10、最後のコール
たった一日休んだだけだというのに職場の雰囲気ががらりと変わっていたのは、おそらく親方のせいだろう。何でも、俺が失恋して寝込んでいたらしいとの噂話が広がっていて……まぁその通りなのだが、どう考えてもその噂の出所は親方以外に考えられなかったからだ。俺は、そのことに関して特に否定する事もなかったし、そんな事を考えるより、いつも通り彼女と何を話すか、そんな事に思いを巡らせていた。
「なんだ、おめぇ、振られたくせにやたら清々しい顔してるじゃねぇか」
昼飯を食っている俺に開口一番、親方のかるいジャブだった。
「ねぇ親方」
「ん?」
「親方は奥さんに何て言ってプロポーズしたんですか?」
親方が盛大に昼飯を吹き出すと、辺りの連中が興味深そうにこちらをチラリチラリとチラ見する。
「ばっかやろぃ!いきなり何て事聞くんだこんちくしょうが」
親方は顔を真っ赤にしながら、タオルで鼻をかむと、ヤカンに口をつけてグビリと茶を一口飲み込んだ。
「いえ、ただ、なんかいいなぁって。俺にもいつかそういう人が現れるのかなって」
「おいおい、俺にそういう話をふるんじゃねぇ。俺はそういうのが苦手なんだよ」
「ははっ、そうですよね。親方は奥さん一筋ですし」
「ばっ……ばかやろぃ。あんな女房なんざなぁ……」
「きっと……」
「なんだ」
「きっとそういう憎まれ口を叩くって事は、幸せな事なんすよね」
「おめぇ……」
「俺も、家族がいた頃は似たような事言ってた気がして」
おそらく心当たりがあるであろう同僚の一人がウンウンとうなずいていた。それを見て俺はいつの間にか聞き耳を立てている同僚ばかりに囲まれていた事に気づくと、何だか妙に気恥ずかしくなってしまい、飯を食い終わると親方を一人残してそそくさと立ち去った。俺が去った後で、親方が同僚達にからかわれる声が遠くから聞こえる。あまりのうるささに対してか、照れくささからなのか、大きな声で「やかましい!」と怒鳴っていた。午後からの仕事の準備を始めながら俺はその様子を思い浮かべて思わずクスリと笑みをこぼした。俺もいつか、大切にしている人の話を、親方の様にする事が出来るのだろうか。そんな事を考えずにはいられなかった。
結局、彼女に話して聞かせる程にめぼしい話のネタ一つ仕入れる事が出来ないまま、その日の仕事を終えた。いつも通り、帰路の途中でおかみさんに肉団子入りのスープを見繕ってもらい、パン屋で売れ残ったパンを安く譲ってもらい、月が山の上にくっきりと見える頃には玄関の戸を開いた。数日前にも感じた、いても立ってもいられない気持ち。彼女の声が聞きたくて仕方なくて、早くから俺は無線機の前に座り込んでラジオのダイヤルを回す。机の上に広げた夕食を片手に、とりあえずは少しでも落ち着こうと音楽番組にダイヤルを合わせた。永らく続いた無線の衛星中継器が今日で終わるのを惜しんでか、月に関する曲が今日のメインテーマだった。惜しむと言っても暗い感じでは無くて、クラシックの曲をジャズで弾いたり、ロック調にして歌詞をのせたりと概ね明るい感じで、色々な趣向でそれぞれの月を表現していて、観客席の拍手やら歓声やらが賑やかにラジオから聞こえてくる。最後に、多分生きていたら俺の母親とおなじ世代であろうと思われる女性のシンガーが舞台に立った。どうやらピアノを弾きながら歌うらしい。一通りシンガーの紹介が終わると椅子をひく音がラジオ越しに聞こえ、音を確かめるように彼女はピアノの鍵盤を弾いた。弾いた鍵盤の音の余韻がだんだんと薄れていき、一瞬の静寂の後、ピアノで奏でられたイントロがゆっくりと流れ出す。それを聞いた俺は一瞬飯を食う手が止まった。甘くて切なくなるようなメロディに俺は覚えがあった。これは、彼女のオルゴールとおなじ曲だ。そう思うと次に信じられない事に、彼女によく似た声でシンガーが歌い出す。