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2◇咆哮の猛き三連星


 スピルードル王国。

 西方には巨木聳える森が広がり、そこは多種多様な魔獣が住む深い森。人はそこを魔獣深森と呼ぶ。

 大陸の人類領域、西方に位置するスピルードル王国は、古来より魔獣深森から中央諸国を守る盾の国と呼ばれている。


 魔獣深森に隣接する辺境を治める地のひとつは、代々武人として名高いウィラーイン伯爵家。領都の街ローグシーは屈強なる領兵団に守られ、また魔獣狩りをなりわいとするハンターの街として知られている。


 ハンターとは人を襲う魔獣と戦い、人の住むところを守る戦士。また、魔獣深森に分け入り魔獣を狩り、狩った魔獣の肉や牙、毛皮や甲殻などの魔獣素材を売って暮らす狩人。

 スピルードル王国の王都付近で魔獣被害が少ないのは、ハンターと領主に仕える領兵団の尽力によるもの。

 魔獣深森から中央諸国を守る盾の国スピルードル王国。その中でも魔獣深森に近く、魔獣相手に戦い続ける盾の中の盾とも呼ばれるのがウィラーイン伯爵領の住人たち。


 王都からは遠く離れたウィラーイン伯爵領、その領都の街ローグシーから魔獣深森へと向かう途中には、丸太で作られた大きな建物がある。

 平原にポツンと立つ建物は、ローグシーの街のハンターが拠点として使うもの。魔獣に壊されても直ぐに建て直せるようにという雑な造りだが、それでも野宿するよりは雨風が凌げる。

 魔獣深森から徒歩で約半日の距離にあるこの建物は休憩所とも呼ばれ、ハンター達が魔獣の森の手前で安らげる最後の休息の砦でもある。


 その丸太を組み合わせて作られた建物の中の大部屋で、ルミリア=クライシュナーはうんざりした顔で床に座っている。


「なんなの、あの男は……」


 疲れた顔で俯くルミリア。燃える炎のように鮮やかな赤い髪を後頭部でまとめ、駆け出しハンターのような厚手の服を身に纏いながらも、その仕草はお嬢様育ちというのを隠しきれてはいない。

 真新しい装備、厚手の布地に要所をヨロイイノシシの硬い革で補強した服を来たルミリアは、先程の赤毛の少年の言葉を思い出して珍しくイライラしていた。


(私の胸が大きいって、あんまり気にしたことも無かったけれども。それを口に出して褒めたつもりだとか、なんて礼儀知らず)


 王都の王立魔術学院でもクライシュナー公爵家の令嬢に無礼な口を聞いた者はいない。

 初対面で名前も知らない少年が胸をじっくり見ながら『お前、おっぱい大きいな』などと言うのは、ルミリアには初体験だった。

 

(ローグシーの街には慣れなれしい人が多いけれど、あれは無作法にも程があるわ)


 と、イラつきながら手首のブレスレット、魔術補助具を触る。その様子を側で窺う少女がルミリアに話しかける。


「ルミリア様が他人に苛立つというのは珍しいですね」


 ルミリアを気遣うように言う少女の名はアステ。

 彼女はルミリアのメイドとして、ルミリアが幼い頃から仕えている。ルミリアにとってはただのメイドでは無く、姉妹のような存在だ。

 アステもまたいつものメイド服では無く、ルミリアと同じ真新しい駆け出しハンターのような装備。手にはプラシュ銀で補強した杖を持ち、抱くようにしてルミリアの隣に座る。


「確かにあの人は失礼な人でしたけど、悪気は無さそうというか」

「悪気があったら燃やしているわよ」

「落ち着いて下さいルミリア様」

「どうでもいい相手なら私も直ぐに忘れるわ。だけど、」


 ルミリアがチラリと視線を向ける先、少し離れたところで先程の赤毛の破廉恥少年は、一人の痩せた男のハンターと話をしている。ルミリアは再びアステに視線を戻す。


「アレとこのあと一緒に行動するとなると、そうも行かないでしょ」

「それはそうですが、彼らもついて来るんですか?」

「こちらのリーダーの判断次第かしら?」


 ルミリアの声に振り向いたのは斧槍(ハルバード)を肩に担いだ背の高い女ハンター。

 彼女はルミリアが護衛に雇ったハンターの一人。ローグシーの街のハンターギルドで雇った四人組のパーティ『赤い牙花』のリーダーだ。

 女ハンターは苦笑しながらルミリアの前に腰を下ろす。


「ま、そんなに怒りなさんな嬢ちゃん。あの赤ボンも悪気は無いんだ。ちっと女に対して気配りが足りないと言やあ、そうなんだが」

「あの破廉恥少年もついて来るの? 護衛の依頼料は追加しないわよ」

「解ってるって。嬢ちゃんがどうしてもダメって言うならナシにするけど、でも、あれでいたらいたで役に立つのさ」

「護衛のハンターの言う通りにする、と言うのがハンターギルドとの契約で、私はパーティリーダーのメロウの言ったことには逆らわないわ。だけど理由は知りたいわね、なんで彼らはついて来たがるのよ?」

「そいつは本人から直接聞くといいか。あたしから言えるのは、あの悪ガキ三人衆はまだガキだが、あれでけっこう使えるってこと」


 女ハンター、メロウが髪をかきあげて振り向くと、向こうから先程の赤毛の破廉恥少年がやって来る。後ろに着いてくる二人と合わせて、メロウの言う悪ガキ三人衆らしい。


(ハンターの中では若いパーティみたいね。男三人で、ガキと言われているけれど私と同年代くらいかしら? 安っぽい赤毛に呑気なヘラヘラ顔してて、これで腕が立つの?)


