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夜会の後


 夜会の翌日の朝、いつもと変わりないはずの朝食の時間。

 朝から酷く不機嫌な様子のオスニエルがいた。


「先触れなくやってきた人間に会う必要はない」


 オスニエルはきっぱりと断言した。突然の話題に、シェリルは目を瞬いた。とりあえず心配ないことを伝えようとにこりとほほ笑む。


「……お約束をしていない方たちにはいつも家令たちがきちんとお断りしています」

「わかっている。わかっているんだが……とにかく誰かが来たと思ったらすぐに離宮の奥の部屋に隠れるんだ。いや護衛騎士を連れてすぐに騎士団の方へ逃げ出してきても」

「……」


 なんだろう、この過保護感。


 シェリルは面食らって目をぱちぱちとさせた。いつものようなゆとりが全くなく、言っていることも支離滅裂だ。

 理由を尋ねても要領を得ないので、ちらりとオスニエルの後ろに控えているメイソンに目を向ける。いつもなら朝食の時間になると笑顔で退出するメイソンが当たり前のようにそこにいる。


 シェリルの視線を受けたメイソンは眼鏡の縁を持ち上げて、オスニエルの言葉を補足した。


「昨夜の夜会で、シェリル様と縁を繋ぎたいと思う貴族が沢山いたようです。そのため、今朝から騎士団の方にも山のようにシェリル様宛の招待状が届いております」

「招待状? わたしに?」

「はい。茶会、夜会、鑑賞会と色々な催しにも誘われておりますよ」

「絶対に駄目だ。あいつらを信用したら大変な目に合う」


 どうやらオスニエルの今までの経験から信用ならないと烙印を押されている貴族たちが殺到したらしい。


「でも、何もしないわけにはいかないのでは?」


 ふんわりとした物言いで尋ねれば、オスニエルの眉間にさらに深いしわが刻まれる。シェリルは黙り込んでいるオスニエルに言葉を重ねた。


「イゾルデ夫人から手紙をもらったら必ず返事をするようにと教わっているのです。その程度のことは是非させてください」

「そうですね。招待を断るにしても返事は必要です」


 メイソンがシェリルを援護した。オスニエルは唇をへの字に曲げているが、唸っているだけで否定してこない。


「もちろん、すべてお断りの返事になります」

「そうしていただけると非常に助かります」


 メイソンがどこか嬉しそうに応じた。オスニエルはぐるぐると唸っていたかと思うと、大きく息を吸って吐いた。


「すまない。本当はわかっているんだ。わかっているんだが……気持ちの整理がついていない。今後も色々な貴族が来るだろうがとにかく断って欲しい。あと」


 オスニエルは言葉を一度切る。言ってしまってもいいものかと、悩みが見えたので、シェリルはそっと促した。


「あと、なんですか?」

「……そうだな。くれぐれもダンウィル辺境伯令嬢には注意してほしい。接触してきても、俺の許可が出ていないと断っていい」

「え?」


 はっきりと断っていいと言われて、驚いた。友達になって欲しいと夜会で言っていた手前、仲良くするようにと言われるものだと思っていたのだ。


「正直に言って、あの令嬢は胡散臭い。兄上が絡んでいるようだから楽観視できない。できる限り距離を取っておいた方が無難だ」

「オスニエル様がそれでよければ」

「もししつこく言ってくるようだったら、すぐにでも連絡をしてくれ。こちらで対処する」


 わかりました、とシェリルは頷いた。ようやく安心したのか、オスニエルの眉間のしわが少しだけ緩んだ。


◆◇◇


 シェリルは送られてきた手紙と贈り物を丁寧に分類する。

 夜会に参加してから数日が経ったというのにもかかわらず、挨拶状、茶会への招待状など様々なものが送られてくる。


 手紙ならいいが、一番困るのが贈り物だ。見ず知らずの人から送られてくるため、安全が確認された後、そのほとんどが処分になる。差出人がわかっているのだから怪しいものを贈ってこないだろうと思っていたが、これが案外そうでもない。意外と毒入りや、腐ったものなどが入っているらしい。


