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1日目 3:00〜7:00 パリへと続く幹線道路の上で

深夜3時

日本人旅行者のケントは、親切なイタリア人旅行者パオラと共に、パリに向かっている。

1日目



3:00

幹線道路の上方10mくらいの場所には、パリの街が近づいていることを示す標識があった。

つい先日までは長年の憧れの地だったあの街も、今となっては数ヶ月ぶりに訪れる故郷のようなものだ。

「ーーありがとう、本当に助かったよ」俺は言った。

運転席では、トリノからここまでの長い道のりを共にしたイタリア人女性、パオラがハンドルを握っている。

はちみつ色の目に、真っ黒な髪、顔は小さく、輪郭は柔らかく、その笑顔もまた柔らかい。

160cmほどの身長、ほっそりとした体型。

俺とパオラは、3時間毎に運転を代わりながら、2週間かけて、ここまでの道を共にしてきた。

初秋の西欧は、昼頃は暖かく、天気も良くて過ごしやすい。

途中、南フランスの街を観光したりと、この2週間はとても楽しいものだった。

車は、コンバーチブルのミニクーパー。

ルーフは収納している。

顔を撫でる初秋の風が、冷たいながらも心地よかった。

トランクや後部座席には、キャンプ用品やパオラの着替え、ミニ冷蔵庫などが積まれている。

ちょうどタイミングよく、彼女はヨーロッパ一周旅行に行くところだったらしい。

幹線道路沿いでヒッチハイクをしていた俺の親指に、彼女が停まってくれたのが馴れ初めだ。

パオラは頷いた。「話し相手ができて良かったわ」

「インスタの更新楽しみにしてるよ」

「その前に、タブレットかスマホ買わないとね」

俺は頷いた。

現在、俺の荷物はナップサック一つで、その中にはスマートフォンなどといった文明の利器は入っていなかった。

ナップサックの中には、歯ブラシや髭剃り、着替えが1セット、タオル、ボディケア用品、お気に入りのハードカバーの本が一冊、それだけだった。

もちろん、それ以外にも持ち物はある。

ポケットには、財布、サングラス、タバコとライターが入っている。

俺はタバコを咥えた。

ジッポーライターでタバコの先に火をつけ、煙を吐く。

俺はタバコをつまみ、同じく喫煙者であるパオラの口に咥えさせた。

「ありがと」パオラは、ハンドルから両手を離さずに、鼻の穴から2本の煙を吐いた。こういう上品なところも、彼女の魅力だった。「エナジードリンクとってもらえる❓」

「ビールもらっていいか❓」俺が次にハンドルを握るまで、まだ2時間半以上あった。

瓶ビール一本分のアルコールくらいなら分解できる。

パオラは頷いた。

俺は、後部座席に身を乗り出し、600mlサイズのエナジードリンクと、イタリア産の瓶ビールと、ナッツを取った。

エナジードリンクを開けてパオラに渡し、ダッシュボードからスイス製の万能ナイフを取り出し、栓抜きでイタリア産瓶ビールを開ける。

半日ぶりの食事だった。

「パリまであと2時間ってところね」パオラは言った。

「パリに着いたら食事をしよう」俺は瓶ビールを飲んだ。

「奢ってくれる❓」

俺は、瓶に口をつけながら頷いた。




6:00

車をパーキングスペースに駐車し、半日ぶりに、地に足をつけ、背筋を伸ばす。

俺たちは、早速街を歩くことにした。

夜明け前のパリは静かだ。

18世紀の頃からそこにありそうな街灯は、当時から変わらないその柔らかな灯りで、21世紀のパリの街を照らしていた。

早朝の空気は新鮮で、肺いっぱいに吸い込めば、ニコチンとタールで真っ黒になった肺が洗われるようだ。

パオラは白く凍った息を吐いた。「前から来たかった」

「自慢じゃないけど、俺は何度かここに来てる」

「ほんと❓」

「ああ、庭みたいなものさ。案内するよ。チェックしといた店とかある❓」

パオラは頷いた。「カルチェラタンにある有名なカフェなんだけど」

「あ、そこは知らない……」

「あっそ」パオラの方から鼻を鳴らす音が聴こえてきた気がしたが、ひょっとすると、エナジードリンクの炭酸が抜けただけかもしれない。

なんだか申し訳ない気持ちになった。

こんなことなら見栄を張るんじゃなかった。

