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気晴らしの庭園で


「お兄さま、お待たせしました」


 玄関フロアで待っていたクリフはやってきたシェリルを見て目を見張った。シェリルは優しい色合いの緑のデイドレスを着ており、顔色がとてもいい。きちんと手入れされた髪は緩やかに結い上げられていて、シェリルによく似合っていた。


「シェリル、綺麗になったな」


 クリフが思ったことを口にすれば、シェリルが嬉しそうに笑う。


「そうですか? 最近とても調子が良くて。毎日がとても楽しいの」

「オスニエル殿下に愛されているのがよくわかるよ」


 愛されていると言われて、シェリルの頬がさっと色づく。年頃の娘のように恥ずかしがりながらも喜びに輝く顔を見て、クリフも目を細めた。


「では、出かけようか。お手をどうぞ」

「今日は忙しい中、来ていただいてありがとうございます」


 気取った様子で差し出された手を取れば、クリフはくすりと笑った。


「オスニエル殿下に頼まれて、断れないからな。でも、こうやってお前と二人で出かけられるなんて、人生何があるかわからないな」

「オスニエル様に会ったの?」

「ああ。少し用事があって登城した時に話す機会があったんだ」

「お元気でした?」


 シェリルの問いかけがわからず、クリフは首を傾げた。シェリルはほんの少しだけ困ったように微笑む。


「実はオスニエル様は今忙しくて、まったく会えていないの。深夜にはこちらに戻ってきているようなのだけど、朝も早くから出かけてしまっていて」

「そうなのか」


 会えていないことを不安に思っていないかと、クリフは心配そうに顔を曇らせた。シェリルは慌ててそんな兄にそうではないと伝えた。


「会えていないけど、毎日メッセージのやり取りはしているのよ。でもやっぱり顔を見たいと思って頑張って起きているのだけど……」

「起きていられない?」

「そうなのよ。長椅子で頑張って待っているのだけど、気が付けば寝台に運ばれていて」


 そうため息をつけば、クリフが天を仰いだ。


「お兄さま?」

「いや、いつまでも小さくて僕が守らなくてはと思っていたお前から惚気を聞かされるとは……すごく心にダメージが」

「惚気ていないわよ」

「それは惚気だ。大体、夜長椅子でうたた寝していたはずが、朝になると寝台にいるということはお前を運んだのは殿下だし、もしかしたら一緒の寝台で休んでいるんじゃないかと想像してしまう」


 クリフの言葉を一つ一つ想像し、ちゃんと理解した時に真っ赤になってしまった。


「えええええ、そんな、邪推よ!」

「そうかな? ちゃんと思い出してみてもそう思えるか?」

「……」


 そう言われてしまえば、朝起きた時にオスニエルの残り香があるような気もするし、大暴れしたように寝台が乱れている時もある。でも、ジェニーは何も言わないし、家令だって何も言ってこない。だから素直に夜、オスニエルが様子を見るために少しだけ部屋にやってきていると思っていたのだが。


 ちらりと後ろに控えているジェニーに視線を向けた。ジェニーはさっと視線を逸らす。そのあからさまな態度から、実はそれ以上のことがあるのではないかと初めて思い至った。あまりの恥ずかしさに顔を隠すように項垂れる。


「……妹が婚約者と仲がいいことは嬉しいことだ」

「お兄さまは婚約者を作らないの?」

「私の心配はいらないよ。伯母上がシェリルの婚約が決まった後から色々と探してくれている」

「そうなのね」


 伯母の社交範囲はとても広いので、心配はいらないのだろうと勝手に納得した。


「ほら、もう出かけよう。今日は特別に王城の奥の庭園を見せてもらえることになっているんだ」

「え? そうなの?」

「何だ聞いていないのか? オスニエル殿下が特別に許可をもらってくださったようだよ」


 オスニエルの心遣いを感じる話を聞きながら、シェリルはクリフと一緒に移動した。


◆◇◇


 王城の一角にあるオスニエルの離宮から奥の庭園までは少し距離がある。シェリルが一人で歩いているのなら色々と突っかかってくる貴族もいただろうが、クリフがエスコートしており、さらには護衛騎士もついている。何か言いたそうにしている貴族たちの視線をあえて無視して、シェリルはすました顔で歩いた。


