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11、月虹に乗せた願い

 この地域の暦の上では夏の終わりの日に行われた花火大会は大盛況の内に幕を閉じた。前回の成功とも言えない微妙な花火大会の経験が生きてか、今回はより高く、大きく、そして美しい花火を作る事が出来た……とは言っても、俺が昔見た花火にはまだ追いつけていない。もっと沢山、もっと色鮮やかに。いずれは……月に住んでいる彼女に届くような、そんな花火を打ち上げれたら。いや、打ち上げる。じゃないと、彼女には会いに行けない。今回、最期に打ち上げた花火に使った高光度の火薬。あまりにも扱いが難しくて何度も投げ出しそうになったけど、その思いだけで何とか成功までこぎ着けた。本来なら機械が計算で、それこそミリグラム単位で調整し使っていた物を、俺達が僅かな知識とカンを頼りに試験を繰り返し、ここまで持ってきた事には、きっと自信を持って良い。彼女に会う資格に一歩近づいた。そう思うと……そう思えば……やはり、彼女にこの成功を知らせる事が出来ないのは残念だ。きっと、彼女にこの成功を知ってもらえたら、きっと、もっと嬉しかったんだろうと思うと、寂しさに下を向きそうになる。


「おっと、彼女のいる方向はそっちじゃないだろう?」


 背後からおかみさんが何時もの口調でそう言いながら近づいてくる。


「月はホラ……あんなに輝いてあたし達を見ているよ」


 空を見上げると、まだ花火が残した煙の上から、月が宵闇の中を青い光で誰もいなくなった会場を照らし出す。余りにも眩しくて月虹が見えるような気がするのはきっと、さっきまで寂しさに負けそうになっていた自分の涙がまだ乾いていないせいだ。


「今日の花火はよかったねぇ……」

「でも、祭りの後は何だか少し寂しいです。だからかな……」


 そこまで言って俺は言葉に詰まった。どうしようも無く溢れる想いに抗っても、とてつもない寂しさは、はけ口を求める様に頬を伝い流れ落ちる。


「今……とても、彼女の声が聞きたいです……」


 おかみさんは何も言わず再び月を見上げる。


「泣くなんて情けないの……分かってるんです。でもどうしようも無くて……」


 花火大会まで、何とか自分を奮い立たせてきた。彼女に恥ずかしくない自分になるために。何時か彼女が喜ぶ顔が見たくて、それだけで打ち込んできただけに、それが終わるととたんに寂しさが訪れてきたのはきっと、あの月が余りにも遠いせいだ。


「情けないなんて事はないさ……いや……今のアンタは男前だよ。好きなだけ泣くがいいさ……でも、大切な人を想って流す涙を……容易く拭ってはいけないよ……」


 おかみさんはそう言い残してその場を去った。一人残された俺はそのまま、涙が涸れるまで嗚咽を噛み殺して泣いた。ようやく落ち着いたのはその随分後だった。後片付けをして、荷物をトラックの荷台に全て積み終わると、運転席で眠っていた親方は俺の気配に気付いたのかぱっと目を開くと、胸元をまさぐりタバコを取り出して一服つけた。こちらを見ずに俺の頭をくしゃくしゃになで回す。この様子から察するに、おかみさんから一通りの話を聞いたのだろう。だけど、親方は何も言わずに車を出した。こんなの時は誰にも話しかけられたくないし何も話したくないと言った気持ちを察しての事なのだろうと言う事は分かったし、親方は言葉以上に態度で言葉を語る。