俺は飯を食うのを止めて、窓の外から見える月に目を向けた。歌詞はかつて栄えていたある国の言語らしく、それがまたこの曲のせつなさというか、はかなさに拍車をかける。いつもは咳払いの一つも聞こえては来るのだが、今日に限ってはそういうことは一切無く、どれだけその場にいる人が歌と演奏に引き込まれているのかがうかがえた。ふと思い立ち、俺は入り口の前に咲いているダリアを一輪だけ摘んで花瓶にさした。ダリアと言ってもろくに手入れもしていなければ雑草も取っていない土地に咲いているわけだから、町で売られているような華やかな物ではなかったが、彼女に感謝の意を表す為に、どうしても無線機の横に置いておきたかった。彼女が言ったとおり、たとえ見えていなくてもそうするべきだと。きっとそれは、言葉の端からそうした心がけがうかがい知れるからなのだろう。それに、いつか彼女の前に立つ時、少しでも恥ずかしい人間で無いようにありたいと思う、そんな俺の思いからっていうのもある。まだ少し時間があったので俺は身なりを整えて、椅子に座る。チューナーを回すと、あの男性の声のアナウンスが流れていない事に気づいた。
「CQ……CQ……」
俺はおそるおそる何度か呼びかけて見るが、一向に誰かが拾う様子はなかったし、それ以前にノイズ一つ乗っていない事に違和感を感じた。もしかしたら予定が早まって既に衛星通信は終了してしまったのではないか。そんな焦りがジワジワと胸の奥に広がる。再びチューナーを回す。やっぱり誰も応えない。もう一度チューナーを……そう思った時、スピーカーから心細そうな彼女の声が聞こえてきた。
「CQ……CQ……こちらMOONNA……どなたか応答願います……」
「こちらPOSTBU……」
応答を返すやいなや、スピーカーから嗚咽のような声が聞こえた。
「馬鹿……泣くんじゃ無い。誰かが聞いてるかもしれないんだぞ」
「だって……」
「うん……」
「ごめんなさい、でも……」
「うん……」
「少しだけ……このままでいても良いですか」
「ああ……」
実のところ俺も彼女の声を聞いたとたん、胸にこみ上げる物があって、言葉を口に出来るような状況では無かった。さっきまで頭の中で整理していた言葉とか、何を話すかとか、そんな物は全部吹っ飛んでしまっていた。
「月……か……」
「ごめんなさい……だまっていて……」
「いや、構わないさ。それにしても……時差一時間……まったく……君はいつも俺を驚かせる。地上じゃなくて、まさか空の方だなんて、全く想像してなかったよ」」
「ごめんなさい……でも……私達を嫌っている人も居ると言う事を聞いた事があって……それで言い出せなくて……」
同じだ。俺と同じように、彼女もきっと身元が割れる事を恐れながら、いつもこうして無線に向かっていたのかと思うと、何だか身分の事であれこれ考えていた事が馬鹿らしく感じた。結局の所、立場は違えど俺達は同じ人間なのだ。
「いや、実はそれを知ったとき、結構悩んだよ。俺みたいなのなんかと話してて大丈夫かなって」
「ふふっ……前に、気を遣わないで下さいって言いましたけど……でも、そういう風に気にかけてくれてるなんて、やっぱりうれしいです……」
何だか嬉しそうに笑う彼女の笑い声が耳に心地良い。聞いているこっちまで幸せになりそうな、そんな笑い声だ。
「そういえば、さっきまでラジオを聞いていたんだ」
「ラジオですか」
「うん。今日の記念にって、月に関わりのある曲を色々紹介してて、それで、君のオルゴールの曲も流れていたんだ」
「ええ、珍しいですよね」
「って、君も聞いていたの?」
「ええ。といっても、オルゴールの曲の所くらいしか聞けなかったんですけど……あの曲目って本当の曲目じゃないんですよ」
「へぇ……」
「でも、歌詞は半分本物なんですよ」
「えっ……君はもしかしてこの曲の歌詞の事とかよく知ってるの?」
