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2日目 11:00〜12:00 5人目の被害者

11:00

ローラとラシェルは、庁舎のすぐそばのカフェに来ていた。

テラス席が7テーブルあり、店内は小会議室と同じくらいの広さがある。

顔馴染みのしかめ面の似合う大学生くらいのウェイターは、2人の顔を見るなり、輝くような笑顔を浮かべた。

2人は、羊のチーズのサラダと、バジルソースのタリアテッレ、ベルギービールのレフを注文した。

「捜査班にいる魔法使いは、現在わたしとあなただけ。これはタイミングがいい。現場とデスクワークの二箇所に魔法使いを置ける」

「わたしに何かを任せていただけるということですか❓」

ラシェルは頷いた。「現場に立ってもらう。30分毎に簡単な経過報告をしてもらうわ。現在地、新しく入った情報、あなたの推察、ありがとう」ラシェルは、ウェイターに礼を言った。

2人の前に500mlのグラスに入ったレフが置かれた。

ラシェルがグラスを持ち上げたのを見て、ローラもグラスを持ち上げた。

ラシェルは、レフを一口含むと、グラスを置き、ジタンのタバコに火をつけた。

ふっ、と、煙を吐き捨て、細長い人差し指で、とんとんとタバコを叩いて灰を落とし、煙の立ちのぼるタバコを灰皿に置いた。「仮に、犯人と接触した場合、犯人に捕らえられた場合は……、そうね、イカリング、と言いなさい」

ローラは笑いながら、自分のコートから取り出したジタンを一本咥え、同様に火をつけた。「イカリングですか」ローラは、ホンホンホンホンホン、と、フランス人特有の笑い声を吐きながらタバコの煙を吐き捨てた。

ラシェルは、煙を吐きながら頷いた。「非常事態の際は、現在地の手がかりや犯人の特徴は、思いつきの規則性を持って口にすること。30分間連絡が入らなかった場合、あなたの捜索が始まる。それがあなたの報告ミスだった場合、あなたは捜査を遅らせた責任を問われ、インターンは終了」

「1人で捜査をするんですか❓」

ラシェルは、ゆったりと首を横に振った。「現場捜査の知識はあっても経験はないでしょう。わたしは忙しいから、同卒はできない。以前、フランスの魔法使いがロンドンで騒ぎを起こした時、偶然現場に居合わせたわ。その時、ロンドン警察の顧問探偵と仕事をした。彼女を呼んだわ。彼女は元警察で、現場捜査にも精通している。フランスとイギリスでやり方も違うでしょうけど、倫理観も常識も持ち合わせてる。信頼できる人物よ」

ローラは、灰皿の上でタバコをトントンと叩き、灰を落とした。「彼女はどこに❓」ローラは、突然背後から肩に手が置かれたことに悲鳴を上げ、椅子の上で飛び上がった。

グラスから跳ねたビールがテーブルを濡らした。

振り返れば、そこには、ラシェルと同い年くらいの女性がいた。

身長は168cm、ほっそりとした体型、顔はアングロサクソン系のたくましさとラテン系の柔らかさが混じっていた。

恐らく、両親のどちらかがフランス人で、どちらかがイギリス人だろう。

澄み切ったゴールデンの瞳に、ゴールデンハニーブラウンの光輪がかかっている。

まるで、上質なハチミツのようだ。

栗色のショートカットが後ろで束ねられていた。

ブーツにデニム、Tシャツ、カジュアルなジャケット、フェルトコート。

イギリス人らしい、あの紳士ぶった帽子やステッキは持っていないようだ。

フランスでも、ローラが今までに訪れたことのある世界中のどの街でも、片田舎の小さな村でもお目にかかれそうな平凡な服装で、観光客や移民の多いパリの景色に、見事なまでに馴染んでいた。

足音も体臭も無く、一切の気配も感じさせずに背後に忍び寄った彼女を見て、ローラは、ひょっとするとこの女性がゴシップ誌が言うところのパリの切り裂きジャックなのではないか、となると上司であるラシェルが共犯であり、証拠を消しているのではないか、そうなると、これからラシェルの指示に従って動く自分は、共謀罪で刑務所にぶち込まれてしまうのだろうか、などという考えがよぎった。