彼女に案内されてたどり着いた先は、大通りを曲がった路地裏の先にある、なんてことのないブーランジェリーだった。

焼き立てのパンの香り。

ここは早朝の5時からやっているらしい。

ガラスケースの中には、木のカゴに収まったクロワッサンや、サンドウィッチ、菓子パン、惣菜パン、ピザなどがあった。

このエリアは学生の街とも呼ばれているようで、その名の通り、通りを行き交う人々の年齢層は比較的若かった。

「そういえばパオラ、きみ何歳だっけ」

パオラは笑った。「ようやくその質問❓」

「女性に歳を訊くのは失礼だと思ってね」

「22よ」

「俺は19」

パオラはバゲットサンドとクロワッサン、俺はベジタブルピザとクロワッサンを注文した。

店内にはテーブルが4つ、店の面にはテーブルが2つ置かれている。

俺たちは、店内の窓際の席に腰掛けた。

季節は初秋へと移り変わり、早朝は冬のように寒かった。

俺は、コーヒーを啜った。「学校には去年から行ってない」

パオラは、クロワッサンをちぎり、コーヒーに浸した。「パスポート無くしたなら、大使館に連絡を取らないと」

「そうなんだけどね……。ーー」俺は、ピザの先をかじった。


ヨーロッパにやってきたのは高校3年の初秋、つまりはもう、一年前のことになる。

俺は既に、卒業に必要な単位を全て取っていた。

大学受験まで時間のあった俺は、幼い頃からの憧れだったヨーロッパへ旅行することにした。

退屈な学生生活。

話し相手はいたが、一緒にいて楽しいと思える相手はいなかった。

幼い頃から、自分はどこか違うと感じていた。

勉強もスポーツも、人並み以上にこなせた。

得意科目を訊かれた際は、成績表を基にして答えることにしていた。

国語、スピーキング、倫理哲学、歴史、美術、音楽。

俺は人に興味があったが、周囲の人に興味を持つことができなかった。

小学生の頃は色々と悩んでいた。

中学生になると、自分が周囲に興味を持てないのは、周りにいるのがつまらない人間ばかりだからだと思うようになった。

高校生になると、孤独から生まれる胸の痛みに苦しむようになったが、それを紛らわせるために、退屈な人たちと退屈なアニメや、お笑いや、ライトノベルの話をするのが辛かった。

アニメも、お笑いも、ライトノベルも、好きだった。

だが、わざわざ人と顔を突き合わせて、それらについての話をしなくてはいけない理由がわからなかったし、キャラの技を真似して、《おらぁ、ぐわぁ、キンキンキン、防いだ、防いでない》をすることの何が面白いのか、さっぱりわからなかった。

それで笑える人たちの気持ちがさっぱりわからなかった。

え❓ お前、それ、ほんとに面白いの❓ って感じだった。

だから、俺は、相手がつまらないエンターテインメントの話を始めたら、笑うのが礼儀なのだと思った。

俺は、作り笑いが上手いタイプではなかった。

人と繋がりを作ろうと思い、失敗し、憎まれることについて、俺はいつしか、耐えられなくなっていた。

当時の俺は、学校にいるに相応しくないということはないが、言葉を交わす相手に対して歩み寄る姿勢を示すことができない以上は、その場にいる人間と関わることについてだけは相応しくないと思った。

ヨーロッパに行きたいという気持ちは本物だった。

だが、そこには、俺にとっての退屈な現実である地元での生活から逃れたいという気持ちもあったんじゃないかと、今なら思える。

ある種の現実逃避だったのだ。

そして、俺は、去年の9月、スウェーデンからヨーロッパ旅行を始めた。

期間は90日。

初めのうちは、これっぽっちも旅行を楽しむことができなかった。

俺は、出会う先々で、無自覚な無礼を働いていたのだ。

70日が経った。

その間に出会った人々との思い出は、俺が人間関係において何を求めているのかということと、人と繋がることの喜びに気づかせてくれた。

70日の間に経験した、数々の出会いと別れは、楽しいばかりではなかった。

だが、友達を作る上で俺に足りないものが何かを学ばせてくれる良い教科書になった。

初めの2ヶ月の間に出会った人々との出会いを、その後の関係に発展させられなかったことに関して、俺は、どうしようもなく、悲しくなり、胸が締めつけられ、堪えきれずに、トイレに駆け込み、1人で泣いたものだった。



