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王太子妃からの招待状


 夜会に向けたダンスとマナーの仕上げに四苦八苦している最中、招待状が届いた。


「本当にわたしに?」

「はい。王太子妃殿下からでございます」

「王太子妃殿下から……」


 思ってもいなかった人からの招待状に、戸惑う。同時に読みたくない気持ちも湧き上がる。とはいえ、読まない選択肢はなく、渋々、渡された封書を開けた。中に入っていた上品な手紙を取りだし広げると、ふわりと甘い花の香りが漂った。


 緊張しながらも手紙に目を通す。王太子妃の自筆であるかはわからないが、思わずため息がこぼれるほど流麗な文字だ。

 手紙は季節の挨拶から始まり、是非とも茶会に来てほしいとの言葉で結ばれていた。


 二回ほど読んでから侍女に渡せば、彼女はさっと目を通す。


「十日後ですわね。急いで支度をしなければ!」


 侍女たちはそれぞれの得意分野を生かした準備にかかる。突然忙しくし始めた侍女たちをぼんやりと見ていた。あれこれと指示を出しているジェニーがふふふと笑う。


「お任せください。誰にも負けない支度をして見せます!」

「え、普通でいいのだけど……ほら、わたしは引きこもりの伯爵家の娘だし」

「いいえ! いけません。シェリル様は殿下の婚約者なのです。その立場をきっちりと示さなければ」


 身に着けるドレスだけで立場も何もないと思うのだが、侍女たちを止める理由もなくそのままにすることにした。シェリルに貴婦人たちの茶会についての知識が乏しかったこともある。それに衣装について盛り上がる侍女たちを止めることはシェリルには不可能だった。


 あっという間に衣裳部屋から沢山のドレスが持ち込まれた。一度も袖を通していない昼用のドレスだ。シェリルは室内で過ごすことがほとんどで、シミ一つない透き通る肌をしている。さらに髪もプラチナブロンドのため、白さが際立っている。

