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Gear-8 バーのチェロヒキ

 チェロ弾きが営むバーには変わった客が訪れる。曰く、マスターのチェロを聴くと元気になるのだという。子連れでやって来ていた狸が「聴くと効きます」と言ったのを聞いてカナタは苦笑した。


 カナタとミサキが金星ヴィーナスに逃げ込んで一週間になるが、これといって大きな動きはない。シュウイチは詮索してくるような者ではないとミサキが言うため、カナタはおとなしくミサキの次の判断を待つしかないのだ。


「ずっとここにいるつもりですか、ミサキさん」


 気になって訊ねると、ミサキはいたずらっ子のように笑った。


「カナタ、君はこのバーを軽く見ているようだな」


 グラスを傾けてミサキは店内を見回す。


「ここには色々な客がやって来る。情報収集にはぴったりなんだよ」


 そう言ってウインクをするミサキを見て、カナタは期待と不安を胸に抱くのだった。





 ある夜の事である。


 金星へネズミの親子がやってきた。子供の調子がよくないのでシュウイチのチェロを聴きに来たのだと言う。カナタの横に座ったネズミの母親は、興味深そうにスイを見ながらチェロの音色に耳をすましている。子供の方はシュウイチの目の前に陣取っていて、震える空気に髭をぷるぷるさせていた。


 ミサキは二階の部屋で本を読んでいるので、カナタは一人で店の方へ来ていた。ネズミの親子の様子を見ながら自身もチェロに聴き入る。がははと豪快に笑っていた客達も演奏が始まると静かになった。


 弓が弦を撫で、重みのある音がバーに響く。


 音楽の知識があるわけではないのでカナタにはこれがなんの曲かは分からない。演奏を始める前にシュウイチが「なんとかラプソディ」と言っていたが、正確な名前はよく聞こえなかった。


 演奏が終わると店内に拍手と「ブラボー」という声が溢れた。ネズミの子供は小さな手を叩いて大喜びだ。母親の膝にちょこんと飛び乗って、「すごかったね!」とカナタを見上げる。元気そうな様子を見て母親もカナタも一安心だ。


 カウンターに戻ったシュウイチがカクテルを置く。そのグラスは他の客達が仰いでいるものとは違い、子供がままごとで使うような小さなものだ。カナタはネズミの親子を掬い取ってカウンターに乗せてやる。小さなカップにしがみ付いて、覗き込むようにしながら母親はカクテルをちびちびと飲む。子供の前にはホットミルクの入った小皿が置かれた。


「そういえばミサキはいないんだね」

「本を読んでるみたいですよ」


 カナタはリンゴジュースを飲みながら言う。


「君も苦労するだろう、彼女の助手だなんて」

「いえ」


 言えない理由をジュースで喉の奥に流し込み、カナタはぎこちない笑みを浮かべた。その表情が困っているように見えたのか、シュウイチは「大変なんだね」と呟く。それを受けてカナタは更に眉根を下げ、わずかに口の端をひくつかせる。


「先生、そういえばもう見ました?」


 ままごとのカップから顔を上げてネズミの母親がシュウイチを見上げた。カクテルの雫が付いて髭が光っている。


「ん? 何をですか」

「大きな飛行船が来てるんですよ、街の外れに」


 そう言うと母親は小さなバッグを開けて小さなカメラを取り出した。そして、バッグの底からアルバムを出してカウンターに置く。


「うちの子が見に行きたいって言ったから昼に見て来たんですよ。でも、あまり近付いてはいけないと言われてしまって。ほら、遠くから撮ったんでよく見えないんですが」


 開かれた小さなアルバムに小さな写真が貼ってある。シュウイチは壁に掛けてあった拡大鏡を手にして写真を覗き込む。


「なるほど、確かに大きな飛行船だ。一体何のためにこの街に停泊しているんだろう」

「僕にも見せてもらえますか」


 大きな飛行船と聞いてカナタの顔が輝く。


「カナタ君は乗り物が好きなのかい」

「機械が好きなんです」


 そう言ってスイを撫でるカナタを見て、シュウイチは「確かにね」と言った。拡大鏡を受け取り、カナタは写真を見る。そこに写っているのは大型の飛行船だった。写真の枠に収まっていないうえ、近くにある小型飛行機と比べるとその大きさがよく分かる。


