兄弟の会話
「そうだ、シェリル嬢の具合はどう?」
「え、ああ。今は落ち着いて眠っている」
突然の話題に、オスニエルは言葉を詰まらせながら答えた。ウォーレンはにこにこと笑う。
その笑顔はいつもの人当たりのいい、調子のよさそうなものだ。ウォーレンはこうして考えていることを隠してしまう。無表情でいるよりもよほど何を考えているのかわかりにくい。
「前のように高熱を出したら、と心配だったが大丈夫そうでよかった」
「どの口が言う……。そもそももっと早く介入したら、シェリルが傷つくことはなかったんだ」
「その点についてはいい訳のしようがない。でもあの女を追い詰める理由がどうしても欲しかったんだ」
「兄上……」
悪びれないウォーレンに、オスニエルの額に青筋が立つ。ウォーレンは慌てて話題を変えた。
「そうそう、ブレンダと彼女の取り巻きたちは適当に処分しておいた」
「義姉上も?」
「もちろん。主犯格だからね。一ヶ月の謹慎だ。王太子妃宮から外出と面会を制限した。取り巻きたちも一ヶ月の王宮出入り禁止」
一ヶ月の王宮出入り禁止と聞いてオスニエルは驚いた。
茶会での嫌がらせに対しての処罰としては少し重すぎる。その場に王太子妃であるブレンダがいたのだから、厳重注意が妥当だ。ウォーレンの追い詰める、という言葉と合わせれば、あまりいいとは言えない判断だ。
「シェリルがますます恨まれることになる」
「そうならないはずだ。申し渡すときに、今回の件はきっかけであり、今までの振る舞いの結果だと説明してある。少しは反省しているはずだ」
ウォーレンはオスニエルの心配が理解できないのか、そんなことを言ってくる。オスニエルはがっくりと力が抜けた。
「謹慎程度で自らを振り返られるような穏やかな性格であったら、兄上は義姉上を嫌っていないだろうに」
「ああ! 言われてみればそうだな。反省なんてするような可愛い性格じゃなかった」
「本気で言っているのか?」
あまりにも白々しくて、胡乱な目を向ける。ウォーレンは弟の目など気にならないのか、笑うばかりだ。オスニエルはどうにもならない気持ちを追い出すように息を吐いた。
「嫁いできて四年、子供ができないから焦っているんじゃないのか? 最近、色々なところから兄上の側室にどうかという話をよく貰う」
「なるほど。こちらに側室の話が回ってこないと思ったら、そっちにいっていたのか。ブレンダが側室の話を持ってきた貴族たちにキレていたからね。静かになったと気にしていなかったが、そういう理由か」
ウォーレンのどうでもよさそうな態度に、オスニエルは眉をひそめた。元々仲の良い夫婦ではない。それでも最小限の義務は果たしているようだが、やる気のなさを感じてしまう。ブレンダへの態度はどんどん頑なになっていくのも気になった。
「義姉上の感情を逆なでない様にしてほしい。シェリルと接触したことを知って、けん制のための茶会だったんだろう?」
「自分が何故嫌われているかを理解せずに、他の女性に理由を見つけて嫉妬する。よく考えれば、弟の婚約者に手を出すわけがない」
「確かに義姉上は気が強いからぶつかることも多いかもしれないが、もっと歩み寄ってほしい」
ウォーレンは弟の要求に肩を竦めた。歩み寄るつもりが全くない態度に落胆する。
「友好国から嫁いできた王女だ。ちゃんと王太子妃として優遇しているよ。それに子供ができないのは仕方がないじゃないか。それこそ天からの授かりものだ」
王太子としての義務を果たしているのであれば、確かにせっつくのはおかしなことだ。オスニエルは返す言葉がなく、口をつぐんだ。
「もし私の血を継いだ子供ができなくても問題ない。叔父上は健康だし、その上息子もいる。伯母上の所の娘を女王として迎え入れてもいい。王族は意外といるんだ。どうにでもなる」