 そんな彼女に合わせるように選ばれた柔らかな色合いはさらに儚げに見せた。


「シェリル様の瞳の色に合わせて、こちらの明るめのグリーン系もいいですわね」

「花の妖精のように優しいピンクやクリーム色もきっと素敵ですわ」


 侍女たちが好き勝手話しながら、持ち込んだドレスを選別していく。シェリルは長椅子に座り、黙って彼女たちの様子を見守った。

 ドレスのあれこれは正直シェリルにはよくわからない。どれもこれも素敵だという程度しか感想は出てこないのだが、侍女たちの会話は聞いているだけでも楽しい。


 突然、ジェニーがシェリルの方を向いた。


「シェリル様、どのドレスがお好きですか?」

「え? 好み?」

「はい」


 ジェニーからドレスの好みを聞かれて動揺した。


「ドレスの好みはあまりないのだけど……。王太子妃殿下のお茶会に相応しいのなら、どれでも」

「では、こちらの青と白のドレスを」


 後ろから声がして、腕が伸びてきた。選んだドレスは侍女たちが脇に置いていたドレスだ。彼女達は一斉に頭を下げた。シェリルも驚いて、慌てて立ち上がる。


「オスニエル様、おかえりなさいませ」

「このドレスの色が好きだ」


 着てほしいという事なのだろうか。シェリルは困って、ジェニーに視線を送った。ジェニーは恐ろしいほどの笑顔だ。


「お言葉ですが、この青は少し濃すぎます。もう少し淡い色の方がお似合いになるかと」

「そうか? 綺麗だと思うが」

「あの王太子妃殿下のお茶会に参加するのです。濃い色は取り巻きたちと被ります」


 オスニエルの動きが止まった。どうやらドレスを選んでいる理由を知らなかったようだ。シェリルは侍女から手紙を受け取ると、そのままオスニエルに差し出した。


 オスニエルはその封書を見つめ、ため息をついた。


「義姉上から茶会の招待か」

「はい。それでどのドレスにしようかという話になりました」

「……折角だから新しいドレスを用意しよう」


 いかにも名案と言わんばかりに言い出した。ぎょっとしたシェリルは慌てた。


「必要ありません! まだ袖を通していないドレスが沢山あります」

「問題ない。この日程なら今から捻じ込めば間に合うだろう」


 その日程が短すぎて、シェリルは気が遠くなりそうだった。ドレスを仕立てるのに少なくとも一カ月はかかるはずだ。どう考えても針子たちに無理をさせる。

 不安そうな色が見えたのか、オスニエルは言葉を付け加えた。


「王族専用の仕立て屋はいつも無茶な依頼をこなしている」


 心配している内容のズレに顔が引き攣る。無理はしなくていいと止めたい気もしたが、オスニエルもその気になっているので任せることにした。侍女たちは無言で喜びを表し、いそいそと広げたドレスを片付け始める。作ることになってしまったことに罪悪感を感じながら、気になっていることを聞いてみた。


「王太子妃殿下はどんな方ですか?」


 シェリルは夜会に二度しか参加していないため、王太子妃を一度も目にしたことがなかった。たまたまこの離宮で王太子であるウォーレンには会ったが、それは王太子の気まぐれによるものだ。


「そうだな。義姉上は友好国の王女で、王族らしい人だ」

「王族らしい?」

「一言で言えば、ひどくプライドが高い。そして兄上に惚れている。ついでに兄上は嫌っている」


 非常にわかりやすく、あまり安心できない情報だ。


「……なんだか緊張します」

「向こうもシェリルが病弱で生活がままならなかったと理解しているはずだ。ある程度の不手際は見逃されるだろう」

「そうでしょうか? お茶会なんて参加したことがないから、粗相しそうだわ」


 つい不安な気持ちを零してしまえば、ふわりと抱き寄せられた。宥めるように目元にキスが落とされる。少しだけ体を寄りかからせて、彼の方へとすり寄った。


「作法などは十分美しいと思うのだが、心配ならもう一度イゾルデ夫人に習っておけばいい」

「そうですね。お願いしてみます」


 心配がいらなくなるようにした方がいい。自信のなさは大きな失敗につながる。


 翌日やってきたイゾルデ夫人に茶会の作法のおさらいをお願いした。茶会のように場を整え、二人でお茶をいただく。


「王太子妃殿下ですか? わたしはあまり親しくはないのですが、噂では若い令嬢に慕われているようです」

「何か注意しなければならない作法とかありますか?」

「今のままで十分ですよ。必要なのは何を言われても崩れない笑顔」


 イゾルデ夫人は心配そうにシェリルを見つめた。


「妃殿下よりも取り巻きの令嬢に気を付けるべきですわ。恐らくオスニエル殿下との結婚を夢見ていた令嬢がいるはずですから」


 初めて聞く内容に不安になる。


「社交界では腹の探り合いと嫌味の応酬が基本です。それは王族がいてもいなくても変わりません。ですから、何があっても笑顔で切り抜けることです」

「笑顔」

「そして、負けない気持ちです。シェリル様はオスニエル殿下の婚約者です。今はまだ伯爵令嬢ですが、取り巻きたちよりも上の立場なので強気で行く方がよいでしょう」


 そう説明した後、念入りにお茶会で行われる嫌がらせの実例を教えられた。効果的な対応も教えてくれるのは有難いが、笑顔で具体的な反撃方法を教えるイゾルデ夫人は恐ろしかった。


「とにかくおどおどしないこと。余裕をなくさないこと」


 無茶なことを言われているような気がして、顔が引きつった。そんなシェリルにイゾルデ夫人はにんまりと笑う。


「いいことを教えてあげましょう。嫉妬に狂った女は考えが浅くなります。わざと弱いふりをして失態を誘導するのです。その後、どんなことをされたか、オスニエル殿下に訴えたらよいですわ」

「それはちょっと……」


 イゾルデ夫人の教える『模範解答』をシェリルが実践するのはひどく難しい気がした。



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