婚約者だった彼女の従妹
少し癖のある明るいハニーブロンドに深みのある青の瞳。
しゃんと背筋を伸ばし自信あふれる立ち姿は大輪の花のようだ。
とても奇麗な人だと素直に思った。見た目の明るさと華やかさはもとより、意志の強さを宿す瞳が彼女をとても輝かせていた。
茫然とした様子で、オスニエルはしばらく彼女に見入っていた。
「まあ、嬉しいですわ。そんなにもわたくし、エルザお姉さまに似ていますか?」
ころころと楽しげに笑う女性は会場にいる人たちの視線を釘付けにしていた。シェリルに向けられていた視線を彼女がすべて攫っていく。
そこには驚愕と共に、あらゆる憶測が飛び交った。周囲のざわめきを気にすることなくウォーレンはオスニエルに彼女を紹介する。
「オスニエルは初めてだな。こちらはダンウィル辺境伯令嬢コーデリアだ。コーデリア嬢の母親とオールダム侯爵の妻が姉妹なんだ」
「初めまして。コーデリア・ダンウィルですわ。これから色々あるでしょうから……良しなにお願いいたしますね」
意味ありげにコーデリアは微笑む。オスニエルは硬い態度のまま、シェリルを抱き寄せる腕に力を入れた。
「……オスニエルだ。彼女は婚約者のシェリル・イーグルトン」
「初めまして」
予想外の出来事であったが、シェリルはイゾルデ夫人に習ったように微笑みながら落ち着いた挨拶をする。コーデリアはじっとシェリルを見つめてから、目を細めた。
「シェリル様と呼んでもいいかしら? わたくし、今回社交界デビューに合わせて王都に来たものですから、まだ知り合いがいないのです。もしよかったらお友達になって欲しいわ」
「もちろん喜んで」
公の場で言われて嫌だとは言えない。複雑な気持ちを抱えながらも、感情を見せないように気を付けた。
「コーデリア嬢、挨拶も終わったから一曲踊ろうか」
「殿下、お待ちください。挨拶までだと言ったはずです」
ずっと黙っていたオールダム侯爵が二人の間に割って入った。
「別にいいだろう? ブレンダは欠席だし、すでにダンスは何人かの令嬢と踊っている」
「しかし」
ぐるぐると唸りながら渋い顔をするオールダム侯爵をしり目に、ウォーレンはコーデリアに手を差し出した。コーデリアは躊躇うことなく自分の手を乗せる。
「伯父様、心配なさらないでくださいませ。ダンスだけですわ」
「心配しかないんだが……」
「気にしすぎです。禿げてしまいますわよ?」
小さな声だったので周囲には聞こえていないようだが、シェリルには聞こえていた。その軽口に思わずオスニエルを見てしまう。オスニエルは眉間のしわを深くしていた。オールダム侯爵は二人が聞き入れないとわかっているのか、大きく息を吐いて黙った。
「兄上」
「うん?」
「俺たちはもう下がろうと思う」
「ああ、わかった。シェリル嬢、今度ゆっくり話そう」
軽い雰囲気で挨拶をされたが、次の機会はない方がいいなと思いつつ礼をした。絵画から抜き出ていたような二人は周囲の目も気にすることなく、ダンスホールへと向かった。
その後姿を見送ると、オスニエルはシェリルを抱える様にして会場を後にした。会場に流れる音楽が次第に遠くなっていく。
十分に離れたところで、シェリルはようやく肩から力を抜いた。満足な結果ではないかもしれないが、最小限はこなせたと思う。
「疲れただろう?」
「そうですね。とても緊張しました」
労わるように優しく聞かれて、素直に頷く。ゆっくりと夜会で顔を合わせた貴族たちを思い出し、首を傾げた。
「ドーソン伯爵への対応はあれでよかったのでしょうか?」
「問題ない」
「……本当にお茶の取引をやめてしまうのですか?」
「兄上があそこまではっきりと言い切ったんだ。間違いなくやめるだろうな」