「ありがとうございました」


 俺がそう言うと親方はただ一言。


「ああ……」


 そう言って、タバコの火を灰皿にこすりつけ、祭りの会場を後にした。


 俺の住む街の冬は早い。月を跨いでそれ程経たない内に吐く息は白くなり、霜柱は向日葵が咲いていた地面を持ち上げ、白い物がちらちらと空から降り始めてくる。月末辺りはもう、本格的に雪がふってくるだろう。分厚く月を隠す雲を見るとそんな冬の気配を感じさせた。花火大会から暫くして隣の国から思わぬ申し出があった。ゲストとして年越しを祝う花火大会に参加しないかと言う誘いだ。なんでも俺が最後に打ち上げた花火が遠く離れた隣国でも見る事が出来たらしく、それを見た隣の国の花火職人組合が推薦してくれたらしい。最初は闇市で手に入れた火薬で作った物だからと遠慮していたのだが、それが逆に整っていない設備の中であの火薬を使いこなしたと言う事でますます評価が上がってしまって、組合長が頭を下げに来る事態にまで発展してしまい、今に至る。準備資金も随分いただいたし、必要な資料はいつでも取り寄せる事が出来るようになった。親方は以前から考えていたアイディアを実現するために早速動いていたが、俺はと言うと、出尽くした感があって、花火のアイディアが中々思い浮かばず、設計しては破棄し……を繰り返す。以前は湧き出るように浮かんだアイディアが全く浮かばない。正直言ってプレッシャーだった。今までは自分の為に、みんなのために、そんな想いだけでやってきたのが、ここに来て、国を代表して花火大会に臨むことになったのだ。下手な物は作れない……そう考えただけで、紙の上に浮かびそうになったアイディアが幻のように消えていく。全く進展しない開発を続けるのは正直言ってつらく。時間が経つにしたがって彼女の声が耳から遠ざかっていく感覚はその辛さを更に強めた。


「おい、邪魔するぞ」


 おもむろに親方が工房の扉を開くと、その手にはボロボロになった小包が抱えられていた。俺は思わず新しい火薬かと期待に胸を膨らませ親方に尋ねると、なにやら複雑そうな顔で口を開く。


「いやーそうじゃなくて……なー、うーん……まぁ、みてみろや」


 そう言って慎重に小包をテーブルに置くと、


「まぁ、何かの間違いだと思うが……おめぇ、何か変な事に首つっこんだりしてねぇよな?」

「つっこむもなにも、俺、そんな人脈とかないし」

「うーん……まぁ、そうだよな、まぁとりあえず見てみろ……その小包の文字。差出人は……半分擦れて消えちまってるが間違い無く隣の国のやつじゃねぇか……しかも青いシーリングスタンプなんて、どう考えても普通じゃねぇぞ、こりゃぁ……」


 青いシーリングスタンプ……隣国の青いそれは、中身を政府直属の機関が確認した上で初めて郵送を許可された事を示す物で、しかも、取り扱い厳重注意であり、主に軍事機密に関わる物に使われていた物だ。小包の宛先に住所は書かれていなく、ただ漠然と、俺の住んでいる地方の名前と、『そこに住む花火職人の方へ』と書かれていた。俺達は花火職人を名乗っているが、正式には届け出てはいないため、この花火工房を見つけるまで、あちこちたらい回しにされたのだろうと言う事は、箱を包んでいる紙の汚れ具合で察しが付いた。


「俺は知らないし、送り返しても……」


 そう言いかけて、宛先の下に書かれた、消えかかってかすかに残っているメッセージらしき物を見つけた。そこには『月虹の祝福に導かれ、彼の元に届く事を願わん』と書かれていて、それを読んだ瞬間、あの時交わした約束の事を思い出した。


「これ……」

「おい……どうした…」

「これ……彼女からだ……」

「あ?」

「親方……これ、俺の大切な人からの贈り物だ……」


 多分という言葉が出なかったのは、俺の中に根拠は無かったが、確信があったからだ。


「……そうか。じゃあ受け取り印を押しとくぞ。どうなってもしらねぇぞ?」

「大丈夫ですって」


 そう言う俺の顔を見て親方が言った。


「ハハッ、久しぶりだな。おめぇがそう言う顔を見せたのは」


 そう言うと親方は工房を出て行き、配達員の書類にサインを書き込んだ。配達員はこの小包が余程恐ろしい物だと思っていたのか、工房の中からでも分かるほどにホッと胸をなで下ろし、軍が払い下げたと思われるバイクにまたがると黒い煙をまき散らしながら、そそくさと去って行く。去って行った後で、窓から空を見上げるともう夕暮れ時なのだと気付いた。俺は広げた道具を一通り片付けると、いつもよりも早く工房を出て帰路へつく。彼女が送ってくれた小包を抱えて、ブーツが殆ど埋まってしまうほどの雪の中にも関わらず、歩く速度は否応にも足早になった。




