紙は貴族が使うような高級な紙ではなく、市井でも出回っている紙だ。リリカはあまりいい状況にないのかもしれないと密かに息をのむ。


「申し訳ないが、中を確認させてもらっている」

「わかっています。今読んでも?」

「もちろん」


 許可をもらって手紙を広げてみれば、少し癖のある流麗な文字が現れた。救護院で怪我が治るまで過ごし、その後は王都を離れること、最後にお礼の言葉が短く綴られていた。


「オスニエルから何か聞いている?」

「いいえ。実はオスニエル様は一度も離宮に戻ってきていないので、聞くこともできなくて」

「ああ、そうか。後始末に色々と動いてもらっているから、そんな時間はなかったか」


 ウォーレンはオスニエルが帰れない理由に思い当たったのか、申し訳ない顔になる。いつも余裕のあるところしか見ていないため、その顔がとても新鮮に見えた。


「話せるところだけになってしまうが、それでも聞くかい?」

「ええ、教えてください」

「まずドーソン伯爵家だけど、非公開の裁判の後、取り潰すことになった。ドーソン伯爵令嬢の持ち出した薬草は魔力草と同じ種類のもので、この国では未確認のものだ。知られていない薬草を育てて、お茶の中に混ぜて広く販売していたことまでわかっている」

「お茶の中に……」


 問題のないところまで、と言いながらもその情報だけでも恐ろしい想像ができた。


「ドーソン伯爵は家族にも知らせずに行動していたようだ。この辺りはまだ情報の精査中なのではっきりと言えないけど、家族ではない協力者がいると思っている」

「リリカ様のお母さまとお兄さまは?」

「地下に封じられていた。二人ともリリカ嬢を逃がしたために、かなり手ひどく暴力を振るわれたようだ。怪我がひどく治療中だ」

「そうですか」


 助かったのなら、それでいいと頷いた。


「ドーソン伯爵令嬢に会いたいかい?」

「……いいえ」


 ほんの少しだけ迷った後、シェリルは首を左右に振った。リリカに会ってもシェリルにはできることはないし、平民になる彼女に頑張れとも言い難い。どう接していいのかわからないというのが本音だった。


 ウォーレンも察しているのか、それ以上のことは言わなかった。


「私からの話はこんなものかな。他に聞きたいことは?」

「十分です」


 リリカの無事と貰った手紙だけで十分だと断る。


「この後、オスニエルの執務室に行っておいで。終わったらそちらに行くと伝えてあるから」

「お邪魔してもいいのですか? 忙しいのでは?」

「大丈夫だ。許可をもらってあるから、二人で母上の庭園でも散策するといい」


 王妃の庭園と言われて、思わずウォーレンを見る。彼は少しだけばつの悪そうな顔をしていた。


「色々と巻き込んでしまったからね。ちょっとしたお詫びだ」

「巻き込んだ意識はあったのですね」


 素直にそのことに驚いて見せれば、ウォーレンは苦笑いをした。


「まあ、そうだね。でも、これで最後だ」


 ウォーレンの呟きに応えず、退出の言葉を述べた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