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Gear-1 ショウネンのシゴト

挿絵(By みてみん)

 イーハトヴの朝は工場のサイレンから始まる。始業である。


 作業員達が昨夜の酒がまだ残る重い頭をうんしょと持ち上げて、わらわらわらわら、働き蟻のように工場へ集まってくる。そうして、ハンドルを回して機械を動かす。轟音を上げ、蒸気を上げ、国の中枢を司る歯車が回り出すのだ。毎日毎日同じ作業の繰り返しである。


 蒸気が漂う工場の一角、事務所の前に少年が立っていた。彼もまた、この国を動かす歯車の一つなのかもしれない。彼の頭にはいささか大きいように見えるキャスケット。それを被り直して、提げているメッセンジャーバッグから新聞を取り出す。事務所のポストに投げ入れると、少年はバッグを揺らしながら次の配達先を目指して走り出す。毎日毎日同じ仕事の繰り返しである。





 空になったメッセンジャーバッグを提げて少年は新聞社へ戻ってきた。記者や編集者に挨拶をしながら、社長室へ向かう。今日の配達が終わったら来るように、と言われていたのだ。


「失礼します」


 ノックをして、社長室に入る。


「やあ、お疲れ様」


 社長は初老の男性である。ふくよかな腹を揺らしながら大きな椅子に座っている姿は、社長室のいつもの景色の一つだ。社長の横にある観葉植物の葉が一枚枯れているが、手入れをしていないだけだろう。


蟹沢かにさわ君、君宛てに手紙が届いていたよ」


 社長から封筒を受け取る。宛先の部分には『蟹沢カナタ様』と少年の名前が書かれていた。


 見覚えのある封蝋に、カナタはうきうきといった様子で中身を確認する。便箋に書かれた文面を見て、すぐに手紙をバッグに突っ込む。


「お疲れ様でした! では、僕はこれで!」


 社長に一礼し、社長室を走り出る。


 大きなキャスケットが脱げそうになるのを押さえて、カナタは大通りへ出る。蒸気自動車やロボットによる人力車などが往来する中、間を縫うようにして反対側の歩道へ行こうとしたところ呼び止められてしまった。赤いランプを頭上に回すロボットが旗でできた腕を振り上げる。関節部を動かす機関がしゅぽしゅぽと小さな音を出していた。


「ダメ、危ナイ。ヨク見テ歩イテ」

「すみません」


 足踏みをして信号が変わるのを待つ。


 イーハトヴでは大型機械を動かす技術はもちろんのこと、小型の蒸気機関を用いることにより水と石炭で動く役に立つ機械ロボットの開発も進んでいる。ロボットは人間の生活に溶け込み、共に仕事をする者、共に暮らす者なども多い。カナタが働いている新聞社にも誤植を探すことに長けたロボットが三体配備されている。


 信号が青になり、旗を持ったロボットの頭上のランプも青く光る。


「ドウゾ、ドウゾ」

「ありがとう」


 タクシーや人力車を頼めば速いのだが、カナタの給料では行ける距離が限られてくる。そのため、いつも自力で向かうのだ。





 通りを何本も越えた先、寂れたビルの地下へ入る。階段の前には『蟹沢機械研究所』とある。


「叔父さん!」


 壊れそうなドアを開けて中に入ると、ひょろっとした男が振り向いた。カナタの姿を見てにやりと笑う。薄汚れたよれよれの白衣を纏い、首からいかついゴーグルを下げ、髪はぼさぼさ。小型ロボットの研究開発を行っている叔父のアカヤである。


