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気持ちのモヤモヤ


 数日経った今でも脳裏にふと浮かぶのは、いつも以上に難しい表情をしたオスニエルの横顔と、華やかな笑みを浮かべたコーデリアの二人が抱き合っているところだ。


 あの時、コーデリアが彼の胸に飛び込んでいったことは見ていた。そんな彼女をすぐに突き放し、護衛に引き渡したのも見ている。


 でも不思議なもので、はじめから最後まで見ていたにもかかわらず、二人の寄り添うシーンばかりが焼き付いていて、胸の中がずっとモヤモヤしていた。刺繍をしていても、本を読んでいても、気が付けばあの瞬間を思い出している。


 信じていないわけではない。コーデリアが離宮まで押しかけてきたことで、何かしらの行動を取ることも予想していた。想定外の出来事に冷静な気持ちでいられる。


 なのに、このモヤモヤは胸の奥底にへばり付いていて、いつまで経ってもなくならない。


 クリフにも言われていたが、勝手に理由をつけずにオスニエルに確認すべきことだ。だけどどうやって聞いていいのか、わからなかった。


「シェリル様」


 そんなシェリルを見かねたのか、ジェニーがそっと新しい便箋を差し出した。驚いて彼女の顔を見る。


「気にするよりは聞いてしまった方がいいです」

「でも、なんて書いたらいいか……」


 弱い声で呟けば、ジェニーは胸を張った。


「わたしが文面を考えますので、それを書いてください」

「ジェニーが?」

「ええ、すぐにでも飛んで帰ってくるような、ガツンとした文を披露して見せます!」


 あまりの意気込みに、思わず笑ってしまった。


「オスニエル様は今とてもお忙しそうだから、すぐには返事は来ないと思うわ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと早く帰ってきます」

「それなら嬉しいわね」


 モヤモヤ解消のためというよりも、起きている時間に会える方が嬉しいと感じた。シェリルはジェニーから白紙の便箋を受け取る。


「それで、何と書いたらいいの?」

「それはですね……」


 シェリルは彼女の言葉を聞いて首を傾げた。正直に言えば想像していたガツンとした文章だとは思わなかった。だからといって違う言葉も思いつかず、悩んで言われた通りにペンを走らせる。


『二人で会っているところを見ました』


 ただ見たという事実。

 責めるわけでもなく、問いただすわけでもなく。

 この手紙を受け取ったオスニエルが何を思うかはわからない。


「これで本当に伝わるの?」

「問題なく。涙の跡を残せたらさらに完璧なのですが」

「流石にそれは。モヤモヤしているぐらいで、泣きたいほどつらいわけじゃないのよ」


 ジェニーの提案に思わず苦笑する。ジェニーは何やら意味ありげの笑みを浮かべた。


「こういうのは大げさに伝える必要があります。手紙で伝わるのは半分以下ですから」

「そういうことにしておくわ」


 ジェニーの言っていることはよくわからなかったが、手紙を封筒に入れる。


「では、これを届けてくるようお願いしてきます」


 ジェニーはそう告げると、部屋から出ていった。一人になった部屋でふっとため息を落とす。


「こういうこと、これからもあるのかしら……」


 オスニエルは王族で、しかも国防の中心にいる。もしかしたら、これからも何かがあるたびにこんな気持ちになるのかもしれない。戦争のような命を懸けて戦うこともあるだろうが、情報を取るための駆け引きもあるだろう。


 それがわかっているのに、実際に抱きあう場面を見ただけで心が辛いと悲鳴を上げる。今回は始めから最後まで見ていたからモヤモヤする程度で済んだが、抱き合っている場面だけを目にしていたらもっと心が乱れた。


 シェリルは自分の弱さを見ないように、目を逸らした。


◆◇◇


「すまない!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、シェリルは目を白黒させた。オスニエルのがっしりとした胸に頬を押し付けられ、上から体重が乗せられている。あまりの重さと拘束の強さに苦しくなってくるが、離してほしいと伝えることも暴れることもできない。辛うじて動く両手で彼の背中をパタパタと叩く。


「オスニエル殿下。そろそろシェリル様をお離しにならないと潰れます」


 冷静なジェニーの声がした。だが余計に体に回った腕の力が強まっただけで、解放される気配がない。シェリルは抵抗することをやめて、だらりと彼に寄りかかった。そして彼の背中に手を置いて、宥めるようにゆっくりと撫でた。