「よく……と言う程ではないですけど、無線が繋がらない間、調べたんですよ。ここには大きな図書館もありますし、このオルゴールの曲は私にとってもとても大切な物なので、もっと知りたいと思いまして……それで、この曲は滅び行く王国の寂しげな物語だったと言う事を知りました……」
「へぇ……」
「実の所その詩は半分しか見つかって無いらしいんですよ。でも……ですね、その残された歌詞のくくりには僅かな希望を示すような言葉があったんです。ですからもう半分の歌詞はきっと、希望に満ちあふれた物なのかなって思いますね。あの歌手の人もきっとそんな感じに歌詞をつけたのだと思いますよ」
「なるほど」
「ですから、私、いえ、その、ささやかな夢なんですけど、いつか月から帰ったら、続きの、本当の歌詞を探したいと思っているんです」
「ちなみに、君が調べたあの曲の歌詞のくくりはどんな」
「え……っと、千年後も、きっと私は歌い継がれている。とか、そんな感じだったと思います」
「なるほど、いや、実は、ラジオで聞いた曲はその失われた国の言葉で歌われた物だから、何を歌ってるのかさっぱり分からなくて」
俺は思わず苦笑いを浮かべ、それを察したのか彼女がフフフと笑った。
「そうですね、あの言語は知っている人が殆どいないはずなので、内容を理解できている人も、うーん……やはりそれ程いないかと」
「でも、何となく雰囲気は分かる気がするよ。詩の内容を聞いたらますます」
「それはよかったです」
「うん。そういえば、その曲を歌った人が、君の声にそっくりだったんだ」
「えっ、そ……そうですか……」
「うん、だから凄く驚いたよ。君も覚えてるだろ?セイレーンの話をした時の事さ」
「ええ……と言いますか、思い出したら何だか恥ずかしいです」
「そんな事無いって。俺は君の声好きだよ。歌っている声も、こうして話している時も」
不思議と、すんなりと、いつもなら恥ずかしくて言えないような言葉が口をついて出る。いってしまった後、そのことを意識してももなんだか気恥ずかしさは無かった。
「あ……え、と……」
「まぁ、前にも言ったけど、でも、歌の事を思い出したらやっぱり良いなぁって、そう思った」
「えーっと……ふふっ……やっぱりあなたにそう言ってもらえるとうれしいな……」
恥ずかしげに言う彼女の声に、俺は自分でも分かるほど顔が赤くなるのを感じた。
「そうだ、あのオルゴールかけてくれないかな」
「そうですね、少し待ってて下さいね……」
スピーカーからねじを巻く音が聞こえる。彼女は俺に聞こえないように小さな声であの曲の鼻歌を歌っていたが、今日に限ってはそんな小さな音すらも鮮明に聞こえてくる。
「はい……おまたせしました」
彼女がそう言うと、おもむろにあのメロディが流れ出す。やはり何度聞いても良い。
「いいね」
「ですね」
俺たちは会話を忘れて暫く聞き入っていたが、おもむろに彼女が咳払いをすると、信じられない事が起こった。それは、彼女があの失われた国の言葉で歌い始めたのだ。と、言ってもラジオで聞いた歌手の様に歌うのでは無く、小さくささやくように歌っていた。やはりラジオの歌手と声が良く似ている。正確に言えば、あの歌手が若かったらこんな声だったろうなと、そんな事を思わせる。
「ごめんなさい、耳障りでしたかしら」
「いや……」
俺は何だか余韻から抜けきれず、言葉を失っていた。
「うぅーん……思い返したらなんだか恥ずかしいです」
「いや、良かった。俺だけの為に歌ってくれている様な気がして、きっと言葉が心に届くってこういう感覚なのかなぁ」
「そうですよ。あなたのためだけに歌いました」
「ちょ……ちょっと、君は本当にドキッとするような事を言うね」
「でも、本当なんですもの。わたし、実は練習してまして……ちょっと前にですね、歌を歌ってみたいって先生に相談したら良い事だからがんばりなさいって、すすめられたんですよ。で、どうでした?私の初コンサートは」