 初対面の印象が悪すぎてじったりとした目で見るルミリアに、赤毛の少年はにこやかに片手を上げる。


「で、俺たちもついていっていいかな?」

「私が護衛を頼んだのはこちらの『赤い牙花』で、あなたたちに護衛料は出さないわよ」

「なに、それで構わない」


 赤毛の少年は微笑みを絶やさず、楽しむように言う。指をピッと三本立てて。


「依頼主のあんたはタダでハンターを追加で三人雇える。いい話だろ?」

「胡散臭いわね、タダで雇える理由が知りたいわ」

「ま、後学のため、というところ」

「後学? ちゃんと説明しなさい」

「俺たち三人、魔獣相手にはそこそこやれる。だけど護衛の経験というのは無いんだ。これまでやったこと無くて。なのでベテランハンターの『赤い牙花』の護衛の仕方ってのを間近で見せてもらって勉強しようかなって」


 赤毛の少年の後ろに立つ、肩に槍を乗せた背の高い銀髪の男が割って入ってくる。


「ついでに言うと護衛なんてやってると、魔獣を狩っても魔獣素材を持ち帰るのが限られる。なのでメロウの姉御が持ちきれ無くて諦めた獲物を分けてもらうっていうのも、俺たちの狙いなんだ」

「ハンターのことはよく知らないけれど、そういうものなの?」


 ルミリアが女ハンター、メロウに訊ねる。メロウは肩に担いだ斧槍(ハルバード)で肩を叩きながら応える。


「そうだね。あたいらは嬢ちゃん達二人の護衛が主だ。だから魔獣を狩っても皮剥ぎとか血抜きとかを諦めなきゃならないときもある」

「そのおこぼれ狙いとは、ちゃっかりしてるものね」

「そして森の中での護衛の仕事なんてのはあんまり無い。だから経験者も少なくなるわけだ。あたいらとしちゃ、後輩の指導になるならいい機会だと思うんでね」

 

 言ってチラリと赤毛の少年を見るメロウ。


「と、言ってもタダで手伝ってやろうっていうのはそんなにいないんだが」

「お嬢様二人の護衛なんて楽しそうじゃないか。俺たちも混ぜてくれよ姉御」

「こっちは楽ができていいけどね。ということで、嬢ちゃん、いいかい?」

「そちらの後輩の三人は足手まといにはならないの?」

「この悪ガキ三人衆はバカだけど魔獣には強いんだ。バカだけど」

「姉御、俺たち、そんなにバカなことした憶えは無いんだけどな?」

「さっき嬢ちゃんを怒らせたの忘れたのか?」

「さっき?」


 赤毛の少年は腕を組み首を傾げて考える。そしてようやく気がついたという顔をする。


「あぁ、さっきのことか? なぁ、なんでおっぱい大きいって褒めたら怒るんだ? あれが酒場のダイナだったら『そうだろう?』って返して、触りたいなら銀貨を持ってきな、とか言って笑うとこだろ」


 赤毛の少年の言うことにルミリアは唖然とする。そんな女性の褒め方はこれまで聞いたことが無い。


(もしかして、私が知らないだけで、こういうのがハンター流? それともローグシー流?)


 背が高い銀髪の少年が、やれやれ、とたしなめる。


「ラッシュ、お前はいろいろ間違っている。初対面で女性の胸を大きいと褒める奴がいるか?」

「女は褒めろ、というのがモテるコツじゃ無かったのか?」

「褒めるポイントというのがあるだろう。例えばだ、お嬢さん、うなじがきれいですね、とか、首の線に色気がありますね、とか」


 そこにもう一人も入ってくる。こちらは両手首に魔術補助具の腕輪をつけた、魔術師風の少年で二人より少し背が低い。


「まったく、君らは見るところがズレている。女性の身体美学と言えば、骨格と動作の機能美を見るべきなのだ。褒めると言うのなら、お嬢さん、歩くときの膝の使いがセクシーですね、とかだ」

「動線と動作ってのが洗練されると美しいってのも解るけど、やっぱり第一にはおっぱいだろおっぱい。身体の前についててこっちに向かって張り出してるところに目が行くもんだろ」

「それがガキって言われるとこだ。女の色気ってのは、ふとした仕草に首筋に出るものなんだ。それが大人の色気で、これがわからない奴はガキ呼ばわりされるんだよ」

「いいや、生物の機能美とは骨格とその使い方に出るものなのだ。性格も人格も身体の動かし方に現れるもの。だからこそ動作が優美な人は性格も優美なのだ」

「じゃ、なにか? 動作がエロい人は性格もエロいのか? エロい人なのか? スゴイのか?」

「その通りなのだ。しかし、酒場のダイナは口ではあー言っているが、あまり経験は無いと見た。酒場でおっちゃん相手に耳年増になってしまっただけで、あの酒場の娘の実態は初心(ウブ)なのだ」

