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2、彼女の声

 昼食時の事だ。親方と顔をあわすなり、いきなりどやされた。どうやら街が管理している無線の通信記録に、俺が公共の電波を使っていたログがあったらしく、それで街のラジオ局から苦情の電話が来ていたというのだ。うっかりしていた。昨晩俺がつかった帯域は解放された物では無く、組合が所有する物で、いくら下火になったとはいえ、無線で公共の電波を使うことは固く禁じられていたからだ。昨日は何事もなかったから良かった物の、大規模な災害や事故などがあった場合、色々と支障をきたすからで、自分でもそれを承知で……いや、正直にいうと、彼女と話している間、そんなことは忘れていた。それほど多く話した訳ではなかったが、彼女との会話が楽しくて、そこが使ってはいけない帯域だった事が完全に頭から抜けていたのだ。しょんぼりした俺を耳兼ねてか、おかみさんが大きな目で、ウィンクをしてこれでも食べて元気を出しなさいとばかりに、俺のミートボールパスタに肉団子を一個サービスしてくれた。このミートボールパスタの肉団子であるが、普段は3つまでと決められているのだが、なかなか大きく、肉団子一つが大きめのハンバーグほどの量を使った肉の塊である。ミートボールパスタというより、肉団子パスタ添えと言っていいほど、メインは肉だ。でかいにはでかいが、トマトソースの味付けが抜群にいいので、いくらでも食べられる。崩してパスタに絡めてもよし、単品で食べてもよしのこの万能かつ、栄養満点の最強食材が今、目の前に四つあるのだ。これには意気消沈していた俺もテンションがあがる。と、昨日の彼女の会話が頭をよぎった。しかられた事はしかたないとして、どうやら彼女が言うとおり俺も祝福されたというか、幸運が訪れたわけだ。それにしても、彼女は今、どうしているのだろうか。あれだけ咳をしていたのだ、あまり体が丈夫では無いことはそれだけでわかったし、何となく寂しそうに呼びかけていた声がどうにも耳から離れなくて、もう一度彼女と話したいと思っていた。

 部屋についたのは、夜の十時にさしかかる少し前だった。俺はいつもの通り肉とトマトのスープを机の上に置くと、ラジオのチューナーをいつもよりゆっくりと回した。思い返してみると、上手く無線の事を説明できた気がしなくて、もしかしたら彼女がまた、公共の帯域をつかっていたらもう一度、説明し直さなければ。そう思ったからだ。ニュースの周波数から音楽番組がやっている周波数まで滞りなくメーターが進んでしまうと、俺はなんだか少し残念な気持ちになった。ラジオから流れる軽快なジャズを聴きながら、パンを咥える。床に落ちた花火の設計図を机に広げ、火薬のレイアウトを考えながら、一口スープをすすった。爆発したときに何色の火花がどのように広がるのかを想像しつつ、小さな丸を書き込んでいく。春先にやった花火大会ではいまいち上手く花火を作ることは出来なかったが、それでも、町中の人がとても喜んでくれた。だけど、いつまでも素人気分ではいられない。夏の終わりの花火大会ではもっと上等なやつを見せたい。もっと喜ぶ顔が見たい、そう思いながら色々と思案している最中だ。

 設計が一段落して疲れた目を休ませようと夜空を見あげた。今日も月が煌々と輝いている。俺がもう少し上等な花火を作れるようになったら出来れば彼女にも見せたい物だ。彼女は今、何をしているのだろう。昨日と同じように咳き込みながら無線で誰かに呼びかけているのだろうか。俺は、もしそうだったなら可哀想だとおもい、昨日教えた周波数に一つずつメーターを合わせていく。やたら耳が敏感になっていた。ラジオのノイズが少しでも乱れると指を止め、様子を見ては何となく残念な気持ちを抱えながら次の周波数に合わせる。そんなことを何度もくりかえして、残る帯域があと二つになったときの事だった。


 「CQ……CQ……こちらはMOONNA……」


 彼女の声だ。昨日より音声はクリアで、ちゃんと声が聞こえる。彼女の声はこんなむさ苦しい夜にはありがたい位に涼しげで、高音がよく通る声だったが、落ち着いた言い方のせいか、あまり幼さを感じさせなかった。多分、年は俺より少し下か同じくらいなのかもしれない。スピーカーの向こうで彼女がもう一度呼びかけ始めたとき、俺はそれに応えた。別にもったいぶった訳では無い。初めてちゃんと聞く彼女の声に聞き惚れていたのだ。


「やあ、今日はちゃんとこっちの方を使っているね」

「こんばんわ。はい……でももう二時間も呼びかけているのに誰からも返事が無くって…」


 そう言って彼女は困ったような声で笑っていた。


「うーん、仕方ないかも。それにしても二時間って…」

「でも、報われました」

「そうなの?」

「はい。実は今日、おかあ様が来てくださいまして、なんだかわたし、うれしくって、そのことをあなたに教えたかったのです」

「俺に?それに会いに来てくれたって……離れてくらしているのかい?」

「あっ……」


 彼女は一瞬しまったというような声を漏らしたが、それを隠すように続けた。


「はい、色々……まぁそれは追々話すとしまして、とにかく色々あって今は離れて暮らしているんです。おかあ様も中々忙しい人でして、会えるのは月に一度か良くて二度なんですね。まさか今日来てくださるとは思わなかったので、わたし、うれしくて」