「驚いた。婚約者と発表されてから、外を歩くのは初めてなんだろう?」

「ふふ。イゾルデ夫人が振る舞い方を教えてくれるの」

「そうなのか。イゾルデ夫人と言えば、王妃様のお気に入りだからな」


 王妃様のお気に入り、と聞いて目を瞬いた。


「そうなのね。殿下方の教育担当としか聞いていなかったのだけど」

「そのうち聞いてみたらいい」


 そうね、と答えようとして周囲を見た時。


 シェリルは足を止めた。


「どうした?」

「え、っと」


 困ったように答えれば、クリフもシェリルの見ている方向へと顔を向ける。


「あれはオスニエル殿下と……」

「ダンウィル辺境伯令嬢よ」


 二人が何やら話しているのが見えた。その様子に胸の奥がきゅっと掴まれたように痛む。


「ああ、夜会の時に王太子殿下と踊っていた令嬢か」


 シェリルは何か言おうとして、何を言っていいのかわからず一度開けた口を閉ざした。


「シェリル」

「大丈夫よ。オスニエル様は誠実な対応をする方だとわかっているの。でも、やっぱり見てしまうと」


 沈み込んだ妹にクリフが慰めるように背中を撫でる。シェリルは自分の心の弱さが嫌になった。オスニエルはシェリルに十分心を配っている。それなのに、事情も分からない状態なのに二人の姿を見て辛いと思ってしまった。


「勝手に思い込むのは自分を追い込んでしまう。後でちゃんと聞いたらいい」

「そうね、わかっているわ」

「ほら、歩いて」


 クリフが優しく促す。シェリルは逆らわずに歩き始めたが、すぐに声をかけられて足を止めた。驚いて立ちふさがる令嬢を見る。

 驚いたことにリリカがいた。息をやや粗くしているので、どうやらシェリルを見つけて急いでやってきたようだ。ひどく興奮したリリカを止めようと、彼女の侍女が宥めている。


「まあ、ごきげんよう?」

「なんで疑問形なのよ!」


 そんな風に噛みつかれたが、シェリルは困ってしまう。


「まさか声をかけられると思わなくて」

「……まあ、いいわ。今日は忠告に来たのよ。さっさとオスニエル殿下の婚約者を辞退しなさい」


 強気で言い切られて、シェリルはそっと息を吐いた。


「その点に関してはわたしからは絶対に辞退いたしません。白紙にするときは、オスニエル様がお決めになった時です」

「なんなのよ! 貴女みたいな弱い女がオスニエル殿下の正妻が務まるとで……」


 言葉が途切れた。信じられないと言った様子で目を大きく見開いて一点を凝視している。そっとそちらを見れば、どうやら彼女もオスニエルとコーデリアが二人でいるところを見つけたようだ。


「エルザ様? いや違うわね。エルザ様はあんなにもけばけばしくはないわ」

「ダンウィル辺境伯令嬢のコーデリア様よ。ご存じないかしら? エルザ様の母方の従姉妹になるそうよ」


 シェリルがコーデリアのことを告げれば、リリカがぽかんとした顔になった。


「え? コーデリア様、あんなにエルザ様に似ていたかしら?」

「知っているの?」

「まあ、わたしぐらいちゃんと社交をしていればね」


 リリカは得意気になって胸を張った。シェリルは感心して頷く。


「そうなのね。わたしはまだまだだわ。やることが沢山あるわね」

「ほほほほ! 足りないことがわかっているなんて良い心掛けよ」

「褒めてもらえているの? 嬉しいわ」


 シェリルが頷けば、リリカがはっとした顔をする。


「違う! 足りないのだから辞退しなさいと言っているの! というか、あの女、何なのよ!」


 リリカが顔を真っ赤にして突然激高したので、二人の方を再び見れば、コーデリアがオスニエルに抱きついていた。


 息が止まりそうになる。

 だがすぐオスニエルが乱暴に押し返し、護衛に受け渡していた。


 どう判断していいのかわからないが、無表情のオスニエルを見る限り喜んでいるようには見えない。


 大丈夫。


 唇を噛み締め、そう強く自分に言い聞かせた。


「許せないわ!」


 リリカは怒りの言葉を吐き出し、突進しようとする。咄嗟にシェリルは彼女の腕を掴んだ。


「リリカ様、あちらでお茶をいただきましょう」

「はい?」


 ぎょっとした顔をしてリリカが距離を保とうとする。だが、シェリルは彼女から手を離さなかった。


「少し聞きたいことがあるの」

「シェリル? ちょっと待った」


 慌てて間に入ったクリフにちらりと目を向ける。


「お兄様は黙っていて。大丈夫よ」

「……あなた、性格、変わっていない?」


 顔を引きつらせる彼女に答えることなく、有無も言わさず彼女を連れて移動した。


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