心臓の鼓動が止むまでに時間はかからなかった。

ローラは立ち上がった。

「ローラ、そちらは、ロンドン警視庁の顧問探偵、ハリエットよ」

「よろしく」ハリエットは、柔らかな笑顔とともに、右手を差し伸べてきた。

ローラがその右手を握り返すと、ハリエットはローラを抱き寄せて、お互いの頬をすり寄せあった。

その時、ローラは、視界の左側に、違和感を抱いた。

ここから数キロ離れた場所。

先ほどまでなかったものが、今は、そこにあった。

次の犯行は今日だと予測されていたが、今は、昼だ。

ありえない。

いや、これもまた、撹乱戦略の一つか。

あるいは模倣犯か……。

スコットの記事には、犯人を挑発するためであると同時に、犯人を神聖視する模倣犯が現れないためのものだった。

スコットはしょんべんくさい子供だったが、他人をおちょくるスキルには、ローラも、ラシェルも目を見張らされるものがあり、2人はその記事に対して信頼を置いていた。

だが、すでに模倣犯が出ていたとするならば、色々と納得がいくものもある。

カメラの写す範囲は広く、細かい部分は小さかったが、ずっと見ていたはずで、違和感があれば気づくはずだった。「メルド……(くそっ)」いつの間に……。自分の責任だ。ローラは、ラシェルとハリエットを見た。

ラシェルは、ローラを見上げた。「どうしたの❓」

「5人目が出ました」

「どこ」

「ここから数キロ」

ハリエットは、手から金色の光を生み出し、ローラに触れた。

金色の光が、ローラに染み込む。「行って。追うわ」

ローラは、体を幽霊に変えた。

全身が霧がかっていて、腕を動かせば、その軌跡には、飛行機雲のように、幽霊の霧が漂った。

彼女は、足に力を入れて、時速300kmで風を切るユーロスターにも匹敵する速度で、カフェの店内に飛び込んだ。

人間の目には、ローラの姿は見えない。

触れることもできない。

幽霊は、空気も揺らさずに、物体をすり抜ける。

テーブルを、椅子を、壁を、建物の外壁を、音も立てずにすり抜け、通りを横切り、再び、別の建物をすり抜ける。

犯行現場には、1分足らずでたどり着いた。

太陽の光が、かろうじて届く路地裏。

誰も立ち寄らないために、ゴミ一つ落ちていない。

普段なら、ここにあるのは静寂だけだ。

どこからか、痩せ細ったネズミがやってきた。

ネズミは、80kgの肉の塊を見つけると、そちらに駆け寄って食べようとしたが、どこからかやってきた、太ったネズミが、痩せ細ったネズミに飛びかかった。

人間に戻ったローラは、ネズミの尻尾をつまみ上げ、遠くに置いた。

ネズミは、突然現れた人間に怯え、この路地裏よりも更に薄暗い、パリの闇に姿を消した。

ローラは、ネズミを見送ると、ため息を吐いた。



ハリエットは、カフェの屋上に上がった。

パリの上は、とても広かった。

建物の高さは均一的で、遮るものは何もない。

遠くに、サクレクール寺院や、エッフェル塔や、ラ・デファンスや、古い時代からそこに佇む、他よりも背の高い建物たちが、ぽつぽつと見えた。

先ほど、ローラの体に染み込ませた、自分の魔力によって、ハリエットはローラの位置を追うことができた。

現場までは一直線で、首を伸ばせば、通りの様子を肉眼で伺うことができる。

幽霊になることのできないハリエットは、人目がないことを確認してから、建物の屋上を跳び移り、ローラを追った。

3分ほどで、ローラのいる路地裏に面した建物の屋上にたどり着いた。

眼下を見れば、ローラは、死体のそばに佇んでいた。



ローラは、カトリック式に十字架を切り、手を合わせ、祈りを捧げることで、この被害者男性が人生の中で行ってきたであろう、自分の倫理観と正義感と道徳観にそぐう善行に対して、敬意を表した。

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