どうでもいいように肩をすくめる。シェリルはその影響力を改めて考えて青ざめた。
「余計なことを言ったかもしれません」
「気にするな。兄上がああなるように誘導したのだから」
ウォーレンの考えがわからないシェリルには気にするなと言われても落ち着かない。後日、イゾルデ夫人に聞いてみようと心に決める。
「ああいう駆け引きに慣れていかなくてはいけませんね」
どう頑張っても慣れる未来を想像できず、憂鬱になる。引きこもっていい時期は過ぎた。シェリルも王子妃になるのだから、これからいくらでも試される場面に出会うはずだ。上手く切り返せなくても、せめて足を引っ張らない程度には一人で立てるようになりたい。
「シェリルはこのままがいい」
「そうですか? 王子妃になるのだから、もっと公務も頑張る必要があると思うのです」
「今は気持ちだけで。先に体調をよくしてもらいたい」
オスニエルはこうしていつだってシェリルを甘やかしてしまう。体調が悪ければそれもすんなりと受け入れられただろう。
だが今は違う。
まだ体力はないものの、ここに来る前のように指一本動かせないような状態ではない。体が動くようになれば、やはり色々と気になってくる。
「だいぶ体調は良くなってきました。だから」
「シェリル」
言いつのろうとした言葉を遮るように名前を呼ばれて、口をつぐんだ。じっとオスニエルを見つめれば、彼はふっと表情を和らげた。
「俺の隣に立とうと頑張ってくれている気持ちはとても嬉しい。だが、そんなに急がなくていいんだ」
「でも」
「シェリルには今までできなかったことを経験してもらいたい」
その言葉にシェリルは困ってしまう。
どういったらわかってもらえるのだろうか。
シェリルは自分の無知が恥ずかしくて仕方がなかった。イゾルデ夫人が細かに色々なことを教えてくれていても、実際の振る舞いは及第点に届いていることが少ない。誰からもオスニエルにお似合いだと言われるほどの淑女になりたかった。
この気持ちをわかってもらいたくて、言葉を探す。
オスニエルはシェリルの焦りを知ることなく話を続ける。
「今度、また一緒に出掛けよう。長めの休みを取って、泊りがけでもいいな」
「……ありがとうございます」
この話題はここまでだと、そっと息を吐いた。シェリルの歩調に合わせてゆっくりと歩く。
気になっていることはまだあった。ウォーレンと一緒に並んだコーデリアの姿を思い出した。自分に自信があるその姿は同性のシェリルにもとても美しく見えた。
シェリルはエルザの姿絵も見たことがなかったので、今までそれほど気にしてこなかった。仲睦まじい様子であったことや幼なじみで心気安かったというのはイゾルデ夫人や侍女たちから聞いている。
もちろんその内容はシェリルを傷つけるものではなかった。ただ事実として聞いていただけ。
だけど、実際によく似た女性を見てしまえば、心がざわついてしまう。
「……ダンウィル辺境伯令嬢、とても奇麗な方ですね。あれほど美しい人を初めて見ました」
「そうか」
気のない返事にこの話題はしてほしくないのだと感じ取り、ため息を飲み込んだ。
幼なじみであるオスニエルが見間違えるほどエルザによく似た令嬢。
にこやかさの中に、こちらの様子を探るような目をしていた。気のせいだと思えるほどの小さなものだったが、心に引っかかっていた。
「気になるのか?」
「はい」
オスニエルに問われ、素直に頷いた。
「俺は君としか結婚しない。だからどんな令嬢が来ても気にしなくていい」
「わかりました」
オスニエルは初めからずっとそう言い続けている。彼の言葉が本当であると信じられる。
だけど、未だにエルザのことをオスニエルに直接聞くことのできないシェリルにはコーデリアの存在は不安しかなかった。