「夜会は大成功だったようですわね」


 手紙と贈り物の量を見て、イゾルデ夫人はとてもご機嫌だ。もし格下だと侮られた場合、贈り物などはないそうだ。なので、この反響はとても満足いく結果だという。


「でも知らない人にこれだけの品物をもらうのも困ります」


 シェリルは手にした贈り物をイゾルデ夫人に見せる。そこには大ぶりの宝石が入っていた。まだ加工前のようで、好きなようにお使いくださいとメモが入っている。


「使うことはないでしょうけど、これも認められたということです。喜んでいいところですわ」

「そういうものですか?」

「ええ。それよりも、夜会はともかく茶会も鑑賞会もお断りでよろしいの?」

「はい。貴族は信用ならないとオスニエル様の許可が出ていませんから」


 困ったように告げれば、イゾルデ夫人も呆れたように息を吐く。


「オスニエル殿下の経験上からそう考えてもおかしくないわね」

「このままではいけないと思うのです。もっと頑張らないと……きっと負けてしまう」


 シェリルは心の奥に溜まっていた不満な気持ちをほんの少しだけ吐き出した。


「負けてしまう相手はダンウィル辺境伯令嬢のことかしら?」


 静かに問われて、はっと顔を上げた。思わず呟いてしまったが、言っていいことではなかった。悪感情を吐露したことが恥ずかしい。焦りを見せたシェリルをイゾルデ夫人は優しい目で見つめた。


「ご存知でしたか?」

「夜会の噂を少しだけ。エルザ様にとてもよく似たご令嬢だったとか」

「そのようです。わたしはエルザ様を知らないので、どれほど似ているのかわからないのですが……。オスニエル様がエルザ様と見間違えたので本当に似ているのだと思います」


 あの時のオスニエルを思い出し、唇を噛みしめた。あれほど茫然とした顔を見たのは初めてだ。いつも無表情で笑う時もほんの少ししか表情を崩さない彼が驚いていた。


「オスニエル殿下が見間違えるとなると穏やかではありませんね」


 イゾルデ夫人は不愉快そうに眉を寄せた。


「穏やかではない?」

「少なくとも殿下方二人と王太子妃殿下に波風を立てることになります」

「彼女はオールダム侯爵様がエスコートしていらして、王太子殿下が夜会に誘ったように思えました」


 シェリルが夜会の様子を告げれば、イゾルデ夫人は目を大きく見開いた。


「まあ! では彼女が王太子殿下の側室候補になるのかしら?」

「え?」


 ウォーレンの側室候補と言われて呆気にとられた。イゾルデ夫人はなるほどと一人納得して頷いている。


「結婚して四年経ちますけど王太子夫妻にはまだお子様がいないでしょう? 一年ほど前から側室を勧める声が大きくなっているのです。それに我慢できなかった王太子妃殿下がお怒りになって一時は下火になっていたのですけどね」

「そんな」


 あからさまに側室を勧められればブレンダが怒るのは当然だ。特にプライドが高く、はっきりとものを言うブレンダだ。黙っていることなどしないだろう。


「でも、わざわざエルザ様に似た令嬢をオールダム侯爵にエスコートさせるなんて悪趣味ですわね。エルザ様を思い出させたいのかしら?」

「わたしにはそのあたりの事情はよくわかりませんが、できれば巻き込まれたくないです」


 正直な気持ちを話せば、イゾルデ夫人は声を立てて笑った。


「本当にね。もし辺境伯令嬢が気の強い方なら、王太子妃殿下とひと悶着起こしそうだわ」

「恐らく起きます」

「あら? 気が強そうな方なの?」

「とても自信にあふれた……綺麗な方でした」


 そんな曖昧な言葉で逃げると、イゾルデ夫人は少し考え込む。


「彼女に何か言われました?」

「王都に来たばかりだから友達になりたいと」

「まあ! 巻き込む気満々ですね」

「……そう思いますよね。オスニエル様はそのことにもピリピリしていて」


 がっくりと肩を落とした。本当ならば言われた時に断れればいいのだが、あの場所で拒否することなどできやしない。もしブレンダとの間にひと悶着起こそうとしているのなら、断れないように話を持ち出したのだろう。


「どのように巻き込むつもりかわかりませんが、どちらの味方もしないようにした方がいいかもしれません」

「傍観でいいの?」

「ええ。幸い、シェリル様は社交界に出ていませんわ。わからないふりをして、どちらの味方もできないという態度を貫いたらよろしいのです」


 難しそうなことをさらっと言われて、シェリルは苦笑した。イゾルデ夫人の言いたいことはわかるが、実際にその場面に遭遇した時に自分がどう行動できるかはわからない。知らないうちにどちらかの肩を持っていそうだ。


「あとはそうですね。なるべく王太子殿下やオスニエル殿下に相談するという方向にもっていったらいいと」

「ああ、それならできそうです」


 自分で判断を下さないのはとてもいい案に聞こえる。でも何でもかんでも頼りたくないという思いもあり、胸のあたりがモヤモヤとした。


 シェリルはため息を一つつくと、止まってしまった手を動かして手紙の整理を再開した。



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