「そうなのか? あのダイナが? 大人の余裕って感じであしらわれてる気がするんだけど」

「そーいや、銀貨をチラリと見せたら視線を外して、酒場の奥にさりげなく逃げたことがあったっけか?」

「あれはあれでダイナの酒場の処世術なのだ。しかし、そこで隙を見せるところにダイナの魅力がある。そこが酒場の人気娘の理由なのだ」

「いやでも、ダイナ以外にも俺がおっぱい大きいって褒めたら皆、喜んで笑ってるんだが?」

「そのあと頭を叩かれることが何回あった?」

「そんなのスキンシップのうちだろ?」

「叩かれるのをスキンシップなんて言うから、俺たちまで三バカ呼ばわりされるんだよ」

「ラッシュのせいで僕まで巻き込まれる」

「俺が軽く叩かれることで乙女が笑顔になれるのなら、俺は構わないんだが」

「その身で乙女の笑顔を守るカッコいい話にしようとしても、いろいろと手遅れてないか?」

「それに中には、ちょっとだけならいいよ、と触らせてくれるのもたまにいたりする」

「なんだとおい、誰だ? どこの誰だ?」

「エスディ、お前は首派で胸派じゃ無いだろ」

「それはそうだが、それとこれとは別腹だ」

「その通りだラッシュ、我ら生まれる時は違えども触るときは共にと誓いあったではないか」

「抜け駆けするとは何事だ、俺たちは仲間で苦楽を共にするパーティだろう」

「それなら二人ともおっぱいを褒めてみたらいいんじゃないか? 数射てば当たることもあるぞ」

「捨て身で利を得るとは、やるなラッシュ」

「それで誰だ? 触ったのか? 揉んだのか?」


 少年三人は周囲を置き去りにして、女性の胸の話に熱が入ってきた。近くで話を聞くルミリアは唖然とする。


(なんなのこいつら? 大きな声で何を話しているの? ただのエロいガキなの? バカなの? これが少年心なの?)


 ルミリアとアステが呆気に取られていると、女ハンター、メロウがフフンと鼻で笑って立ち上がる。肩に担いだ斧槍(ハルバード)がヒュンと動くと、ゴゴゴン、と立て続けに打撃音が聞こえる。エロい話をしていた少年は三人とも、殴られた頭を押さえてその場にしゃがみこむ。


「「あいったあー……」」

「おい、エロガキ三人衆。嬢ちゃん達を護衛してる間は、嬢ちゃんが機嫌悪くなる発言は禁止。護衛するときは依頼主となるべくいい関係を作るんだよ。余計な面倒起こすな」

「いってえ……、姉御、俺たちのパーティネームはエロガキ三人衆じゃ無くて、『咆哮の猛き三連星』で」

「うっさい、お前らは悪ガキ三人衆で十分だ」


 女ハンター、メロウは斧槍(ハルバード)を肩に担ぎ直して振り向く。


「えーと、嬢ちゃん、それでこいつらも連れて行ってもいいか? またおかしなこと言い出したらあたいが殴っとくから」


 ルミリアは、はあ、と溜め息をついて片手で額を押さえる。


「一応、念のために聞いておきたいのだけれど」

「あぁ、なんだい?」

「初対面の女性の胸のことを言うのは、ローグシーのハンターの挨拶なのかしら?」

「うちのパーティの男どもは、そんなバカな挨拶はしなかったろ?」

「それもそうね」


 同じ話を聞いていたメイドのアステはルミリアを心配しながら小声で言う。


「ルミリア様が参っているというのは珍しいですね」

「ローグシーに来てから、私が選べる事が少ない気がするわ」


 ここに来るまでの不満と疲労で、イマイチ調子の出ないルミリアは疲れた声で呟いた。


◇◇◇◇◇


 ルミリア


 14歳 女

 学園での渾名は、火炎嬢


 主武装

 魔術補助具のブレスレット

 小剣


 火系魔術



 アステ


 15歳 女


 ルミリアのメイド


 主武装

 杖、木製で両端を金属補強

 魔術補助具のブレスレット


 治癒系魔術

 対人護身用の杖術


 

 スピルードル王国では髪の色は茶色が多く、焦げ茶から明るい茶色まで色の濃淡は人それぞれ。

 次に多いのが赤毛。

 金髪、銀髪もいるが少数派。貴族には金髪、銀髪が多い。

 クライシュナー家は赤毛が多い家系。

 ルミリアの髪色は赤。アステは茶色。

 


 ハンターの装備


 厚手の布地の服は肩、肘など要所はヨロイイノシシの硬い皮で補強されている。布は麻の布をニカワで数枚重ねてあり、服と言うよりは布鎧と言うのが近い。

 ルミリアとアステが着るものはローグシーの街で購入した新品の為に真新しい。


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