本当にどうでもいいと思っているのか、簡単にそういうことを言う。もし王太子に子供ができない場合、一番影響を受けるのがオスニエルだ。できるならば、シェリルにそのような圧力をかけるような状況になってほしくない。
「兄上は……まだエルザが死んだことで義姉上を責めているのか?」
ためらいながら、オスニエルは言葉にする。エルザの名前に反応したウォーレンの雰囲気が瞬時に変わる。先ほどのどこかつかみどころのないふわふわした空気が、張り詰めたものになった。
オスニエルはぐっと腹に力を入れた。これで引いてしまえば有耶無耶になってしまい、二度と聞くことはできないだろう。そんな覚悟で兄の目を見返す。
ウォーレンはそんな弟の気持ちを推し量るようにじっと見据えた。
「オスニエル、荒波を立てたくないなら余計なことは聞かないほうがいい」
「今までは見て見ぬふりをした。だけど、兄上の思惑にシェリルが巻き込まれている。それは許容できない」
はっきりと口にすれば、ウォーレンは目を細めた。
「へえ、そんなにもシェリル嬢が大切なんだ」
「エルザが亡くなって四年だ。もうそろそろ……」
「忘れられると思うのか? 彼女には幸せになってもらいたかった。私はそれだけでよかったんだ。エルザは病死で、ブレンダは確かに関係ない。だがどうしても彼女が婚約者とならなかったら、エルザは死ななかったのではないかと思ってしまう。もちろん逆恨みに近い感情だとわかっている」
未だ深い悲しみを抱えている兄の悲痛な言葉に、オスニエルは息をのんだ。四年経っても、ウォーレンはエルザの死を過去にはできていない。
仲睦まじく寄り添う二人を思い出し、オスニエルは自分事のように胸が痛んだ。
幼いころから一緒に過ごしていて姉のようにしか感じなかったオスニエルに対して、ウォーレンは初めからエルザを女性として扱っていた。エルザもそれを自然と受け入れ、二人の間には政略以上の絆が存在していた。
その壊れることがないと思っていた二人の関係が崩れたのは昔からいざこざのある隣国が国境で不穏な動きを見せたことにある。長い間、休戦状態であったが戦争になる危険を大きく孕んでいた。
友好国とのつながりを強固なものにしようといくつか案があったが、結局ブレンダがウォーレンに一目ぼれしたと言い出して嫁いでくることになった。
ブレンダの気持ちはともかく、国同士の思惑のある政略結婚だ。
ウォーレンも初めはそういうものだと受け入れていた。誰が何と言おうとも、ウォーレンは王太子であり、国を守る者だ。自分の感情は押し殺して、ブレンダを受け入れた。
ブレンダとの結婚はすぐに整い、エルザはオスニエルの婚約者となった。エルザの魔力の強さは王族にとって必要なものだから当然の結果だ。
エルザも王族に嫁ぐために教育されてきた令嬢だ。感情を押し殺し、自分の役割を果たすつもりだった。
ところがエルザはウォーレンとブレンダが結婚した後、意識を失って倒れた。それは不自然なほど急な変化だった。魔力が暴走して体の中から攻撃しているという診断結果が出て、誰もが唖然としたものだ。
幼い頃に魔力が暴走することは稀に起こるが、すでに成人を過ぎたエルザがその状態になる症例はほとんどない。
医師たちが必死になって調査したが、結局は原因はわからず病気と診断された。その数年前にエルザの母親である侯爵夫人が同じような症状の病気にかかっていることから、家系的な病気ではないかと推測された。
あの美しかった彼女が、見る影もなくやつれ、色を失って。
最後に見せた涙と、謝罪の言葉と、彼女の気持ちは兄弟の間に重くのしかかっていた。
「……兄上のその感情は周りに被害をもたらす」
「わかっている」
ウォーレンはどこか遠いところを見ているような目でそう答えた。