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王妃との対面



 オスニエルと夕方に近い時間に二人で歩いたあの日から、オスニエルはシェリルが起きている時間に戻ってくるようになった。その上、時間があれば王城を二人で散策した。


 彼曰く、シェリルにも周囲にも誤解をされたくないから、らしい。


 そして、彼がなかなか離宮に戻ってこられない理由もわかってしまった。どうやらコーデリアがウォーレンに適当に相手をされた後、必ずと言っていいほど突撃してくるらしい。


 もちろん、ダンウィル辺境伯家にも縁続きのオールダム侯爵家にも苦情を入れているが、まったくと言っていいほど改善されない。騎士団の方ではすでに出禁になっているが、歩いているところを突撃されることも多くて困っていたようだ。当然、二人の様子に不快な噂までたつ始末。


 とばっちりを受けているオスニエルはのらりくらりしているウォーレンとコーデリアについて愚痴を吐き出す。その意外な一面に、目を丸くしながらも、こうして話してくれることに嬉しさを感じていた。


 今夜もまた、どうにもならないことを一通り愚痴り、その後、大きくため息をついた。


「母上からシェリルに会いたいと言われた」

「オスニエル様のお母さま」


 すなわち、王妃である。婚約者になってだいぶ経つが、実は一度も挨拶に行っていなかった。国王夫妻が忙しく、時間を合わせることが難しかったのと、オスニエルがシェリルの状態が落ち着くまでと面会を拒否していたからだ。


「本当は一人で会いに行かせたくない」

「……それは王妃殿下にわたしたちの婚約を反対されているということでしょうか?」

「違う。逆だ。シェリルを取られかねない」


 意味が分からず首をかしげてれば、オスニエルは苦々しい顔になった。


「母上は可愛いものが好きなんだ。気に入れば常に側に置こうとする」

「流石にそれはないのでは?」


 可愛いものが好き、と言われても、シェリルは華奢であるが特別な美人でもない。気に入られたとしても、オスニエルの婚約者という立場もあるため贔屓にはできないはずだ。


「もう一つは、母上は娘に飢えている」

「飢えている?」

「義姉上は母上が苦手なようで距離を置いている」


 物怖じしないブレンダが苦手とする王妃に少し不安になる。しかもシェリルは国王夫妻の姿を遠くからしか目にしたことがない。具合が悪くて最後に昏倒したデビューでの夜会の時だけだ。


