4日目 20:00〜21:00 そして5人は集まった
20:00
「ーーあんまりいじめるなよな……」
俺は、スコットくんの肩を撫でながら言った。
男をハグする状況から早いところ脱したいのは山々だったが、スコットくんが離れてくれない上に、俺が離れようとすると目に涙を浮かべるので、離れるに離れられなかった。
10代の童貞をいじりすぎると泣く、という童貞とのコミュニケーションにおいて大事なことを学んだリサちゃんは、スコットくんを見てニヤニヤしながら、スマートフォンを持って、シャッターを一回切った。
サービス精神旺盛な俺としては、笑顔を浮かべるのが厳しいこんな状況とは言え、子供からカメラを向けられてしまった以上、作り笑顔を浮かべてピースをしないわけにはいかなかった。
リサちゃんがニヤニヤしながら見せてくれた奇跡の一枚には、すすり泣くスコットくんをハグしながら引きつった笑顔を浮かべてピースする俺と、楽しそうにスコットをからかうローラとハリエットさんが写っていた。
「しっかし、十代の男ってのは、そういうことしか考えないもんなの❓」と、俺に聞いてくるローラ。
「起きてる男はみんなそうだ」俺は世界中の10代の男たちを代表して頷かせて頂いた。「パリが眠りにつけば、今度はアメリカで目を覚ました男たちが同じことを考えはじめる」
「ふーん。脳味噌ってなんのためについてるんだって話ね」
ローラとハリエットさんは、俺と一緒になって、スコットくんの頭を撫でたり、顎の下をくすぐったりして、必死で罪を償おうとしていたので、スコットくんのパンツの前には紳士らしからぬ現象が起こっていた。
スコットくんのパンツは呼吸をするようで、膨らんだりしぼんだりを定期的に繰り返していた。
その肺活量は相当なもののようで、呼吸のペースは、2、3分に一回くらいで、息を吐き尽くしたと思ったら、次の瞬間にはまたイキリたつありさまだった。どちらが本体かという深淵なる問題はこの際置いておくとして、本体のメンタルと違い、付属品の方は、大した不屈の精神の持ち主のようだった。
ぷくー……、しゅんー……、ぷくー……、しゅんー……、ぷくー……。
耐えられなくなった俺は、雄叫びとともに立ち上がった。「いい加減にしてくれよスコットっ! それどうにかしないとハグしてやんないぞっ!」俺はソファから立ち上がり、スコットくんから距離を置いた。「お前らもからかうのよせっ! どうすんだよこいつ、マジで泣いてんじゃねぇかっ! もう勘弁してくれっ! パリだぞっ! なんでこんな目に遭わないといけないんだっ!」
「ケントぉ……」「やめろっ!」俺は、スコットくんの声を遮り、彼に人差し指の先を突きつけた。
スコットくんは泣きそうな顔をした。「だってぇ……」
「やめろ! やめろ! やめろぉおおおおおおっ! 勃っ、その状態のままそんな声出すなっ! 男だろっ!」
「(男の子なんだからしょうがないよね〜……)」と、男の心臓を掴んでくすぐり回して握り潰すような、絶妙に素敵すぎる声をスコットくんの耳元で囁くハリエットさん。「それとも、スコットは男の子が好きなのかなぁ〜❓ ケントを見て、女の子みたいにぃ〜、顔真っ赤にしておめめがうるうるしちゃってるもんね〜。好きになっちゃったのかなっ!」
「え……」顔を真っ赤にして俺を見るスコットくん。
「あぅわぁー……」全身に悪寒が走った。「あぁぁぁぁぁもぉぉぉうぅぅー……、シャワー浴びてくるっ……」
「あら、スコットっ!」ローラは、声を上げた。こいつは明らかに楽しんでいた。「ケントがシャワー浴びてきてくーー」
「黙れっ!」俺は屋上から飛び出して、パリ市警より与えられているワンルームの部屋に戻った。
熱いシャワーで胸糞悪いアドレナリンと悪寒を洗い流す。
気分をリフレッシュし終えた俺は、スーパーで買っておいた安物の衣服に身を包み、スコットをハグした思い出とともに古い服を全て捨てた。
