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4日目 15:00〜16:00 昼下がりの屋上

4日目



15:00

先日の早朝に俺を蹴り倒した捜査官は、ローラとだけ名乗った。

俺からひとしきり話を聞いた捜査官は、ペンを置き、頷いた。「銃撃事件に巻き込まれたのをいいことに、パスポートを焼いて、放浪生活を楽しんでいたと」

俺は頷いた。「そういうことです」

俺は、再び、取り調べを受けていた。

昨日の夜、屋上に行くと、ローラ捜査官は、すでに酔っ払っていたので、取調べの練習どころではなかったのだ。

ローラ捜査官は頷いた。「タバコは吸う❓」

「頂きます」

ローラ捜査官は、こちらにタバコの箱を差し出してきた。

ジタンだ。

俺は手を振った。「お構いなく。自分のものがありますので」と言った後で、タバコを全て吸い切ってしまったことを思い出した。「やっぱり、よろしいですか」

ローラ捜査官は笑った。

俺はタバコを一本いただき、口に咥えた。

人差し指の先から火を伸ばし、タバコの先に火をつける。

ローラ捜査官も、同じように、人差し指の先から火を起こし、自分のタバコに火をつけた。彼女は、煙を吐き、ノートを開いてペンを取った。「さらにいくつか聞かせてほしい。まず、なぜ、それをこの場で言ったのかしら」

「それは、それが本当のことだからです」

「こちらが誰かということは、すでに明かしています。その上で、そんな黒寄りのグレーな理由を話すなんて、正気かしら。過激派組織の一員や、それに準ずる不審人物だと勘違いされる恐れもあると言うのに。わたしなら、スリにすられた、とでも言うわ」

俺は首を横に振った。「あなたは私ではありませんし、私はそういった重要なことで虚偽の証言を突き通せるほど嘘が上手いわけじゃないし、そのような行為が勇敢さや度胸ではなく愚かさを示し、のちに更なる誤解を招くものだということも理解している」

「銃撃事件の現場で悪知恵を働かせる余裕があるということを聞かされた後じゃ、そんなことは信じられないわね」

「あの時の心情を上手く言葉にすることはできないが、妙に冷静だったんだ」

ローラ捜査官は頷いた。「従軍の経験は❓」

「我が国に軍隊はありません。あるのは国防を目的とした自衛隊のみです」

「そう。それで、そこに所属したことは❓」

「ありません」

「そう。どこかの国の外人部隊に所属したことは❓」

「ありません」

「警察などの治安維持部隊に所属したことは❓」

「ありません。18の頃まで、日本で勉学を納め、去年、初めてヨーロッパに来ました。スウェーデンから」

「なぜスウェーデンを選んだのかしら❓」

「北欧です。世界中の人が一度は憧れる。メディアに触れていればね」

「あら、フランスやイタリアも負けてないわ」

「……美女に弱くて」

ローラ捜査官は、眉をひそめた。まるで、フランスの女性は美しくないかのようなものいいね、と。「……もちろん、フランスの女性も美しい。ただ、スウェーデンの方が興味を惹かれた。女性だけでなく、街並みも、雰囲気も、全てに惹かれた。感性の相性ですね。北欧のヴェネツィア。子供の頃からなぜか惹かれていました。映画とかで見て、一度は行きたいなって」

「あの国の映画はわたしも好きよ」

「フランスの映画も好きです。イタリアの映画も、イギリスのも。でも、惹かれたのはスウェーデンでした」

「そう。アクションは好き❓」

「映画を見る際にジャンルで決めたりはしません。テレビや映画館で、予告編を見て、面白そうだなって思ったものを見ます。アクションも、ミステリーも、スリラーも、ホラーも、コメディも、ロマンスも」

「銃を撃つことに憧れは❓」

「ありました。中学生の頃は、よく、クラスや電車が占拠されて、犯人たちを1人で倒す妄想をしていました」

「ヒーロー願望あり、と」ローラ捜査官は、笑いを堪えていた。「男の子ってそう言うものなのかしら」

「私はそうでした」

「そんな硬い口調はやめてくれていいわ。あなたには似合わない」

「いいの❓ それじゃ、お言葉に甘えます」

ローラ捜査官は、声を上げて笑った。

「いや、硬い口調は肩が凝るね、そう言ってくれて助かったよ」

「わたしも19歳」

「ウッソ、同い年❓ やっぱりフランスの女性は大人びてるね」

「インターンなの」

「そうなんだ」

「で、話戻るんだけど、あなた何者❓」

「何者って❓」

「普通の感性じゃないわね。訓練を受けてるわけじゃないし。書類によれば、犯罪歴なし。学生時代にカウンセリングを受けているわね。その際も、危険な兆候はなし、人格面も異常なし……、交友関係は広くないようだけど、そちらも真っ白で問題なし。ホントかよって感じね」