長かったようで短かった旅行も残り2週間という頃。

ようやく、旅行が楽しくなってきたところだった。

俺はドイツの主要都市で銃撃事件の現場に居合わせた。

ランチの時間に、カフェでコーヒーとザッハトルテを楽しみながら、次はスペインにでも行こうかと、ぼんやり考えていた。

突然、数百メートル先、通りの角を曲がったところで、轟音が鳴り響いた。

そちらを見ると、人々が悲鳴を上げ、逃げ惑っている。

はじめは何が起こったのかわからなかった。

牛追い祭りが開催され、加えて、トマト投げ祭りも同時に行われているのではないかと思ったが、必死の形相で同じ方向に駆けている人々を見て、俺は、訪れたこともない地中海沿いの、心地よい日差しの差し込むビーチから、現実に引き戻された。

人々が同じ方向に逃げ惑う様は、怒り狂う牛から逃げ惑うようで、人々の手や顔や衣服には赤い液体がついていた。

俺は、コーヒーを飲み、タバコを吸いながら、その光景を眺めていた。

ひょっとしてテロか? と、一瞬ドキッとしたが、まさかな、と、自分を励ますようにほくそ笑みながら、肩を竦めた。

ないない。

爆竹が弾けるような音が聴こえてもなお、俺は、その状況を正しく認識していなかった。

俺は、タバコを吸いながら、立ち上がり、人々が走ってきた方向を見て、人々が走り去っていく方向を見た。

ただごとじゃないと気づいたのは、人々が走ってきた方向を二度見した時。

そこには、血塗れで倒れる人がいた。



俺は、魔法使いたちの学園で、大学の受験科目に加えて、魔法を学んでいた。

魔法で危機を回避する方法は、ケース毎に五万とある。

地球上の総人口が7億にも及ぶ魔法使いたちは、世界中に点在しており、人間と変わらない、平凡な生活を送っている。

魔法使いは、その名の通り魔法を使うことができるし、人間の限界を超えた身体能力を誇るが、中身の方は、あくまでもただの人間なのだ。

魔法使いたちは、警察や軍隊などの治安維持部隊にも、当然所属している。

けが人を助けるために、そちらに駆け寄る必要などなかった。

だが、俺にならできたし、周囲を見渡した感じだと、俺にしかできなさそうだと思った。

俺は、自分の体に魔法をかけた。

体を、肉体組織から幽体組織、つまりは幽霊に変える。

こうすることで、普通の人間が幽霊を認識できないように、犯人たちも俺を認識できないようになる。

俺は、物理法則や人間の知覚から逃れ、安全を確保した上で、けが人に近づいた。

通りの状況は酷かった。

様々な状態で横たわっている人々。

銃弾によって砕かれたアパートの外壁。

黒い服を身にまとい、覆面をしている、3人の人影。

おそらくは男だ。

銃を持っている。

連中は、周囲の建物や、逃げ惑う人々に向けて引き金を引いていた。

犯人は、間違いなく人間だった。

魔法使いなら、あんな方法で人や街を攻撃したりはしない。

俺は、連中の後頭部の辺りに意識を集中させた。

魔法を扱う際は、英語で言うところの5W1Hが非常に重要になる。

そして、これは慣れてしまえば大きな問題にはならないが、いかに魔法の扱いに意識を割けるかということも重要だ。

