2日目 4:00〜5:00 パリのとある区のとある路地裏に面したとあるアパルトマンの屋上にて
2日目
4:00
スコットは、パリのとある区のとあるアパルトマンの屋上で新聞を読んでいた。
ここは、パリ市警に務める刑事のローラが、月300ユーロで借りている場所だ。
スコットが住んでいるロンドンの洞穴のようなフラットと、ローラが住んでいる、占有面積は広いが強風に耐えられる場所が隅っこにある小屋のようなワンルームとニワトリ小屋だけであるここでは、中々に良い勝負だった。
パリでの仕事は、到着した4時間後に終えた。
仕事を終えたスコットは、1日かけてパリ中を歩き回って、まともな服を探した。
どうやら、初めてのデートにタキシードを着てやってくる男は信頼できないというのが大人の女性たちの常識らしい。
ローラとパリ北駅で合流した後、彼女に連れられて向かったパリ市警。
そこで仕事を依頼してきたのは、警視の地位にある若い女性、ラシェルだった。
タキシードに身を包むスコットは、笑顔や哀れみを向けられる中、自分がこなさなくてはいけない仕事についての話を聞かなくてはならなかった。
あんな恥ずかしい思いをするのは2度とごめんだ。
スコットは新聞を畳んだ。
今のところはまだ、この新聞はパリの街に出回っていないが、2時間後には、スコットの仕事の成果を、数万のパリ市民が目の当たりにすることとなる。
待ち切れないかって❓ 当然だね。
スコットは立ち上がり、フランスのビール、クローネンブルグを、グラスから飲んだ。
屋上の柵に肘を乗せ、夜明け前のパリを見つめる。
俺は、このロマンスの街で愛を見つけ、初めてのキスをして、童貞を捨てるのだ……。
決意を新たにしたスコットは、再びリクライニングチェアに横たわった。
その時、ニワトリとヒヨコたちがスコットのデニムをつついた。
「ーーおい、離れろよ」しっしっ、と、ニワトリの家族を足で押す。
ニワトリたちの目がきらりと光り、雄叫びを上げた。
スコットに対する威嚇を、朝の訪れの合図と勘違いしたのか、向かいのアパルトマンの全ての階の全ての部屋に、電気がついた。
スコットは、リクライニングチェアから飛び上がって、屋上の隅にある、小屋のようなワンルームに逃げ込んだ。
壁一面を占める巨大なガラスのスライドドアの向こうで、ニワトリの一家がスコットを睨みつけた。
ニワトリが窓ガラスをつついたので、スコットはカーテンを閉めることにした。「はぁ、はぁ、はぁ、……くそっ」
「なーにシコシコシコってんのよタキシード……」
頭の上から聞こえてきた女声の声に、スコットは飛び上がった。
ロフトの上にいるのは、スコットの身柄を保護してくれている刑事、ローラだった。
「わたしの香りだけならいくらでも楽しんでもらって良いけど、そうしたいならそう言ってほしいわ。バスタオルあげるからここ以外でやって」
「いや、違うんだ、ニワトリたちが……、ちが、だから俺のことをタキシードって呼ぶのはやめてくれよっ!」
ローラは、気怠げな様子でロフトから降りてくると、ロフトの下に収まっている小型のバスルームに入った。
スコットは、ワンルームの中に留まって、ローラが出てくるのを待った。
パリジャンヌの香りの染み付いたバスタオルという名のおこぼれに預かろうというわけではなく、カーテンの隙間からニワトリの一家がこちらを睨みつけているので、出るに出られないのだ。
ローラは、ランニングウェアに身を包んで、バスルームから出てきた。
ワンルームから出るローラは、自分を迎えてくれたニワトリたちを撫でながら、屋上の中心に向かった。
ニワトリたちは、撫でられることで心が満たされたのか、ローラの後ろにひっついて、隅っこの小屋に戻って行った。
ローラは、早朝の空気を肺いっぱいに吸い込み、ストレッチを始めた。
スコットは、ストレッチ中のローラのお尻や胸を、よだれを垂らしながら楽しませて頂いた。
「なによタキシード。あんたも一緒に走り行く❓」
タキシード、いや、スコットは、新聞を取り、ローラに見せた。
ローラは、新聞を受け取り、一面をさらりと見回し、ある記事に目を留めると、ニヤリと笑った。
ローラは、一通り新聞を読むと、手の平から炎を出し、燃える新聞を屋上に落とした。
新聞は火の粉を散らしながら宙を舞い、屋上の中心にある、積み上げられた焚火の中に飛び込んだ。
薪が燃え、簡易的なキャンプファイアーが出来上がる。
ローラは、スコットの下に向かい、少年の頭を撫でた。「良くやったわ。スコット」
スコットは、顔を真っ赤にして、俯き、黙り込んでしまった。
「キッチンは好きに使ってくれて良いわ。冷蔵庫の中にも色々あるから、食べたいもの好きにつくんなさい」
「ちょっと待てよ、一緒にいるんだろ❓」
「いや、走ってくるわ。あんたのお守りもしなくちゃいけないとなると、早朝のランニングがしばらくできなくなる」
「犯人はまだ、俺の記事を見ていないと思うけど」
「見たら最後、血眼になってあんたを殺しにくるでしょうね」
「だから一緒にいてくれよ」
ローラは、屋上の隅のニワトリ小屋を指差した。「あいつらがいるでしょう」
「ニワトリじゃん」
小屋の入り口から、ニワトリが顔を覗かせ、クチバシをカチカチ言わせながら、スコットを睨みつけた。
スコットは、ローラの背中に回り込んだ。
「イギリスの男はこれだから……」
スコットは、ローラを睨みつけた。「イギリスの男がなんだってんだよ」
「ワーテルローはまぐれだって言ったのよ」
「また脳味噌お花畑のフランス人が妄想を垂れ流しはじめたな。ノルマンディー以来友人になれたと思ってたんだけどな」
「友人同士だからこそ遠慮なく批判できるのよ。ぼうや」
「お前のためだって言って批判してくる奴は信用しないようにしてるんだ」
「あんたのためだなんて言ってないでしょ❓ どっからどこに話が飛んだのか、スコットぼうやが゛賢すぎて゛」ローラはチョキをチョキチョキした。「馬鹿なおねーさんには、スコットが何言ってるかさっぱりわかんなーい」ローラは、高笑いをあげながら、屋上の縁から飛び降りた。
スコットは、屋上の縁に駆け寄って、ローラを探した。
もし生きていたら、自分も路地裏に駆け下りて、ワーテルローの亡霊が乗り移ったあのセクシーなフランス人にバゲットという名のエクスカリバーを突き刺してトドメを刺さなければいけない。
ローラは、枯れ葉のようにふわりと舞い降りると、アキレス腱を伸ばし、早朝のパリの街に姿を消して行った。
スコットは、バゲットを掴んで屋上から出ようとしたが、待っていれば、そのうち奴がここにくるのだということを思い出し、リクライニングチェアに腰を下ろそうとしたが、ニワトリが再び小屋から出てくるのが見えたので、パリジェンヌの香り漂うワンルームに避難することにした。