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王太子妃のお茶会1


 茶会の当日を迎えた。


 オスニエルの選んだドレスは清楚な薄い水色で、差し色に濃い目の緑が使われていた。派手過ぎず、慎ましやかすぎない。髪も複雑な形に結われ、首筋をすっきりと見せていた。宝飾品は最小限で、首飾りと耳飾りだけだ。一目見ただけで逸品だとわかるほど美しい。


 イゾルデ夫人に言われた通り、いつでも笑顔を絶やさないことを心に刻む。泣き寝入りせずに反撃するべし、とイゾルデ夫人の(はなむけ)の言葉も復唱した。


 案内されたのは王太子の離宮にある庭園だった。連れてきた護衛と侍女は別室に待機するようにと離されて、シェリルは一人、茶会会場に案内された。

 

 花の香りがほのかに広がる庭にはテーブルが用意され、王太子妃とその周りを囲む三人の令嬢がいる。


 シェリルが通されれば、王太子妃は音もなく立ち上がった。艶やかな黒髪に鮮やかな青い瞳をした華やかな空気を持つ、とても美しい女性だ。ついうっかり見惚れてしまいそうだが、習った通りにすぐ膝を折り頭を下げた。


「顔を上げて頂戴。王太子妃のブレンダよ。オスニエル王子が溺愛していると聞いていたから、どれほど美しい方かと楽しみにしておりましたの」

「オスニエル殿下は初心な感じな少女がお好きなようね」

「お飾りの妻ですもの。大人しくて、逆らわない令嬢がよかったのでしょう」

「それもそうね。病弱なら夜会など連れて歩かなくても、子供も作らなくても言い訳になりますし」


 くすくすとどこか嘲るような笑い声が彼女たちの口から洩れてくる。シェリルは体を強張らせた。動揺しながらも、とりあえず教えられたまま笑みを浮かべ続ける。


「皆さん。そのようなことはこっそりと教えてあげないと」


 これ、対応しきれるのかしら。


 笑顔を浮かべながら、シェリルは困惑していた。

 落ち着いて、と自分自身に言い聞かせながら、イゾルデ夫人の助言を思い出す。実例を沢山聞いていたため嫌味を言われても傷つきはしないが、それでも挨拶早々からこれはないと思うのだ。


 どうしたらいいか対応を迷っていると、シェリルが反撃できない性格だと判断したのだろう。取り巻き達が調子よく話し始める。


「先日までわたしがオスニエル殿下の婚約者候補でしたのに。どんな手を使ったのかしら? 卑しい方ね」

「そうそう。こんな貧相な令嬢より、リリカ様の方がお似合いですのに」

「オスニエル殿下もお気の毒に。できればお慰めしてあげたいわ」

「リリカ様に慰められたら殿下もすぐに夢中になってしまうのではないかしら」


 先頭を切って嫌味を言ってくる栗色の髪を持つきつめの顔立ちをした令嬢が取り巻きの中心らしく、他の令嬢達は口々に誉めそやす。

 彼女たち会話から、中心にいる令嬢はリリカ・ドーソンだとわかる。


 リリカの方がオスニエルとの結婚を望んでいたという話はイゾルデ夫人から事前に知らされていた。ただ、条件を全く満たすことができないので、絶対に候補にも上がらないとも。


 微笑みを何とか浮かべていれば、ブレンダが会話に加わった。


「それで、その貧相な体でどうやってオスニエル王子に取り入ったの? それともその気にさせるのがお上手なのかしら?」

「……魔力の相性が良くて保有量が多ければ、婚約者候補になれたと思います」


 いつまでも黙っていては話が勝手に盛り上がってしまうので、至極当り前のことを告げた。イゾルデ夫人は止めも刺すようにと言っていたので、嫌味になる言葉を探しながら付け加える。


「もしかしたらご存知ではありませんでしたか? 周囲の方の優しさを踏みにじってしまっていたのなら申し訳ございません」


 無邪気さを装って申し訳なさそうにリリカに向かって言えば、空気が一瞬にして凍り付いた。リリカの憎々し気な視線が突き刺さる。


 あまりにもイゾルデ夫人が教えてくれた通りの反応に驚いた。シェリルの反撃が気に入らないのか、ブレンダが面白くないような顔をした。


「時間はたっぷりあるわ。座ってちょうだい」


 嫌な空気を断ち切るように言われ、素直に腰を下ろした。腰を落ち着ければ、音もなく侍女がお茶の入ったカップを目の前に置く。湯気と共に優しいお茶の香りが漂った。興奮状態のような始まりに身構えていたが、少しだけ気持ちが緩む。