銃を持っている人間が視界におり、集中が解けた瞬間に自分の肉体にかけている魔法が解け、連中に見つかり銃口を向けられてしまうこの状況。

魔法使いにとって、使い慣れた魔法を扱うことは、普通の人間が手足を使って道を歩くようなものだが、俺は、人を攻撃するために魔法を使ったことは、あまりなかった。

連中の動きは機敏だったが、同時にスローモーションのようにも見えた。

視覚を通じて、異なる二つの感覚が、同時に脳に伝わる、奇妙な感覚。

サッカーやバスケをプレイしているときに、フロー状態に入った状態に似ていた。

魔法の発動にかかる時間は、永遠のように感じられたが、実際のところ0.5秒もかからなかった。

俺が意識を向けた連中の後頭部、そこから、鉄球を模した魔力が放出され、連中の後頭部を叩いた。

銃声が止んだ。

連中は、路上に崩れ落ちた。

とどめを刺すべきだろうか、などと思った。

次の瞬間には、それが何を意味するかということに気づいた。

すぐそばに横たわる怪我人や、周囲に広がる悲劇の傷痕。

俺にこんなことはできない……。

俺は、アドレナリンに惑わされていた自分を鼻で笑い、自分を正気に戻した。

俺は幽霊になったまま、手の平だけを肉体組織に戻し、けが人に触れ、魔力を注いだ。

細胞に魔力を注ぎ込み、自己免疫能力と自己回復力を向上させる。

これで、治安維持部隊がやってくるまでは持つだろう。

それにしても、連中は一体どこで何をしているんだ……、そんなことを思った数秒後、パトカーが鳴り響いた。

俺はすぐにその場を離れようとした。

ホテルに帰り、シャワーを浴びて、残り2週間の旅行を楽しむのだ。

そのとき、俺は気がついた。

2週間?

俺は、11週間前、初めてのヨーロッパに心を弾ませていたときのことを思い出した。

2週間か……。

この11週間は、とても楽しかった。

俺は、少しばかりの躊躇の後、パスポートを取り出し、火をつけ、捨てた。

これで、俺は幽霊だ。

旅行を続けられる。

翌日、バイエルン州の田舎町、そのカフェでコーヒーとチュロスを食べながら読んだ新聞には、俺の名前が載っていた。

行方不明。

当然だ。

俺は生きているのだから、死亡が確認されたりはしない。

その時点で、俺は宿泊施設や、市内用を除いた公共交通機関を使うことができなくなっていた。

移動は、もっぱらヒッチハイクだった。

国境を越える時点でパスポートの提示を求められなかったのは幸いだった。

ネットで知り合った人や、ヒッチハイクで俺を拾ってくれた相手の車や家に泊めてもらった。

中には、2、3日から1ヶ月ほど俺を泊めてくれる人もおり、俺はお礼にベビーシッターをしたり、家事を手伝ったりした。

みんな、俺のことを笑顔で迎え入れてくれた。

みんな、俺が家を離れる時、ラップに包んだサンドウィッチや、大使館までの交通費や旅費と称して、幾らかのお金をくれた。

一度、寒空の下、教会のそばで物乞いをしてみたが、俺にはどうやらその手の才能はなかったようで、3時間同じポーズで凍えるような思いをして手に入ったのは、たったの3ユーロだった。

