3◇護衛のハンター『赤い牙花』
「ほら悪ガキ三人衆、メシの用意しろ」
「「へいへーい」」
女ハンター、メロウの指示に三人の少年は休憩所の奥、かまどのある奥の炊事場へと移動する。
見送ったルミリアとアステは背中のリュックを下ろして楽にする。ローグシーの街を朝に出て、この休憩所まで一日歩いてきた疲れから、ルミリアは足を投げ出して床に座る。
「嬢ちゃん、疲れたかい?」
「少しね、でもまだまだ大丈夫よ」
ルミリアに声をかけた護衛の四人のハンターも荷物を下ろし、武器を置き鎧を外して隅に置き、車座になって座る。
ルミリアは改めて自分が雇った護衛のハンター達を見る。
ローグシーのハンターギルドで紹介されたベテランハンターの四人組。
護衛の経験があり、ルミリアとアステの護衛の為に女性ハンターのいるパーティがギルドマスターから推薦された。女二人、男二人の四人組のパーティ『赤い牙花』
リーダーは背の高い斧槍使い。名はメロウ。額から左の眉の上にかけて傷跡があり、ブルーベアの爪にやられた跡だと言う。悪ガキ三人衆が姉御と呼ぶように自然な貫禄があり、どこか年齢不詳という感じの女ハンター。メロウはルミリアとアステを気遣うように言う。
「ローグシーの街からここまで歩いて来て、明日は足が痛くて歩けない、となると予定を考え直すけど?」
「このくらいならたいしたことは無いわ」
ルミリアは元気に言い、続けてメイドのアステも応える。
「そこそこ体力はあるつもりです」
「体調が悪くなったら無理せず、すぐに教えてくれよ」
「王立魔術学院でも、魔術ばかりで無くて運動もするもの」
「へえ? 王都の魔術師の学院なんて、魔術の研究ばっかりの、机と本にかじりつく学者の集まりかと思ってた」
「王国魔術師団に入るなら、行軍についていけないとダメだから。魔術以外の授業もあるのよ」
ルミリアは基礎体力の為の授業はいい加減にしていたことは隠してメロウに応える。
話してるルミリアの前に果実水の入ったカップをそっと置くのは、大柄で全身これ筋肉という、いかにも重戦士という体格の男。名はバータム。その見た目に反して細かな気遣いをする。アステの前にもそっと果実水のカップを置く。
バータムは厳めしい顔をほころばせる。
「護衛というのは面倒なことが多いものだが、お嬢ちゃん達なら歓迎だ」
「あら、どうして? 料金をそれなりに出したから?」
「金の話だけじゃ無い。前に護衛をした商人に酷いのがいてな。それに比べたらずっといい」
「酷いって、何をしたのかしらその商人は?」
ルミリアが訊ねると、メロウの隣で手に持つ弓の具合を見ていた女ハンターが顔をあげる。
「あー、あのデブ商人?」
もう一人の女ハンター。弓使いで、名はシャンディラ。四人の中で一番小柄で若い。
「こっちの言うことは聞かないし、勝手に先に行こうとするし、揚げ句に転んで足を挫くし、何処を褒めていいかワカンナイうるさいおデブ」
「それで背負えば重いし、いつまでも文句は言うし、挙句に口は臭いし、アレを背負って帰るのは拷問かと思った」
「ま、でもアイツがめんどくさい奴だったってのをわたし達が報告したから、訓練場での許可証発行が厳しくなったのかもね」
バータムとシャンディラの話を聞くルミリアの顔からスッと表情が消える。
「ふうん、その変な商人のせいで私は訓練場で許可証を得るのに三日もかかったのね……」
「ルミリア様、もう過ぎたことじゃ無いですか。無事に許可証も取れたことですから」
「私は早く魔獣深森を見たいのに、面倒なことが多いわね」
ルミリアはここまでのことを思い出す。
