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温度差のある二人


 美しい花が咲く庭園の奥には許された人だけが利用できるガゼボがある。木々と花に囲まれた優しい空間は、高ぶっていた気持ちを落ち着かせる。


 クリフが事前に用意してくれた場所はすでに迎え入れるだけの準備が整っていた。複数人座れる長椅子が用意されていたので、席を作る必要もない。


「さあ、どうぞ座って?」


 一人掛けの椅子を勧める。リリカは立ち去ることはせずに、苦虫をかみつぶしたような顔をしながらも大人しく座った。

 シェリルはリリカの向かいにある長椅子にクリフと並んで腰を下ろす。


「改めて紹介するわね。こちらはわたしの兄のクリフ・イーグルトンよ」

「やあ、よろしく」

「はじめまして。リリカ・ドーソンです」


 リリカは先程までの感情的な態度とは違い、背筋を伸ばし落ち着いた様子で挨拶をする。お手本のような挨拶にシェリルは目を瞬いた。


「何よ?」


 シェリルの何か言いたそうな目にリリカがすぐに噛みついた。棘のある態度はきつめの外見も相まって、さらに彼女を意地悪く見せた。


「いえ、普通に挨拶した様子が新鮮で」

「失礼な女ね。わたしだって、いつも意地悪をしているわけではないのよ」

「意地悪している自覚はあったのね」

「あれぐらいで泣くようでは、社交界でやっていけないわよ」


 すっかり開き直ったのか、淑女らしくなく、ふんと息を荒く吐く。シェリルは思わず笑ってしまった。


「それより貴女、お茶会の時とだいぶ印象が違うのだけど」

「お茶会の時は初めてのことで、緊張していたせいかしら?」

「詐欺だわ! オスニエル殿下に教えなくては」


 リリカは怒りながらも、シェリルの欠点を見つけてどこか嬉しそうだ。静かに二人の様子を見守っていたクリフが口を挟む。


「ドーソン伯爵令嬢、残念ながらシェリルの性格はオスニエル殿下もご存知だ」

「えっ! わかっていて、婚約者にしているというの?」

「そうなるわね」


 信じられないといった風情で、口をぱくぱくさせている。案外、付き合いやすい人だと思いながら、シェリルは話題を振る。


「それで、ダンウィル辺境伯令嬢について教えてもらいたいの」

「……どうしてわたしが貴女に教えなければならないの」

「たまたま知っているようだから?」

「……」


 リリカは不機嫌そうな顔でティーカップを持った。素直に教えてもらえるとは思っていなかったが、まだ昼を回ったばかりだし、夕方まで時間はたっぷりとある。


 のんびりとお茶を飲みながら、気になったことを聞いてみる。


「リリカ様はコーデリア様と会ったことがあると言っていたけど、夜会の時、王都には友人がいないようなことを言っていたわ」

「……そうでしょうね。わたしも社交界デビュー前だったし、彼女は三歳年下だから覚えていないかもしれないわ」

「繋がりがよくわからないわ」

「わたしの父がダンウィル辺境伯夫人と幼なじみなのよ。その縁で、お茶の取引をしているの。一度だけダンウィル辺境伯領に連れて行ってもらったことがあったのよ」


 ドーソン伯爵領はこの国でも有名なお茶の産地だ。貴族と広く付き合いがあることは不思議はない。シェリルはリリカが自分の家のことをよく知っていることに感心した。


「すごいのね。わたしなんて自分のことで精いっぱいで、領地の特産物のことなんて全く知らないのに」

「それは仕方がないのではないかしら。貴女、病気していたのでしょう?」


 ごく自然に慰められて、シェリルは驚いたが同時に嬉しくなってしまう。自然と笑みを浮かべれば、リリカが嫌そうな顔をした。


「何を喜んでいるのよ! だからこそ貴女はオスニエル殿下の婚約者でいるべきじゃないのよ」

「心配してくれるの? 優しいのね」

「違うわ! 何をどう聞いたらそうなるのよ!」


 顔を真っ赤にしてリリカは否定する。その様子もなんだかかわいく見えてきて、にこにこは止まらない。リリカはもっと何か言おうとしたようだが、すぐに諦めた。大きく息を吐いてからまっすぐにシェリルを見つめた。


