3日目 6:00〜7:00 ローラとローストビーフサンドとコーヒーとタバコとセーヌ川と学生時代の思い出
6:00
ローラは、先日ハリエットが教えてくれたブーランジェリーに入り、コーヒーとフルサイズのバゲットサンドを買うと、再び、セーヌ川沿いの、いつものベンチにいた。
具はローストビーフ。
量は3倍にした。
ローラは、重要参考人の部屋にいた魔法使いの日本人の青年を取調室に送り込んだばかりで、達成感によるアドレナリンに酔っていた。
イタリア人女性は、魔法使いではなくただの人間であり、ポリグラフと心理分析官立ち合いのもと、いくつかの質疑応答を通じて後ろめたいこともないということを確認できた。
そのまま旅行を続けられると思うと伝え、そのまま、日本人青年とは別の取調室で待機してもらった。
彼女は、パリを観光し尽くした後はドイツに行くつもりだと言っていたが、気まぐれな人柄だったので、実際のところ、彼女がどこに行くかはわからなかったが、多分、言葉の通りドイツに行くんじゃないだろうか。
女性からは気まぐれな人柄と同時に、知性を感じ取ることもできた。
知性的な者は常に何かを考えているため、ただでさえ気まぐれそうな彼女の行動を予想しようと思えば、常にポリグラフに繋いでおくくらいしかできることはなかった。
とりあえず、免許証とパスポート、車のナンバーは控えさせていただいたので、あのイタリア人の女性がどこに行こうと、追跡できた。
あのイタリア人女性に関してはこれ以上心配する必要はなく、既に興味もなかった。
日本人の方はそうはいかない。
魔法が使えるだけでなく、こちらに、魔法で生み出した銃を向けた。
その上、パスポートも持っていない。
そして、常に、魔法で心にバリアーを張っていた上に、常に、彼は彼自身の右上を見上げて話していたので、心理学の知識を持ってしても、彼が本当のことを言っているのか嘘を言っているのか、判断がつかなかった。
サンドウィッチを口に頬張り、ムシャムシャと食べ、胃に収め、コーヒーを啜る。
これで自分は、正規の刑事になれるだろうか。
階級は警視あたりから始まるかもしれない。
ローラは、ニヤニヤしながら、セーヌ川の流れを見つめていた。
別に刑事になりたいわけじゃない。
安定した収入と社会的な地位がある仕事ならなんだって良いのだ。
ローラはパリ出身で、高校の頃からのライバルであるオレリーはヌーヴェル・アキテーヌの田舎町出身だった。
オレリーは、勉強も運動も魔法の扱いも男性からの人気も、常に、ローラよりも上だった。
中学までは誰よりも勉強や運動や魔法の扱いが上手で、男性からもモテモテだったローラにとって、それは許しがたい事実だった。
何が許せないかといったら、それはオレリーではなく、自分自身だった。
自分は常に一番でいなくては気が済まないのだ。
オレリーの足を引っ張るような真似をしたことは一度もなかった。
取り巻きは、自分の中にあるオレリーへの対抗心を知ると、勝手にあいつのモチベーションを下げようと、あれこれ、姑息なことをしては、ローラがそれを喜ぶと勘違いして、報告をしてきたりした。
オレリーへの対抗心を基に自己研鑽を行ったローラと違い、取り巻きたちはローラの持つオレリーへの対抗心をネガティブな方向に解釈したのだ。
なぜ自分がいつも取り巻きの中心にいられたのか、なぜ取り巻きたちは自分に対してへりくだるような、卑屈な態度を取っていたのか、なぜ自分がこいつらと一緒にいるといつもイラついてしょうがないのか、それに気づいたローラは、そういった類の連中とは二度と口を利かないようになった。
気がつけば、自分の周りには、以前までの人間関係は一つ残らず消えており、いつの間にか、自分が対抗心を燃やしていたライバルであるはずのオレリーがそばにいた。
振り返れば、オレリーはいつも1人でいた。
いつも1人で何かをしており、自分の取り巻きだった連中によるありとあらゆる姑息な妨害を鼻歌交じりに乗り越え、自分に向けられる負の感情を鼻先で笑い飛ばし、ダンスでもしているかのように清々しい爽やかな笑顔を浮かべ、楽しそうに過ごす一方で、裏では並々ならぬ自分磨きをして、日々を過ごしていたのだ。
ローラは、高校の時点で、自分が関わる人間の内面に目を向け、人間関係を選別することを身につけたが、オレリーは同じことを小学生の時点でやっていたらしい。
関わりたいと思った人間に出会えるまでは、1人でも構わない。
ローラは、そんな自由なオレリーを魅力的に思い、そんなオレリーに憧れていたのだ。
自分が今まで一緒にいた、お互いに相手に利用価値を見出した上で築いていた、大勢の中身のないハリボテたちとの人間関係よりも、オレリーというたった1人の人間と一緒にいる方が、ローラは楽しかったし、モチベーションを保つこともできた。
心の中の汚れが、洗われ、心や体が軽くなるようだった。
なぜ自分は孤独でいることを恐れていたのだろう、そう思うようになってからは、嫉妬や僻みなどの負の感情にとらわれたものたちと共に過ごし、心が汚れ、人に僻み嫉妬するようになってしまうことこそを、ローラは恐れるようになった。
ローラは、わずらわしい人間関係から解放され、それらに使っていた時間を、勉強と運動とスキルアップという、有意義なものに注いだ。
かつてのライバルであり、今では親友でもあるオレリーは常に、ライバルであり、友人であった。
ローラとオレリーは、高校をパリ大学に満点近い点数で入り、それぞれが興味を持てる科目を受講した。
2人は、意図せずして、同じ道を歩むこととなり、競い合い、高め合う機会に恵まれた。
大学では、さまざまな人間性を持つ者たちと出会ったが、新しくできた友人は、あまり多くはなかった。
大学にいる者たちは、人間的に成熟した者たちばかりで、ほとんどが興味深い者たちで、関心を示し、理解のための時間を作る意義を感じられる者たちばかりだった。
ほとんどに好感を持つことができたが、大事なプライベートの時間を一緒に過ごしたいかと言われると、微妙な気がした。
新しい友人たちは、いずれも、孤独な時間を楽しむことができる者たちであり、それ故に、話の合う、気の合う者たちばかりだった。
小中を飛び級で卒業したローラとオレリーは、高校も飛び級で卒業し、なんの偶然か、2人とも15で大学に入り、大学を3年で卒業し、そして、インターン先に向かうこととなった。
自分はパリの警視庁。
オレリーは、自分と同じくパリの警視庁に入った上に、国際犯罪科に配属され、いわゆるインターポールとして活動し、少し前には南アフリカでの仕事を終え、今はノルウェーにいるらしい。
まだ敵わない。
それでも、いつか追いつき、肩を並べ、追い抜いて見せる。
ローラは、コーヒーを啜り、朝食を終えると、パリ警視庁庁舎に向かった。