「遠いし小さいし、詳しくはよく分からないですね」


 写真の隅々まで見て、カナタは「あっ」と声を漏らした。小型飛行機の脇に白衣の男が立っている。顔までは見えないが、そのシルエットには見覚えがあった。隣で写真を見ていたスイが体を震わせて軋むような音を立てる。


 写真を凝視するカナタのことをネズミの親子とシュウイチは不思議そうに見ていた。カナタがいきなり立ち上がったので一人と二匹は驚いて目を丸くする。カナタは「ちょっと借りますね!」と写真と拡大鏡を手に二階へ行ってしまった。


「あら、あの子どうしたんでしょう」

「彼は探偵の助手なんです。何か調べていることと関わりのあるものでも写っていたんじゃないでしょうか」



 二階の居住スペース。ミサキの部屋に飛び込んだカナタは、本を手にしたミサキに不機嫌そうな顔で睨まれた。


「君、女性の部屋に入るときはノックをしたまえ」

「すみません! そんなことはどうでもいいんです」

「どうでもよくないよ。私が着替えていたらどうする……」


 カナタは写真と拡大鏡をミサキに突きつける。若干狼狽えながら、本を置いたミサキはそれを受け取る。


「なんだいこれは。小動物が撮影した写真のようだけれど」


 機械音を立てながらスイが部屋を旋回する。「早く見て早く見て」とカナタに促され、ミサキは写真に目を落とした。写っているのは大型の飛行船と小型飛行機だ。


 これが何か、とミサキが言いかけた時、スイが機械の声を張り上げた。


「アカヤ! アカヤ!」

「アカヤ? 失踪した君の叔父の名前だな」


 カナタは飛行機をよく見るように言う。


「ふむ。確かに誰かが飛行機の横にいるな。しかし、これが君の叔父なのか?」

「分かりません。でも、こんな感じのシルエットで……。スイもこんな感じだし」

「根拠としては不十分だが、調べてみる価値はありそうだな。よし、ではこの場所を見に行こう」


 ほら、このバーにいるといいことがあるだろう? とミサキは妖しく微笑んだ。





 翌日、カナタとミサキは街の飛行場を訪れていた。写真屋に頼んで拡大焼き増ししてもらった写真を手に飛行船を探すが見当たらない。ネズミの母親曰く、飛行船を見たのは昨日の昼間。もう次の目的地へ飛んで行ってしまったのだろうか。


 駐車場の誘導をしていたロボットが二人を見付けて歩み寄ってくる。


「ココハ人ハ入ッチャ駄目デス! ココ駐車場! 人ノ入口ハアッチ!」

「停泊している飛行船を見に来たのだが」


 ロボットは文字通り目を光らせる。


「御搭乗ノ方デスカ! ソレナラアッチデチケットヲ……」

「いや、見に来ただけだ。大型の飛行船が来てはいないだろうか」

「ンー? 今イルノハ観光用ノ飛行船と、旅客飛行機ダケダヨ!」

「そうか」

「ソレジャア、人ハ危ナイカラアッチニイッテネー!」


 ロボットに背中を押されてカナタとミサキは駐車場を離れる。


「うーん……。停まってたなんて昨日の夜初めて聞いたのに、今日来たらもうないなんてありますかね」


 カナタが訊くと、ミサキは口角を吊り上げた。腰を曲げ、「おかしいな!」と言ってカナタに顔を近付ける。目の前で揺れる胸から目を逸らしつつ、カナタは自分の意見を続ける。


「ネズミの母親は近付いてはいけないと言われたそうなんです。怪しいですよね。もし写真に写っているのが叔父さんなら、何かに巻き込まれているのかもしれません。僕のように。もしそうなら助けてあげないと!」

「君の叔父なら、父親とそれにまつわることも何か知っているかもしれないものな。事件についても何か分かるかもしれない。ただ、この写真に写っているのが叔父かどうか……。賭けてみるしかないか」


 飛行場の駐車場では相変わらずロボットが蒸気自動車を誘導していた。









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