 ――貴方の住んでいる所ではもう雪は降ったのでしょうか。もし降っていたのなら、まずは約束を違えてしまった事を謝らせて下さい。

 季節を感じる事が出来なくなってから、私は余りにも長い年月を過ごしてしまいました。ですから、ひとごとと思いながらも、あの厳しい冬の寒さですら恋しく思う今日この頃です。貴方はいかがお過ごしですか。


 あの日、最後に貴方の住んでいる所を聞かず別れてしまい、私は約束を守る事が出来ず、嫌われてしまうのでは無いかと思い、胸が苦しい日々が続きました。

 ですが、貴方がおっしゃっていた花火大会の日、私は確信に近い予感を持って、天文台へ向かい、懐かしい青い星を望むと、その暗がりに一度だけ、小さくて白い花が咲いたのを確かに見ました。あの先に貴方がいる。そんな予感に通信の管理をしている方に過去の無線通信の記録から花火が見えた場所を特定していただき、お約束したレースのカーテンと、お寒い中での仕事の事を考え、マフラーを送らせていただきました。ご迷惑で無ければ、是非使っていただけたら嬉しいです。

 そう言えば、最近、中庭の一部を借りてあの花火と同じ色の白いカーネーションの種を蒔きました。散歩のおかげで体力も免疫力も随分と戻りまして、土に触る事をようやく許可されての事です。ここの土は研究用とかで、植物が良く育つように作られているみたいで、早く育ち、花の持ちも良いとの事でしたので、咲くのが今から楽しみです。


追伸


 貴方の声が聞きたいです。

 日々を過ごすにつれ、貴方の声が遠くなっていく様な気がして、私は未だにあの無線機に向かってしまいます。スピーカーを優しく揺らす貴方の声が聞きたくて、私は、繋がりもしない周波数に向かって呼びかけてしまうのです。

 天窓から故郷の星を見上げては、余りの遠さに胸が締め付けられ、苦しさに私は泣いてしまいそうになります。

 でも、貴方は言って下さいました。会いに行こう……と。

 これからもその言葉を信じて私は待っています。いえ、もし、私が故郷に帰れる日が先に来たのなら、きっと貴方に会いに行きます。会った事はなくても、きっと分かる。そんな気がするのです。


 靜かの海より 愛を込めて――




 手紙から仄かに花の香りがした。耳の奥で微かに残っている彼女の声を思い出しながら、レース編みのカーテンを手に取ると、俺が伝えたサイズよりも大きく作られていた。優しさのつもりでついた小さな嘘に彼女は気付いていたのだろう。


「まったく……君にはかなわないな……」


 窓から月を見上げて、思わずつぶやいた。

 もしも、まだ無線が繋がっていたのなら、そう言って俺が謝って、彼女はきっと、少し拗ねたような声で『気を遣わないで下さいって言いましたのに』とか言うのだろうに、現実はそんなやり取りが叶う事はもう無いのだ。あの時、言いたい事や言おうと思っていた事なんて殆ど言えなかった。せめて、感謝の気持ちだけでも伝えておけば良かったと思った。今、彼女がすぐそこにいて、感謝の気持ちを伝えるならどうすれば彼女は喜ぶだろうか。ふと、頭の中をそんな考えが頭をよぎる。何をプレゼントしたいだろうか、真っ白なサナトリウム、色の無い世界に、ほんの少しの彩りを……そう思った時、彼女に花を贈ろうと思った。季節柄、花なんてどこにも咲いていないけど、俺にはそれが出来る。真冬の澄んだ夜空に、一面の花を咲かせてあげたい。そう思った時、花火の設計図は既に開かれていた。国の代表……確かにそうだけど、打ち上げるのは俺だ。俺は、俺がやりたい事をやって認められたのだから、そのままで良いのだ……そう思うと、溢れるようにアイディアが頭の中に浮かんでくる。とりあえず良いと思ったアイディアはドンドン書き出して、ようやく完成した頃には、翌日の正午を迎えていた。


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