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王太子妃のお茶会2


 人当たりのいい笑みを浮かべているが、それがとっても胡散臭い。どうしてだろうと思えば、先日会った時と違って目が笑っていないことに気がついた。驚きに声を上げることができず、突然現れたウォーレンを見つめた。ウォーレンはシェリルを見ると優しい笑みを見せた。


「オスニエルがひどく心配していてね。あまりにも煩いから、ここに連れてきたんだ」


 外に向かって声を掛ければ、オスニエルが木の影からゆっくりと現れた。お茶で全身が濡れそぼって床に尻もちをついているシェリルを見つけると足早に近づいてくる。彼は自分の上着を脱ぐと、頭からすっぽりと被せた。


 ありがとうと、伝えようと顔を上げると彼と視線が交わった。シェリルの異変を把握すると、驚きに目を見張る。


「顔色が悪い。大丈夫か? 朝はこれほどひどくなかったのに」

「突然調子が悪くなってしまって……」


 オスニエルは何か考え込んでいたが、すぐに振り払うように頭を左右に振った。汚れるのも気にせず、力の入らないシェリルを優しく抱き上げる。


 二人の様子を見ていたブレンダが茫然としながら呟いた。


「どうして……今日顔を出す予定は聞いていないわ」

「顔を出すと言ったら、当たり障りのないお茶会をしただろう?」


 殺伐とした空気を感じ、シェリルは二人の方へと視線を向けた。

 ブレンダはウォーレンを愛しているが、ウォーレンはブレンダを嫌っていることを聞いていたが、これほどまで二人の関係が悪いとは想像していなかった。政略結婚で結ばれた二人だ。心の中ではどう思っていたとしても、仲の悪いところは見せないものだと。


 ブレンダはウォーレンの言葉に少しだけ怯んだが、すぐに美しい笑みを浮かべた。王族らしい大輪のような笑顔だ。この状態でなければ、見惚れてしまっていたに違いない。


「事前にご連絡いただければ、席を用意して待っていましたのに」

「別に君の茶会に参加したいわけではなかったからね。可愛い義妹が意地悪なことをされていないか心配になって見に来ただけだから」

「意地悪だなんて」


 あるわけないと言いたいのだろうが、この状況で白を切るのは難しいのではないかとシェリルは冷静に心の中で突っ込んだ。ウォーレンも同じように感じたようで、苦笑気味だ。


「つい先日まで療養していた令嬢に冷たい仕打ちをするような心の貧しい人間は君の取り巻きにはいないと思っていたけど、君自体に品格がないんだったね。忘れていたよ。義妹となる令嬢に優しく接してくれるなんて期待することが間違っていた」


 柔らかい声なのに、ちくりちくりと刺すような言葉に、逆に身がすくみそうになる。ブレンダも笑みを浮かべつつも、顔が次第に強張ってくる。


「……病弱だという彼女のために特別なお茶を用意したら驚いてしまって。それでつい転んでしまったのよ」


 これほど信じられない言い訳もないだろうとシェリルは天を仰いだ。どうしても嫌がらせを認めたくないらしい。


「面白いことを言うね。君のもてなしは虫を入れたお茶を出すことなんだ。これからはお茶に誘うのはやめておくよ。流石に君の好きな虫入りは出せないし、飲んでいるところを見るのも抵抗があるからね」

「それは……!」


 ぎょっとした様子でブレンダが声を上げた。だがウォーレンの鋭い視線にそれ以上の言葉が出てこない。ブレンダは高ぶる感情を押さえつけるようにぎゅっと両手を握りしめた。


「さて、遊びはここまでとして。君たちの処罰は明日にでも申し付けるよ」

「処罰?」

「そうだ。オスニエルとシェリル嬢の婚約は王家が決めたことだ。腹の中で納得していないこともあるだろう。それなのに婚約が反対であると意思表示をする。王家の決定に背くなんて反意があると思われても仕方がないよね」