王立魔術学院の長期休暇を使い、ルミリアはアステとウィラーイン伯爵領まで来た。実家のクライシュナー家に戻らずに。あとで実家の両親から怒られ、弟には泣かれることは覚悟の上だ。
「それがハンターで無ければ森に入れないとか、ハンターとして登録するには訓練場で実習を受けて試験に合格しないとダメだとか。それでハンターが無理ならって、ハンターを護衛に雇って森に入るにも、訓練場で研修を受けて許可証を得ないとダメだとか」
「ローグシーの街で初めて聞くことばかりでしたね。でもそれだけ魔獣深森が危険なところだということなんでしょう」
「前もって知っていればやりようはあったかもしれないわね。だけどそれが見知らぬおかしな商人のせいだなんて」
ルミリアが疲れた溜め息を溢すと痩せた男がまあまあ、と言ってとりなす。
「ウィラーイン領の住民以外で、騎士でもハンターでも無いのに三日で許可証を取ったというのは、私が知る中で短い方ですよ」
魔術補助具の黒い杖を持つ男、名はリンド。氷系の魔術師のハンターは、優しい口調でルミリアに言う。
「ウィラーイン領の住人は皆、訓練場で一年訓練を受けていて魔獣深森の怖さも知っています。ですがウィラーイン領の外から来た人を簡単に魔獣深森に入れる訳にはいきませんから。どうしても森に入りたいとなれば、訓練場で心構えから知ってもらわないといけません」
「そんなに厳しいものとは知らなかったわね」
「それは詩人の歌でも物語でも、ハンターになるのに訓練場で苦労する話は無いですからね。お話では魔獣との戦いというのが主になるし、何より訓練風景を長々と語られても面白くないでしょ?」
「華々しいハンターの戦いの裏事情に喜ぶ子供はいなさそうね」
穏やかに言い聞かせるように語る魔術師リンド。
王都で語られる魔獣退治の歌や物語。ハンターや領兵団、騎士に魔術師が人の住むところを守る為に魔獣と戦う話。スピルードル王国では吟遊詩人の歌や貸本屋の本、紙芝居でも勇ましく魔獣と戦う者を称える物語は多い。
ルミリアもまたそういう歌や物語を聞いて育ったスピルードル王国の住人。
(現地に来てみないと解らないことは多いものね。確かに何の準備も無く戦いに行くのは無謀無策というものだけれど)
ルミリアの隣でメイドのアステが果実水を飲みながらハンター達に訊ねてみる。
「ところで、その商人は何をしに魔獣深森へ?」
弓使いのシャンディラが、あははと笑う。
「商人は魔獣深森で一攫千金とか夢見たりするのがいるの。知ってる? 甘蜜タマネギ」
「砂糖の原料になる植物でしょ? ラクトローズ領の名産の」
「あれも魔獣深森の中で見つけたのを栽培に成功したから。おかげで砂糖が昔より安くなったっておばあちゃんが言ってたけど、その甘蜜タマネギみたいなのを見つけようってのが魔獣深森に入りたがるのよ」
「そのために魔獣住む森に? 命懸けで?」
「そういうこと。他にも発見者として有名になろうってのもね。中には訓練場で許可証貰えないで、諦めきれずに魔獣をナメて、勝手に森に入ってわたしたちに見つかって連れ戻される困ったちゃんとか」
バカだよねー、と笑って言うシャンディラ。ルミリアはハンターを苦労させてるのが魔獣では無く人だというのに呆れてしまう。
(まったく、そんな人のせいで時間を無駄にしたというのは腹ただしいわね)
シャンディラの話を聞いたアステは感心したように言う。
「いろんな人がいるんですね」
「でしょ? それで、ハンターでも無い素人が森の奥に入って騒ぎを起こさないように見張るのも、ハンターギルドとウィラーイン領兵団の役目なの。森に入ってもいいって許可証を出せるのは、ハンターの言うことをちゃんと聞いて、森での心構えを身に付けた人だけ。だからルミリアちゃんとアステちゃんは合格」