 だが、王妃は未来の義母である。仲が悪いよりも仲がいい方がいい。仲を深めるためにも、交流しなければいけない。


 気合を入れ直すと、シェリルは笑顔を浮かべた。 


「一人でも大丈夫です」

「嫌ならはっきりと嫌と言っていい。ちなみに母上の性格は兄上を女性にしたような感じだ」

「……」


 ウォーレンに似ていると言われて、笑顔が固まる。


「兄上よりもましなところは、気に入ったらとことん懐に入れるところだ」

「わたし、大丈夫でしょうか?」


 一気に自信を失い、情けない声が出る。


「シェリルは兄上に気に入られているし、イゾルデ夫人の評価も高い。心配はいらないと思う」

「イゾルデ夫人?」

「ああ、知らなかったか。イゾルデ夫人は母上が王家に嫁ぐ前からの親友なんだ」

「そうなのですね。知りませんでした」


 イゾルデ夫人にマナーのおさらいをお願いしようと、心に決めた。


◆◇◇


 オスニエルが選んだドレスを身に纏い、案内されたサロンに緊張した面持ちで入った。

 サロンでは王妃が一人ゆったりと座っていた。


 飾りの少ない清楚なドレスに、綺麗に結い上げられた金髪。

 線が細く、華奢な体つきなのに、とても存在感がある。


 彼女はサロンに入ってきたシェリルを見つけると、嬉しそうな笑顔で立ち上がった。


「まあ、なんて可愛らしいの! オスニエルの好みはこういう感じなのね」

「お初にお目にかかります。イーグルトン伯爵の長女シェリルでございます」


 イゾルデ夫人に教わった礼をすれば、王妃はふふふと楽しげに笑う。


「顔を上げて頂戴。とても素敵な立ち居振る舞いね。美しいわ」

「ありがとうございます」


 初対面で身内のような優しい言葉をもらって、少し戸惑う。


「是非ともわたくしのことはお義母さまと呼んでほしいわ」


 初めての挨拶からの要求に気が遠くなった。まだ婚約者でしかないシェリルが王妃に向かって「お義母さま」なんて呼べるわけがない。


 オスニエルがウォーレンと似た性格というのがよく理解できた。


「では、結婚した後にでも呼ばせていただきますわ」

「まあ! それではつまらないわ。ブレンダにも王妃殿下としか呼ばれなくて、すごく寂しいのに」


 ブレンダにも同じように接したのだと瞬時に理解した。ブレンダにとっても恐らく未知の生物との遭遇といった感じだったはずだ。


「本当は陛下にも来ていただきたかったのですけど、今はちょっと立て込んでいてね。わたくしだけになってしまってごめんなさいね」

「いいえ。こうして王妃殿下とお話しできるだけでも幸せです」


 座るように促されて、腰を下ろした。王妃はお茶の準備を終えた侍女に手を振り、下がるように指示する。


「さてと。本題といきましょうか」


 王妃は先ほどの友好的な笑みとは違う、どこか含みのある笑みを浮かべた。シェリルは自然と背筋が伸びる。ここで間違った対応してしまったら、オスニエルの婚約者として認めてもらえないかもしれない。そんな緊張感がシェリルの気持ちをしゃんとさせた。


「はい、何でしょうか?」

「オスニエルはどこまで話したのか知りたいの」

「どこまで……? 何のお話ですか?」


 話の意図がつかめない。王妃は驚いたように目を丸くした。


「貴女との婚約についてよ」

「わたしがデビューの夜会で倒れた時、魔力の相性がいいということがわかったために婚約者に選ばれたと聞いています」

「え? それだけ?」

「ええ、そうですけど……」


 念を押されて答えれば、王妃が固まった。


「まあまあまあ! そうなの、そういうことなの! なんて気の小さい男なの! 自分の息子ながら情けない」

「あの、王妃殿下?」


 ますます困惑して声をかければ、王妃がにやりと笑う。


「貴女との魔力の相性がいいと知ったのはもっと前よ。貴女がまだ王都に住んでいた頃だと聞いているわ」

「え?」

「色々な事情で貴女と婚約できずにいて、ようやく婚約できることになったのよ。だからてっきり、こう、うっとりするような素敵なお話が聞けるのではないかと思ったのだけど……」


 残念、と呟きながら教えられた事実に茫然とする。


「わたし、王都でお茶会に参加したのはたった一度で」

「ではその時に会っているはずよ。気が向いたら思い出してほしいわ」

「わかりました」

「オスニエルはウォーレンと違って口数が少ない上に、しつこくて気持ちを心に押し込める性格なの。そのあたりをわかって好きになってもらえると嬉しいわ」


 シェリルは改めて目の前に居る王妃を見つめた。雰囲気はとてもウォーレンに似ていて、オスニエルが似ているところは彼女の目の色だけだ。それでも血のつながりを感じられる。


「オスニエル様はとても優しくて、よくしてもらっています。ちょっとしたことでも表情に出るからわかりにくいということはないですわ」


 初めのうちはわからなかった表情の変化も、徐々にわかるようになった。それに彼の目が表情以上に心の内を見せている。


「そう、二人は心が通じているのね」

「そうありたいです」


 穏やかな雰囲気で会話は続いた。シェリルの緊張がすっかり解けたころ、侍女がそっと王妃に近づく。


「そうなの? ではこちらに着いたら、サロンへ通してちょうだい」

「来客ですか? 退出しましょうか?」


 どうやら断れない客が来たようだ。シェリルは十分に話をしたので、腰をあげようとした。


「いいのよ。そのままで」

「わかりました」


 居心地の悪い思いをするかもしれないとため息をつきながら、座り直す。ほどなくして、侍女がブレンダを先導してきた。


 久しぶりに見たブレンダはお茶会であった時よりも晴れやかな顔つきをしていた。ぎすぎすしていた雰囲気も穏やかになり、同じ顔をした別人のようだ。


「ごきげんよう、王妃殿下」

「いらっしゃい。どうしたの? 貴女からご機嫌伺なんて珍しいわね」

「先に王妃殿下にお伝えしたいことがあって」

「シェリルが聞いても問題ないお話かしら?」


 ブレンダはちらりとシェリルを見た。シェリルは軽く会釈する。


「もちろんですわ。実は妊娠いたしましたの」


 ブレンダは嬉しそうな顔で自分のまだ膨らんでいない腹をゆっくりと撫で上げた。



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