2日目 10:00〜11:00 パリ警視庁本部で行われる朝の会議
10:00
ローラは、パリ警視庁の庁舎に入った。
入り口で金属ゲートを潜り、持ち物検査をする。
現在、パリに限らず、フランスは非常事態にあった。
ヨーロッパのあちらこちらで、移民や難民の身分にある者たちが、過激な活動を行なっていた。
ローラ自身は、フランスの歴史の上に生きるフランス人だということもあり、革命を悪いものとは思っていなかったが、99%以上のフランス人と同様に、革命は武器ではなくストライキなどの平和的かつ横暴な支配者が不当に貪っている過剰な利益を損ねる行為や、言葉による主義主張に限ってのみ行われるべきと考えていた。
わざわざ別の国で生まれ育った者が、観光やビジネスではなく、過激な革命やフランスの評判を貶めたり、文化的、精神的、経済的問わず、あらゆるポジティブな変化の足を引っ張ることを目的にして祖国の敷居を跨ぐことについて怒りを感じていた。
だが、ローラが現在捜査を手伝っているのは、そういった国内外を不安に陥れるテロではなく、目下パリを騒がせている連続殺人事件だった。
金属ゲートを潜り、検査をパスしたローラは、4階の小会議室に向かった。
道中で、様々な顔見知りと、言葉と頬擦りによる挨拶を交わし、30分ほどかけて小会議室に辿り着くと、そこには既に捜査チームのメンバーが全員集まっていた。
ホワイトボードにはグロテスクな写真や、パリの街角を映した犯行現場の写真、そして、いくつかの証言者や、重要参考人、犯人候補とされる者たちの顔写真がある。
被害者は、すでに4人出ており、年齢も性別も職業などの社会的な身分もバラバラだった。
被害者のうちの3人は移民で、当初は、現在の情勢に由来する、移民や難民に対するヘイトクライムかと思われていたが、4人目は違った。
彼は、生まれも育ちも純粋なフランス人で、それは、家系図から見ても明らかだった。
有名企業のそこそこの地位にある人物だった。
最も、その地位では、何かしらの情報を知り得ることも、何かしらの変化を起こせるほどの影響力もなく、実際のところ、彼はただの管理職だった。
財産や交友関係や社内外における公私の活動を様々な視点から見てみたが、殺害される理由になりうるものは見当たらなかった。
バッグをひっくり返された形跡がある場合もあれば、ない場合もあった。
遺体からは、性液や唾液は検出されなかった。
遺体の損傷は酷かったが、体の部位や内臓は揃っている。
物盗りでもなければ、異常性癖の持ち主でもなければ、カニバリストでもない。
つまり、無差別殺人。
無差別すぎる、という意見もあった。
共通項は、犯行時刻が日が沈んでいる時間帯であることと、殺害に使われた凶器が鋭利な刃物であること、遺体の損傷が激しいこと、被害者に身を守った痕跡がないことから、恐らくは睡眠薬を盛られたのではないかということ。
これほどまでに共通項が少ないのは、犯人が入念な下準備をしており、操作を撹乱しようとする明確な意図を持っているからこそ起こり得るのではないか、つまり、捜査経験者なのではないかという意見もあった。
あるいは、これほどまでに捜査を撹乱し、行き詰まらせていることには他の理由があるのではないか。
犯人の主な動機はすでに完結されており、4つの殺人のうちの3つは、動機を隠すためのカモフラージュなのではないか、という、ある種楽観的な意見も生まれていた。
犯人は、警察の捜査事情を知る者、元警察か元軍人なのではないかという意見もあったのだが、被害者の傷跡から推測された鋭利な刃物という凶器を使ったにしては、傷跡はあまりにも雑だったために、訓練を受けたとは考えられない。
仮に軍隊か警察学校で訓練を受けた者だとするならば、体に染み付いた技術故に、傷跡はもっと綺麗なものになるはずだからだ。
こうなると、次の犯行を予測することは難しくなる。
犯行は、きっかり3日に一回のペースで行われており、今日は、次の犯行が起こると予測されている日だった。
ローラには、この捜査をどう進めればいいのか、全く見当がつかなかった。
チームのリーダーであるラシェルが下した命令は、今日も各所に聞き込みをしろというもの。
ローラは、心の中でため息を吐いた。
朝の会議は終わり、チームのメンバーは、デスクについて何処かに連絡をかけたり、上着を羽織って街に繰り出したりと、各々が動き始めている。
インターンであるローラは、コーヒーのカップを2つ持って、ラシェルの下に向かった。「ラシェル」
「ボンジュール、ローラ」ラシェルは、ローラに微笑みかけ、彼女が差し出したコーヒーを受け取った。
年の瀬は25と、チームの中で3番目に若く、ローラよりも6つ年上だったが、その見た目は、ローラとさほど変わらない。
地位は警視と、チームの中で一番高い。
顔はハンドボールのように小さく、髪はボブ。
大きな目は、ヘーゼルの虹彩に、ハニーブラウンの光輪がかかっている。
162cmの身長、手足はすらりと長く、胸の前はピレネー山脈の山のように膨らんでいるが、その膨らみは不自然ではなく、自然にありふれている黄金比のように自然で美しい者だった。
体にフィットした黒のパンツスーツ、光沢を放つシルクの白いシャツ、足元にはかかとの高いパンプス。
洗練され、雰囲気も引き締まっている女性だった。
「わたしは、どうしましょう」
「お腹空いてる❓」
「ええ」
「わたしも。朝食をまだ食べてないの。行きましょう」