 カナタはバッグから封筒を出し、アカヤに見せる。


「できたんでしょ、頼んでたやつ。見せて見せて」

「待たせたな!」


 アカヤの隣には彼の膝丈ほどの何かが置いてあり、布を掛けられている。期待に満ちたカナタの前で、布が剥がされる。


「最新式のペットロボットだ。試作品だからな、おまえにモニターになってもらいたい」


 姿を現したのは青緑色の鳥型ロボットだ。止り木に留まっているため、実際の大きさは十五センチほどだろうか。


「カワセミ、だよね。ありがとうおじさん」

「あくまでモニターなんだからな。商品化に向けて、感想とか、色々教えてくれ」

「はーい」


 アカヤがスイッチを入れる。ブゥン、という音がして、カワセミの目に光が宿る。


「僕が君の飼い主だよ。カナタ、蟹沢カナタ。えーと……これからよろしくね、スイ」

「ピッ、ピピピッ。マスターヲ登録シマシタ。ヨロシクネ、カナタ」


 スイと名付けられたカワセミロボットはカナタの肩に飛び乗った。その様子を見て、アカヤはほっと一息つく。


「旧来のねじまき式だ。しっかり回せよ」

「分かってるよ」

「あー。俺も兄貴みたいなすごい機械作りてえなあ」

「駄目っ」


 カナタの声に驚いてスイが飛び上がった。キイキイ鳴きながら実験室の中を飛び回る。カナタとスイの追い駆けっこが始まり、ほどなくしてスイはメッセンジャーバッグの上に落ち着いた。新しい友人の頭を撫でながら、カナタはアカヤを見つめる。


「叔父さんまでいなくならないで」


 真剣な眼差しに、アカヤはにやにや笑いを返す。


「かわいい甥っ子を一人にするかよ」





 スイを連れて、カナタは新聞社の社員寮へ帰ってきた。寮母さんはスイを見て「かわいいねえかわいいねえ」と上機嫌で、夕食のサービスをしてくれると言った。しかし、期待に沸くカナタの前に出されたのは通常の夕食と、皿に盛られた水と石炭だった。サービスはカナタの分ではなくスイの分だったのだが、スイは蒸気機関で動くロボットではないのでそれらは必要ない。困っていると、校閲係の男性社員が「うちの犬に貰っていいかい」と言って持って行ってしまった。


 食事を終え、自室に入る。


「オヘヤ」

「そう。今日からここがスイの部屋だよ」


 肩から飛び立ったスイは、机の上に降りると写真立てに向かう。人の顔を覚える機能があるからか、それともカナタに似た顔があったからか、それはスイにしか分かりえないことである。


「ピッ。カナタ」

「違うよ、僕こんなに老けてないでしょ。これは父さんだよ」

「ピッ」


 写真に写っているのは綺麗な白衣を着た壮年の男性であり、顔立ちはカナタやアカヤに似ていた。緑色の玉が埋め込まれた、歯車を模したペンダントが光っているのが写真になってもよく分かる。男性の後ろには、それはそれは美しい機械仕掛けの白い象が目を閉じて立っている姿が写り込んでいる。


「きみが作られた研究所は、元々父さんのものなんだ。歯車や電源装置を何度も何度も、何個も何個も組み替えて、色々な機械を考案した。けれど、死んじゃったんだ。五年前にね。ほら、一緒に白い象のロボットが写っているでしょ。そいつの野外起動実験の最中に事故が起こって、それでね」

「ピ」

「うーん、よく分からないよね。まだ外の世界に出たばかりだもんな、スイは」


 手を差し伸べると、スイはちょこんとカナタに飛び乗った。


「これから色んなものを見ていこう、スイ」





 イーハトヴの夜は工場のサイレンで始まる。終業である。


 蜘蛛の子を散らすように、わらわらわらわらと工場から出てきた作業員達は風呂で汗を流し、居酒屋では翌朝に響くほどの酒を煽る。今日も一日ご苦労さん、と笑い合う作業員達。しかし、それは夜勤の作業員達の一日の始まりでもある。毎日毎日同じ作業の繰り返しである。



 明くる朝。一人、同じ作業をしない作業員が路地裏に現れる。否、作業できないのだ。なぜならば、もう彼には動くことができないからである。傍らに置かれた歯車が緑色に光る。









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