「精神面でも、問題はないと思う。以前、精神科に行ったことがあるけど、精神病棟に送られたりはしなかった」

「今、パリで何が起こってるかわかってる❓」

「わからない」

ローラ捜査官は、俺の前にファイルを置いた。

新聞のスクラップを集めたものだ。

そこには、フランス語でこう書かれていた。

パリの切り裂きジャック。

「ブランジェリーのオーナーは、こんなこと言ってなかった」

「何ですって❓」

「サイレンがうるさいから、訊ねたんだ。何か事件かって。事件が起こってるんじゃないか❓ 起こってない、バッチリ起こってるじゃないか」俺は新聞を叩いた。「フランス人は捻くれ者だな」

「フランス語を話せる人には優しいわよ」

「だからきみは優しいんだな。俺のフランス語を聞き取れるから」俺は、海外ドラマでよく見るように、チョキをチョキチョキして、愛国心故に意地悪に振る舞おうとする世界中のフランス人たちを皮肉った。「ゴシップは嫌いなんだ。殺人を娯楽にしようとする感性が受け付けない」

ローラ捜査官は、俺の目を見据えた。

俺を観察しているのは当然として、それと同時に何かを考えているようだった。

俺は、スクラップを見ることにした。

タバコを吸い、身を乗り出して、ファイルに目を通す。

被害者は5人。

年齢層は17から70。

性別も職業もバラバラ。

犯行現場も、路地裏から大通りまで、規則性がない。

共通しているのは、パリで起こっているということと、犯行時刻は夕方から明け方にかけてということだけ。

狂気は鋭利な刃物。

抵抗した痕跡は無し。

睡眠薬などは検出されなかった。

「この、血液検査の結果なんかが報道されるのは、フランスでは普通なのか❓」

ローラ捜査官は頷いた。「全ての事件で報道されるわけではないけど、まちまちね。日本は違うの❓」

「いや、知らない。捜査情報の漏洩にあたるんじゃないかと思ったんだ」

「わたしたちの中に犯人がいると思う❓」

「わからないよ。俺にはその手の知識もスキルもない。ただ、きみと同じで魔法が使えるってだけだ」

「わたしと、わたしの上司で共通している意見は、この事件の犯人も、魔法を使えるってこと」

「精神干渉だな」

ローラ捜査官は頷いた。「血液から検出されない睡眠薬はある。だから、医学生や医者などの調査は、他の人たちがやってくれている。わたしは、この事件の犯人が魔法使いであるという線で捜査を進めろと命令された」

「犯人像は若いのか❓ 医学生って言葉が、医者よりも先にきみの口から出てきた」

「いや、ただ、この間まで医学生と付き合ってたからじゃないかしら。犯人像は、幽霊の魔術を扱う魔法使いか、医学の分野に精通したもの」

そういった、捜査に関することを俺に話すと言うことは、どういうことか。「俺に手伝って欲しいのかな」

「ボディガードとして、そばにいて欲しい。パートナーが1人いるけど、その人も女性だから。男性が1人いるといないとじゃ、また違うし」

「きみなら、俺がいなくても大丈夫そうだけどな」

「そうなんだけどね」

「いい蹴りだった」

ローラは、からかうようにチョキをチョキチョキして、自分で笑い声を上げた。

俺は、愛想笑いをしながら、短くなったタバコを最後にもう一吸いして、灰皿に捨てた。

ローラも、タバコを灰皿に捨てた。

「見返りが欲しいな」俺は言った。

「釈放するわ」ローラは、タバコの箱を俺の前に滑らせた。「貢献の度合いに関わらず、事件が収束したり、状況が変わったら、以前の放浪生活を続けていい。大使館には、やっぱり人違いでしたって言っておく」

「君にその権限はあるのか?」

「あろうとなかろうと、現在あなたが交渉する余地のある相手は、わたしだけだと思わない❓」

俺は頷いた。「悪くないね。俺はまだ気軽な旅行を続けたい」俺は、タバコを一本取り、タバコの箱をローラの前に返した。「悪くないけど、やっぱり、パスポートがないって言うのは不便だ」

「偽造パスポートは渡せないわ」

「じゃあ、パリ市内のアパルトマンをきみの名義で借りてくれ。家賃は払う。それか、特別ビザとなんらかの身分証」

「ダメ」

「毎日シャワーを浴びたいんだ」

「捜査に協力してくれている間は、部屋を与えてもいいわ」

「現場、きみの権限で俺に与えられる見返りは❓」

ローラはパリジャンヌ式に肩を竦めた。「インターンに出来ることは限られているわ。それに、わたしには、あなたが何を求めているのかがわからない」

「わからないフリをしているなマドモワゼル。わかった。それなら、ずっと君たちに貢献し続けるっていうのはどうかな」

「ずっと❓」

「インターポールだろ。インターポールのインターンの身分証を俺にもくれ」

ローラは、少し考え、肩を竦めた。その顔は、なぜか、どこか嬉しそうだった。「偽造パスポート以上に、そっちの方が無理ね」

「じゃあ、考えとく」

「オッケー」

「俺は白かな」

「白寄りのグレーね」

俺は身を乗り出し、ローラに右手を差し出した。

ローラは、顔をしかめた。

俺は、テーブルの上にあったタオルで手を拭き、再び右手を差し出した。

ローラは、俺の右手を握り返してくれた。

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