 朗らかな雰囲気であるが言葉が鋭い。令嬢たちの息をのむ音が響いた。ちらりと視線を流せば、先ほどの強気な態度とは打って変わって、真っ青になって小さく震えている。


「ウォーレン様、わたくし、王家に対して反意なんて持っておりませんわ」

「そうかな? じゃあ、シェリル嬢が頭からお茶を被って地面に座り込んでいたのはどういうことだ」

「ですから先ほど説明したように、彼女が勝手に転んだだけです」


 ブレンダは先ほどのいい訳を繰り返した。追及されてもこれだけは変えるつもりはないらしい。ウォーレンはブレンダのいい加減な言い訳に諦めたようなため息をついた。


「オスニエル、もうここはいいよ。話が平行線で終わりそうにない」

「兄上、すまない。今日は助かった」

「ふふ、弟に頼られるなんて久しぶりだ。後のことはこちらで適当にやっておくから」


 にこにこと嬉しそうなウォーレンにぶっきらぼうに退出の挨拶をして、オスニエルはシェリルを抱き上げたまま歩き始めた。


「待ってください!」


 引き留める声に、オスニエルはそちらに目を向けた。両手をぎゅっと握りしめたリリカが一歩前に出る。


 彼女の意を決した様子にシェリルは不安を覚え、オスニエルを見上げた。いつもの柔らかさはなく、感情がごっそりと抜けたような無機質な顔に思わず息を呑む。最初に会った印象の通りの冷ややかさだ。


「なんだ」

「この程度の茶会で倒れるような令嬢など、オスニエル殿下に相応しくありません!」


 真っ青にしながらも、リリカは背筋を伸ばして告げた。オスニエルの温度のない眼差しに、彼女は握りしめた手を震わせ、さらに顔色を白くする。


「その、もし、彼女がいいのであればわたしを正妃にしてくださいませ。そうしたら彼女を愛人としてみと……きゃあ」


 リリカは最後まで言えなかった。ウォーレンが騎士に指示をして、彼女を拘束したのだ。やや乱暴な手つきで彼女の腕を捻り上げている。ウォーレンがやれやれとため息をつく。


「何の権限があってそのような意見が言えるのか不思議だね。はっきり言っておくが、オスニエルの正妃はシェリル嬢だけだ」

「ですが……!」

「逆に君がオスニエルに相応しい理由はどこ? 魔力が少ないから健康的なところ? 話にならないね」


 軽口を装いながらも、追い込む言葉にリリカは言葉を呑み込んだ。ウォーレンはオスニエルに退出するように手を振る。オスニエルは小さく頷くと再び歩き出した。


 ようやくあの重苦しい空間から抜け出せて、ほっと息を吐く。


「ごめんなさい。もっと淑女らしく応酬できればよかったのだけど、怒らせてしまったわ。ちょっとやり過ぎてしまったみたい」

「謝ることはない。彼女たちは初めから嫌がらせをするためにシェリルを呼び出したのだろうから」


 そこでオスニエルはにやりと笑った。


「気が強いとは知らなかった」

「ねえ、どこから聞いてたの?」


 なんだか聞きたくないような気もしたが、気になってしまう。オスニエルはさらっと一番聞きたくないことを言った。


「虫入りのお茶が好みなのかと言っていたところからだ」


 ほぼ全部じゃないかと、恥ずかしさに顔を伏せた。流石にあれを聞かれるのは、複雑な気持ちだ。落ち着かずにもぞもぞと体を動かした。


「イゾルデ夫人に教えてもらった対処法にあったの。気が強いわけではなくて……とても頑張っただけよ」


 何とも言い訳がましいが、気が強い性格だと思われたくはなかった。信じていないのか、オスニエルはくくくっと小さく笑う。


「イゾルデ夫人には感謝を伝えよう。それより気分は?」

「頭がグラグラしているけど、我慢できないほどではないわ」

「目を閉じて寄りかかればいい。少しは楽になる」


 優しく囁かれて、素直に従った。体から力を抜けば、ぐっと重たくなる。オスニエルと触れているところから温かな温もりを感じて、気持ちもほっとした。


 頑張る必要がないと割り切ってしまえば、眠気が襲ってきた。


「すごく眠いわ」

「寝たらいい」


 当然のように肯定された。少しだけ嬉しく思って、彼の胸に頬を寄せる。


「来てくれてありがとう。嬉しかった」


 お礼を呟いてシェリルは目を閉ざした。



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