「それよりどうしてコーデリア様がオスニエル殿下に近づいているのよ。婚約者である貴女が引き離すべきじゃないの?」

「ふつうならそうでしょうね。でも、オスニエル様から危険だから彼女に近づくなと言われていて」

「……何なの、その過保護は」


 呆れたような言葉にシェリルは恥ずかしくなり、ほんのりと頬を染めた。


「きっとコーデリア様があまりエルザ様に似ていなければそう言われなかったと思うの」

「なんとなく似ているように思えたけど、近くで見ても似ているの?」

「そうみたい。夜会で初めてお会いした時、オスニエル様がエルザ様と見間違えて絶句したほどよ」


 今でもあの瞬間を思い出すことができる。ただ、あまりにも似すぎていてオスニエルは警戒心を抱いたようだった。ウォーレンも関係していることから余計にピリピリしている。


「……ブレンダ様が大荒れしそうだわ」

「側室候補だから?」

「それもあるけど、もともとエルザ様は王太子殿下の婚約者だったからよ。ブレンダ様は王太子殿下を愛しているけど、その気持ちは一方通行だから」


 リリカはほんの少しだけ視線を落とした。不思議な沈黙が流れた。静かにシェリルは訊ねた。


「ねえ、エルザ様はどんな方?」


 誰から聞いても素晴らしい令嬢と讃えられる女性。

 婚約する時からオスニエルには忘れられない前の婚約者がいることは知っている。それでもオスニエルの隣にいるのは自分だからと、無理やり納得していたところがあった。


 ところがよく似たコーデリアが現れたことで、婚約者でいられる自信がぐらぐらとしている。オスニエルは会えなくても毎日のように大切だと伝えてくるが、この不安だけはいつまで経ってもなくならない。


「なんでもできる嫌な女だったわ。それこそ何をしても笑顔で躱されるぐらい」

「……エルザ様にも意地悪していたの?」

「もちろんよ。大体、オスニエル殿下はずっと婚約者がいなかったのよ。それなのに、王太子殿下と白紙になったからといって次はオスニエル殿下と婚約するなんて!」


 当時を思い出したのか、ぎりぎりと歯を鳴らして悔しがる。その様子を見ていて、シェリルは首を傾げた。


「リリカ様、その時、いくつでしたの?」

「四、五年前だから……14歳かしら」

「そんなときから。でも、社交界にはまだデビューしていないですよね?」


 どうやったらエルザに直接意地悪できるのかが疑問で、ついつい問いを重ねてしまう。リリカは得意気な顔になった。


「貴女は王都にいないから知らないのね。社交界デビューをする前でも参加できるお茶会があるのよ。エルザ様はよくそのお茶会に参加していたの」


 デビュー前に参加できるお茶会と聞いて頷いた。シェリルが体調を崩す前に一度だけ伯母に連れられて参加したことがある。とても楽しかったと思うのだが、記憶は朧気だ。


「そうなのね」

「そのお茶会は殿下方が参加するからとても人気でね。オスニエル殿下に初めて会ったのもそのお茶会よ。その時はまだ婚約者はいなかったから、参加している令嬢たちは必死にアピールしたものよ。一方的に知っているだけだったけれども、あるお茶会の時に助けてもらって。恐ろしさに震えるわたしに大丈夫かなんて手を差し出してくれて! あれは運命としか思えないわ」


 リリカは懐かしさにうっとりとした表情を浮かべた。無視できない言葉がいくつかあったが、あえて無視した。きっと聞いてしまったら色々と思い出を語られてしまう。


「オスニエル様は小さい時も素敵だったでしょうね」

「当然よ! 鍛えているから体も大きかったし、表情もきりりとしていて。でも残念なことに、令嬢達が押しかけると逃げられてしまうのよね」


 リリカの思い出話に相槌を打っていると、次第に話題が逸れていった。どのくらい話したのか、お茶のおかわりを三回ほどしたところで、クリフが声を出した。


「そろそろ話は尽きたかな?」

「あ……」


 リリカとシェリルは驚いた顔をしてクリフを見た。クリフはにこにこと機嫌のよい笑みを浮かべている。


「リリカ嬢、これからもシェリルをよろしく」

「えっ!? これからって、仲良くするつもりなの?」

「リリカ様、是非、仲良くしてもらいたいわ」


 令嬢らしからぬうめき声をあげ、リリカは立ち上がった。


「き、今日はたまたまよ! 貴女はわたしにとって邪魔な令嬢なのよ。蹴落としてやるから覚悟しなさい!」


 啖呵を切りつつも、クリフに向かって淑女らしい挨拶をして足早に去っていった。侍女が申し訳なさそうに頭を下げ、リリカの後を追う。


 その慌ただしい後姿を見送りながら、クリフが笑い声を上げた。


「面白い令嬢だね」

「もっと怖い人かと思っていました」


 ブレンダのお茶会での印象が変わったわけではないが、あまり苦手でもなくなった。


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