それでも十分にありがたかったし、人の親切が身に染みた。

加えて、惨めさも十分に味わった。

俺が物乞いをすることは2度となかった。



「ーー冒険気分が癖になっちゃって」

「何度聞いても、倫理観や常識が問われる話ね」

俺は肩を竦めた。

「余裕がなくなったら、いつでも大使館に逃げ込みなさいな」

「リンゴやサンドウィッチを1つ食べれば1日持つくらいには胃が小さくなったし、ポケットには840ユーロある。しばらくは、冒険を続けるよ」

「いいんじゃない❓」

俺は頷いた。「シャワーを浴びたいな」

「宿は3日分取ってあるから、いつでも浴びれるわよ」

「助かる。2日分出すよ」

「助かるわ」

俺は、パオラに50ユーロを渡した。

パオラは、50ユーロを受け取ってくれた。

俺はパオラに微笑んだ。「きみも十分に俺を助けてくれた。グラッツェ」

「ジュ・ヴゾンプリ」

「フランス語話せるんだ❓」

パオラは肩を竦めた。「少しね」

俺は、背もたれに体を預けた。「こういう、なんてことのない路地裏を歩くのが好きなんだ。ワクワクする」

「ネズミみたいね」

俺は肩を竦めた。「それならレストランに潜り込んでラタトゥイユを作るさ。影の大物シェフとして雑誌の表紙を飾ってやる」

パオラは笑った。

彼女は、窓の外を一瞥すると、そちらを顎でしゃくった。「ほら。あなたを探しに来たみたいよ」

パオラが顎で示した先を見ると、2人組の警察官が歩いていた。「今は人間に化けてるから、彼らも気付かないと思う」俺はコーヒーを啜った。「ネズミよりもネコがいいな。もしもネズミになったら、大好きなネコに怯えなくちゃいけない。その点、ネコになっちゃえば、大好きなネコといつも一緒にいられるんだ」

パオラは首を傾げた。「でも、ネコってみんな1人が好きってタイプじゃない❓ ケントがネコを好きなのは、人間だからじゃないかしら。ネコになったら、ネコを鬱陶しく思うかも」

「ネコ同士で仲良くやってるネコもいるさ。たまに見るだろ。2匹のネコが身を寄せ合ってお行儀良く座ってるところ」

パオラは優しい笑顔を浮かべた。

「あいつらがお互いを見る目ときたら、イギリスとフランスの国交を良好に保つために政略結婚させられてから今年で50年目の記念日ですがなにか❓ って感じだ」

パオラは楽しそうに笑った。「歴史には詳しくないわ」

「俺もさ」

パオラは笑った。「路地裏が好きなら、ヴェネツィアは天国ね」

俺は頷いた。「最高だった」

「わたしも何度も行ったわ。電車でね」

「きみの大好きな車じゃあの街には入れないもんな」

「本当に残念……。フェリーがあれば自由に行けるから、今度行くときは免許取ろうかなって」

「良いじゃないか」

その時、すぐそこの大通りを、サイレンの音が通り過ぎた。

「……なんだか、騒がしすぎないかな」

「どうしたのかしらね」パオラは、席を立ち、店主の男性に声をかけ、少し話をした後、新聞と灰皿を持ってこちらにやってきた。席に腰を下ろすなり、タバコを口に咥え、その先に火をつけ、新聞を広げるパオラ。

俺もまた、タバコを口に咥え、火をつける。

パオラは煙を吐いた。「彼が言うには、事件らしい事件はないみたい。フランス語読める❓」

「少し」

「翻訳するわね」パオラは新聞を開いた。「テロじゃないみたい。殺人事件の記事もないし、平和ね……。おかしい。カウンターの向こうの彼も、いつもは2、3日に1回サイレンを聴くくらいなのに、昨日も今日も、1日に何度もパトカーのサイレンを聴いてるって言ってた」

「新聞に載っていないってことは、市民を混乱させたくないってことかな」

「こんだけサイレンが鳴り響いてて、なおかつ報道をしないなんて、市民が勘ぐるだけじゃないの」

俺は、少し考えて、肩を竦めた。「まあ、考えたってしょうがないね」

パオラも肩を竦めた。「そうね」

俺は、クロワッサンを口に押し込み、コーヒーで流し込んだ。「パオラ。こんなこと言うのは図々しいとはわかってるんだけど。そろそろシャワーを浴びたいんだ。最後に浴びたのは4日前で」

パオラは頷いた。「そうね。わたしも少し疲れちゃった。シャワー浴びて、ちょっと眠りたい」

「俺はソファで、きみはベッドだ」

「気を使わなくていいわ。あなたは宿泊費を2日分支払ってくれたんだし、食事だって交互に奢りあってたんだし、あなたもベッドで眠ればいい」

俺はパオラを見た。

パオラは、そっけないそぶりを見せながらも、暖かく微笑んだ。「夜の街を歩くのが好きなの。ボディガードになってくれる❓」

「喜んで」

一方、その頃ロンドンでは〜


イギリス人の男の子、スコットくん(16歳)は、初デートで気合を入れているようです。

なんと初デートはパリ。

わくわくしますね。


一方その頃、カナダ人の女の子、リサちゃん(13歳)は、フライトを終えたばかり。

久しぶりに来たイギリスだと言うのに、観光する間も無く、2ヶ月ぶりに顔を合わせる友達のスコットくんと共にパリに行かなくてはいけません。

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