 どれぐらいそうしていたのか、オスニエルが落ち着いたころ、彼の腕の力がほんの少しだけ緩まった。


「オスニエル様、おかえりなさいませ」

「……ただいま」


 にこりとほほ笑むと、オスニエルは何度か瞬いてから言葉を返した。安定の無表情ではあるが、ぽかんとしているように見えるから不思議だ。


「今、部屋を片付けますね」


 シェリルは広げていた刺繍の道具を片付けるようにジェニーにお願いする。彼女は静かに、だが手早く場所を整えた。


「泣いているのかと思った」

「泣いてはいませんが、気持ちがモヤモヤしていたのは本当です」


 そう言って自分の胸に右手を当てる。


「すまない」

「色々な理由があると思うのですけど、どうしても割り切れなくて。でもこうして手紙を届けてすぐに戻ってきてくれた。それだけでとても気持ちが楽になりました」

「理由を聞かないのか?」


 オスニエルはどこか落ち着かない様子でぼそりと聞いてきた。


「コーデリア様がオスニエル様を好きになっても仕方がないかなと」

「それは勘違いだ」


 ようやくオスニエルは普段の彼らしくなってきた。二人で並んで席に着く。離すつもりはないのか、彼の大きな手は腰に回ったままだ。


「あの令嬢、兄上にすり寄りながら俺にも媚を売る」

「こちらにいらしたときも、王太子殿下かオスニエル様のどちらかと結婚するつもりだと言っていましたから」

「そうだったな」


 大きくため息をつくと、シェリルに寄りかかってきた。その重さに驚いて、支えるために体に力を入れる。


「わたしは覚悟をした方がいいですか?」

「何故?」


 コーデリアの存在を不安に思いながら呟いた。


「だって……オスニエル様が私との婚約を決めたのは魔力の相性があるからでしょう? その、コーデリア様はエルザ様の従姉妹ですから、わたしよりも相応しいのかと」


 声がだんだんと小さくなる。特に彼の前でエルザの名前を出してしまった己の考えなしに頭を抱えたい。


「コーデリア嬢には魔力がほとんどない」

「え?」

「ダンウィル辺境伯の娘だが、母親に似たようだ」


 意味が分からず、首を傾げた。オスニエルは言葉が足りなかったかと、言葉を重ねる。


「エルザの母親と彼女の母親は姉妹で、二人の魔力は天と地ほどの開きがある。彼女がエルザと同じぐらい魔力が強かったら側室になる理由にもなるが……。兄上の側室になるのはかなり微妙なんだ」

「え?」

「当然、俺の婚約を白紙に戻す理由もない」


 驚きの事実にどう反応していいのか、わからない。固まってしまったシェリルの額にそっとキスを落とした。


「確かに彼女の家格の方がシェリルよりも高いだろうが、俺との婚約条件が魔力である以上、彼女がいくら画策しようとしても白紙にまではできない」

「……だったら、どうして」


 零れ落ちた疑問に、オスニエルが大きく息を吐いた。


「兄上はズルい人だからな。彼女を夜会で紹介して、一曲踊っただけだ。その後は少し親しい友人の対応だ」

「側室候補と聞いているのですけど」

「周囲が勘違いしているだけだろう。実際に婚約者になる条件なんて、理解しているようで忘れている」


 オスニエルの言葉に半分ほっとしながらも、どこか納得できないところもある。それが顔に出ていたのか、オスニエルが心配そうに覗き込んできた。


「他にも不安があるなら」


 今ならエルザとの関係を聞けるかもしれない、そんな思いも少しだけある。シェリルは迷いながらも言ってみようかとオスニエルの目を見返した。


 だがすぐに言葉に詰まる。

 今の関係がたった一つの質問で壊れてしまうかもしれないという恐ろしさ。


「なんだ?」

「いいえ。何でもないです」

「そうか? 体調が良いのなら、これから少し出かけないか?」


 思わぬ誘いに、目を見張った。


「これからですか? お仕事は?」

「メイソンが適当にさばいているだろう。だから行こう」

「喜んで」


 生真面目な表情をしたメイソンを思い浮かべ、心でお詫びする。オスニエルは支度をしてくると一言残して、部屋を後にした。


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