「貴女のために取り寄せた特別なお茶なのよ。どうぞ飲んでみて」

「……いただきます」


 カップを手に取ろうと視線を落としたが、それを見つけて手が止まった。お茶の表面には羽を持つ小指の爪ほどの大きさの虫が浮いていた。何度か目を瞬いたが、消えない。


 くすくすと隠す気もない笑い声も聞こえていることから、これが嫌がらせかと内心感心する。イゾルデ夫人のノウハウにも虫を使った嫌がらせはあった。実際にされてみるとわかるが、事前に知らなければ確かに辛いかもしれない。


 シェリルは困った顔をして、これを用意した侍女に目を向けた。視線の先にいる侍女は表情を強張らせていた。


「お茶に虫が入っていますわ。淹れなおしてもらえないかしら?」

「え、あの……」


 まさか淹れなおしを要求されると思っていなかったのか、侍女がシェリルとブレンダを交互に見ておろおろした。彼女の態度からこのお茶は彼女が指示したものだと理解できた。


 ブレンダとはこれが初めての接点なので、どうしてここまで嫌がらせをされるのかと内心不思議だった。ブレンダの気持ちを汲んで取り巻きたちはシェリルを攻撃していると考えれば、彼女にも反撃すべきなのかもしれない。

 この辺りをきちんとイゾルデ夫人に聞いてこなかったことを後悔しつつ、反応を待った。


 ブレンダは微笑みながらも、きつい目で侍女を睨んでいた。器用な表情に、これが王侯貴族なのかと感心してしまった。あんな器用な表情が近い将来自分にできるだろうかと、シェリルは明後日の心配をする。


「特別なお茶だから、淹れなおす必要はないわ」

「そうでしたか。田舎育ちですので、このようなお茶は初めて見ました。田舎の方だと栄養価の高い虫をお酒に浸しておくと聞いたことがありますわ」


 にっこりと笑って田舎の風習を披露した。やや顔色を悪くしたのは、ブレンダの取り巻きだ。もう好きにやってしまおうと、微笑みながら彼女達にも目を向ける。


「妃殿下のご友人たちもお好みなのですよね? お好みのものが見つかるかわかりませんが、オスニエル殿下にお願いして虫入りの何かを送ってもらうようにお願いしてみます」


 言い切るのと同時に、頭の上からひっかぶった。どうやらお茶を掛けられてしまったようだ。ぽたぽたと落ちる雫をゆっくりと払う。


 側に立つブレンダが怒りを露にした表情で立っていた。お茶を淹れるのに使っていたポットがその手に握られていた。少し熱いが、火傷をしない温度に下がっていてよかったとほっとする。


「これが上位貴族のお茶会の作法ですか?」

「貴女、不愉快だわ」


 それはこちらが言いたいセリフだ。

 だが相手は王太子の正妃。言い返すことはしなかった。


 ぽたぽたと落ちてくる雫を払おうとしたが、視界がぶれた。体の中を巡る魔力が突然蠢きだした。その動きがとても激しく、急激に体が重くなっていく。

 

 まずいかもしれない。


 根性で倒れないように体に力を入れるが、力が入らない。顔色を悪くして気合で座っているシェリルを見て、ブレンダが何かに気がついたようだ。捕まえた獲物をいたぶるかのような獰猛な表情をしながら、嬉しそうな声を出した。


「あら、具合が悪いのかしら?」

「……申し訳ありませんが、そのようです」

「でしたら、横になったらいかが?」


 どこに? と疑問に思ったがすぐに理解した。椅子が倒され、床の上に腰を打ち付ける。唖然として自分を取り囲む令嬢達を見上げた。


「本当に無様よね。魔力があるからなんだって言うのよ」

「ブレンダさま、この女を早く排除しましょう?」

「そうですわ。オスニエル殿下の婚約者はこんな田舎娘では荷が重いですもの」


 憎悪が滲む言葉に彼女達がシェリルの何が気に入らないのか理解した。彼女達は恐らく魔力が少ないのだ。王族に嫁ぐには魔力の有無の他にも相性も考慮される。シェリルが突然婚約者になったのも魔力が理由だ。努力ではどうにもならない部分で認められなかった、その思いがあるからこそ余計に妬ましいのかもしれない。


 どうしたらいいのかと、忙しく考えたが気分の悪さが邪魔をする。


「やあ、楽しんでいるかい?」


 茶会の重苦しい空気を壊すように、明るい声が響いた。驚いて顔を声のする方へと巡らせれば、いつの間にかウォーレンがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


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