窓の外に広がる夜のパリを見つめながら、タバコに火をつける。
パリなのになぁ……。
ビールを飲みながら頭をよぎるのは、次はどこに行こうか……、ということだった。
今までも、不愉快な目に遭ったり、何らかの失敗をしたり、ストレスを感じた時は、そっとその場を離れることにしていた。
今回も、同じだ。
そっと、この場を離れて、事件が収束した時に、戻ってくればいい。
ストレスを避けるのは、たいていの場合正解だ。
これは、正しい選択だ。
俺は、窓を開けて、窓枠に立った。
幽霊になって姿を消し、空を飛んで、ひとまずはスイス辺りにでも逃げようか。
フランスの国境を越える前に、幽霊から実体に戻り、ヒッチハイクをしてスイスに入国すればいい。
いや、あの国は、確か、国境でパスポートの提示を求められるんだったか……。
なんかそんな気がする。
あの国は永世中立国であり、そして、永世中立国とは、仮に他国から攻め入られたとしても、どこの助けも借りずに自国の力だけで領地を守れるほどの軍隊を有しており、警備も万全で、世界的に有名なスイス銀行もあり、国際機関の本部や支部も多く存在する。
オーストリアやルクセンブルクも避けるべきだろうか。
ベルギーや、スペイン、ドイツに戻ってみるのもいいかもしれない。
俺は、パリの夜景を見下ろした。
俺は、どうして、ここに来たんだっけ……。
そうだ。
この時期のパリは、まだ見たことがなかったからだ。
それにも関わらず、パリ裂きジャックやらなにやら、わけのわからないことに巻き込まれて、俺は、結局、旅行を楽しめずにいる。
なんだか、腹が立ってきた。
あのインターンの刑事やその上司は、俺の鼻先に何やら、手作りの牛丼やカツ丼やら、旅行を続けてもいいだなんだ、交換条件をちらつかせて、俺を協力させようとしてきたが、こうなってしまった以上、どうあがいても、俺は一度、日本に帰国しなければいけない。
旅行を続けてもいいなんて、俺の不法滞在が発覚してしまった以上、そんな上手い方向に話が転がるわけがないだろう。
となると、俺にできることは何か。
これ以上問題を起こさないこと。
そして、生まれ持った魔法という才能で、巻き込まれてしまったこの事件の解決に、貢献することだ。
そうすれば、半年後とはいえなくても、また、いつか、この街に戻ってこれるだろう。
ストレスを溜め込んだ顔をしながらもキチンと俺の下に料理を運んできてくれるウェイター。
感じ悪いが、まだ、街が眠っている時に目を覚まし、上質なパンを焼いてくれるブーランジェリーの店主たち。
呑気に鼻歌を歌いながら自由気ままに歩き周るカップルたち。
過激派たちがどこで何をするともしれないのに、自分たちの不屈の精神と祖国への愛を示すためにあえてカフェのテラス席に座ってみせるような強い意志を見せる人たち。
他にも、この街にはたくさんの魅力がある。
俺は、そんな、一癖も二癖もある、魅力的な仏頂面で溢れたパリの街が大好きだった。
そんな街に、愉快犯は不穏の影を落とした。
戦う理由としては十分だ。
貢献をすれば、あのインターンの刑事やその上司が、何かしらの口利きくらいはしてくれるはずだ。
そう祈ろう。
俺はまだ、秋のパリを楽しみきれていない。
俺はまた、この街に戻ってこなくてはいけない。
俺は、窓枠から降りて、窓を閉め、屋上に向かった。
ローラと話をする。
そのついでに、スコットくんがまだからかわれていたら、助けてやろうじゃないか。
あの子は、俺の高校時代を思い出させてくれる、不愉快な子だった。
次回の投稿は、5/3になります
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5/2は、今までの投稿の編集と添削を行います