「なるほど、月虹の祝福ってやつかな?」

「そうかもしれませんね」

「それで、その、母さんはどうしたんだい?」

「ええ、私がこの通信を始める少し前に帰られました。お土産にいただいたパイがおいしそうで明日が楽しみです」

「パイか、そういえば食べ物で思い出したけど、俺も今日、祝福のお裾分けってやつをいただいたよ。ミートボールパスタの肉団子をおかみさんに一つ多くもらってさ、これはきっと、君が言っていた月虹とやらの祝福かな……って」


そう言うと彼女は小さな声で笑っていたのがマイク越しに聞こえた。


「なんだよ、そんなにおかしいことかな?」

「いえ、なんとなく男の方がご飯をたくさん食べる姿って微笑ましいなって、想像してしまってつい。すいません…お気に触りましたでしょうか?」

「いや、そんなこと無いさ。おかみさんも同じ事よく言ってるよ。もっとも、おかみさんが言うのは君みたいに好意とかじゃなくて、半ばあきれてるっていうか」

「それでも、内心はきっと喜んでいると思いますよ。わたしもお料理は好きで以前はよく作っていたのですが、沢山食べてくれる人がいると、なにか……こう……うれしい物です。なんと言いますか……おかみさんの気持ちが分かる気がするんです」

「そう言ってくれるのはうれしいけど、俺たちの食べる量って自分で言うのもあれだけど、かなり食べてると思うな。親方なんて、飲み込むようにして食べるからな……」

「ふふ……それは作った人冥利につきますよ。そうですね……いずれ、わたしもあなたに何かつくって差し上げることが出来たらいいですね」

「ああ、それは嬉しい事を言ってくれるね」

「あなたは何が好きなのかしら」

「俺かい?俺は、そうだな……好きな物はありすぎて……うーん嫌いな物ならすぐに出てくるんだけどね」

「じゃあ…嫌いな物を言ってください」

「それなら簡単だ。俺はニンジンがどうしても食べられなくてな、あのにおいがどうにも苦手なんだ」

「なるほど……なるほど……っと……じゃあ、ニンジンを使った料理にしましょう」

「うっ!ちょっと……意地悪にも程がある。それだけは勘弁してくれないか」

「いいえ、大丈夫です。わたし、きっと好きにさせる自信があります」


 『好きにさせる自信がある』何か頼もしさを感じさせる言葉だと思った。そして、それと同時に俺は何か胸の奥に疼きのような物を感じた。少しの間思考が停止した。


「もしもし……もしもし?」

「ん?あ……ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

「月は見えますか?」

「うん、月を見ててぼーっとしてた」

「そうですか……わたしも……みてます」

「そうか、なんだか見知らぬ人と風景を共有するってのは、なんていうか、奇妙な感じがするもんだな」

「ええ…そうですね。でも、わたし、なんだかよく分かりませんが、うん…良い物ですね」

「そうだな……あ、昨日のオルゴール、聞かせてくれないか?」

「いいですよ」


 そう言ってカチカチカチと、ゼンマイを回す音が聞こえてきた。ほんの少し軋んだ音をたててカチリという金属音と同時に昨日の続きのメロディが流れ出す。


「それにしても、ほんと……不思議な感じがします。昨日まで知らなかった方とこうしてお話してるなんて、今までは考えたこともありませんでしたから」

「うん、そうだね。昨日、偶然に電波を俺が拾わなきゃ、こうして話している事もなかった、そう思うとすごい確率なのかもしれない」

「そうですね、わたし、あと数回コールしたら諦めようって思っていましたから」

「そういえば、昨日はえらく咳き込んでいたようだけど、今日は大丈夫なのかい?」

「あ……聞こえてたんですね……ええ、今日は大丈夫です」

「そうか、風邪でもひいてたのかな?」

「……はい、実は少し風邪気味でした。でも、一晩寝たらだいぶん良くて、もしかしたら心配させてしまったでしょうか?」

「まぁね。実は今日、応答する前に少し君の声を聞いていたんだ」

「わたしのですか?」

「昨日より音声がクリアで、ちゃんと聞くのは初めてだったけど、君の声、とても綺麗だと思ったよ」

「わっ……わたしの声ですか?」

「うん、だから、大事にしてほしいなって思った」

「わた……わたしの声、綺麗でしたでしょうか?ケホッ……」


おもむろに彼女の声が遠くなると、少し離れた所で咳き込む声が聞こえた。

少しして、グラスに水が注がれるような音がして、多分、それを一気に飲み干したのだろう。大きなため息が聞こえた。


「ごめんなさい、声をほめられたのは初めてで驚いてしまいました」

「そうか、驚かせてしまったらすまない。でもそう思ったんだ」

「ありがとう。あなたにそう言ってもらえると嬉しいです。分かりました、あなたがそう言ってくださるのなら気をつけなければなりませんね」

「う……うん」


 女性を初めてほめた気恥ずかしさと、それに形だけでも応えてくれた彼女にたいして俺はなんだか嬉しくて、言葉につまった。


「と……とにかく、自分の体なんだから。体は資本っていうだろ」

「……で……ね。そ……も……あ………は……な……だか…………です……」

「ごめん、ノイズが…もう一度言ってくれないかな」

「……しもし……」


 オルゴールのメロディがノイズにかき消され、彼女の声はそれに飲み込まれて聞こえなくなった。俺は、なんだかもっと彼女と話してくて、チューナーをいじくり回すが、全くといって良いほど電波が引っかからなかった。何度か呼びかけもしたが、帰ってくる様子も無い。時計を見ると昨日、ノイズで会話が途切れた時間とほぼ同じ時刻だった。


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