「そうですか。訓練場の教官の目が怖かったのもそんな理由があったんですね」
アステが納得するように頷く。アステもルミリアと一緒に三日間、ローグシーの街の訓練場に通っていた。そこで一通り研修を受けて教官相手に実戦訓練も行った。
ルミリアは真剣な顔をしていた訓練場の教官を思い出す。
「訓練場では、ハンターの言うことを聞いて勝手なことをしないように、としつこく繰り返していたわ。それもお宝探しの山師を諫めるためだったのね」
これまでに誰も見つけたことの無い植物を見つけて栽培に成功、そんな上手い話を追いかけて魔獣に襲われたのは、いったい何人いるのか。
そんなことを考えながらルミリアはカップの果実水を飲み干す。一日歩いて疲れた身体にネーブルを絞った果汁入りの爽やかな水分が吸い込まれていく。ほうと息を吐く。
リーダーのメロウがルミリアとアステを感心したように見る。
「嬢ちゃんたちが三日で許可証を持って来たのにはギルマスも驚いてたよ」
「三日もかかったのに私は不満なのだけれど」
「ルミリア嬢ちゃんが火系の魔術が使えて、アステ嬢ちゃんは治癒術が使える上に杖術も使えるっていうのも驚いた。それも実戦で使えるっていうのに」
「ですが、私の杖術は対人護身用のものです。魔獣を相手にしたことは無くて」
「そこだよ」
メロウはひとつ頷いて真面目な顔をする。
「二人とも予想以上に使えるってのはわかった。だけど魔獣との実戦経験は無いわけだ」
「王都近辺で魔獣はなかなか出ないもの」
「だから前には出ないでバータムの背中に隠れていてくれよ」
「ええ、私は見ることが目的だからそこは護衛に頼らせてもらうわ」
「いいねえ。護衛もこういう依頼主ばっかりなら話は速くていい」
ニンマリと笑う女ハンター、メロウ。ルミリアが見たところ、メロウをリーダーとするこのパーティは姉御のメロウが引っ張って、細かいところを重戦士バータムが受け持ち、弓使いシャンディラがフォローして、魔術師リンドが参謀のようにして組んでいる。
ハンターに男女混合のパーティは少ないようだが、この四人は上手くやっているらしい。
魔獣深森を実際に見る。その為にルミリアはローグシーまで来た。馬車で来た日程を考えると、ローグシーから王立魔術学院に戻るころには長期休暇は終わっているだろう。
(いよいよ明日は魔獣の住む森へ)
明日はこの小屋から出発して魔獣深森に入る。
(話にも聞いて本や図鑑、絵巻で調べはしたものの、本物の魔獣深森とはどんなところなのかしら?)
学院の図鑑や絵巻を思い出しながら、ルミリアは緊張と高揚に胸が高鳴るのを覚える。森はどんなところなのか、如何なる魔獣と出会うことになるのか。
「メシできたぞー、ほっかほかに」
鍋を持ってきた赤毛の少年の呑気な声にスコンと高揚感が抜け、その間の悪さにルミリアはまたイラッとしてしまう。
◇◇◇◇◇
『赤い牙花』
ローグシーのハンターギルドでベテランと呼ばれる四人組のパーティ。男女混合で長く続くパーティはハンターギルドの中では少ない。
メロウ
女 年齢ヒミツ
武装
斧槍
革鎧
パーティリーダー、通称、姉御。
シャンディラ
女、18歳
武装
弓矢、短剣
バータム
男、30歳
武装
片刃斧、大盾、筋肉
金属鎧
リンド
男、27歳
武装
魔術補助具の杖
氷系統魔術
水系統魔術
ローグシーの街を拠点にするハンター達。
メロウ、バータム、リンドの三人はローグシーのハンターギルドで先輩とも呼ばれている。
メロウがリーダーでこれまでパーティの人数は増えたり減ったりしてきた。
弓使いシャンディラを後衛にくわえて現在は四人組で活動している。