「そりゃあもう、最高だよ。どうしてなんだろうね、女の人は綺麗な物を沢山もってて、時々うらやましく感じる事もあるよ」
「えっ……あなたはもしかして……」
「いやいやいや、そうじゃなくて、そうじゃくって……その、何時も仕事場の食道でご飯作ってるおかみさんとかさ、親方の奥さんとか凄く綺麗で、君はそんなに綺麗な声を持っていて、俺はどうして何も無いのかなぁって、ふと思ってさ。まぁ、俺の女性を判断する基準なんて狭いものなんだろうけど、それにしたってさ……」
「うーん……でも、きっと女性も同じ様な事を考えていると思いますよ」
「まぁそうだとしても、そうだなぁ……俺は君や、おかみさんには勝てる気がしないな」
「なるほど、おかみさんはあなたの好みのタイプと言うわけですね」
「うーん、どうかな、おかみさんは確かに綺麗だけど、好みって言われると多分違う気がするんだよな、いや、違うんだよなぁ……」
「じゃ……じゃあ……あなたはどんな人が好みなのかしら……」
「おれは……」
彼女の質問に答えようとして、好みのタイプの容姿が全く頭に浮かばない事に気がついた。が、代わりに彼女の声だけが、言ってくれた言葉だけが頭のなかを埋め尽くしていて、返事を返すにも、言葉がみつからない。
「うーん、俺のタイプ……かぁ……うーん……」
暫く考えて見るが、好みの容姿など、思いつかない。いや、一つだけ、頭に浮かぶのは長い髪の女性の像。勿論、彼女が自分の事を言っていた時に出来上がったイメージだけで、それ以外は思い浮かばなかった。
「……髪の長い女性……かな?ごめん、俺、そう言うのあんまり考えた事なくてさ……」
ここで君みたいな人が……なんて言う事が出来れば全てがはっきりして、たとえそれが残念な結果だったとしても、恐らくはすっきりするのだろう。どうせこれが最後の会話だと思えばそれくらい思い切った事を言ってしまっても良いかもしれない。そう思ったが、出来なかった。たとえ声を聞く事が出来なくなっても、彼女と繋がる細い糸のような縁が途切れる事が怖くて足がすくんだ。
「ごめん……それ以外思いつかないかな……俺は……ずっとそう言う事に縁のない生活を送ってきたから、なんて言えばいいのかな。良く分からなくなってきたよ……それより、君の方こそどうなんだ?」
「え……わ……わたし……ですか……」
突然の切り返しに彼女が戸惑い気味に言った。
「私は……そうですねぇ……」
そう言ったきり長い沈黙が訪れた。何か言いかけて言葉を飲み込んだ。そんな気配がスピーカーから何度も伝わってくる。俺は彼女のバックに流れるオルゴールの曲を聴きながらえらく難しい質問をしてしまったのではないか。形は違うにしても、そういう事に興味がある時間を恋愛とは違う方向に向けざるを得なかったという共通の境遇を持つ者としては少し配慮に欠けた言葉だったと後悔しかけた時だった。
「うーん……夢を追い続けてる人……でしょうか……」
彼女がぽつりとつぶやいた。
「私はずっとサナトリウムにこもってて、ここを出たら色々な事をしたいなって……思ってたんですけど、知らないうちにそう言う気持ちを忘れてしまっていたみたいで……だから、そう言う人を見たり、そう言う人と話したりすると眩しく感じますね……特に、最近はそう思うんです。」
「それで歌を?」
「はい」
「歌手とか、目指したりするのかな」
「そう言う大それたものでは無くて、将来は小さな学校でも良いので音楽の教師になりたいなって思うんです。小さい子達が私の教えた歌を楽しげに歌ってるのはきっと楽しいんだろうなぁって」
「いいね」
「音楽を嗜むには未だに敷居が高い所がありますから、特に時勢が時勢ですから、だからこそ必要なんじゃ無いかな……とも思うんですよ」
「へぇ……」
しっかりと先の事まで考えてる彼女に対して思わず感嘆の声を上げてしまう。
「そんなこと聞かされたら何だか負けてられない気になって来た」
「ふふ……でも、そう思わせてくれたのは貴方なのですよ……あっ!」
彼女はしまったという風な声を上げてだまりこくる。最初はなんでそうなったのか分からなかったが、彼女の言った言葉を思い返すに、すなわちそれは俺なんだと言う事を容易く理解する。好きだと言われてはいないけど、否応なしに高まる期待と嬉しさに思わず顔が赤くなる。
「いえ……でも、言えて良かったです……これが、最後かもしれませんから……」
彼女の口からそれを聞かされて、何となく時計を見る。と、通信終了の時間まであと僅かとなっていた。それまで幸せだった気持ちが一気に寂しさとなって胸の中に流れ込んでくる。
「それと、何時か貴方がいってくれましたね。会いたい……と。私も同じ気持ちです」
「わかった……じゃあ……会いに行こう、約束する」
俺は真剣だったけど、正直、現状を考えると現実味は全く無い。上(月)に行くには余りにも道のりは遠く、そして、自分の置かれている立場に、恐らくはチャンスすら訪れない事は明白だったが、そう思ったのは……そんな言葉が出たのはきっと、彼女が望んでくれたからだ。
「ありがとう」
彼女はそう言った。もう、裏で彼女が何を考えているのかなんて、考える事はしなかった。言ってくれた言葉、それら全てが彼女の気持ちだと信じよう。そう思った時、自分の気持ちは固まった。どれだけ時間がかかっても必ず会いにいくと。
「その時はきっと、誰にでも認められるような凄い花火を打ち上げて知らせるよ。少し待たせてしまうかもしれないけど……きっと……」
「はい……わたし、まってます。貴方が来て下さるの……まってます……」
「何か何時もまたせてしまうな……ダメだな……俺ってやつは……」
「そんな事無いですよ。それに貴方を待っている時間は、私……とても幸せでした」
そこまで彼女が言うとおもむろに電波のメーターが落ち始め、ノイズで声が聞き取りにくくなる。
「俺の方こそ、何時も待っていてくれてありがとう。君と共有した時間は俺の宝だ」
少しの沈黙の後、スピーカー越しに彼女が『うーん』と言いながら、何か思い立った様に口を開いた。
「えっと……なんか、こういうのは、少し……今生の別れみたいで、今の私達には相応しくないですね。ここはいつも通り、眠る前の挨拶で終わりましょう」
その口調はいつも通り、既に明日に向けて歩き出している。そんな印象を受ける希望に満ちた明るい声だった。
「そうだな……じゃあ……君は明日はどうしているのかな」
「明日はお散歩をしてからいつも通りの検査ですね」
「散歩?」
「ええ。歌を歌いたいなら少しでも体力をつけなさいって、先生が。ですから最近は少し早めに起きて院内の中庭を散歩するようにしているんです」
「そっか、明日も早いのか。俺も明日から夏の終わりの花火大会に向けて準備が始まるから、早番にシフトしたんだ。お互い、がんばらないとな」
「そうですね……花火大会ですか、もう、そんな季節なんですね」
「うん」
俺が返事を返すと、言葉は尽き、ノイズ混じりのオルゴールの曲だけがスピーカーから流れてくる。曲が途切れた所で、意を決しては口を開いた。
「それじゃあ、そろそろ」
「うん……おやすみなさい」
「おう……おやすみ」
俺が言い終わるのを待って居たかの様にスピーカーからホワイトノイズが流れ出す。彼女との会話の余韻に浸りながら、コーヒーを口に含むとプツッと音が途切れ、静寂が訪れた。卓上のライトを消すと、空を見上げる。煌々と輝く月の横を白い尾を引きながら赤く燃えて地球の引力に引き寄せられる衛星が遙か西の方へと落ちて行く様を見ながら、多分俺たちの会話が終わる頃には既に落ち始めていたのだろうと思った。
俺が小さい頃、沢山の希望を乗せて打ち上げられた衛星はそうして、美しく燃え尽きていった。




